第555話 ロープと男

シエルとの散歩デートから数日後。


少し気になることが出来て、ダークエルフの里の外れの森に足を伸ばす。


その場所はあまり木の実もなく、生き物も少ないのでダークエルフの里の人達でもあまり行かない場所なのだが……本日は一人来客が。


普通の格好をしたこの世界的に見ても極々普通の一人の男性。


歳の頃は三十歳前後か。


その人は木に何かを括りつけていた。


頑丈な枝に丸く括りつけていたのは……ロープ?


実にダウナーというか、ため息をつきながら死んだ目をしたその人は木によじ登ると、ロープの輪っかに首を入れて、そのまま下へと滑るように下りてって……って、ちょいちょい。


「ストップ、ストップだよ」


目の前で思いっきり首吊り自殺をしようとした男を思わず止める。


魔法で体を浮かせて、ロープを斬って下ろすと男は実にじっとりとした目で俺を見てきた。


「……なんでこんな山奥に子供が居るのかは知らないけど、止めないでくれ」

「流石にここで自殺は止めてってば」

「……さっきの魔法だよね?恵まれてる君には分からないだろうけど、この世ってのは理不尽で残酷なんだ。そして何も持たない者に居場所はない。生きる意味も希望もないんだ。邪魔しないでくれ」


黒く濁った目でつらつらと出てくるのは何度か聞いたことがある類の言葉。


前世では英雄なんて呼ばれていたせいで、こんな自殺志願者を何とかしたこともあったなぁと古い記憶が呼び起こされる。


まあ、その前の社畜人生でも何度か目の前で起きそうになった自殺を個人的に止めたことはあったけど……それにしても、なんだか変な既視感が。


「うぅ……なんで俺は生まれ変わってもモテないんだよぅ……女にチヤホヤされたい!んでもって修羅場って殺されたいのに!」


そうそう、こんな事を叫んでロープで首吊り自殺しようとした後輩が最初の社畜人生で居たなぁ……って、ん?


よくその男の顔を見る。


容姿は勿論違う。


だが、じっと奥底の魂を見て俺はなるほどと納得をした。


「だからって自殺したって意味ないって前も言わなかったっけ?田村」

「そんな正論聞き飽きてるって……て、田村?えっ?なんで俺の前世の苗字知ってるの?」


忌々しそうな顔で正論にウンザリした様子だったのが一転して、驚きに変わる。


やっぱりか。


「お互い生まれ変わったんだし、過去をどうこう言ってもあれだけど……せっかく貰った命なんだ。少しは前向きに消費しても罰は当たらないだろ?」

「その台詞……どこかで……」


そう言ってから俺を見て何かを確かめるように目を擦ってから、「え?は?いや、まさか……先輩なんですか?」と問い返してくる男……いや、前世の後輩の田村。


どうやら前世の社畜人生の俺のことを覚えてはいるようだ。


「うん、久しぶりというべきか。生まれ変わったから初めましてかな。何にしてもこんな形で再会するとは思ってなかったよ」


嫌な予感の正体はこれだったのかと少し苦笑してしまうが、何にしても懐かしい再会となったのだった。

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