黒野龍馬は図られる

綾乃を送って行った後、龍馬は特に何事も無く自宅へ帰り、夕食と風呂を済ませ就寝したその翌日。社会人からすれば華の金曜日と呼ばれる曜日。


いつも通り明王高校まで行こうとした龍馬に遥香からある事を告げられた。


「ごめんなさい。今日はお弁当作るの忘れちゃった。今日は購買か学食にしてね」


いつも忘れずにお弁当を作ってくれていた母親の遥香が忘れるなんて珍しいと思いながらも龍馬は了承する。その際、


「あ、コンビニとかでお弁当買うのはダメよ。栄養バランス悪いんだからコンビニのは」


コンビニに寄る事を禁止されたのでそのまま学校に向かう事にした。その際、遥香のニヤリとした笑みに気づかぬまま。


そして、自分のクラスに着いた龍馬が席に座ると星矢がやってきて、朝の挨拶の後話題を振ってきた。


「そういやさ、最近明王町以外の町、特に隣町だと怪人がよく出没するんだってよ」


「そうなのか」


星矢は今時の男子高校生でもあるが、かなりの情報通で、その情報網は龍馬すら感嘆させるほど精通している。


特に龍馬にとって有難いのは、星矢の情報が一般人目線のものと明王町外の情報が多く、ブラックウィングの様な地域密着組織では手に入らない有益なものを持っていることだ。


それを抜きにしても龍馬にとって星矢は大事な親友でもある。ふざけた発言も多々あるが、そこも良いところだと捉えている。


「明王町はブラックウィングが警察と共同してパトロールとかしてるから安全だけど、他の町だとそう上手くいってないみたいだしな。この町だけだよ、一つの組織がしっかり守ってくれてるのは。他は大体複数の正義の味方の組織がいがみ合ってるし」


この町に住んでて良かったと安堵する星矢を見て、龍馬はなんだか報われた気持ちになる。こうして日夜誰かの平和を守れている事が誇らしいとも思っていると、健吾が登校してきた。


「おはようさん健吾。今日は遅かったな」


「今日は部活の朝練が長くなってな。少し遅れた。龍馬も今日は早いな」


「昨日早く眠れたからな」


「それは良かったな。夜更かしは体に悪いから気をつけるんだぞ」


「そこはしっかり気をつけてるよ」


軽い雑談を交えていると、教室内に新たな人物が入室してくる。綾乃だ。


彼女は教室内に入るや否や、辺りをキョロキョロ見渡す。そして、龍馬と目が合うと、彼の方へと向かってくる。


「おはようございます黒野君」


「ああ、おはよう」


「あの、昨日はとても助かりました。そのお礼と言ってはなんですが……今日お弁当作ってきたので、食べて頂けると嬉しいのですが……」


綾乃は学生鞄から青色の頭巾に包まれたお弁当を手に取っておずおずと差し出してくる。


この時、龍馬は察した。今日遥香がお弁当を作らなかった理由を。綾乃がお弁当を持ってくる事を知っていたんだと。


(は、図ったな母さん……!だからコンビニはダメなんて言ったのか……!?)


龍馬はこの状況に冷や汗が流れる。視線だけを動かして周りを見ると、健吾は首を傾げ、星矢は今にも血涙を流しかねん程龍馬を睨みつけている。更に周囲のクラスメイト達もどういう事だと驚きを隠せずに居た。


「ダメ…でしょうか?」


龍馬から答えを貰えてない綾乃はシュンとした表情で彼を見るその表情からは受け取ってもらえるのか不安と心配の感情を感じさせられる。


更にはその手に絆創膏が貼られている事から、慣れないながらも一生懸命作った事が分かる。


(受け取らない事なんて出来るわけないだろ…)


ここで断れば男が廃る。そう感じ取った龍馬は素直に受け取る事にした。


「ありがとう。昼休みに頂くよ」


綾乃から差し出されたお弁当を受け取る。


「っ!ありがとう……ございます!」


受け取ってもらえた綾乃は今にも泣きそうにしながら龍馬に礼を言う。


「お礼なんてこっちがしたいくらいだよ」


「いえ!勝手に私が作ってきただけなのに…」


「いや、ちょうど今日弁当無かったから助かるよ」


「そう言ってもらえると….嬉しいです」


綾乃は頬を朱色に染めながら微笑む。その不意打ち気味に来た微笑みに龍馬はドキりとする。その感覚は、昨日読んでいた恋愛小説で感じたものと同じだった。


龍馬がバクバクと高鳴る心臓の音を気にしていると、始業のチャイムが鳴り響く。



「あっ、そろそろ授業ですね。それじゃあ黒野君。また後で」


「あっ、ああ!」


高鳴る鼓動で散漫になっていた龍馬が言葉を返すと、綾乃は自分の席へと歩いて行く。綾乃が去った事で星矢が説明しろこの野郎!と言いたげにしていたが、教師の薫子が入ってきたので、九死に一生を得た龍馬。しかしきっと次の休憩時間には質問責めだろうなと考えると、乾いた笑いが出るのだった。



「それで?龍馬」


「昨日は何があったんだ教えろコラァ!!」


授業を一つ終えた後の休憩時間。龍馬は健吾と星矢から問いただされていた。周りを見ると綾乃を除いた全生徒達がこちらを注視し、早く教えろ!気になるんだよ!と言いたげな視線を送っていた。



「ええっと、昨日バイト先に面接しに来てたんだよ!」


「龍馬は土日しかしてないはずだが?」


「うぐっ……そうだ!コンビニで!」


「そうだと言ってる時点で違うだろう!とっとと本当の事を話せや龍馬!」


「う…」


追い詰められる龍馬。二人への追及にどうしようか悩み、答えを出せずにいた。


(不味い…俺が昨日姫路さんをブラックウィングに勧誘したなんて、言えるわけない…)



ブラックドラゴンの正体を隠しているからこそ、綾乃との接点を説明できない龍馬は、窮地に立っていた。そんな彼を救ったのは綾乃だった。


「黒野君には、昨日不良の方から助けてもらいまして、そのお礼にお弁当を作ってきたんです」


綾乃からの助け舟に龍馬は乗るしかないと腹を括る。


「あ、そうそう!昨日絡まれていた女性を助けたら姫路さんだったんだよ!あはは……」


我ながら無茶な説明だと思いながらもなんとかこの場を乗り切ろうとする。


「姫路さんがそう言うなら本当なんだろうな……まあとにかくそれで納得してやる」


「まあ、龍馬にも春が来ているかもだしな」


星矢は渋々納得し言及を止め、健吾は何かを勘違いしているのかうんうん頷いている。


他のクラスメイト達も納得してくれたのか、視線を向けるのを辞めた。


(なんとかなって良かった……)


心中で溜息を吐きながらも龍馬は地獄の様な時間が終わった事に安堵するのだった。



昼休み。龍馬はいつも通り健吾と星矢と共に屋上で昼食を取る予定だった。だが今日は少し違い、その中に女子生徒が二人入った五人で食事していた。


「いやーありがとうね三人とも。僕まで混ぜてもらっちゃって」


「いやいや、健吾の友達なら大歓迎さ!それにしても健吾はこんな美少女と友人だったなんて知らなかったぞ!」



そう。三人に混ざってきたのは綾乃と、クラスメイトの宮野飛鳥だった。


飛鳥は健吾と同じ剣道部に所属しており、健吾との関係は自称ライバルらしい。


ショートカットな黒髪に、くりくりとした茶色の瞳。控えめながらもそこそこあるバストにヒップ。手足はすらりとしながらもしなやかさを感じさせる所から運動部らしい体付きだと分かる。


二人が一緒に昼食の場に居るのは星矢が「龍馬からお弁当のコメント貰うために一緒に食べようぜ姫路さん!」と誘った時、飛鳥も一緒に食べたいと志願したからこそこの五人の構図になったのだ。


「私も一緒で良かったのですか?」


「いいさいいさ!野郎だけのむさ苦しい場所に二輪の花が入るんだから、野郎からすれば感激もんさ!」


「そうですか……黒野君もそうなんですか?」


「ん?俺は……」


正直分からないと言いたかったが、口を噤んだ。彼女の求めてる答えは違うと。


(多分だが……肯定した方が良いか?)


場の空気を読みつつも龍馬は綾乃に答える。


「俺も、嬉しいかな」


「そう、ですか……それはどんな女性でもですか?」


龍馬の答えに若干の不満の乗った声で返す綾乃。更には半目でこちらを見ていおり、冷気を帯びている。


(ど、どう答えれば良いんだ!?)


ブラックドラゴンとして幾つもの修羅場を乗り越えてきた龍馬でも、恋愛事には疎く。どんな答えを出せばいいのか分からなくなっていた。


(ど、どうすればいいんだ星矢!?)


龍馬は視線で星矢に助けを求める。


(テメェで考えろ!この幸せ者!)


しかし返ってきたのは龍馬を突き放す視線だった。


(くそ!星矢はダメか……健吾!)


今度は健吾を見るが、首を横に振られた。


(ば、万事休すか……)


龍馬がどう答えるか悩んでいると、綾乃がポツリと口にする。


「私以外の女性でも嬉しいんですね……」


悲しみの籠ったその一言に思わず龍馬は反論する。


「そんなわけない!どんな女性よりも姫路さんの方が嬉しいから!」


思わず出た言葉に龍馬は自分でも驚きを隠せなかった。何故なら今迄関わってきた女性にこんな事言った事が無いからだ。そんな彼の言葉が嬉しかったのか、少し声が上擦りながら綾乃が俯く。その頬は少し朱色に染まっていた。


「私の方が嬉しいですか……うふふ」


クールかつ大和撫子な雰囲気の綾乃が頬を染める姿に龍馬どころか、健吾、星矢、飛鳥も顔が火照る。


(龍馬の春はとても良さそうだな)


(くそぉ。龍馬の奴メェ……羨ましいぞぉ!)


(良いなぁ姫路ちゃん…僕も宮本君と……って、何考えてるの僕!?)


健吾は龍馬の春を祝福し、星矢は二人の関係に羨ましがり、飛鳥は飛鳥で羨ましがりつつも自分の妄想に否定していた。


その後は普通に昼食を食べる事になったので、龍馬は綾乃からの手渡されたお弁当を開く。


「「「「わぁ……」」」」


綾乃を除いた四人は綾乃のお弁当に感嘆の声が漏れる。


お弁当カップに入った肉じゃがに、厚焼きの卵焼き。プチトマトや緑黄色野菜のサラダとご飯と言う、とてもバランスの取れたお弁当だった。


「凄い……これ全部姫路ちゃんが?」


「はい……料理なんて初めてですが……」


「初めてでこれは凄いよ!まるで旦那さんの健康を気にしている奥さんみたいなお弁当だよ!」


「お、奥さん……」


飛鳥がお弁当について評価していると、綾乃がまた頬を朱色に染め、貰った龍馬も釣られた恥ずかしさから頬を染める。


「と、とりあえず頂こう!昼休みも無限じゃないからな!頂きます!」


龍馬が食事を開始する挨拶をすると、他の四人も頂きますと言い、昼食を取り始める。


先ずは卵焼きを頂く。口の中に卵焼きを入れると、出汁の風味と、少し甘めの味が龍馬の舌を楽しませる。


「んっ?この卵焼き……美味しい」


「そ、それなら良かったです」


綾乃に美味しいと伝えながら次は肉じゃがに箸を進める。


出汁と醤油が染み込んだジャガイモと、ニンジンの甘味が突き抜け、豚肉の旨みがご飯を進ませる。


まるでいつも食べてるお弁当の様な味からか、気づいた時には完食していた。


「早いな龍馬……」


「そんなに美味かったのか?」


健吾と星矢が問いかける。


「美味しかった。箸が止まらないくらいには」


龍馬がお弁当の感想を言うと、綾乃はホッと一息をつく。どうやら味に不安があった様だ。


「美味しかった様で何よりです。あの、黒野君。また明日も作ってきても宜しいでしょうか?」


「えっ?まあ……姫路さんの苦労にならなければ……」


「それじゃあ明日も作ってきますね!」


「あっ、うん。宜しく」



龍馬から継続的にお弁当の許可を貰った綾乃は心中でガッツポーズを決める。


(やりました!これで黒野君の胃袋を掴んだ事で良いんですよね遥香さん!)


綾乃は遥香から教わった事を実践し、成果を残せた事に達成感を覚える。


黒野龍馬を振り向かせる綾乃の作戦は、順調に進んでいく。


その後は適当な雑談で場を和ませながら昼休みを五人で過ごし、その後の授業を受けて、後は其々の時間へと変わり、一日が終わるのだった。

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