第5話 やがて世界樹を切る斧

 アルドたちは再び剣の泉へと来ていた。

 剣の泉の精霊に教えてもらった3振りの斧の在りか全てを訪ねたが、結局ベネディトの欲する質の良いごくごく普通の斧を見つけることができず、ベネディトの意見によりもう一度剣の泉へと赴いたのだった。


 再びユニガン裏の森を抜け泉に辿り着いた二人は剣の泉の精霊を呼び出そうとしていた。

 ベネディトはゆっくりと泉の淵に近づき泉に向かって呼び掛けた。


「おいキノコよ!いるのだろう?少し出てきてくれ。」


 ベネディトは大きな声で泉の精霊を呼んだが、泉はただ静寂を返すだけだった。


「だから泉の精霊だってば。ちゃんと呼ばないと相手だって分からないかもしれないだろ?」

「むう。」


 アルドに剣の泉の精霊をキノコ呼びすることをまた指摘されて少しむすっとしたベネディトであったが、アルドの言うことも尤もであると思ったので結局指摘通りに呼ぶことにした。


「剣の泉の精霊よ、いるのだろう。姿を現してくれ。」


 ベネディトがもう一度剣の泉の精霊を呼ぶと、今度は泉が光を放ち、やがてその光が収まるとそこにはキノコの魔物の姿をした精霊がそこにいた。


「なんだ、いるのだったらもっと早く姿を見せてくれれば良かったであろうが。」


 ベネディトは自身が正しく名前を呼びかけなかったことを棚に上げて文句を垂れたが、剣の泉の精霊は半ば呆れたというより諦めたかのように嘆息混じりに答えた。


「すみませんでした。しかし私にも精霊としての自負というものがあるのですよ…。それよりも斧探しの旅はどうでしたか?いい斧には出会えましたか?」


 剣の泉の精霊の問いにベネディトは俯きがちに首を横に振って答えた。


「そのことだが全くもってダメだったぞ。お前が紹介してくれた斧はどれもこれもごくごく普通のきこりが使うに値するものではなかった。」


 ベネディトの発言を端で聞いていてアルドは少し驚いた。なぜならアルドはベネディトがルチャナ砂漠で3振り目の斧探しを終えた後、掘り出し物を見つけたと言ったのを聞いていたからだ。アルド自身にはそれがなんなのかは分からなかったが、さきの泉の精霊の問いには当然肯定的な返事をすると思っていたのだ。


「ちょっと待ってくれベネディト。お前たしか掘り出し物を見つけたといってなかったか?」


 アルドは率直に疑問に思ったことを問うた。


「ん?今まさにそのことを言おうと思っていたところなんだが。」


 間の悪いアルドの問いにベネディトは素直に答えたが、その声音は話の腰を折られたことをやんわりと伝えるには充分であった。


「あ、そうだったのか。すまない続けてくれ。」


 ベネディトの声に宿る気持ちをアルドも理解し本題を促した。


「うむ。」


 そういうとベネディトは泉の方へ振り返り、剣の泉の精霊からもらった斧を取り出し精霊の方へと斧を見せつけるように突き付けた。


「キノコよ、これを見てくれ。」


 剣の泉の精霊は突き付けられた斧を一目見て武器を司る精霊の力によりその武器が如何なる経緯を経て強くなってきたかを、過去に事例の無い特別な武器であることを瞬時に、そして完璧に理解した。

 また同時にベネディトがその武器を見せつけてきた意図もある程度理解していた。

 しかし、その上で敢えてベネディトにバトルアクスを見せつけてきた意図を問うた。


「そのバトルアクスは私が最初にお渡ししたものですね。ふふ、随分力を蓄えて成長したようですね。武器の成長は剣の泉の精霊としてもとても嬉しいことです。ですがそのバトルアクスがどうかされたのですか?」


 ベネディトはうむ、と一度首肯すると剣の泉の精霊の質問に答えた。


「たしかにお前が紹介した斧はどれも優れた斧であったが、俺というごくごく普通の木こりが使うには適さないものばかりだった。だが武器の精霊たるお前がそのことを知らなかったはずもない。ならばなぜその様な斧を薦めてきたのか…。」


 ベネディトはそこまで喋って一呼吸置いた。

 剣の泉の精霊は静かに、そしてアルドは固唾を飲んでベネディトの次の言葉を待っていた。


「お前がなぜそのような所へ斧探しに行かせたか。そう、それはお前が最初にバトルアクスとして渡してきたこの斧を俺に相応しい斧へと成長、進化させ俺にこの斧を受け入れさせるため!そうだろ?」


 ベネディトはズバリと言い終えてはっはっはと豪快に笑った。


「ほう、何故そう思われたのですか?」


 剣の泉の精霊は優しい声色で、実際は頭の中に直接語りかけているので音声があるわけではないが、それでも優しく語りかけているのが分かるような声でベネディトにそう思った理由を訊いた。


「理由はこうだ。このバトルアクスは月影の森では俺の求めるように森の魔力を吸い、見事月を三日月にしてくれた。そして魔獣城では俺の呼びかけに答えてヴァレスの歴戦の斧に勝るほどの強靭さを示してくれた。正直なんで剣の泉の精霊ともあろうものが俺というごくごく普通の木こりに相応しくない斧の在りかを教えたのか、斧探しの途中疑問に思わなくもなかった。しかし、それよりこのバトルアクスがまるで今まで自分が使っていた斧のように自然と手に馴染んで、斧もそれを握っている俺自身も力が漲ってきたことによって理解したのだ。キノコよ、もしかしたらお前はこの斧探しを通してこの金と銀の斧の力を得たバトルアクスを俺に相応しい質の良いごくごく普通の斧へと進化させようとしているのではないか、とな!」


 ベネディトが自信満々で渾身の推理披露をした傍らアルドは一人、


「(そんなこと思ってたのか!?)」


 と心の中で驚いていたがしかし、剣の泉の精霊の方はそれを聞いて少し嬉しそうにしていた。


「ふふふ、なるほど。では最後の一振りは何のために探させたとお思いですか?」


 剣の泉の精霊はルチャナ砂漠にあった最後の一振りを探させた理由をベネディトに訊いた。

 ベネディトはふっと笑うとそれに答えた。


「最後のルチャナ砂漠の封印。あれを破るには渾身の力で針の穴に糸を通すような大胆かつ繊細な技が使えなければ斧もそれを振るう人も黒い渦にずたずたにされてしまうようなものだった。つまり最後の封印は斧の使い手自身の力が問われていた!これでどうだ?」

「お見事その通りです。」


 ちなみにと前置きしてベネディトは言葉を付け加えた。


「俺以外の木こりだったならここが最も難しいところになっていたのだろうが、俺にとってはいつも通り木こりとして最高の仕事をするのとなんら変わりない造作もないことだったがな。」

「ええ、分かっています。あなたならきっと乗り越えてくれると思っていましたよ。それでどうでしょう?斧探しの中であなたとその斧はとても相性がいいものと理解していただけたでしょう?ですからどうかその斧を受け入れてはくれませんか?」


 剣の泉の精霊は縋るように言った。


「はあ、全く何を言っているんだか。聞くまでもなく答えは当然『はい』に決まっている。なぜなら…。」


 ベネディトはそこまで言い終えると斧を素振りして再びビシっと剣の泉の精霊に突き付けて言い放った。


「これは俺が落とした斧だからだ!」

「ええ!?やっぱりそうだったのか!」


 黙って話を聞いていたアルドだったがさすがにベネディトが最初言っていたことと正反対のことを言い始めたのには驚いた。

 しかしその一方で剣の泉の精霊はとても冷静だった。


「どうやらやっとその斧を自分の落とした斧だと認めていただけたようですね。」

「ああ、さすがにあれだけ使っていけば嫌でも分かるというものだ。最初は『バトルアクス』なんて言われて渡されたから自分の斧ではないと思ったがここまで見た目や使い心地が同じだとさすがに認めざるを得なかったさ。」


 そう言ってベネディトは斧をしまうと剣の泉の精霊に疑問に思っていたことを訊き始めた。


「しかし解せないことが多いな。なぜ俺がごくごく普通の木こりの斧として認めないであろう斧を探させたのか。俺がこの斧を最初自分のものと認めなかったのはいいとして、お前はこの斧を諦めさせて別の木こりに相応しい良い斧の在りかを教えればよかったのではないか?なぜそうしなかったのだ?」

「それはその斧を受け取っていただかなくてはならない制約があるからです。武器の所有者が武器を泉に落とす、そして私は武器を拾い、それを返す前にその者の正直さを問う。嘘つきならば武器を没収し、正直者ならば落とした武器に付加価値を付けて返す。泉に落とされた武器は落とした者に確実に返す。それが剣の泉の精霊の基本的な役目なのです。世界のシステムと言っても差し支えないでしょう。起源や意味のあることではないのです。」

「ううむ、結局理由はよく分からんがそういうものだということで納得しよう。これ以上は追及すまい。」

「ご理解いただきありがとうございます。」


 こういった二人のやり取りを黙って聞いていたアルドだが、不意に気になったことがあったので口を挟んだ。


「ちょっと待ってくれ泉の精霊。ベネディトにその斧を受け取ってもらわなくちゃいけないのは分かったけど、それなら最初武器を失くしたなんて嘘を吐いて斧探しなんてさせないで、渡す武器を間違えたふりをして渡しなおせばよかったんじゃないか?」

「…あっ。」

「もしかして気づいてなかったのか!?」

「それよりもです!」


 剣の泉の精霊は語気を強めていった。


「ベネディトさん、聞いてください。」

「なんだ?」

「実は今回の件であなたの斧がどうやらあなたの運命の一振りになってしまったようです。それが何を意味するかわかりますか?」

「運命の一振り?」


 ベネディトは運命の一振りという言葉がぴんときていないようだったが、アルドには思い当たることがあった。


「次元の狭間の鏡から出てくるやつと同じってことなんじゃないか?」

「ああ、あれか。なるほど理解した。」


 それに剣の泉の精霊が言葉を加えた。


「ええそうです。ですから私も驚いています。こんな形で武器の顕現がなされた前例はありません。しかし斧は言っています。『自分はベネディトさんと共にありたい』、と…。斧探しに行く前、ベネディトさんに自分がベネディトさんの斧だと分かってもらえなかったことや、斧探しの中でベネディトさんと力を合わせたことで斧の気持ちに変化があったのかもしれません。剣の泉や顕現の鏡を介さず魔剣でもないごくごく普通の武器の方から積極的に持ち主と共にあろうとする運命の武器になるなんて通常はあり得ないことですので。」


 剣の泉の精霊は続けた。


「そしてそれが意味するところは…。」


 剣の泉の精霊が言い終える前にベネディトは言った。


「言わずもがなだ。」


 ベネディトがそう言って泉を覗くとそこには当然泉の水面に斧を持つ自分が映り込んでいた。

 そして次の瞬間泉に映ったベネディトの影が斧を戦うときのように構えなおし、水面から飛び出してきてベネディトと対峙した。

 すかさずベネディトは斧を構えて言った。


「顕現ならば最後の試練としてこれが待ち受けているはずだからな!」


 アルドも素早く剣を構えてこれに応じた。


「助太刀するぞ!」

「ふっアルドならそうするだろうな。ありがたい!!敵は俺の姿をしているが迷わずいつも通り”普通に”戦えばいいからな!」


 そしてアルドたちとベネディトの顕現武器との戦いが始まり、激闘の末アルドたちは見事勝利したのだった。


 倒れたベネディトの影は光の粒子となってベネディトの持つ斧へと吸い込まれていった。


「おめでとうございますベネディトさん。斧も大変喜んでいますよ。」


 ベネディトは斧を掲げて答えた。


「うむ。これでこの斧もごくごく普通の最強の斧となったわけだな。」


 ベネディトの言葉を聞いてアルドはずっと気になっていたことを訊いた。


「なあベネディト、ずっと気になってたんだけど質がいいとか最強とかってごくごく普通から遠ざかってないか?」

「たしかに斧も格段に強くなったし、俺もごくごく普通の枠から卒業する時が来たのかもな。」

「いやそういう意味じゃなくて…。」

「そうだ!目指すは世界樹伐採なのだからそれを成せる木こり、つまり世界一の木こりをこの機に目指すとしよう。」

「いや、世界樹は切っちゃダメだし、質問のこたえになってな…もういいか。」


 ベネディトの変わり者っぷりにさすがに呆れ果てたのかアルドはもう細かく気になるところは諦めることにした。

 アルドが嘆息を今にも吐き出そうとしていると、ベネディトは何度目になるか分からないがまた斧を掲げた。


「やがて世界樹を切る斧よ。これからもよろしく頼む。」


 そしてベネディトは剣の泉の精霊に向き直った。


「キノコには迷惑をかけてしまったな。すまなかった。そして斧を強くしてくれたこと感謝するぞ。」

「いえこちらこそ武器の可能性を見せていただき貴重な体験でしたよ。ですがこれからは武器を落としたりしないよう大切に扱ってくださいね。」

「ああ、それじゃあな。」


 ベネディトは斧をしまってアルドに呼び掛けた。


「さて、ではアルド行くぞ!」

「ん?どこか行きたい場所でもあるのか?」

「決まってるだろう。今から世界樹を切りに行くんだ。さあ、次元戦艦で未来へ連れてってくれ。」


 そういうとアルドの返事も待たずベネディトはまたあらぬ方向へと走りだした。

 そしてアルドは、


「世界樹は切っちゃダメっていったろ…ってもう行っちゃったのか!?しかもそっちは森の出口じゃないぞ!」


 と、またしても大急ぎでベネディトを森の奥へと探しに行き泉には剣の泉の精霊だけがぽつんと取り残された。


「おーいベネディト待てってばー!」


 泉にいる精霊にはアルドのその声だけが聴こえていた。


「ふふ、では私はもう眠りにつかせていただきましょう。」


 剣の泉の精霊はそう呟くと泉のほとりの大木を向き、


「ええ、たまにはこういうのもいいかもしれませんね。ただもうちょっと面倒くさくない性格の人間の方が個精霊的にはありがたいですが。ふふふ。」


 と誰かの声に答えるように一人心の中で呟くと既に光を放っていた泉の中へと消えていき、そして剣の泉の精霊が消えると光も静かに消え、そこにはただ波一つない泉と傍らに大木が立っているだけだった。

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金のバトルアクス、銀のバトルアクス @jaywalk

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