第453話 くノ一茜

しんと、辺りの音が消え去る。


「わぁ、びっくり。まさか初見で破られるなんて思わなかった」


驚きつつもころころと楽しそうに笑うのはくノ一の女の子。


「凄い術だったよ。これほどのくノ一は本当に久しく見えたことなかったよ」


俺はといえば、先程の一撃を完全に破ってから止まった少女の後ろをとって素直な感想を口にする。


「その口ぶりだと私以上のくノ一を知ってるみたいだけど?」

「少し特殊な状況で会った人だから、例外にカウントしていい類だよ」

「ふーん、そうなんだ。はぁ……なんにしても楽しかったなぁ」


そう言って少女はゆっくりと地面に横になって楽しげに笑う。


まるで遊び疲れた子供のような無防備さだけど、見ていて悪い気はしない。


「ねぇ、名前聞いていい?」

「シリウスだよ。シリウス・スレインド」

「あ、やっぱり噂の英雄様だったんだ。タロくんも凄い人の所に身を寄せてるなぁ」


ある程度向こうも目星はついていたのか、あまり驚いた様子はない。


というか噂の英雄って、ヌロスレアのことは知られてるよなぁ。


英雄なんてカッコイイ存在ではないから、呼ばれたくはないんだが、まあ仕方ない。


「君の名前も聞いていいかな?」

「あ、そうだったね。ごめんごめん」


こほんと咳払いをしてから、その子は大の字のままこちらに手を出してきて自己紹介をした。


「私は茜。忍術が得意なくノ一だよ。元御庭番衆、棟梁補佐で第一隠密部隊の副隊長でもあったかな」


御庭番衆、棟梁補佐に第一隠密部隊の部隊長か。


「元ってことは今は違うんだね」

「うん、辞めてきたから。親父も弟もそうだよ」

「お父さんの方はひょっとして……」

「うん、元御庭番衆の棟梁だよ。辞めたというよりはクビになったの方が近いかもだけど」


御庭番衆の棟梁がクビって割と大変な事情がありそうだが、深刻さをまるで感じない物言いから向こうとしても突然の事ではなく元からそうなる事を察していたか、はたまたその準備をする余裕があったというところか。


「あ、一応言っておくと罪人じゃないよ?現に退職金もほんの少しだけ貰ってるし、穏便に国からは出られたから」


国からはってことは、追っ手くらいはかかったのだろうが蹴散らしたのだろう。


まあ、茜達の実力を考えれば妥当といえば妥当か。


「そうなんだ。再就職先に困ってるならウチに来てほしいけど話は聞いて貰えそう?」

「多分大丈夫だよ。向こうは……まーだ、イチャイチャしてるんだ」


やれやれと起き上がると、隣に座るように合図を送ってくる茜。


「向こうが落ち着くまで、お話ししようか。色々聞きたいだろうし、私も君のこともっと知りたくなったから」


悪い申し出でもないので、隣に座るとせっかくなので飲み物と軽く冷やしたタオルもついでに渡しておく。


茜といえど、あれほどの技を使った後なので疲労も少しはあるのだろう。


「空間魔法ってやつだ。実在したんだね」


茜は飲み物を受け取って飲んでから、軽く冷やしたタオルに顔を突っ込んで「きーもーちー」とリラックスし始める。


不思議と親しみが持てる子だな。

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