姫路綾乃は面接を受ける
「着いたぞ」
ブラックドラゴンが綾乃を連れて街道を歩くこと数分漸く目的地にたどり着居たので、彼女に伝える。
彼等の視線の先は現代風の建物で、四人家族などの核家族で住むには充分過ぎる広さを持つ一軒家が建っていた。そこは龍馬達黒野一家の住まう家であり、ブラックウィングの総本部でもある。
「えっ?ここ……ですか?」
流石の綾乃も目をパチクリと開いて唖然としながらブラックドラゴンに問いかける。想像していたのと違ったのか綾乃は嘘であってくれと願っていた。
「そうだが?」
しかし、そんな願いを打ち砕くブラックドラゴン。肯定の返事で綾乃は困惑し、彼に再度問いかける。
「本当に、ほんっとうに!ここがブラックウィングの本部なんですか!?普通の一軒家見えますけど!?」
綾乃の反応はまさに正しく、普通に考えればそれなりの最近の正義の味方の組織のようにビルの中に本部があると思われている。
しかし、ここは悪の組織。そんな常識に囚われず、住宅街に本部を構えているのだ。綾乃が困惑するのも無理はない。
そんな彼女の心中を無視してブラックドラゴンは説明しだす。
「うちは地域密着型の組織でな。この明王町を活動拠点としている。だからこそこうして本部を構えている。それと構成員もこの地元民か、町に移住してきた人しか居ない。一応、構成員達の職場となる支部は駅前にあるが……先ずは面接を受けないといけなくてな」
「面接…やっぱりスカウトでも有るんですね?」
「ああ。何も知らないで雇い入れて、そいつが明王町に何か不利益かつ、安全を脅かさないか分からないからな。だからうちではその辺を徹底する為に面接がある」
「成る程……理解できたのですが師匠……一つだけ気になることが……」
「なんだ?」
「面接ならその支部ですれば良いのでは?」
「そうなんだけどなぁ……」
ブラックドラゴンは肩を竦めながら大きな溜息を吐く。その溜息からは呆れを感じさせる程深かった。
「ブラックウィングの総統はこの時間、本部にいてな。面接も担当してるからこっちに来ないと行けないんだよ」
「総統?一番偉い人が面接するんですか?」
「ああ、そうだけど?」
「………」
まるで衝撃の事実を知ったかのように驚愕の表情を浮かべる綾乃。それを疑問に思ったブラックドラゴンは綾乃に問いかける。
「そんなに驚く事か?」
「え、ええ。だってジャスティスセイバーの面接の時はマネージャーさんしか居ませんでしたし。トップの人とは一目も会えて居なかったので……」
「成る程。それであのソードとか言う奴もヒーローになれていたという訳か」
「はい。ソードさんことジャスティスソードはメディア活動とかで有名な人なんですよ。光里光輝という方をご存知ですか?」
初めて聞く名前に、ブラックドラゴンは首を傾げる。
「いや?一切知らない」
「あはは……さっきの人の本名が光里光輝さんで、テレビとかにも出ているタレントさんみたいなんですよね」
「タレントが遊び半分でヒーロー活動か……」
「彼は元々広報担当で、普段は戦わないんですが、今日は人が誰も居なかったから出動したみたいです」
「だからヒーローとしてはあり得ない行動をとっていたと」
「はい」
「…成る程な。だったら顔の原型が無くなる迄殴ってもよかったな」
「流石にそれはやりすぎでは……」
「冗談さ」
軽口を叩きながらもブラックドラゴンはドラゴニックバックルの持ち手を引きドラゴニックエンブレムをしまうと、変身が解除され、ブラックドラゴンから、黒野龍馬へと戻ると
「さ、入ってくれ」
玄関のドアノブを握って家へと招く。
(えっ?あの制服って明王高校の!?)
綾乃は驚きで心中が一杯だった。なにせ憧れと初恋の相手が同じ高校の生徒だったのだから。故に龍馬に対してレスポンス出来ずにいると、彼が問いかける。
「どうした?」
「い、いえ!?師匠の正体がまさか同じ高校の生徒だった事に驚いてなんていません!ええ!全く!」
「ああ。そういう事か」
綾乃のテンパリ具合に合点が行った龍馬は苦笑しながら改めて自己紹介する。
「改めて名乗ると…俺はブラックドラゴンこと黒野龍馬。一応今日から同じクラスでもあるな。ほら、今日担任からも俺の名前は出ただろう?」
「あっ、言われてみれば確かに……」
「まあ俺なんて学校じゃ地味にしているし印象に残らないのも当然だ、特に今日は色んな生徒から質問責めにもあってたから覚える余裕はなかったろうしな」
「す、すいません」
「謝る事じゃないさ。さっ、入ってくれ」
龍馬は優しげな笑みを浮かべながら再度招く。
「お、お邪魔します」
龍馬に促されるがまま、綾乃は家に入り玄関でローファーを脱いで廊下を龍馬と共に歩く。
家の中はごく普通で玄関の横に二階へと上がる階段。その反対側にリビング、廊下の先に洗面所などが有る。
龍馬はリビングのドアノブを掴みながら、綾乃に注意する。
「最初に言っておくが…ここから先、何が有っても驚かないでくれ」
「っ……はい」
龍馬の真剣な表情と声音からか綾乃の体に力が入る。臨機応変に対応できる様に集中も入ってる綾乃を連れて、龍馬はリビングの扉を開いた。
扉を開くと同時にリビング内からパンッパンッパンッと弾ける音が響く。
そこには総司と遥香と香澄が誕生日などで使うクラッカーを握りながら、口を揃えて告げる。
「「「いらっしゃい!龍馬の彼女さん!!!」」」
「………」
「はぁ……」
三人のハイテンションかつ想定外な歓迎の挨拶に綾乃は呆然としながら龍馬を見るが、当の龍馬は頭痛が起きてる頭に手を置いている。
「いやぁ。龍馬がついに同い年の女性をスカウトしたと聞いた時は驚いたが、まさかこんな美人さんを連れてくるとは思ってなかったよ」
「そうねぇ。龍馬に似て、真面目で健気な子に見えるからお母さん安心したわ。てっきり今時の女の子を連れてくると思っちゃったから」
「しかも元変身ヒロインなんでしょ?それなら正義感ある良い子だろうから龍馬とも相性良さそうだし、姉さんも嬉しいわ」
総司は感涙し、遥香はふふふと微笑み、香澄はホッと一息つくという三者三様の反応を浮かべている。当の龍馬と綾乃はというと
「あの、私何が何だかわからないのですが……」
「奇遇だな。俺もそう思っていた」
二人して困惑していた。龍馬はどうしてこうなったと更に頭痛の走る頭を抱え、綾乃はどうしたらいいかオロオロしている。
「ほら、二人ともそんな所に立って居ないで。龍馬、早く彼女さんを座らせたらどうかしら?」
「そうだな。彼女の面接だろ?もうすぐ夜になるから早くやりたい。ほら龍馬、連れてきなさい」
「あ、私は後で結果聞くから。それじゃあね」
総司と遥香が応接間の様に設置されたソファーとガラステーブルの方に来いと催促し、香澄はリビングから出て行く。その際「臨時収入ゲット〜」と嬉しそうに言いながら。
「……悪いがああいうノリの人達なんだウチの総統と幹部の大体は。早めに慣れてくれ」
「は、はい……」
龍馬が諦めたかの様な声で綾乃に伝えると二人は総司と遥香の向かい側のソファーに座る。が、
「おいおい龍馬。今回は彼女の面接なんだから、お前が居たらダメだろ?」
「そうね。龍馬は居てはダメね」
「はいはい……わかったよ」
総司と遥香の二人にまるで邪魔者は退室してくれと言わんばかりの姿勢に呆れながらも龍馬は立ち上がってリビングを出て行こうとする。
「ああ、姫路さん。もし二人が何かされかけたら全力で声をあげてくれ。全速力でここまで来て助けるから」
「は、はい!師しょ……」
「この姿の時は黒野でいいよ」
「で、では…黒野君と呼びます」
「んじゃ、また後で。二人とも、変な事吹き込んだりするなよ?」
「父さんと母さんを信じなさい」
「さっきみたいな事やる時点で信じられないよ……ったく」
溜息を吐きながら龍馬がリビングを出て行く。
二階へと上がる足音が響き、龍馬は自室へと戻る。
自室には学習机と本棚、パソコンにベッドというシンプルなものだった。
龍馬は本棚から一冊の小説を取り出す。
その内容は、普通の男子高校生が同い年でクラスメイトから人気のある女子と付き合う恋愛もので、今のところ三巻迄出ている。
今読んでいるのは二巻に当たり、二人が恋心を自覚しながらも、必死に否定しつつも惹かれ合う話だ。
(現実じゃ、俺にこんな事は起きないだろうから、せめて創作の中だけでも楽しみたいと思って買ったが…面白いんだよなこれ。読んでてドキドキするというか、自分が恋愛してるみたいで……)
龍馬は小説の世界へと飛びこみ、二人の登場人物の恋愛譚を楽しむのだった。
龍馬が小説にのめり込もうとしている時。綾乃はブラックウィングの面接を受けていた。
内容はよくあるもので、名前や年齢、職業や履歴を聞かれる様なものだった。
その中で総司は綾乃にヒーロー、変身ヒロインに関する職務をしていたかを質問していた。
「ほう。ジャスティスセイバーに所属していたのか」
「はい。Bランクではありましたが……」
「そんな大手の組織に所属していた君が何故うちの様な地域密着型の組織に入ると決めたのか、教えてくれるかな?」
「はい。実は……」
バツが悪そうに綾乃は自分の事を話し出す。ジャスティスソードによって自分の所属履歴等を消失させられた事。龍馬にブラックウィングにスカウトされた事を話すと、総司はわなわなと右手を震わす。
「あ、あの……」
「なんてけしからん組織だジャスティスセイバー!幾ら大手で昔からある正義の味方の組織でもそのやり方では新人が育たんではないか!そんなシステムを入れた正義の味方など正義の味方ではない!寧ろ若者のやりがい搾取ではないか!」
震え出した総司を心配して声をかけた綾乃を他所に総司は立ち上がると、ヒートアップして持論を語り出す。
「そもそも正義の味方というのは悪の組織を倒す目的もさることながら、誰かの笑顔を守る為の存在だ!それなのに、未来ある若者の夢を奪うどころか笑顔まで奪うとは言語道断!それでいてー」
「ごめんなさいねぇ。うちの夫、こうなると止まらないのよ」
「そ、そうなんですか……」
あらあらうふふと、微笑みながら遥香は綾乃に説明する。そして再度説明する時、遥香のその目は鋭く、刃の様な雰囲気を醸し出しながら真剣な表情で綾乃に問いかける。
「それで、元正義の味方である姫路さんは、悪の組織に入る覚悟はあるのかしら?うちは世間一般では正義の味方の様に見える活動で国からの支援や、ご町内の信頼を勝ち得て運営しているし、龍馬も香澄もヒーローライセンスを取って法律を守った活動しているけど……元々私は別の悪の組織の幹部で、夫は悪の科学者。そんな私達が総統と幹部をやってる組織に貴方は入る覚悟はあるのかしら?」
「っ!?」
遥香からの突然のカミングアウトに驚愕する綾乃は初めて聞いたことばかりで頭が混乱する。
(えっ……ブラックウィングは悪の組織……?
総統さんとのその奥さんは別の悪の組織に所属していた……!?)
ブラックドラゴンのようなヒーローが所属しているのだから、きっとブラックウィングは正義の味方の組織だと思っていた綾乃には衝撃が大きかった。
ここで普通のヒーロー、変身ヒロイン志望者なら悪の組織と聞くだけで逃げ出すだろう。しかし、綾乃は違った。彼女は遥香から得た情報をものをしっかり落とし込み、それでいて自分の思いを確かめる。
(確かに私はヒーローや正義の味方に憧れを持ってる。でもそれは何処にでもいるヒーローでは無くて、ブラックドラゴンさんだからこそ、あの時私は憧れと恋心を持つことが出来たの……!だったら彼が悪の組織に所属してようとも、私の気持ちは変わらない!私は彼の隣に立ちたい!)
自分の気持ちを改めて確かめた綾乃の体に決意がみなぎる。その思いを言葉に変えて紡いでいく。
「私は例え、悪の組織に所属しようともブラックドラゴンさんの……黒野君の隣に立ちたい!だって、私の……初、恋ですもの……この恋を叶えたいのと……彼の隣に私以外の女性が並ぶのだけは絶対に嫌なんです!」
綾乃は自分の思いをぶち撒ける。すると遥香は真剣な表情から聖母のような微笑みを浮かべる。
「若いって良いわねぇ……私も昔は夫はの近くに女の子が来るだけで嫌な気持ちに、嫉妬に駆られたのを思い出すわぁ。姫路さんは私に似てるわね」
「そ、そうでしょうか?」
「同じ女ですもの。分かるわ。だからこそ…」
遥香はお願いをする様に綾乃へと告げる。
「うちの龍馬と、いつかでいいから恋人になってくれると嬉しいわ。あの子、自己犠牲の塊になってるの」
「自己犠牲、ですか?」
自己犠牲という言葉に首を傾げる綾乃に遥香は説明する。
「あの子、まともな恋愛するつもりが無いのよ。龍馬はね、昔から自分のヒーローライセンスの高さを利用した政略結婚かお見合いを求めてるの。ブラックウィングと明王町の為に……」
綾乃は語り出す。龍馬がそう思いだした経緯を。
元々ブラックウィングは悪の組織として誕生したが、総司と遥香はあるプライドを持っていた。
それは悪の敵として、悪の組織を運営していこうと。
実際それは間違いではなく、二人の思いが龍馬と香澄にも届き、最初は家族四人力を合わせて、自分たちが出来ることを地道にこなしていた。それは段々と周囲に広がり、今や明王町の住民では知らない人は居ない組織へと成り上がり、国からも運営支援が貰え、明王町限定とはいえ警察と共同の作戦も行って犯罪者を捕まえる事もしている。
だが、そんなブラックウィングの活動を良しとしない組織が有った。それが今は無き悪の組織ダーク。
ダークはブラックウィングを目の敵にし、数多の嫌がらせをしてきた。怪人の派遣やヤクザを唆して明王町で抗争を起こしたり、町の人達を危険な目に遭わせようとしてきた。
そして数年前にこの明王町にこの国最大の数の怪人でブラックウィングを潰そうとしてきた。
当時のブラックウィングで戦える戦闘員は龍馬と香澄を含めた九人しかおらず、警察との共同戦線でなんとか耐え忍び、警察が呼ぼうとした正義の味方の到着を待っていた。
しかし正義の味方は一向に誰一人来なかった。その理由を警察官が無線で問いただした時に帰ってきた言葉はただ一つ。『悪の組織が守る町にヒーロー達を派遣する愚かな正義の味方は居ない』だそうだ。
その理由には戦線を維持していた者たちは激怒した。人を守るのに悪も正義も関係ないと。
故にブラックウィングの戦闘員達は警察官達に自分達が特攻して敵の数を減らすと伝えようとした。
そこを彼が、ブラックドラゴンになった龍馬が止める。当時の戦闘員達は何故だと問い詰めた時、彼は言った。
『お前達が特攻して何になる!お前らの命は町と人々を守る為にあるが!散らして良い命じゃねぇ!お前らも俺が守る人達なんだよ!』
そういうと龍馬は香澄と戦闘員達の静止を聞かずに単身でダークの怪人達へと突撃し、殲滅していった。総司の最高傑作であるブラックドラゴンはブラックウィング最強でも有った為に一騎当千の活躍を行い、粗方の怪人を一人で殲滅し、最後の一体である怪人からダークの本拠地を聞き出す事にも成功する。
警察はこれを機にダークを叩くための戦力を集めようと再度正義の味方達に連絡を取ろうとしたが、それを龍馬が止めた。
『町一つ守る気の無い正義の味方と一緒に戦う気は無い。全部……俺が仕留めてくる』
そう言って龍馬はダークの本拠地へと乗り込み、見事壊滅させたのだ。
その一件以来、警察は正義の味方の組織に対して信用を持たなくなり、寧ろブラックウィングのような地域密着型かつ構成員の質が良い組織との共同作戦を好む様になり、特にブラックドラゴンは警察からも信頼が厚く、武力衝突が必須となる作戦の際には呼ばれる事が多々ある。
そんなブラックドラゴンでも、傷つかない事はなく、ダークを殲滅して帰ってきた時には鎧の殆どにヒビが入り、所々砕けて、生身の見えている場所から流血して、骨すら折れていた龍馬の姿を見て自分の息子が傷ついて帰ってきた時ほど母親としての悲痛な想いは今でも忘れられなかった。
「襲撃が遭ってからなの、龍馬がコネクションを持ってる様な人との結婚や見合いを求め出したのは。多分、ブラックウィングと明王町の危機の時に力を貸してもらうために…自分を犠牲にしてまでする事じゃ無いのに……」
「そうなんですか……」
自分の不甲斐無さに悔しさの気持ちが隠せない遥香から聞いた龍馬の自己犠牲の精神に感化され、綾乃は心中で画策しだす。
(会ったこともないような人に、彼を取られるわけには行きません。姫路財閥の力を使ってでも、私のものにしてみせます。私なら、彼の求めてるものは持ち合わせていますし、狡いですが……これも私の力として使わせてもらいます)
悪い方向で火が付いた綾乃。その心中を何となく察した遥香は「あの子も良い女の子を捕まえたわねぇ。誰に似たのかしら?」と呟きながらも綾乃を見ていると、さっきまで持論を語っていた総司が叫びだす。
「そうだ!!」
総司が何かアイデアを浮かべたのか、綾乃に対して提案する。
「姫路綾乃さん!悪堕ちヒロインにならないか!?」
それは変身ヒロインとして悪の道を進む邪道の存在への誘いだった。
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