第477話 変わったお願い

「英雄さん。この前の約束覚えてますか?」


ラナの店で二人きりでのんびり飲んでると、そんな事を尋ねてくるラナ。


「約束って、もしかして前に言ってたやつのこと?母様との交渉が上手くいったら何かお願いしたいことがあるとか言ってたね」

「それです。流石英雄さんです」


少し前のことだけど、ラナが母様と大きな交渉事があって、それが成功したら俺にお願いしたいことがあるから聞いて欲しいと約束したんだっけか。


ラナは俺の婚約者の中でもかなり特殊というか、フリーダムというか、この店を俺専用にしてるのが嘘のように手広く商売の手を伸ばしている。


王都の店を親父さんに任せて、ラナは俺の専属御用商人でもするように色々と商売に関して進んで担ってくれている。


その関係で最近は母様と会うことも増えてるようだけど、この様子だと約束した時に言ってた交渉事は上手くいったらしい。


良かった良かった。


「それで俺に何をお願いしたかったの?」

「えっとですね、その……私を抱いて欲しいんです!」


……噛んだんだよね?多分そう。


「抱きしめればいいの?」


それならいつもやってるような気がするが、ラナのお願いはちょっと違っていた。


「実はですね……英雄さんの……昔の姿で抱きしめて欲しいんです!」


昔というと、前世のことか。


ラナとは前世で会ったことがあり、前世の英雄時代の俺の姿を知ってる数少ない一人でもある。


「あ、違うんです。今の英雄さんで満足出来ないとかではなくてですね……今の英雄さんも凄く素敵で大好きですし、なんならどんな姿でも英雄さんなら私は大好きなんですが、その……たまには昔の英雄さんを見てみたい的な我儘でして……ダメでしょうか?」


上目遣いでそう聞かれて、ノーと言える訳もなく。


頑張ったご褒美がそんな可愛いことなのもポイントが高いので、俺は無言で大人モード(前世バージョン)になってから、ラナを抱きしめる。


「ひゃー!昔の英雄さんだぁ」


この背丈だと、いつもとは違ってラナを包み込めるので優しく抱きしめるとラナは感極まったような声を出して嬉しそうに抱き返してくる。


「はわぁ……この腕もいいなぁ……むふふ……」


テンションの高いラナ。


ちょっと恥ずかしいけど、ラナが楽しいのなら文句はない。


それから約一時間ほどラナの気が済むまで俺はラナを抱きしめ続けたのだが、名残惜しいのか次のご褒美に大人モード(前世)の回数券を所望された。


この前世の姿はそこまで好きじゃないんだけど、だからこそ、こうして1人でも喜んでくれる人が居るのは悪い気はしない。


ただ、元の姿に戻った時に安心感を覚えるあたり、やはり俺は今世のシリウスを気に入ってるのだろう。


まあ、戻っても楽しそうに抱きついてくるラナを見てると言葉に偽りがないのが分かってちょっと嬉しくなる。


たまにならいいよね。

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