姫路綾乃はスカウトを受ける
「お前、ブラックウィングに入らないか?」
その問いかけは、綾乃にとって衝撃的だった。
訳のわからないまま変身の解除と所属すら抹消され絶望の淵へと落ちていた彼女にとってそれは天からの垂らされた蜘蛛の糸のようだった。
「私を……スカウトしてるんですか?」
綾乃は縋るような声音で確認する。この問いが本当であってくれと。信じていいものなんだと。
「勿論だ。俺は今、君を勧誘している」
そんな彼女に応えるようにブラックドラゴンは肯定の返事を返す。すると彼女は少し希望を持ち始めたのか、顔を上げる。しかし体はふるふると子鹿のように震えている。少し不安を浮かべているようだ。
「なんで私をスカウトするんですか?もしかしたらジャスティスセイバーから嫌がらせを受けるかもしれませんよ?うちの所属ヒロインを引き抜いたとかで」
どうやら彼女は自分の所為でブラックウィングとブラックドラゴンに対して不利益なことが起きるんじゃないかと思っているようで、震えているのもそれが原因なのかもしれない。故にブラックドラゴンはその不安を払拭するために口を開く
「そんなことがあれば俺が本部に殴り込みに行ってやるさ」
「…….本当ですか?」
「ああ。本当だとも」
「本当に、私の為に動いてくれるんですか?」
「俺は出来ないことを約束はしない」
「………言質取りましたからね。破ることは許しませんよ?」
「構わない」
「……わかりました」
綾乃はスーハー、スーハーと深呼吸すると、勢いよく立ち上がり、ブラックドラゴンを正面に見据える。その瞳には先程までの絶望感は無く、寧ろそれを超えるほどの熱意が感じ取れた。
「私をブラックウィングの一員に……貴方の弟子にしてください!」
「良いぞ。……ん?弟子?」
綾乃の願いを即答する為に準備してた言葉を告げたブラックドラゴンは最後の一言に首を傾げる。
(ん?今弟子にしてくれと言ったよな……?)
聞き間違いではないかと、自分の中で反芻しながら、腕を組んでいると、綾乃が尋ねてくる。
「だめでしたか?」
「いや、別に大丈夫だが……」
「やったぁ!それじゃぁこれからはドラゴンさんのことを師匠と呼ばせてもらいますね!」
「ああうん。それは良いけど」
「それじゃあ早速、ブラックドラゴンさんの所属する組織の拠点へと行きましょう!」
「あっ、はい」
綾乃の熱意に思わず頷くブラックドラゴン。これではどちらが師匠と、弟子か謎だが、ブラックドラゴンが先導して、綾乃がそれについて行く形でブラックウィングの本部迄行くのだった。
(やった!やりましたよ!姫路綾乃!私は今日、あのブラックドラゴンさんの弟子になれたんですよ!)
ブラックウィングの本部へと行く道中、綾乃は心中で狂喜乱舞していた。
彼女にとってブラックドラゴンというのは途轍もなく大きな存在で、彼女が変身ヒロインとして活動する理由の大部分に当たる。
じつは彼女には姫路財閥のお嬢様という肩書きがある。彼女は姫路家の長女として、愛されながら育っていった。普通、お金持ちのお嬢様が変身ヒロイン活動という、危険な活動を出来ていること自体がおかしい。勿論両親は猛反対したが、それでも彼女は活動したかった。
そのきっかけは綾乃が関東圏に居た頃。中学に上がり、2度目の春を迎えた頃、彼女が送迎の車に揺られてうたた寝しかけている時、突如車を衝撃が襲った。
「きゃっ!」
車は衝撃から横転し、上下逆さまになると彼女はシートベルトに支えられる形でなんとか頭を打つ事などからは避けられた。
何事だと感じた彼女は外の状況を見る為にシートベルトを外して車の窓越しに外を見る。
そこの状態を現すなら、地獄絵図と言えるだろう。数多の怪人達がそこかしこにおり、暴力の限りを振るっている。
そんな怪人達に追われ、助けを求めて叫ぶ人々の姿も見えた綾乃は生まれて初めて見た光景に恐怖で震えていた。
(そうだ、逃げないと……逃げないと)
綾乃の気持ちは逃げる事で一杯になり、車内からなんとか逃げようと行動しようにも、身体が言うことを聞かず、指先一つ動かせない。
(なんで!?なんで動けないの!?)
体が動かないのも無理もない。超常の存在である怪人、それも初めてにしてかつ数多の怪人達を見れば誰だってそうなる。
そんなことを知らず、綾乃はなんとか車内からの脱出を試みる為に体を動かそうとするが、それよりも先に車のドアが開き、引き摺り出される。
「きゃあ!」
引き摺り出したのはゾウをモチーフとした鼻が長くて2本の牙が特徴的な怪人だった。胸倉を掴まれ、宙に浮かされるの綾乃を見て怪人はニヤリと笑う。
「おお、コイツが任務で攫って来いと言ってた女か。残念だったなお嬢ちゃん。俺たちに狙われたことを後悔しながら着いてきてもらうぞ?何、お前の親御さんが俺たちの言う事を聞いてくれれば怪我一つしないで返してやるからよぉ。ああ、でもお嬢ちゃんみたいな子に手を出す奴等は居るかもしれないけどな」
ガハハと笑うゾウの怪人の言葉に、綾乃は自分が見ずら知らずの誰かに汚されてしまう想像をしてしまい、恐怖で顔が歪む。
(怖い……怖い怖い怖い!誰か助けて!助けて!)
綾乃が心中で助けを求めるが、それに応える者は現れることは無かった。
「それじゃあ、着いてきてもらおう……ん?」
ゾウの怪人は綾乃を捕まえながら動き出そうとするその瞬間だった。
黒き影が綾乃を掴むゾウの怪人を斬り落としながら駆け抜けたのは。
「が!ぐぁぁぁぁぁ!俺の!俺の腕がぁぁぁぁ!」
「……えっ?」
ゾウの怪人が痛みで叫ぶ中綾乃は言葉に出来なかった。この危機的な状況で助けが来ることを求めいてた彼女にとって、彼の登場はあまりにも希望に満ち溢れていたからだ。
「……依頼帰りにこんな事が起きるとはな。無事か?お嬢さん?」
鎧からくぐもって出る彼の声はとても優しく、綾乃の心配をしてくれた黒き鎧の龍ーブラックドラゴンは彼女を背中越しに見ながらも怪人に対して立ち塞がる様に仁王立ちしている。その右手には煌めく太刀を持ちながら。
「な、何者だ貴様は!」
ゾウの怪人は斬られた腕の切り口をもう一つの腕で抑えながらブラックドラゴンを睨む。
「俺か?……俺はブラックドラゴン。それだけ覚えて……屠られろ……!」
そう言い捨てるとブラックドラゴンの太刀に黒き炎が纏わりつくと、一瞬で怪人との距離を詰め突きを放つ。
ブラックドラゴンの突きはゾウの怪人の左胸、つまり心臓部を真芯に捉え、貫かれる。貫いた手応えを感じたブラックドラゴンはそのまま横薙ぎに斬り払うと、怪人は苦しみながら倒れ伏す。そしてそのまま動く事は無かった。
「これでこの子は大丈夫……とは行かないか」
ブラックドラゴンは一先ずの安全を確保出来たと思いたかったが、ゾウの怪人の先程の叫びで来たのだろう、数多の怪人達がブラックドラゴン、正確には綾乃を狙って集まって来ていた。
「こりゃ、面倒だな……まあいい。お嬢さん」
「は、はい!」
自分に声をかけられたことに驚く綾乃を他所にブラックドラゴンは言葉を紡ぐ。
「これから全部の怪人を倒してくる。そこから一歩を動くなよ。そこに居れば絶対に助けるから」
そういうとブラックドラゴンは右の太刀を左手で抜刀すると二刀流で怪人達へと向かっていく。
そこからはまさに蹂躙とも言えるだろう光景が生まれた。
怪人の胴体を横一閃で切り裂いては別の怪人を斬り伏せ、怪人達からの反撃を軽々とかわしてはカウンターで首を刎ねる。
また遠距離から狙ってくる怪人には炎を纏わせた太刀を振るい、炎の斬撃を放つ事で、焼き尽くす。
怪人達を歯牙にも掛けずに斬り伏せていくその姿はまさに荒れ狂う龍そのもの。
嵐の如く怪人を斬るその背中に綾乃は心惹かれ、釘付けになる。
(ブラック……ドラゴン、さん)
綾乃の内側に今まで感じたことのない程の身を焦がす炎が灯る。彼の戦う姿への憧れと、もう一つ別の何かに彼女は気づいていた。それが恋心なのだと。
(ああ、私。一目惚れしちゃったんですね……)
吊り橋効果かもしれない。それでも構わないと思っていた彼女を他所に、ブラックドラゴンは全ての怪人を斬り伏せていた。
彼は一息つくと立ち去るために翼を開く。
「あっ、待ってくださ……」
綾乃がお礼を言う前には、ブラックドラゴンはその場を飛び去っていった。
その後彼女は現場に駆けつけた別のヒーローと警察に保護され、運転手と共に無事に家に帰ることができた。
その時の両親は無事に帰ってきた彼女を見て号泣し、その事件以降は専属のボディガードをつけようと言う話になったが、綾乃はそれを拒否し、寧ろ自分で戦う力が欲しいと提案してきたのだ。
度重なる説得のお陰で、なんとか了承を得た彼女はジャスティスセイバーの新規ヒーロー、変身ヒロイン募集に応募し、見事合格してジャスティスプリンセスへとなり、日夜血の滲む努力で実力を上げてBランクになると、ブラックドラゴンの活動拠点を姫路財閥の力で判明させ、本部からこの明王町近くに構える支部に転属させてくれと頼み込み、転校までしてきた彼女の努力はジャスティスソードという最低な男によって水泡に帰した。だが彼女にとって今日はとても幸福を感じていた。
(私が今日からブラックドラゴンさんの弟子になれるなんて……ファンの人が知ったら嫉妬されますねきっと……ふふ)
思わず笑みが浮かぶ綾乃。彼女の心中はジャスティスセイバーに所属出来た頃よりももっと嬉しさで一杯になっていた。
(私を救ってくれた貴方は私にとって真のヒーロー……あの時からずっと私は貴方のことが忘れられません…ジャスティスプリンセスとして出会ったあの日は間違えてしまいましたが、もう間違えません。最初は師弟関係ですが、いずれ恋人関係になれるように、私頑張りますから)
熱い視線を送りながら決意する綾乃を他所に、ブラックドラゴンこと龍馬は
(なんか凄く見られてるな……何かしたか?)
と、視線にビビっていたのだった。
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