黒野龍馬は依頼を遂行する
日曜日。それは一週間の疲れを取り、英気を養う為に使う者や、稼ぎ時だとアルバイトなどに勤しむ学生等多数の時間の使い方が出来る一日。
龍馬は紺のパーカーに青のジーンズとスニーカーという私服姿で明王町駅の前に立っていた。
「少し早く来てしまったか……?」
龍馬は左手首に巻かれた時計を確認する。時刻は12時45分と刻まれている。
(まあ、嘉門さんももうすぐ来るだろうし……少しくらい待つのはいいか)
そう、龍馬は今日、先日立美から受けた依頼の為に駅前迄来ていたのだ。
時刻を確認した龍馬は飲み物でも買ってくるかと思い行動に移そうとした時、視界が闇に染まる。
「だ〜れだ?」
間延びしている綺麗なソプラノボイスが耳元に響く。どうやら誰かが龍馬の視界を塞いでいる様だ。
「またですか…嘉門さん」
龍馬はその正体に心当たりがあり、常習犯に対して呆れながら視界を塞いだ者の正体を暴く。
「正解」
龍馬の視界を覆っていた手を離す立美。龍馬が彼女の方に顔を向けると、立美は年下の少年を揶揄うお姉さんの様な笑みを浮かべていた。
茶色の瞳とボブカットがとても似合い、パンツスーツの下からでもわかるスタイル抜群な体、整った容姿から発せられるソプラノボイスは数多の男性を魅了するだろう。
立美は悪戯が成功したのに呆れてる龍馬に対してむくれる。
「もう、龍馬君はつれないわね。そんなんじゃ、彼女出来ないよ?」
「別に彼女はいらないので……」
「ダメだよそんな消極的じゃ。若いうちに彼女作らないと、生き遅れちゃうわよ」
「それ言ったら嘉門さんなんて……あっ」
「何か言ったかしら?」
「いえ!なんでもないです!」
これ以上言えば命は無いと、戦士の勘が囁いた龍馬は口を噤んだものの、立美には聞こえてたみたいで、目が笑ってない微笑みを貰い、背筋が凍る。
(あ、危なかった……)
龍馬は女性に行き遅れなどの話は触れない様にしよう。そう胸に刻んでいると、立美が時間を確認し、出発を促す。
「それじゃあ、行きましょうか」
「はい」
立美が先導して歩き出す。その間は他愛もない雑談をしながら歩いて十分もしないうちに目的地の写真スタジオに到着する。
そこは三階建ての建物で、二階の正面にデカデカとstudioアンゼリカと書かれた看板がつけられていた。
龍馬と立美はstudioアンゼリカへと入るための扉を潜り、メインスタジオまで向かう。
「おはようございま〜す」
「おはようございます」
龍馬と立美は業界用語の挨拶をしてスタジオ内に入っていく。
スタジオ内は沢山のカメラとレフ板と照明が乱立し、背景の白幕と合成用の緑幕の張られた場所がある。
既にスタッフ達が撮影の準備をしていて、かなりの緊張感に満たされていたが、龍馬と立美の挨拶で少し解れながらも二人の方を見ると、何処かホッとした表情で見てくる。
「?」
龍馬は自分を見てホッとするスタッフ達に首を傾げていると、立美が説明する。
「この間の子が大分やらかしてね……撮影自体やり直しになったから、今日は絶対成功させないと行けないの。だからピリピリしてた所を龍馬君が来た事で安心したんだよ」
「俺なんかで安心してもらえるのは嬉しいですね……期待されてる分依頼は熟させてもらいますよ」
合点の言った龍馬は気合が入る。尻拭いとは言えども依頼は依頼。依頼人の要望を叶えるのがブラックドラゴンとして、龍馬自身としてのプロフェッショナル精神を点火させる。
そんな龍馬の元に近づく人物が居た。
その人物は何処ぞのスポーツマンよりも筋肉の美しさが際立ち、筋肉の太さがスーツの下からでも分かるが、その顔は女性の様にメイクをしている美丈夫だった。
「いらっしゃい龍馬君。待ってたわ」
「お久しぶりです、アンゼリカさん」
彼?彼女?の名前はアンゼリカ。このstudioアンゼリカのオーナーでメインカメラマンを担当している。
「貴方ならアンと呼んで良いと言ってるのに。いけずね」
「依頼を遂行する為には、人の名前を気安く呼べるくらいの気楽さを自分に与えたく無いので」
「んー!素晴らしいわね!その気持ちは大切よ。やっぱり龍馬君との仕事は毎回楽しみに出来るわ!」
「そう言ってもらえるのは有り難いです」
「それじゃあ、早速スタイルアップと行こうかしら。メイクさん!スタイリストさん!宜しくね!」
アンゼリカに呼ばれたメイク担当とスタイリストのスタッフに連れられて、龍馬は衣装を着込んでメイクをしてもらう。その際髪をいつも目を隠してる状態ではなく顔全体が見えるようにしてもらい、スタジオに入ると、スタッフの何人かは此方をじっと見てくる。そのうち何人かは熱を帯びた視線を送ってきている。
この時スタッフ達は龍馬の変わりようと異性を魅了する容姿にときめいていた事を知らない彼は何事だと思いながらも、いつもの撮影依頼の様に白幕の前まで行くと、アンゼリカの号令で撮影が始まると、面白い程順調に進んでいく。
時折小道具を使った撮影や、リクエストをしっかりと熟していく事1時間。
「んー!オッケーよ!やっぱり龍馬君の撮影は早く終わるからこちらも助かるわ!」
「ありがとうございます」
アンゼリカが撮影した写真のチェックに大満足したのか、撮影終了の合図が出る。
実はアンゼリカは自分が満足いく写真が出来るまで続行するタイプなので、生半可なモデルでは上手くいかない事が多い。その代わり、彼女が撮った写真を使った雑誌は殆ど成功するカリスマの写真家でもある。
「今日はありがとうね、龍馬君。貴方のおかげで会心の出来の写真が取れたわ!」
「アンゼリカさんの腕が良いんですよ」
「あら!お世辞が上手いわね」
嬉しさからか体をくねらせるアンゼリカ。
「嘉門ちゃん。貴方の人の見る目の良いわよね。貴方が自信を持ってつれてくる子は全員金の卵だし」
「そこは自信があります」
「その目で男も捕まえられると尚良いわよね」
「うぐっ……い、いつか良い男性が現れるから良いんです!それか、龍馬君に貰って貰いますので」
「確かに龍馬君は優良物件だから良いわよね」
「ですよね!ねえ、龍馬君は歳上の女性は好き?」
「えっ!?」
(そこで俺に振りますか!?)
立美とアンゼリカに巻き込まれた龍馬は自分の思った事を口にする。
「いやいや嘉門さんみたいな美人で仕事の出来る素敵な女性からすれば俺みたいな子供は相手にしませんよ」
乾いた笑いをしながら言うと立美は不満そうに龍馬を見ており、アンゼリカは肩を竦めていた。
(えっ?なんですかその反応!?俺、何か間違えたの!?)
龍馬は二人の反応に困惑していた。自分みたいな高校生を相手にしているんだから、立美とアンゼリカの話は冗談だとおもっていたからだ。
「まあ立美ちゃんの話は置いとくとして、龍馬君は本格的にモデルやらないかしら?ぶっちゃけた話をすると、貴方は金の卵所かダイヤモンドの原石なの。それも特大の。普通の子が10センチくらいの原石なら、貴方は100メートルはあるわ。そんな貴方を匿名で雑誌に載せるだけの依頼だけで終わらせたく無いの。勿論私が一生懸命プロデュースさせてもらうけど、どうかしら?」
どうかしら?というアンゼリカ。その表情はとても真剣で、龍馬の事を考えてくれていた。
アンゼリカとしては龍馬の意思を第一として、無茶の無いプロデュースで芸能界に彼の認知度を広めたかった。
何故なら彼女もブラックドラゴンの正体を知る数少ない人物なのだから。
自分達の町を守る守護神をもっと色んな人に知って欲しい。その気持ちで提案してきたアンゼリカに龍馬が返す言葉は決まっていた。
「すみません。そのお話はお断りさせてもらいます」
龍馬の拒否にアンゼリカはやっぱりねと思いながら理由を尋ねる。
「どうしてかしら?」
「俺は、悪の組織ブラックウィングの一員、ブラックドラゴンですから……この町と組織の皆の為に活動できなくなるのは嫌なんです。だからー」
「そう。分かったわ」
龍馬が言い切る前にアンゼリカが頷いて了承する。
「プロデュースの話は無かったことにして頂戴。私のプロデュースを断ったんだから覚悟しなさい、定期的に立美ちゃん経由で依頼するからね。悪の象徴さん」
「その依頼には全力を以て遂行させてもらいますよ」
「ふふ、ならいいわ!」
アンゼリカは天晴れ!と表せる程々に満面の笑みで龍馬を見る。対する龍馬も不敵な笑みでアンゼリカを見返す。そうすること数秒。二人は堪らず笑い出す。
「やっぱり龍馬君は良い男ね!さあ皆!今日の仕事は終わりよ!これから食事会よ!勿論私の奢りよぉ!」
アンゼリカがクラップしながら発した太っ腹発言にスタッフ達は勝鬨の声を上げる。
「もちろん立美ちゃんと龍馬君も一緒よ!」
二人の参加にスタッフ達は更に大きく叫ぶ。それを見ていた龍馬と立美にアンゼリカはウィンクする。
「やりましたね龍馬君。アンさんの奢りですよ奢り!お酒沢山飲める〜」
「介護するの俺なんですから、ほどほどにしてくださいね」
「は〜い」
(本当に凄い人だな……アンゼリカさんは)
お酒を楽しみにしている立美を他所に龍馬は心中でアンゼリカの締める時は締める、緩める時は緩めるという、理想の上司の姿に感服しながら彼女達と共に食事会へと向かう為にスタジオを出る。
その際龍馬は此方を見ている視線に気付く。その視線はヘドロの様にへばりつき、かつ復讐心の籠った視線。更にそれが立美に向いていることに。
「う〜気持ち悪い〜」
「人の注意を気にしないで飲むからですよ」
食事会を終えた夜道。龍馬はお酒を飲み過ぎて足がもつれながらも歩く立美の自宅まで送ってる途中だった。
「いくらストレスが溜まってるからってお酒に逃げるのはダメですよ」
「だって〜」
「だってもなにもありませんよ…まあ俺で良ければ愚痴を聞いたりしますし」
「それじゃあお姉さんと如何わしいことしようよ〜」
「ぶっ!未成年にそれはいけませんから!」
「だって女の子だって溜まるものは溜まるもん〜」
「それ以外にしてください!」
「じゃぁ…今度遊びに行こ?お姉さんの奢りで」
「割り勘なら良いですよ……」
龍馬は奢り程怖いものは無いと思っていたのと、立美の言ってることは大体戯言だろうと思いながら歩いていると、前方を立ち塞がる様に男が立っていた。その手には刃渡り二十センチはあるナイフを持って。
(やはり来たか……)
龍馬は立美が何者かに狙われている事に気づいていた。食事会前の視線から、今日襲撃して来るだろうと読んでいたのだ。
「あれ、ナイフだよね……なんであんなもの持ってるの……」
立美は酔いが回る頭でも、月明かりに煌めく刃を見た恐怖で酔いが覚め、龍馬に問いかけていると、男が2人に気づき、ナイフを腰だめに構えて突進してくる。立美目掛けて。
「うぉぉぉぉ!」
「っ!」
突進して来る男への恐怖から目を瞑る立美はこの時、自身にナイフが突き刺さり、死ぬんだと思っていた。しかし、隣に彼がなければの話だ。
立美は一向に来ない痛みに疑問を浮かべながら恐る恐る目を開けると、男の前に龍馬が立ち塞がり、庇っている。その右手はナイフを握ったからか、血が滴り落ちている。
「なっ!?」
「女性に刃物向けんじゃねぇ……!!」
ナイフを掴まれた男は驚愕しながら、龍馬の左腕から放つ裏拳を顔面に受けて吹っ飛び、住宅の垣根に激突すると、気を失ったのか、動くことは無かった。
「無事ですか?嘉門さん」
「無事……無事じゃ無いのは龍馬君だよ!」
立美は右手から止めどなく溢れて地面に落ちていす流血の方が心配で、なんで自分の事を心配してくれるのか分からなくなっていた。
「ああ、これくらいなら平気ですよ」
更に龍馬が自分の体のことを心配してない事に、怒りの感情が走る立美はその感情のまま行動したかったが、理性で抑えて手持ちのハンカチで止血する。
止血した手を見ながら立美は一息つく。
「…これで、大丈夫だと思うけど。本当に痛く無いの?」
「ええ。この程度の痛みで痛がってたらこの町を守れませんしね」
「っ!」
龍馬の言葉で立美は思い出した。彼の正体が明王町を守る守護神ブラックドラゴンなのを。
(あーもうなんで私は忘れてたのかなぁ。この子はこの歳で怪人なんて存在と日夜戦って町を守ってくれてる事に)
立美は彼に守られている立場にいる事に気付く。龍馬からすれば私は守るべき存在なんだと思われてると感じると同時に、疑問が浮かぶ。
(そういえば……龍馬君を守ってくれる人なんて居たっけ……)
特Sランクのブラックドラゴン。その中身はごく一部しか知らない彼を守れる存在なんて居るのか考えるが、思いつかない。
(そっか、居ないんだ……だから誰も彼が傷つく事を止められないんだ)
それと同時に、立美は想像してしまった彼の未来を。誰にも気づかれぬまま、傷だらけになって最後は倒れてしまうと。
既に龍馬が痛みに鈍感になってる時点で重症だと気づくと同時にある感情が湧く。
(私が…守らなきゃ。大人として、一人の女として彼を、龍馬君を守らないとダメ。こんなにも自己犠牲の強い子を放っておいちゃダメよ!嘉門立美!)
立美は自身を奮い立たせ、龍馬に接近すると、自身の胸元に彼の頭を埋めさせながら抱きつかせる。
「わぷっ」
「ありがとう、龍馬君。君のおかげで私は命を救われたよ。でもね、君の体が傷つくととても心配する人がここにいる事を覚えて欲しいな」
「……」
「私頑張るよ。どうしたら君につく傷が最小限に出来るかどうか」
立美その声には確かな決意が込められている事に龍馬は気づきながらもどう答えればいいかわからいまま彼女が言い終えると同時に解放される。
「それじゃあ君が家に帰る前に家で手当してこっか。なんならえっちな事でもいいよ?」
「しませんから!」
いけずーと言いながらもいつもの雰囲気を取り戻した立美は龍馬に守られながら家へと帰る。
立美を襲った犯人は先週立美がアンゼリカのスタジオに連れて行かなければならなかった事務所の新人で、大失敗の責任を取らされて事務所を首にされた恨みで立美を狙ったのだと、犯人が意識を取り戻したときに龍馬が聴き出した。警察に引き渡すまでの間に龍馬がブラックウィングの構成員で守る事に重きを向けている女性を派遣する提案をしてきたので立美は乗る事にした。
そして立美の家に着いた際、彼女の家にある救急箱で応急手当と包帯を巻いてもらうと、龍馬は手当のお礼を言い、帰路へと向かう。
遠ざかっていく龍馬を見送る立美から見える彼の背中は色んなものを背負えるくらい大きく見えていた。
それと同時に今も沢山背負っているんだとも感じとる。
(彼はきっと守るべきものの為にこれからも戦うんでしょうね……そんな彼を守る為に私の取るべき事はただ一つね)
この時立美はある決心をし、実行するのだが、それを龍馬が知るのは後日の事だった。
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