第7話 ダンジョンって何だろう


 さて、準備も終わったことだしニードルラビットを探すとするか。

 とか言っても基本俺が普通に歩いてるだけであいつら俺、つまりゴブリンのことを獲物とみなして襲いかかってくるから別に探す必要なんて無いのだが。

 あ、いや、今回は戦闘するためにニードルラビットと出会おうとしてるんだから奇襲するためにもこっちから見付けないと駄目か? いや、一回撒いた後にそろりそろりと背後から奇襲って感じで行けるか?

 まあいいや、それもこれも駄目そうだったら逃げれば良いんだしあんま深く考える必要は無い。そもそも俺の身体能力はニードルラビットより高いってあたりをつけてるんだからな。

 と、いうわけでついでに初期からの目的であった、しかし今はニードルラビット討伐によって優先度が低くなっている食料探しも平行して行おうかね。


 それそれ、どこかに果物とかがなってる木は無いかな? 今までスライムを討伐する手伝いをしてくれた木も含めて二十本ほどの木を確認してるんだが一個も果物がなってるきなんてないからもうこのエリアに果物付きの木は無いんじゃないか疑惑も発生してるけど。

 んでもって木はところどころにあるって言ったけど体感だと大体五分に一本ほど見付かっている。つまり二十本見付けているってことは百分間、つまり一時間四十分ほど俺はこのエリアを探索してるってことだ。

 んで、その中で俺がニードルラビットに追いかけられた回数は十ニ回。八分半に一回追いかけられているという計算だ。

 ちなみに俺以外の追いかけられているゴブリンを見た軽く五十回は超えるだろう。まあ俺が一体なのに対しここで言うゴブリンはこのエリア内に存在して俺の視界に映っている者全てだから母数がそもそも違うので俺が他のゴブリンより強いだとかオーラを放ってるせいでモンスターが近寄って来れないとかそんなことでは無いと思う。


 と、そんなことを考えながら歩いているとニードルラビットを見付ける。

 そして俺がニードルラビットを見付けると同時に奴も俺に気付いたのか俺を追いかけて来る。

 うーん、気付かれちゃったみたいだしこれは一旦撒いた方がいっかな?

 楽観的に俺の方が強いでしょーとか思う時もあるけど基本的には慎重に行動して行くつもりだからな、戦闘に関しては安全策を選ばせてもらおう。

 というわけでスッと草の中に隠れてズッズッと土を這う。

 もし俺の方が速いとバレて追いかけるのが無理だと思われて諦められたらもう一度探すのが面倒くさいからな。なんせ代わり映えしない景色の中を全力疾走したらどこをどう走ったかなんて分かんなくなるだろうし。というか自分より速いとみたら逆にあっちが逃げ出す可能性も無きにしも非ずですし。その場合さらに面倒くさいことになる。


 というかニードルラビットとゴブリンの戦闘が起こる時って大体ゴブリンが不意打ち決められてスタートするから逃げた時点で面倒くさいと思われるかもしれないが、そこは安心なされ。

 少なくともこの方法ならあまり速度は出ないので場所の把握も容易、ニードルラビットからの距離もあまり離れないので再発見もすぐにできる。そして何よりニードルラビットが逃げ出す心配もない。かなり良い方法なのだ。


 というわけでときたま背後を見てニードルラビットの位置を確認しながら見失わないように、それでいてあっちからは見失われるように逃げていく。

 そして三十秒ほど逃げつづけてから振り返ると、ニードルラビットは俺の姿を探している。どうやらきっちり見失ってくれたようだ。


 これまで十回以上逃げたがその度三十秒ほどで逃げ切れたな。これはほぼ三十秒で逃げられると確定して良いのではないだろうか。


 まあいい、今はニードルラビットを討伐する時間だ。気付かれないように近付くことに集中しなければ。

 ひとまず奇襲には背後に回る必要があると思うのだが、生憎ニードルラビットは俺の背後にいて、こちら側を向いている。

 つまりこちらに対して正面を向いている。

 忙しなく俺を探しているためすぐに逆方向を向くだろうが、恐ろしいのはすぐ向きが変わるという点で、残り五メートル地点でそろそろだと思ってたらその瞬間振り向かれるとかになりかねん。てかほぼ確実になるだろう。

 だからまだずりずりと這い寄って近寄らなければいけない。

 そしてニードルラビットの背は低い。

 それこそ足跡などで俺がどこにいるのか判断するために地面に顔を近付けて体勢を低く保っている今そうの草の中すら見えるほどには、低い。


 つまり遠くなら草の中に潜んでいればばれないかもしれないが、近くに行けば振り向かれれば確実にばれるだろう。多分モンスターって視力とかの五感も性能が高いだろうし。


 ゴブリンとかいう見るからに知能が低そう───事実猛烈に、頭に超が付くほど阿呆だ───に、そもそも考える脳みそを有しているのかすら分からないスライムとは違い、ゴブリンとのあの戦闘を鑑みれば確固たる知能を宿していると考えて良いだろう。

 ならば、その五感を十全に活かすことができるだろう。だからばれる。確実にばれる。そういうことだ。

 ならどうしたら良いものか。正直言って俺の手持ちの武器はあまりにも少な過ぎる。走って、引っ掻いて、殴って、蹴って。それだけだ。

 気の利いた姿隠しの術など覚えていない。

 まあ反省はやってからやってから。何もやらなかったら振り返ることすら出来ないからねー。

 出来るだけニードルラビットの目に映らないようにする。まずあいつがこっちを見ている間は絶対に動かない。そして目を閉じて頭を地面と平行につけ、出来るだけ凹凸の無い、というのは無理だが少ない物体になるように心掛ける。

 あとは、ゴブリンの緑色の身体が保護色になって少しでも気付かれにくくなってるように祈るしか無いかな。

 では、接近開始だ。


◇◆◇◆


 栄人は只今、全力で草原を走っている。

 ニードルラビットに終われながら。

 ニードルラビットに追われている、それは隠密接近の失敗を意味していた。そして事実盛大にその作戦は失敗している。


(畜生、そういえば兎って聴力高かったんでしたー!)


 その理由は、栄人が今胸中で語ってくれたものと全く同じ。

 兎は、元々聴力が高い。

 モンスターはモデルになった動物の特徴を多少なりとも受け継いでいるというのは、今分かった。新しく情報として頭の中に書き留めておく。

 だとしても少し考えれば分かったもしくは予想できていただろうと栄人は自分の甘い考えを叱咤する。ついさっき戦闘に関しては慎重に行動すると言ったばかりだろうと。

 しかし同時にここで、ニードルラビット相手でよかったとも思う。もしこれがこことは違うエリアで尚且つ自分より速い相手に仕掛けるに際して犯した失敗であったならば、自分は死んでいた。

 ついでに言っておくと草に潜んでいたとばれ、再度追いかけられている今同じ隠密方法を使うのは悪手だ。故に栄人は走って逃げるという選択をとった。


(しっかし、ここは本当に親切なエリアだな。こんなことも学ばせてくれるとは)


 しかし未だに命の危険が迫っているという訳ではないという事実に少しばかり安堵し、されど襲い来るニードルラビットにかける注意も切らさずに思考を少々脱線させる。


 このエリアに対する評価へと。

 栄人はこのエリア、始まりの草原エリアを探索する内で一通りこのエリアの性質を知れたと思っている。ここで言う性質はイベントと言い換えてもいい。


 スライムという最弱だがその知名度は高く、命の危険を犯さずにモンスターに慣れることができるそれに始まり、人型モンスターであるゴブリンでモンスターに対する倫理観をこれまた安全に捨て去る工程を踏ませることができ。

 最後にニードルラビットという兎とモンスターの特徴を両方兼ね備えたモンスターでベースの特徴も受け継げるというモンスターの生態を知り、さらにモンスターに対する理解を深めることができるという至れり尽くせり感。

 ここは正にチュートリアルだな、と栄人は思う。二回目でここを引けて本当に良かったとも。


 しかし、モンスターに対する理解を深め、モンスターを殺す覚悟を決める前に。

 ここはモンスターが生息する場所、ダンジョンだ。

 ならば、ダンジョンに対する理解も深めるべきではないだろうか?


(下を見て躓つまずかないようにしないとな、転んだ隙に追いつかれるなんてことになりかねんし……ってちょっと待てっ、地・面・が・動・く・の・は・反・則・──ッ)


 栄人が下を己が転倒せぬよう地面を見ながら走っていると。


 ──ボコボコッ、と。


 栄人の目の前の地面が、丁度次の一歩で踏み締めようとした場所が隆起する。

 そしてそこから、ピョコンッと角を生やして赤い目をした白い生物の頭が覗く。


(やばっ──)


 その生物の出現によりそれの下の地面に置かれるはずだった栄人の足は、その生物を蹴りつけるルートへと変化する。

 しかしその生物が、ニードルラビットが軽々しく自身より下等な存在であるゴブリンが己を蹴りつけることなど許さない。

 故にその角によって栄人の膝の辺りが打ち据えられ、足の進路が、引いては全身のバランスが崩壊する。

 結果、栄人は転倒する。マヌケではなく、外界からの干渉により誘導されて。

 意識の外から表れた、つい数秒前まで存在していなかったこ・の・瞬・間・生・ま・れ・落・ち・た・二体目のモンスターに攻撃を受けて。

 栄人は、未だに自分を追いかけて来る一体目のニードルラビットと突如として現れ自分を転倒させたニードルラビットに、二対一の挟撃への迎撃を強制された。




 ―――ここはモンスターが生息する場所、ダンジョンだ。

 ―――そしてダンジョンは、モンスターを産み落とす母胎であり、怪物達の産みの親でもある。

 ―――ならば、ダンジョンの代表的な特徴であるモンスターを産み落とす瞬間。

 ―――それを目撃するのも、チュートリアルの内と言えるのではないだろうか?

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