第5話 命名始まりの草原

(さて、これは……確実に運ゲーだな)


 目の前で起こった現象によって栄人はそう確信を得ることができた。

 その現象というのは言わずもがなアナウンス音のことだ。一日に一度しか開けないという言葉はつまり一日に何度も開くことができたらコンセプトが崩壊するという事実を言外に示している。

 そして何度も開かれたら困る、チャレンジの回数を減少させなければいけないギミック、それはランダムだ。


 間を置かずに何回も何十回も何百回も何千回もランダムを繰り返されればもう当てさせる気がない天文学的確率でもない限り当てられる。そして天文学的確率もその確率の逆数の二倍以上試行を繰り返せば大体当たるはずなのだ。

 なので、ランダムを無限にしてはいけない。ガチャと同じだ、無料ならソシャゲに課金する奴なんてほとんどいなくなる。というか素直に最初からキャラ固定しろよとも思う。


(まあこういうのとガチャは少し違うだろうが、大体そんなもんだろう。あとはまあ、始めて開いた時のエリアで固定されます!! 難易度高いところ引いた人おぉ疲れさまでえええええっっすっっ!! みたいなことにならなかっただけマシか)


 心底嬉しそうな表情で絶望した自分を煽って来るクソヤロウを想像しそんな設定でなくて良かったと安心する。

 そして、ため息を一つ。


(今日は飯抜きかぁ)



◆◇◆◇


 寝て、起きる。

 ぐぐう、とお腹から音がなった。そして空腹が酷い。

 やはりゴブリンにも空腹という概念があるようだな。ダンジョンの中のエネルギー喰って存在してる説は不発になったようだ。


 で、そろそろ最初に扉を開けた時から一日経った、というか日付は変わったかな? 真面目に腹が減って戦が出来なさそうなんだが? ちなみに最初から戦う気は無いけど。

 ではでは、扉に手を置いていざオープンザドア。

 今回は抵抗せずに扉が開いた。そして目に映る光景は───。

 まんま始まりの草原だった。

 スライムやデカい兎、あとは俺と同族のゴブリン何かもいる。草とかスライムとかの背丈と比べてみてゴブリンの身長を測ってみる。

 大体一メートルちょいか。

 見た目は予想していた通りに豚っ鼻、全体の造形は丸っこいがブツブツや凹みが至るところに散見され髪も生えていない不細工な姿。等身は四等身とかかな。

 基本装備は無いが、十体に一体くらいの確率で棍棒を持っている。しかし木製なのでそこまで威力は高くないだろうが。

 んでもって、俺と身体能力は同じだろう。

 あ、あと、落ち着いて広い場所を見渡せたのはこれが初めてだからちょっと視力を測ってみるか。

 うーん。

 視力一.ニってところか。


 スライムは個性豊か。某ゲームの形をした者もいれば、どこも飛び出ていない丸っこい姿をした者もいる。不定形で常に形を歪ませている者もだ。


 共通するのは全体の要領が円形にすれば高さ四十センチメートルになるだろうってことと弱そうだなーってことくらいか、実際弱いだろうしな。通ったところに何の違和感も見られないところから強酸を出しているなんて事もなさそうなのでこれなら後ろから強襲すれば攻撃される前に倒すことが出来るかもしれないな。

 身体の中に核があるのか、とかは気になったが流石にそこまで細かいところは見ることが出来なかった。


 兎は特に脚が発達してるとか、デカいなんて事も無い、普通の、そうだな、あれは確か雪兎だ。真っ白な見た目をしていて、目の色は多分赤。まあ普通と言っても角があることを除けばだが。

 モフモフしてそうだな、と思うが別に触りたいとは思わない。アレルギーとかあるかも知れないし。

 何より近づいたら攻撃されるだろうからな。

 そして少し観察していると、ゴブリンと戦い出した。草原をのっしのっしと徘徊していた棍棒持ちのゴブリンの後ろ脚に攻撃を仕掛ける形で兎が奇襲したのが始まりだ。

 愚直に振り下ろされ続けるゴブリンの拳をいとも簡単に避ける兎。角がついてるからニードルラビットとでも呼ぶか。


 ニードルラビットは自分が他のゴブリンとは違うのだと何が何でも示したいとでも言うかのように棍棒だけを、振り下ろしだけに使う阿呆のゴブリンの脚を伝い、背を登り、ゴブリンにあるのかは分からないが人間で言えばうなじの辺りに噛み付く。

 するとゴブリンから紫色の血が吹き出し、膝から崩れ落ちる。

 それでもピクピクと動くゴブリンの頭にニードルラビットは近づき、その額に生えた角をゴブリンの口に突き入れる。

 それが決定打となり今度こそゴブリンの動きが止まる。しかしどうするんだ? 見た感じ自分から喧嘩仕掛けたみたいだけど。


 そう思っていると、ニードルラビットが息絶えたゴブリンに噛み付く。

 そのまま、肉を噛みちぎって腹の中に収める。

 ……怖っわぁ……。

 そう思い、俺は反射的に目を逸らす。

 それから少しして、怖いもの見たさを発揮して視線を戻す。

 ゴブリンの死体は、無くなっていた。

 まさかニードルラビットは、ゴブリンを完全に喰い尽くしたのか?

 ……スライムとかなら行けるかと思ってたけどニードルラビットはやめとこう。


 てかあのゴブリンの背中とか登ってたのって俗に言うスキルってやつだよね? 俺一応ステータス以外にもスキルとか言ってみたけどなんも起きなかったよ? まさか兎ですら持っているスキルを俺は持っていないのか?

 かなり傷付いた。その心を癒すためにも今日はこの比較的安全そうなエリアで食料を探すこととしよう。


◆◇◆◇


 草原エリアに入る。恐らく俺が最初の発見者なので命名権があるはずだ。だからここは草原エリアで決定。

 そして気付いたのだが、こんな身を隠す場所が殆ど無い草原を歩いているとよくモンスターに見つかる。

 その度に伏せてずりずりと訓練兵のように食べ物がありそうな場所に這い寄る羽目になるのだ。

 俺は潔癖症レベルに綺麗好きと自負しているからな。命には代えられないがやはり嫌なものは嫌だ。


 なので早く食料をゲットして帰りたいです、はい。

 だってマジでここなんも無いんだもんよー。

 たまにある木にもなんも実って無いんだもんよー。

 これは最終手段で生えてる草を食べるしかないパターンかな? 高さ二十数センチメートルくらいだからまあそこそこ腹には貯まるかもしれないけどさっきも言った通り俺は綺麗好きだからそれは遠慮したいな。やっぱり最終手段だ。まだ食べるときではない。


 と、どうやらニードルラビットが俺に気付いたようなので即地面にはいつくばり身を隠す。そしてニードルラビットがいる方向から四十五度ほどずれた向きに全力で移動する。

 三十秒ほど這い寄り式移動法を続け、草から少し顔を出し周りにニードルラビットがいないか確認し、俺が先ほどまでいた辺りを忙しなく探しているニードルラビットを発見し見付かっていないようだとホッとした後さらに移動してもう少し距離を離しておく。


 …それにしても何だかニードルラビットに追いかけられる回数が多い気がする。ゴブリンとニードルラビットの戦闘を見て思ったことだがゴブリンは兎よりヒエラルキーが低いらしい。悲しいなあ。


 そしてそろそろ良いかなとも思うのだ。

 何が良いのかというと、そろそろモンスターと戦っても良いのではということ。


 さっき見た戦闘でもう一つ思ったことがゴブリン馬鹿過ぎない? という点なのだ。あれはニードルラビットが強いというよりゴブリンも勝てるポテンシャルがあるのだが攻撃手段を振り下ろししか使わない私のIQは3ですと言いたいかのような低脳が原因で完敗したのではと思う。


 実際今追いかけられていたニードルラビットの身体能力をとっても俺の方が速度は高いしあの小さい身体にそこまでのパワーが宿っているとも思えないのでやはり俺の方が膂力もあるだろう。

 正直言ってこれで負ける要素が見当たらない。あの細かい動きに翻弄されなければ必ず勝てるはずなのだ。


 というわけで、俺はこれから始まりの草原の最強の敵に挑む準備を始めようと思います。

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