第436話 魅了の騎士

焼いた松茸に醤油を少々。


山の幸もいいものだと思いつつ、一足先に堪能していると先程回復魔法で治した男が目を覚ました。


「……ここは……俺は……」

「あ、目が覚めた?」


その男は俺の声に反応して視線を向けてから、状況を思い出したのか困惑したような表情を浮かべた。


「……失礼だが、ここはどこだろう?」

「ロダリグア王国の僻地の森」

「……君は一人でここに?」

「まあね。そちらも一人のようだけど?」

「……ああ、国を追われてね」


ぽつりぽつりと男は話す。


忠誠を誓った主の婚約者を誑かした罪で国を追われたと。


「……そんなつもりは無かったんだ。大丈夫だって今度こそ大丈夫だと思ったのに……」

「本意ではなかったと?」

「……勿論だ。相手のいる女性を……ましてや、主の婚約者を誑かすなんて大それた真似……」

「そっか。まあ、大変だよね。その泣きぼくろ」


そう言うと、男は驚いたような表情を浮かべた。


「……知ってるのか?」

「悪魔の加護……まあ、呪いと呼ぶべき力の一つ。魅了の力だね。生まれつきかな?」

「……ああ」


悪魔の加護の証であり、呪いと呼ぶべきその力の名前は魅了。


主に異性に作用する力で、本人の意識に関わらず異性を惹き付けてしまうものだ。


「昔から女人を誑かす悪魔だと言われてた。そんな俺を主は拾ってくれた」


だから報いたくて忠義を尽くしてきた。


強くなって、ロダリグアの中でも上の実力を手に入れたそうだ。


しかし、それが仇になった。


「強くなる度にこの呪いは力が増してたみたいだ。気がつけば普通に接してたはずの主の婚約者まで……」


強い薬で眠らされて、寝てるうちに主の婚約者と一夜を共にしたことになったらしい。


実際はどうかなんて関係なく、信じてた騎士に裏切られた主の気持ちは察するに余りある。


それでも無実を訴えたのだが、その婚約者が首吊りで亡くなったことで事実かどうかは問題ではなくなった。


「……俺のせいだと。俺の存在が主の婚約者を殺したと」


その婚約者が何を思って首を吊ったのか。


他殺ではないらしい。


遺書もあってらしく、内容は『気がつけば彼に惹かれてしまった。不貞をお許しください』というものだったらしい。


魅了の力は授かった本人の資質により力の大きさを変える。


強くなることで魅了の効果が上がったということだろう。


最初は良好な関係だった主の婚約者が心変わりを起こしてしまうくらいにその力は高まってしまい、その婚約者は行動に起こしてしまったと推察できる。


魅了という力は時に魅了された側の気持ちすら塗り替えてしまう恐ろしい力だ。


誰も得をしない胸糞悪い展開を容易に作れてしまうそんな力のを時に悪魔は人間に与える。


ループの魔眼を授かったアンネのように、目の前の男も魅了の力に振りまされて生きてきたのだろう。


そして、その結果として忠義を誓った主を裏切ったことになり、その婚約者を死なせてしまった……その心の傷がかなりものだと話を聞かなくても分かるレベルだ。


顔を見ればわかる。


今にも自害してもおかしくない精神状態だというのが。


それでも男は自害せずにここまで逃げてきたようだし、もう少し話をしてみるか。

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