ハーレムエンドの完璧ヒロイン・マリー

「どうもあの亀はやる気がないらしいな」

 密偵からの報告書を片手に、キラキラの金髪をした王太子が憎々しげに言った。

 王城の一フロアをまるまる使用した王太子執務エリアの一角で、ヒロイン・マリーと攻略対象達が話し込んでいる。彼らは卒業と同時に王太子のもとで政務をこなしており、将来の王の側近としての地位を駆け上っていた。

「まったく。一日大公に捧げる忠義などあったものでもないだろうに」

 一日大公、ライザのあだ名である。

 ライザの父親である大公が爵位剥奪の上幽閉されて、法律上大公位を継いだことになるライザがその日のうちに降格させられたということから付けられた蔑称べっしょうだ。

 今の大公家当主はライザの大叔父に当たる人になっている。要は本家と分家の交代劇になったのだ。

 初代大公様は、建国王の実弟で、二人は厚い信頼で結ばれた間柄だったらしい。なので、大公家全部を断罪してしまうと、王家の建国神話にも傷がついてしまう。王家としてもそれは避けたかったのだ。

 国内に大勢力と絶大な権威を持つ大公家を断罪なんてしたら大混乱になるはずだと思っていたら、大公家内での権力交代が起きたので、にこういう準備が行われているのだと、マリーは妙に感心した。


「暗殺部隊の最精鋭を送るよ、もちろん僕も出る」

 王国の諜報と暗殺担当の伯爵家に生まれた攻略対象の一見温厚そうだけどヤンデレの男が言う。

 険しい顔をした彼にマリーは笑顔を向けた。

「うーん、カメっちとライザ様がコンビになっている限りはちょっと難しいかも」

 柔らかく言ったが、彼と暗殺部隊程度ではあの二人にはかすり傷も与えられないだろうと、マリーは判断していた。もちろん彼のことも育ててはいるが、魔法使いという『超人』がいる世界では暗殺系には限界がある。

 Sランク防御魔法使い、というのは毒すら防ぎ、敵意に自動反応する魔法を使えるので暗殺が難しいのだ。

 そしてライザは攻略対象者と同じクラスの実力があるので、こちらが一方的に攻撃されることになる。

 脳筋将軍子息がマリーに賛同する。

「まぁあんなド田舎に影の者を大量に送り込んで亀の受け技で長期戦になってはこちらの大損だしな。あれは王命に素直に従ったから兵を送り込むわけにもいかんし」

「では今後はB計画でいきましょう。一日大公は僻地の開拓をやらせながら、戦場では便利に使う方向でいきましょう」

 さらにクール系の宰相子息が引き受ける。これでもうライザが暗殺イベントを切り抜けたのはほぼ確実になった。

「俺はマリーを苦しめた、あの偽の婚約者は許せないがな」

 王太子が怒りに身を震わせる。

 ゲームと違ってライザがマリーに嫌がらせをすることはなかったのだが、彼の中では可憐なマリーの胸を痛めたという大罪を犯したことになっている。なので王太子はことあるごとにライザを罵りたがるが、マリーはそこには興味がなかった。

「私はやっぱり流れる血は少ない方が良いです」

「マリーは優しいな」

 攻略対象者達が口々にマリーを称えていたが、マリーは聞いていなかった。

 恋愛対象キャラのフラグを全て立てて、完璧にこの恋愛ゲームを制したマリーだったが、イレギュラーが起こったことが思っていた以上に嬉しい。

 このゲームは楽勝すぎて、逆にゲームの強制力が強すぎる世界なのではないかと心配していたのだ。だが、その心配もこのイレギュラーで消えた。

(そっか、カメっち頑張ったんだね)

 ちなみに彼女に亀という渾名を広めたのはマリーだ。彼女が隠そうともしない前世の名前、カメヤマ——亀山という名前から取った。まぁ防御魔法のイメージにつられて、向こうは気がついてくれなかったのだが。

 あの子はちゃんと自分の意思でライザの横にいて、暗殺というゲームの流れに逆らった。外からの暗殺を防ぎ、褒美に目が眩むこともなく、心折れていたライザを復活させた。見事にライザを守り抜いたのだ。

「初めてフラれちゃったか……テンセイシャ仲間だし、見逃してあげよっかな」

「テンセイシャ? なんだいそれは」

「あら、平民言葉でございますよ……意味は秘密です」

 マリーは悪戯っぽく人差し指を口元に当てて笑い、攻略対象達も笑う。

 この場にいる攻略対象達にはマリーの無邪気さだけが印象に残った事だろう。

 攻略対象者達は残念がっているが、マリーにとってこの結果は上々だった。

 首尾よく乙女ゲームでは最大の成功を収めた上に、当代最の魔法使いも失われず、王国に残せたのだから。

 マリーの目的はライザではなく、そのメイドの方だったのだ。自分の元に来ることが最上だったが、ライザを守るかぎり彼女はこの国に留まり続けるだろう。


 なぜマリーは最推しのルートに行くのではなく、ハーレムルートを選んだのか。なぜならそれが一番戦力の増強になるからだ。

 元々、この世界のゲームは大人気になった恋愛ゲームを発端に、スマホゲーなどに何種類も展開されているのだ。この時代は恋愛ゲームの時代だが、この王太子が王になる時代を舞台にした、大陸の統一を目標にした戦略ゲームがある。マリーの目標は、そちらだった。

 マリーは中世の妃ごときで終わるつもりもなどない。

 この国家の全てを握った後に女王として大陸統一を成し遂げる。そんな野望の第一歩を踏み出したところである。

 転生者であることを明かして、ハーレムルートに悪影響があっては困るので、黙っていたが、カメっちにはそろそろこちらの事情を明かすのもいいのかもしれない。

(カメっちと離れ離れになったのは残念だけれど……戦争でも起こせば貴族には招集かかるから、また会えるかな?)

 マリーは花のように可憐で光り輝く笑顔を攻略対象者達に向けながらそんなことを考えた。

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ハーレムヒロインに断罪追放された悪役令嬢の転生メイドですが、悪役令嬢様が大好きです トーヤ @hocori

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