第460話 加護と茜

さて、どうするか。


茜は引き下がる様子もなく、むしろ前のめりで視線を向けてくる。


断ることは出来なくないが、本心から望んでるのも分かる。


茜自身は出会ったばかりだけど、悪い印象はなく、むしろくノ一として優秀だし、その人間性も悪くない。


仮に加護紋を与えたとしても力を悪用する事もないだろうし、万が一ということもないだろう。


婚約者達とも仲良く出来るだろうけど……いや、深く考えるのはやめだな。


加護紋があろうと無かろうと、肝心なのは俺の気持ちと茜自身の気持ちだ。


前世の癖でついつい悲観的になりがちだが、少しは信じる力も磨かないと。


茜が大丈夫というなら信じてもいいだろう。


それだけ女の子というのは強いものだし。


何があっても俺が何とかすれば問題なしだ。


それに茜のさっきの寂しそうな顔は正直もう二度と見たいとは思わないかな。


「分かったよ。手を出して」


そう言うと、茜は素直に右手を出してくる。


その細い指先にそっと触れる。


「ん」


……わざとだろうけど、艶っぽい声は出さないように。


ただでさえ色気があるんだから。


そう思いつつもゆっくりと意識を集中して、茜と俺の間に繋がりを作る。


フロストの時よりも意図的に出来てる自信があったが、前よりも短い時間で加護を与えることができた。


「はい、お終い」

「なんか不思議な感じ。シルくんに包まれてるみたいな温かい感じ」


そう楽しげに笑う茜。


「わっ。これが加護紋なんだ。凄いね」

「……うん、それは分かったからいきなりは止めて」


不意打ち気味に服を捲られると凄く目のやり場に困るから。


「シルくんにしかこんな事しないよ」


ならいいけど。


いや、いいのか?


……まあ、茜がいいならいいか。


「シルくん」

「ん?」

「ありがとうね」


そう微笑む茜。


その笑みを見られただけで、渡した甲斐はあったかな。


「これで私はシルくんの女ってことだね」

「言い方に悪意がない?」

「まさか。でもシルくんの物って言葉はちょっと素敵かも」

「そう?」


素敵な要素が微塵もない気がするけど。


「征服欲っていうか、私ってこう見えて支配されたいんだと思うんだ」


そんなカミングアウトされてもなぁ。


「ねぇ、シルくん。まだ向こうはもう少しかかりそうだし、どうせならシルくんの話もっと聞かせてよ」

「いいよ。代わりに茜のことも聞かせてよ」

「うん、勿論だよ。私の全てをシルくんには知って欲しいから」


その後は、互いのことをもう少し知るために何気ない話をしながら虎太朗達の戦いを待つ。


先程よりも遥かに近い距離……というか、身体が触れ合う距離に近づいてきてる茜だが、そこには打算などはまるでなく心からその距離を選んでるようであった。


ここまでのが全て演技だったら大した悪女だけど、俺にその手の嘘を見破れないはずもなく、茜が本心からさっきの言葉を口にしてるのもよく分かった。


こういう人柄だからこそ、悲しい顔をさせたくないと思ったのかもしれないなぁと、さりげなく俺の後ろまで伸びてる悪戯の手を払いつつそう思うのであった。

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