黒野龍馬は悪魔を見つける

「おいどうした龍馬!その右手!」


「そうだよどうしたその怪我!?」


休日明け。登校した龍馬を待っていたのは右手の包帯を見た親友達からの心配の声だった。


「いやぁ、アルバイトの調理場で火傷してな」


龍馬はとある飲食店でバイトしているという設定でブラックウィングの活動をしている。なのでこの理由が直ぐに浮かび、右手の怪我を誤魔化す。


「それでも心配だ。火傷は痛まないか?」


「本当に大丈夫かよ?」


健吾と星矢から心配の声が上がる中、龍馬は軽く笑う。


「大袈裟に見えるだけだから大丈夫。大した怪我じゃないよ」


「それなら良いが……」


「ちゃんと労災手続きしてもらえよ」


「分かってるよ」


怪我の事を一段落させ、三人は授業が始まるまでの間、他愛もない雑談で花を咲かせる。


そんな龍馬を、特に彼の右手を遠くから注視している人物がいた。綾乃だ。


「……」


「姫路ちゃん?どうしたの?」



「いえ、なんでも無いですよ」  


綾乃は龍馬の傷が気になるが、飛鳥に話しかけられた事でそちらへと意識を向けるのだった。




授業中。龍馬は教師の授業内容をノートに書き込もうと、シャーペンを右手で持とうとするが、昨日の怪我の痛みが走り、シャーペン落としかけるも、ギリギリ左手で手に取る事に成功したのでそのまま左手で慣れないながらもノートに記入していく。


その時も、綾乃は授業を聞きながらも龍馬の右手を見ながら、思案していた。



昼休み。金曜日から始まった五人での昼食の時。


龍馬が綾乃から受け取ったお弁当を食べようと、右手で箸を持とうとした時。またも痛みが走り、落としそうになるが、そこを綾乃に救われる形で箸を落とさずに済んだ。


「あ、ありがとう姫路さん」


そう言って龍馬が箸を受け取ろうと手を差し出すも、綾乃は渡す気配を見せなかった。


「姫路さん?」


「……その手でご飯食べるのがままならいくらい痛むんですよね?」


綾乃が真剣な声音で龍馬に問いかける。


「まあ、少し痛むけど…」


龍馬が率直に伝えると、綾乃は意を決して彼に提案する。


「分かりました。だったら、私が箸を使って食べさせてあげます」


「……えっ」


(今、食べたせてあげると言った?なんで!?)


綾乃の言葉の意味が分からなく、戸惑う龍馬。


「いやいや、左手で食べるから大丈夫だよ」


龍馬が軽く笑いながら箸を渡してくれとやんわり言うも、綾乃が渡す気配は無かった。


「慣れない左手で食べるより、わたしが食べさせてあげた方が早いと思います」


「いや、でもそこまでしてもらわなくても……」


「いえ、私がしてあげたいと思ってるだけなので気にしないで下さい」


「いやいや、大丈夫だから」


「いえ。気にしないでください」


「いやいや」


「いえいえ」


二人の押し問答が続くなか、お互いに譲らない状況を見ていた健吾、星矢、飛鳥はというと


(何故龍馬はそこまで意固地になるんだ?)


(くそぅ!龍馬の野郎!男にとって女子にしてもらいたい事トップ10に入るアーンを拒むとはどういう事だ!)


(わあ、姫路ちゃん大胆だね)


健吾は首を傾げ、星矢は羨ましさから来る悪態をつき、飛鳥は感心していた。


「はぁ…分かったよ。それじゃ頼むよ」


押し問答に疲れたのか、龍馬の方が折れて綾乃の提案を飲む事にした。


「ほ、本当ですか!?」


「ああ」


龍馬が肯定の返事をすると、綾乃は向日葵の様な満面の笑みを浮かべながら龍馬のお弁当のおかずを箸で掴み、左手で皿を作りながら龍馬の口元に持っていく。


「それでは黒野君。アーンしてください」


「……アーン」


流石にアーンと言いながら食べるというカップルの様な真似は出来ないながらも、頼んだからには乗るしかないと思い、口を開く龍馬。



龍馬が開いた口に、綾乃がおかずを入れて行き、箸を口から抜いてもらってから咀嚼する。

その際、いつもより舌から感じる甘さに何処か悪くないと思いながらも食べて行く。


食べる時はずっと綾乃の目と龍馬の目が合う。黒いダイヤの様に輝く瞳を見るたびに龍馬は恥ずかしさから顔が赤くなる。


(…世の中のカップルはこれを平然とやれるのか!?)


龍馬は心中で公然とこんな事が出来るカップル達の凄さに驚愕しながらなんとか完食までこぎつける。


「ご、ご馳走様でした……」


「はい。お粗末様でした」


昼食を食べただけなのに、どっと疲れた龍馬。それもその筈。綾乃に食べさせてもらっている間は健吾、星矢、飛鳥がずっとこちらを見ていて緊張したからだ。


(なんでここまで疲れなきゃいけないんだ……)


肩で息を吐いて疲れを取ろうとするも、星矢がニヤニヤと笑いながら肘で龍馬の脇腹を突っつきながら絡む。


「このモテ男さんよ。美少女からのアーンっはどうだった?」


羨ましさと、興味の半々で尋ねてくる星矢に龍馬は素直に思った事を口にする


「……緊張したけど、まあ悪くはなかった…」


「っ!本当ですか!?」


「あ、ああ」


「そうですか…ふふ」


龍馬の感想に綾乃は嬉しそうな笑顔を向ける。大輪の花の様な笑顔は星矢は勿論のこと女性に興味のない健吾どころか、同じ女性の飛鳥すら心臓を高鳴らせる笑みで、それが自分に向けられている事に気づく龍馬は素直に疑問を持つ。


(俺、彼女に何かしたか……?)


龍馬は何故ここまで自分によくしてくれるのか、分からなかった。


転校してくるまでに接点は一切ない自分と仲良くなりたいのなら百歩譲って分かるが、今日の様なことはしない筈だとも龍馬は考える。


しかし、考えても考えても答えは出ず、健吾達が何か話してるのは分かっても、頭に入ってこない。


答えが出ないまま悩んでいると、授業開始5分前のチャイムが鳴り、思考は途切れたのを切っ掛けに今回の事を頭の隅に追いやり、切り替えると、五人で教室に戻った。



夕方。全ての授業が終わり健吾も星矢もそれぞれ自分の時間の使い道へと行ったので、龍馬も家に帰ろうとしていた時。綾乃が話しかけてくる。


「黒野君。一緒に帰りませんか?」


彼女の提案は龍馬にとって是が非でも欲しかったものだった。


自分への接し方についての理由が気になっていた龍馬は勿論と答えて、二人で帰る事にする。


その際残っていたクラスメイト達がざわついていたが、龍馬はそれどころではなかったので、気にせずに教室を出た。


帰り道。龍馬は綾乃を駅前のマンション迄送る道すがら、尋ねる。


「なあ、姫路さん」


「なんでしょうか?」


「なんで俺に対して今日みたいな事をするんだ?」


「そ、それは……」


綾乃は言い淀む。彼女は自分の気持ちをここで告げても良いのかと葛藤する。


(私が黒野君に対して憧れの気持ちと恋心を抱いている事を伝えたとして、彼が私の恋心を受け入れてくれるでしょうか……)


何か答えなければいけないとは思いつつも、言葉が出ない。数秒の沈黙が数時間にも感じさせられる空気の中、綾乃は自分の想いを告げる。


「貴方は私の…憧れなんです」


綾乃は今は伝えるべきでは無いと分かっているからこそ、恋心だけは隠す。


「憧れ?」


「はい。黒野君と私、実は中学生の時に会ってるんですよ」


「関東圏に居たのに?」


「はい。黒野君は覚えていますか?あの日の事を……ゾウの怪人に連れ攫われそうになった女の子の事を」



龍馬は綾乃から聞いた怪人のモチーフで、その日の事を思い出す。その日は確か関東圏まで行かなければならない依頼をこなした帰りにお土産を探そうとしていた龍馬の携帯端末に国から緊急出動の要請が来て、現場に駆けつけた時にゾウの怪人は自分と同い年の少女が連れ去られそうになっていた事を。



「覚えてるな……確かに女の子を助けた事」


「その時の女の子が…私なんです。あの時から私は貴方への憧れを持ってこの世界に飛び込んだんです…努力の成果は消えてしまいましたけど」


ふー、と息を吐く綾乃。彼女からは悔しさのようなものは感じなく、寧ろ清々したような感情すら感じさせる。



「…いつかその経験が活きるところがくる筈だから……そんなに悲観しなくて大丈夫さ」



「ふふ、その日が来るのが楽しみです」



(その微笑みは反則だろ……)


憧れとは違う何かがこめられた微笑みをする綾乃を見て思わず顔が赤くなりそうだった龍馬は顔を逸らす。


(……ん?)


逸らした先に違和感を感じる龍馬。それは裏路地で、町の人間にしては見慣れない格好をした二人の男性が屯しており、何か葉巻の様なものを吸っている。その葉巻の煙の臭いが龍馬の鼻まで届く。その臭いはタバコの様な臭いではなく、甘い臭いだった。その臭いに心当たりのある龍馬は綾乃に見せた事の無い憤怒の表情を見せながら、すぐさま行動に移す。


「姫路さん。カバンを頼む。それと警察に連絡も!」


「は、はい!」


カバンを綾乃に預け、龍馬はドラゴニックバックルを取り出し、腰に装着する。


「ドラゴンチェンジ」


ドラゴニックバックルの持ち手を引っ張りドラゴニックエンブレムを展開すると、龍馬は黒き龍の鎧をその身に纏う。



ブラックドラゴンへと変身した龍馬は裏路地へと駆け出し、葉巻を吸ってる男達へと接近する。


「ん?げっ!?」


「な、なんでバレた!?」


男達はブラックドラゴンを見て直様逃げようとしたが、相手が悪かった。


ほんの少しだけ有った距離を一瞬で詰めより、男の片割れの土手っ腹に鉄拳を叩き込む。


「ぐへぇっ!」


苦悶の声を上げて男は崩れ落ちるのを尻目に、ブラックドラゴンはもう一人の男に回し蹴りを顎先に掠め当てて脳震盪を起こさせて行動不能にする。


二人の男を一瞬で無力化したブラックドラゴンは男達の吸っていた葉巻を回収していく。それは市販の葉巻ではなく何枚もの紙を何かの液体を染み込ませて、筒状に巻いたもので、紙が赤黒く変色してるのを確認すると、深刻な表情に変わる。


「っ!……やはりか……!」


ブラックドラゴンは急いでブラックウィング支部に無線を繋げる。


『こちらブラックウィング駅前支部。どうしました?ブラックドラゴン?』


ブラックウィングのオペレーターに連絡が着くと、龍馬は深刻な声で伝える。




『総統に連絡を頼む。EVILが明王町に持ち込まれたと』





ブラックドラゴンが男達を引きずりながら裏路地を出ると、そこには既にパトカーが一台到着しており、二人の警察官が降りてきていた。


二人がブラックドラゴンに気づくと、向かってくる。


「ブラックドラゴン!通報を指示したのは君かい?」


「ええ。俺が彼女に連絡を頼みました。彼女もブラックウィングの一員ですので」


そう言ってブラックドラゴンが綾乃に向くと、警察官の一人が其方に向く。


「成る程。それで迅速に行動に移せたのか」


「ええ」


ブラックドラゴンが警察官と話していると、綾乃が近づいてくる。


「あの、師匠。此方の方は?」


綾乃がおずおずと聞いてくると、二人の警察官は警察手帳を開きながら自己紹介する。


「明王町警察刑事部の柏木です」


「同じく明王町警察刑事部の佐藤です」


「姫路綾乃といいます!ブラックドラゴンさんの弟子をしております!」


柏木と佐藤の自己紹介に丁寧に自己紹介で返す綾乃。


「へぇ。あのブラックドラゴンに弟子とはね。詳しく聞きたいけど…ブラックドラゴンがいる時点でかなりの大事ですよね?何が有りました?」


柏木は鷹の様に鋭い瞳でブラックドラゴンを見る。その瞳からは真剣さが感じ取れ、事件の匂いを嗅ぎつけている事がわかる。ブラックドラゴンもまた深刻な声音で告げる。


「明王町にEVILが持ち込まれました」


「「「!!?」」」


ブラックドラゴンの放った一言に三人は驚愕する。それもその筈だ、何せEVILとはヒーロー、変身ヒロイン、悪の敵、警察からすれば根絶しなければならない物だからだ。



EVILとは、今は無き悪の組織であるダークが作り上げた液体麻薬の事だ。


一度でも使用すると脳内麻薬が異常分泌を引き起こし、疲労回復、気分高揚、全能感に満ち溢れるようになる。そして高い中毒性とEVILの薬効が切れるペースが速い分、乱用されやすい。


しかしこれだけなら普通の麻薬と一緒だが、EVILの恐ろしいところは、使用すれば使用するほどその人物が怪人へとなっていく事だ。


最初は筋力の異常的な上昇だが、それが段々と内側から身体を蝕み、作り替えられ、やがて怪人になってしまう。


一度怪人になった人物が自我の無い存在となり、EVILだけを求めて暴れ始める。更には治療法が無いことから、殺すことでしか止める事が出来ない。




そして、ダーク無き今でもEVILが流通するのは……ダークが壊滅する前に闇サイトであらゆる悪の組織に精製法を広めたからだ。



故にEVILは全ての悪の組織を壊滅させなければ精製は止まらず、怪人化を未然に防ぐための注意喚起も頻繁に行われている。


それだけ危険な物なのだ。



ブラックドラゴンが連行している者達がEVILを持っていた話を聞いた柏木は深刻な表情になる。


「どうしました?」


「いや、これは外れて欲しいことだとは思うんだけどね。君の方で、他の町では怪人がよく出没する話を聞いたことはあるかい?」


柏木の問いにブラックドラゴンは星矢がその話をしていた事を思い出す。


「聞いてます」


「なら多分話は速いね……多分だけど、これは明王町の近くの町でもEVILが持ち込まれてるね。現に裏路地ではあるけど、ブラックドラゴンが見つけてるし、少なくともこの二人も町の人間じゃない……となると」


「外部から流れてきてると」


「そうなるね」


柏木は頷きながらブラックドラゴンが掴んでいる男達を睨む。


「ブラックウィングの皆さんと我々明王町警察が守るこの町でEVILを持ち込んだこと……後悔させてやります…佐藤。パトカーに突っ込んでおいてください」


「分かりました」


柏木は鬼気迫るオーラを放ちながら佐藤に支持すると、ブラックドラゴンから男達を受け取り、手錠を掛けながら連れて行く。


「それじゃあコイツらから情報引き出しましたらブラックウィングさんの方にも送ります。その際共同戦線の依頼を送るかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


柏木は佐藤と共にパトカーに乗ると警察署に向かってパトカーが走り出す。これから事情聴取だろう。


ブラックドラゴンはバックルの持ち手を引き、ドラゴニックエンブレムを収納して変身を解除する。


「ふー。とりあえずは警察からの情報待ちだな……」


「そうですね…あの、黒野君」


「何?」


「もし、共同戦線の依頼が来て黒野君も向かう時……私を連れて行ってはくれませんか?」


「……ダメだ」


「なんでですか?」


「姫路さんはまだ父さんから変身アイテムをもらってない。それにヒーローライセンスも無いから、連れて行けない。絶対に戦わなければいけない展開になるところに非戦闘員は連れて行けないから」


「……だったら、その二つの条件が揃っていれば良いんですか?」


「勿論だ」


「分かりました……」



綾乃は悔しがり、唇を噛み締めながらも引き下がる。手先を見ると、力強く拳を握っている。この時ばかりは自分の無力さが恨めしいようだ。



「……警察との共同戦線に間に合うかどうかは分からないけど、父さんに変身アイテムの進捗を聞いてみるよ。それとヒーローライセンスの方も」


そんな彼女の姿につい心打たれたのか、龍馬は息を抜いて、気を楽にしながら綾乃に伝えると、真剣な表情で此方を見据えてくる。


「約束……ですよ」


「ああ」


「それじゃあ…連絡先を交換しましょう」


「そうだな……」


龍馬と綾乃はそれぞれ携帯端末を取り出して、連絡先を交換する。



交換し終えた龍馬は綾乃から鞄を受け取り、彼女を家まで送って行くと、自宅へと向かうのだった。


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