第4話 ごくごく普通の木こりの力
ルチャナ砂漠。
中央大陸の東端の島。
そこの世界樹の根元に二人は来ていた。
二人は既に質の良いごくごく普通の斧を求めて砂漠中を歩き回っていたが、斧どころか砂嵐の砂一粒すら見つけられず今は世界樹の木陰で休息を取っていたのだった。
アルドは影の濃い涼しいところに入るとふぅと息をつき口を開いた。
「う~ん、3振り目の斧は止まぬ砂嵐に守られてるって話だったけど、今日の砂漠はすごい穏やかな天気で砂嵐なんて全然なかったよな?暑かったけど…。」
しかしベネディトはアルドの問いかけに黙ったままただ世界樹を見ていた。
「どうしたんだベネディト?」
返事が無いのでアルドは再び問いかけた。
「いやな、木こりとしていつかはこの世界樹のように大きな木に挑んでみたいものだとそう思っていたんだ。」
「…この樹は切らないでやってくれよ。」
「分かっている。それよりあのキノコの言っていた斧は一体どこにあるんだ?あのキノコまさかいい加減なことを言ったのではあるまいな。」
「う~ん、そんなことないと思うけど。今までの2振りはちゃんとあったわけだし。もう一度よく探してみよう。」
「仕方ない。そうするか。」
アルドたちが再び斧探しを始めようとしたその時、
「ポポポウ…!?」
と甲高い声を上げながら酷く慌てふためいた様子のノポウ族が走ってきて二人のそばですっころんだ。
「わわっそんなに慌てて一体どうしたんだ。」
心配して声をかけたアルドだが、急に近づいてきたアルドにノポウ族の方は驚いてしまったようで、
「ポ、ポポウ!?」
と悲鳴を上げた。
「おいおい大丈夫だって俺たちは何もしないよ。それより怪我とかしてないか?」
アルドの声に悪意は無いと判断したのか身振り手振りとノポウ語で色々状況を伝えようとしてきた。
「ポ!ポウポポ!ポポックルッポ!」
「参ったな。今は何て言ってるか分からないな。ベネディトは分かるか?」
アルドの問いにベネディトは腕組みをして答えた。
「全く分からん!」
「だよな。てかそんな自信満々にいうことか?」
「しかしだ。」
「?」
「しかし今すべきことは分かるぞ。」
ベネディトがそう言った時、ノポウ族の来た方向から大きな蛇の魔物が飛び出してきた。
その刹那ベネディトはバトルアクスを素早く取り出し蛇の魔物を一閃して言った。
「危険の排除だ!」
「このノポウ族は魔物に追われていたのか。」
「どうやらそうらしいがアルドよ、まだ敵は片付いていないぞ。」
ベネディトがそう言ってノポウ族が来た方向を見ると蛇の魔物がわらわらと大量に湧いてきた。
「よし、まずはこいつらを倒そう!」
アルドはそういって剣を取り出し構えた。
「おう!行くぞ!」
しかし多数の蛇の魔物も二人の前にはあっという間に全て倒れていった。
そして蛇の魔物たちを倒し終えるとアルドは剣を収め、ベネディトもバトルアクスをしまった。
「ふう、片付いたな。これでこのノポウ族も安心だな。」
「そうだな。しかしアルド。どうやらそのノポウ族はただ魔物に追われてここに逃げて来ただけってわけではなさそうだぞ。」
「どういうことだ?」
ノポウ族が二人を案内するようにどこかを指差していた。
「ポポウポウポポ。」
それだけいうとノポウ族は指さした方へ走って行った。
アルドはその様子を見て言った。
「なにか誘ってるみたいだし、追いかけてみよう。」
「そうだな。今は斧探しも何の当てもないわけだしノポウ族に付き合おう。」
そして、二人は急いでノポウ族の後を追いかけた。
ノポウ族を追いかけた二人はルチャナ砂漠の北西辺りにその姿を捉えた。
「いたぞ。」
ノポウ族は遺跡跡の石柱の傍で二人が来るのを待っていたようだ。
そして、ノポウ族の元に辿り着いたアルドは訊いた。
「ここに何かあるのか?」
「ポックル!」
アルドが声をかけるとノポウ族は石柱の足元を指さした。
「ん?そこに何かあるのか?」
アルドがノポウ族の指さした所を覗き込むとそこには地下へと続く石でできた階段があった。
「これは!?」
アルドに続いて石柱の足元を覗きに来たベネディトも驚いていた。
「こんなところに階段とはな。さっき俺たちがここら辺を探し回った時はなかったよな。」
「たしかに。」
と、アルドたちが不思議がっていると、
「ポウポポ。」
ノポウ族が何か得意げにし始めた。
アルドがそれを見て、
「もしかしたら自分が見つけたって言いたいのかな?」
と訊くと
「ポポウ!」
とノポウ族は元気に返事をした。
そして石柱や階段をじっくり観察していたベネディトが口を開いた。
「なるほどな。俺とアルドがここを探した後にここを発見したといったところか。この石柱もずらされた跡、何より地下への階段がこの砂漠の砂で埋まっていないことからおそらくさっきまでこの石柱で蓋されていたんだろう。」
「じゃあ、さっきの魔物はここの封印を解いたときに湧いて出てきたのかもしれないな。だとしたらまだこの奥にさっきの魔物の仲間が潜んでいるかもしれないな。」
「だろうな。そして放置しておけば十中八九ザルボーの方にまで魔物が流れていくだろう。どうするアルド?」
「聞くまでもないさ。俺たちでここの魔物がザルボーを襲う前に退治しよう。それにこの奥はまだ探してない場所、つまりベネディトの探している斧があるかもしれないんだ。」
「ふっそうだったな。では早速行くか。」
そしてアルドとベネディトは地下への階段を下りて行った。
その様子をノポウ族はじっとして見送ると、
「ポッ。」
と言ってこっそりと二人の後を付けて行った。
ルチャナ旧跡は謎に満ちている。
いまだその全容は明かされておらず、その広さ、深さ、誰がいつ作ったものか、その一切が不明である。
アルドたちは階段を降りた先がいつぞやに見たことがあるルチャナ旧跡の一部であることは一目で理解した。
階段を降りたアルドたちが少し進むと狭い入り口がありそこを抜けるとやや開けた場所に出た。
そこは部屋になっていて、向かいの壁面は瓦礫で埋まっているが大きな通路の入り口と思われるアーチ状に縁どられた跡があり、アルドたちが来た通路が正規ではない道、その部屋から外へと抜ける隠し通路であることは容易に察せられた。
しかしそのような遺跡の構造などどうでもよくなるほど目立つものが部屋にはあった。
部屋の中心、そこには1本の大きな黒い柱のようなものが床から天井に通っており、その柱のようなものを中心に部屋の空気が渦を巻いて風が吹きすさんでいた。
「これは…。」
ベネディトが黒い柱のようなものを睨みつけ呟き、辺りの瓦礫を見回した。
一方アルドは辺りを見回し、
「どうやら魔物はいないようだな。」
と胸をなでおろしていた。
そしてそのまま柱へと歩いて近づいた。
「それにしても屋内だっていうのに風が強く吹いてるな。この柱を中心に吹いてるみたいだけど何かあるのかな?」
そういってアルドが柱に手を伸ばそうとした瞬間ベネディトが大声でそれを制した。
「よせアルド!!」
「うわ!なんだよいきなり。」
ベネディトの声に驚きながらもアルドは手を引っ込めた。
「それはつまりこういうことだ。」
そういうとベネディトは足元の小石を拾い柱に投げた。
すると柱に跳ね返されて落ちると思われた小石はチュインという高い音を立ててさらさらの粉末のような砂になり宙に流された。
「な!?」
アルドはそれを見て間抜けな声を出したが、同時に自分がもし柱に触れていたらどうなていたかも理解しベネディトに感謝した。
「あ、危なかったぁ。ありがとうなベネディト助かったよ。」
「ああ、この部屋の風と辺りに散らばる瓦礫を見て分かったんだ。この部屋の瓦礫はほとんどが砂だけどよく見ると木や金属までが砂のようになっていて部屋の中心から円形に広がっている。そしてその柱、それは厳密には柱ではないぞ。」
「ん?」
アルドは柱を凝視して正体を知った。
「これ、よく見るとすごい細かい黒い砂みたいなのが竜巻みたいになってるんだ!って、あれ?もしかしてこれって…。」
「だろうな。おそらくこれがキノコの言っていた砂嵐だろう。よく見ると時折砂嵐の隙間から奥に宝箱らしき物も見えるし間違いないだろうな。」
「やっと見つけた!って思ったけどこの砂嵐はどうしよう。宝箱を取ろうにもこれじゃあ手も足も出ないな。みんな鑢に削られたみたいになってしまうぞ。」
「ああ。だがよく見てみろ。宝箱の上のあたりだ。」
アルドはベネディトに言われた通り宝箱の上、砂嵐の中ほどを見てみると隙間から一瞬きらりと光る拳ほどの大きさの赤黒い宝石が見えた。
「これがもしかしてこの砂嵐を起こしてるのか?」
「確信はないがそうだろうな。見たところここは宝物庫のようだし、理屈は分からんがおそらくその宝石で黒い砂嵐を起こし宝物を守ってるんだろう。」
「じゃあこの宝石を何とかして壊せばこの砂嵐を止められるかもしれないな。けどその宝石自体その砂嵐の中だしどうやって壊そうか。」
「ふっ。アルド、俺を誰だと思っている?」
「え?誰ってそりゃ歴…(戦の斧使いって言ったら怒るよな。)…そりゃ木こりだと…。」
「”ごくごく普通の”木こり、だ!」
「あ、ああそうだよな…。」
食い気味にごくごく普通であることを強調したベネディトだがとりあえずといった感じで話は続けた。
「まあいい。とりあえずこの柱のような砂嵐をよく見てみてくれ。まるで黒い1本の大木のように見えないか?つまりこれはごくごく普通の木こりとして俺が宝石ごとこの砂嵐、いやこの黒き大木を切るべきとそうは思わないか?」
「まあ木に見えなくもないけど。ていうかこれを切るって本気か?」
「無論本気だ。実はキノコから貰ったこのバトルアクスだが月影の森で魔力を吸い、魔獣城で力が大きく高まっている…。そう、今のこのバトルアクスは切れぬものは無いほどの大業物となっている!つまりこの斧に木が切れるかどうかは振るう俺の腕しだいということだ!そして俺はごくごく普通の木こりとして最高の仕事ができる男。つまりこの黒き大木は俺を相手取った時点ですでに切られているようなものということだ!」
びしっと腕を突き出して得意顔でベネディトは言い放ったが、アルドはその勢いにただただ圧倒されていた。
「お、おう…。」
「ふー、では切り倒させてもらおう。はああ…。」
そういうとベネディトは斧を掲げて全ての力を斧に集中させていった。
すると部屋を渦巻いていた風は徐々に止んでいき、まるで風を吹きすさばせていた宝石の魔力が斧に集まっていっているようだった。
そしてついに部屋を吹きすさぶ風が完全に止んだ。
しかし部屋を吹きすさんでいた風が完全に止んでもその中心である黒い砂でできた渦は全く勢いが衰えていなかった。
「本当にすごい力だ。」
アルドは斧に集まっていく力のオーラに圧倒されて腕で顔を覆い隠していたがしっかりと状況を見守っていた。
やがて斧の力が高まりきるとベネディトは腰を落として重心を下げ、掲げていた斧を腰の高さに構えてから大きく振りかぶって渾身の力を込めて振るった。
「へいへいほぉー!!」
ベネディトは強く意気込むと音より速く黒き木の横を駆け抜けた。
キンと高い音が部屋に響くと黒い砂嵐の中心にあった赤黒い宝石は粉々に砕け、黒い木のようになっていた黒い砂嵐は霧散した。
「やったじゃないかベネディト!」
「”ごくごく普通の”木こりとして当たり前のことを成し遂げたまでだ。」
「その割には随分嬉しそうじゃないか。」
「ふっ…。」
本人はいたってクールなつもりなのだろうが隠しても隠しきれていないベネディトの喜びようにアルドはあははと笑った。
「そうだ、アルド。肝心の宝箱はどうだ?」
「よし見てみるか。」
アルドは宝箱に近づきそして開けた。
「あった!斧だ!」
しかしアルドが斧を見つけて歓喜の声を上げた瞬間アルドの足元を黒い影がすごい速さで駆け抜けた。
「なんだ今のは!?…ってあれ?宝箱の中の斧が無くなってる!」
アルドが驚いているとベネディトが冷静に言った。
「斧ならほれそこに。」
ベネディトが指さした先にはさっきのノポウ族が立っておりその手には古びた斧が握られていた。
「あ!お前が持っていったのか。そうかノポウ族は武具に宿るモヤモヤを好むって話を聞いたな。」
「なるほどな。おそらくそのノポウ族はこの斧に宿るモヤモヤを嗅ぎつけたが、さっきの封印に阻まれ手に入れることができなかった。そしてそんなところに俺たちが現れノポウ族に利用されたといったところか。」
ベネディトたちが状況を話しているとノポウ族は斧を大切にそうに抱えこみ、
「ポクルゥゥゥ…。」
オモチャを独り占めしようとする犬のように唸っていた。
それを見てアルドは、
「どうする?ベネディト。なんとか返してもらおうか?」
「いや、いい。その斧はこいつにくれてやろう。」
「いいのかベネディト?もう泉の精霊に教えてもらった斧の在りかはこれで最後だぞ。」
「ああ、かまわん。その斧も古ぼけているところを見ると元々価値のある古物としての斧が宝箱に仕舞われていただけといったところか。とてもじゃないがその斧で木を切ることはできないだろう。それよりもキノコの元へ一度戻ろう。今回の斧探しで思わぬ掘り出し物があったからな。」
「?そうかベネディトがそういうならそれでいいよ。」
アルドが言葉を終えるとベネディトはノポウ族に近づいた。
ノポウ族は更に警戒を強めているようだった。
「そう怖がるな。その斧はお前のものだから安心しろ。しかし魔物といい封印の竜巻といい、あまり危険な所には首を突っ込まないことだな。命あっての物種だぞ?」
「ポ?ポポウ…。」
ベネディトの言葉を理解したのかノポウ族は頷くと遺跡の外へと走って出て行った。
「なんだベネディトにもそういう優しいところがあるんだな。」
「そんなものではない。ただ物の分からぬうちに危険なことに首を突っ込んで運命に翻弄された子供を知っているというだけだ。ではアルドよ、泉へ急ぐぞ。」
ベネディトはそういうと遺跡の出口へと向かった。
「ベネディト…?」
アルドはベネディトの言葉に何か引っかかったがベネディトの後を追った。
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