第437話 主従の絆

「本当にその主の婚約者を誑かした罪だけで追い出されてきたの?」


そう改めて問うと、男はふるふると弱々しく首を横に振った。


「それ以上に……その主を死なせてしまった罪が重かった」

「死なせた?」

「俺は……本当は死ぬつもりだった。でも……それさえも許されなかった」


処刑される前。


牢に閉じ込められた時に主が死んだらしい。


他殺されたそうだが、その嫌疑は牢に入っていた男に向いたらしい。


「元々、主や俺を疎んでいた連中は多かった。俺に罪を被せてついでに主も排除したのだろう」


牢に入っていた男にそれが出来たかどうかは関係なく、その方が都合が良いということになったのだろう。


そして、その主はそれを察したのか……はたまた最初から分かった上だったのか男の牢に書き置きを残していたらしい。


「『生きろ』――それが主の最後の命令だった」


処刑前の僅かな時間に絶望の縁に居る中で男はそれを見つけて、脱獄してきたらしい。


「まだ死ねと言われた方が気が楽だ。どうして主は俺を死なせてくれなかったのか……俺は……俺は……」


震える男。


演技ではなく、心から思っているのだろう。


そんな彼に俺は少し考えてから近くの鍋で作っていた粥を皿に盛ってからそれを渡して言った。


「とりあえず、これ食べなよ。ここ最近何も食べてなかったんじゃない?少しは口にしないと」

「……どうしてここまでしてくれるんだ?俺はこんな事をして貰えるような人間じゃないのに……」


幽鬼のような目がこちらを見てくる。


ここ数日まともに食事を摂ってないからか肌色も悪い。


どうしてか……まあ、理由は分かりきってるけど問答の前に食事だな。


そう思って俺はその男の口に粥を掬ったスプーンを突っ込んで驚く男に言った。


「――生きろっていう命令を守るのが騎士としての君の最後の仕事なんじゃない?」


この手のタイプは慰めの言葉をかけても逆効果になることもある。


だからこそ、シンプルに接するのが良いだろう。


「その命令に背くってことは君は主の信頼を裏切ることになる。騎士として君はどんなに辛くても受け入れないと」

「……そうだな……その通りだ……」


粥を飲み込んでそう呟く男。


食べる元気はありそうだな。


よし。


「その主が何を思って君にそう命じたのか。真相は本人にしか分からないけど、話を聞いてるだけの俺にも分かることはあるよ」

「分かること……?」

「君が主を思うように主もまた君を思っていたってこと。じゃなきゃ婚約者を失って君に最後に『生きろ』なんて命令しないよ」


話の中の男の主はかなり聡いように感じる。


男の忠義も、婚約者の気持ちも……そして男の呪いも自身の最後も全てをわかった上で男を逃がしたのだろう。


それはそれだけ男を騎士として……いや、それだけじゃないか、友としても信じて心からそう願ったのだろう。


それを裏付けるように主が男に贈った槍もいつの間にか牢に立て掛けてあったらしい。


「主……!私は……俺は――!」


男はしばらく声を殺して泣き明かした。


沢山泣き明かして……その後は、とにかく生きるために俺の作った粥を口に運んだ。


出会ったばかりなので俺には目の前の男のことは何も分からないけど、ひとまず生きる意思は持てたようだし大丈夫かな。


そう思いつつ、俺もちょこっと粥を貰って食べる。


うん、我ながらいい出来だ。


消化に良くて胃にも優しいからたまには良いね。

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