閑話 アリシアの優しい温もり
孤児である私を拾ってくれたは教会のシスターさんでした。
変わった人で、教会の権力争いなどにはまるで興味がなく、腐敗しているこの国で私のような身寄りのない子供のお世話をするのが好きな人でした。
『アリシア、子供とは神からの私たちへの大切な贈り物なのです。だから、貴女もこの子達も……少しでも健やかに育つことこそが、私たちの幸せなんですよ』
そんなシスターや神様の存在に憧れて、自然と私も同じ道を目指したけど、この国の……少なくとも私が関わった人達は、聖職者であろうと神を信じてはいませんでした。
寄付金と言って、信者からお金を巻き上げて、神の教えを守ろうとする人は皆無でした。
私には治癒魔法の適性があったから、いつの間にか『聖女』と呼ばれるようにもなったけど、教会に居る意味を見いだせずにいた頃……私の恩人のシスター亡くなった知らせを受けました。
すごく悲しかったですけど、それを悲しむ余裕は残念ながらほとんどありませんでした。
シスターがお世話をしていた子供たち……そしてその孤児院はシスターが何とか子供たちを賄っていたけど、そのシスターが居なくなったとすれば、子供たちの面倒を誰が見るのか?
色んな話があったけど、私はそれらを跳ね除けて、私自身がシスターの跡を継いで子供たちを育てようと、そう決めましたけど、道は中々に険しかったです。
私には治癒魔法があったけど、それで稼ぐのは神の教えに背くことに思えたし、だからと言ってそれしかない私に何が出来るのか?
色々考えましたけど、出来ることをして何とかしないといけないと、私は頑張りました。
子供たちには心配させないで、お腹いっぱいに食べて欲しくて……それだけを考えて毎日必死に食料を集めました。
治癒魔法で皆さんの怪我や病気を治療して、そのお礼にお野菜なんかを貰えることもありましたけど、それだけに頼ることはなく、何とか子供たちを育てるけど、気がつけば私は新しい孤児を拾ってきてしまうので、生活が楽になることはありませんでした。
見捨てることは出来ないし、仕方ないけど……スラムの人達の子供たちを引き取ることは彼らから拒否されてしまって叶いませんでした
自分の無力さに絶望しました。
それでも私に出来るのはこの子達を必死に守ることだけです。
いつ頃からか、食料の提供をする方々が出始めたけど、それらも行き渡っていたのは最初だけで、気がつければ私たちに配られる分は無くなっていました。
きっと、様々な人達の思惑によって、こうした状況になったのでしょう。
それは今更アテにしても仕方ないとすんなりと切り替えていたある日のこと。
その日も、食料調達に勤しんでいると、とある道で私は兵士さんたちに囲まれてしまいました。
「おいおい、中々上玉だぞ」
「早い者勝ちだよなぁ」
ニヤニヤと私の全身を舐め回すように見つめる男たちは、私の口を塞ぐと路地裏に連れ込んで私の服を脱がそうとします。
(誰か……!)
すごく怖かったです。
男性の私を見るその視線も、振り解けないほどの力も……そして、私を玩具にでもするようなそんな動きが。
男の手が私の胸元に伸びると、私はせめてもの抵抗に目を瞑ります。
しかし、少ししてもそこから先に進むことはありませんでした。
なぜなら、私を囲んでいた男たちが一気に離れたからです。
(どういう事……?)
よく分からない状況に驚いていると、私の近くには私より年下に見える茶髪の子供が立っていました。
「大丈夫?」
優しく微笑みかけてくるその子は、中性的に見えるけど、男の子なのだろうと何となく分かりました。
「な……なんだ貴様!」
「こんな大人数で女の子を襲うなんて、感心しないね」
そこからの光景は正に圧倒的でした。
この国の兵士のレベルが下がっていたとしても、その子はその小さな体で縦横無尽に動いて一気に相手を制圧して見せた。
(凄い……)
ほんの一瞬で、私を襲おうとした男たちを無力化すると、その子は私の様子を見て少し安心したように表情を緩めます。
「ちょっと待っててね。こいつら縛っちゃうから」
そう言いながら、さり気なく私に気を使って男たちを縛り上げると、後から来た不思議な異国の衣装の大柄な男性と一緒に彼らを適当な場所に連れていきました。
「助けていただき、ありがとうございました」
落ち着いた様子を見せた頃、私は二人にお礼を言います。
「いや、たまたまだから、気にしなくて良いよ」
そう微笑むその子からは、不思議な安心感がありました。
「私は、アリシアと申します。この近くの孤児院でシスターをしております」
「俺はシリウス。こっちは相棒の虎太郎」
「まあ、お供みたいなもんだ」
少し変わった組み合わせだったけど、もしかしてこの人は貴族様なのでは?
そう思いつつも、まずは先にお礼を言うべきだろうと私は思い至りました。
「シリウス様に虎太郎様ですね。本当にありがとうございました。あのままでしたら、私は彼らの玩具にされていたかもしれませんので」
「それはいいが、何をしてたんだ?」
「食糧の確保に出てました。何分、ここ最近は心ある方々からの支援も無くなってきていたので」
その言葉に不思議そうな表情をする虎太郎様。
「確か食糧が配られてるとか聞いたが」
「ええ、確かにそうなんですが……」
「一部の人達が独占してるとかかな?」
私が何と答えるかを迷っていると、ハッキリと言い当てたシリウス様。
「どういう事だ、坊主?」
「日々の糧が足りないのはここに限った話じゃないってことかな」
強いだけでなく、シリウス様は頭も良いのでしょう。
この国の現状にも理解があるように虎太郎様に説明をします。
「どこもかしこも人間ってのは業が深いもんだな」
「ですが、人はそれだけの生き物でもありませんので。私たちは神の導きに従って一人でも多くの人を救いたいのです」
「俺には出来ない生き方だなぁ」
「普通はそうかもしれませんね」
それでも、私は亡くなったシスターのように生きていきたいとそう確かに思っていました。
シスターや、こうして助けてくれたシリウス様のような素敵な人たちもいるから、一人でもそうした人達に導けるように私も頑張りたい。
そんな私に優しい視線を向けてくるシリウス様だけど……もしかして、シリウス様も同じようなことを考えるのだろうかと少し嬉しくなります。
でも、その前に……
「皆さん生活がある中で、僅かでも分けて頂けたのですが、子供たち全員分にはまだ少し足りません。なので、もう少しだけ回りたいのですが……その前に是非とも先程のお礼をさせて頂きたいです」
何が出来るかは分からないけど、こうして助けてくれた恩を返したいと申し出ると、シリウス様は少し考えてから、突然何も無い空間から食材を取り出してみせた。
まさか、空間魔法……?
あれだけ強かったのに、本当は魔法使い様なのでしょうか?
「じゃあ、子供たちに手料理を振る舞わせてくれないかな?丁度食材が余りに余っていてさ。たまには大勢に振る舞い気分なんだよね」
驚く私に更にそんな事を言うシリウス様。
「あ、勿論子供たちを害そうとはしないし、食材も安全なものだよ。何なら毒味をするから」
「いえ、シリウス様のことは信じてますので、そこは大丈夫なのですが……本当に宜しいのでしょうか?」
助けて頂いた上に、更に子供たちも助けると言ってのけるシリウス様に思わずそう尋ねると、シリウス様はなんて事ないように微笑んで言った。
「俺としては、頑張ってる可愛いシスターさんとその子供たちに手料理を振る舞いたいだけだから、俺の我儘に付き合ってくれると嬉しいかな」
そんなシリウス様の言葉に……私は思わず笑みを浮かべてしまいます。
「シリウス様はお優しい方なんですね」
「まあ、坊主はとびきりの善人だからな」
「いやいや、俺はそんな善人じゃないよ」
「嬢ちゃん達に聞いたらスラスラと善行が出てくると思うが?」
「……そこはほら、婚約者補正というかさ」
楽しげにやり取りをするシリウス様と虎太郎様。
でも、私の視線は不思議とシリウス様に向かっていました。
私より年下の少年に何故か不思議と惹かれていたのだろうと後々考えるとそう思えました。
シリウス様は料理も出来るのか、あっという間に子供たちにお腹いっぱいに食べれるだけの量の料理を作ってしまいました。
私もお手伝いはしたけど、ほとんど一人でやってしまうあたり、シリウス様は本当にすごい人でした。
「よし、じゃあ次かな」
しかし、そこからは更に凄くて、シリウス様は魔法でボロボロだった孤児院をあっという間に補強してしまった。
隙間風の入る場所や、雨漏りなんかも一瞬で修繕して外からは分かりにくくても中は温かい雰囲気になりました。
「アリシア、簡単だけどとりあえず補修したから、何か不足があったら遠慮なく言ってよ」
「空間魔法や、先程の治癒魔法といい……シリウス様は凄い魔法使い様なのですね」
「少し得意なだけだよ」
そう謙虚な事を言うシリウス様だけど、きっとこの人は歴史に名を残すようなレベルの魔法使い様なのだろうと私は思いました。
「あ、あの……ここまでして下さって恐縮なのですが、その……うちにはお金が……」
そんなことを考えていると、私のお手伝いでここに居てくれているシスターの一人がそんな事を言います。
私としても、金銭でのお礼ができないので申し訳なく思っていると、シリウス様はあっさりとそれに答えます。
「ああ、大丈夫。魔法は俺の力でタダだし、用意してる食材もその他の生活のものも余っていたものだからさ」
なんて事ないようにそう微笑むシリウス様。
そんなシリウス様をみて、不思議と私も笑みを浮かべていました。
「本当に不思議な方ですね、シリウス様は」
「そう?」
「はい。ですが、このお礼は何れさせてください」
こうして助けて頂いたお礼は何としてもしたいと言うと、シリウス様は少し考えてから私を見て言いました。
「じゃあ、アリシアが欲しいかも」
「え……?わ、私……?」
思わぬ返事に驚いて少し頬が赤くなります。
まさか、シリウス様は私のこと……いえ、そんな……まだ出会ったばかりだしそんな事は……
「うん、アリシアみたいな面倒見の良いシスターさんにはそのうち俺の領地に来て欲しいかもしれない」
そんな私の内心を知ってか知らずか、シリウス様はそう答えますけど……ああ、そういう事ですか。
少しホッとすると共に残念にも思ったのも事実でした。
でも、それ以前に……
「領地……ですか?」
「まあ、それはその内でいいし、まずはこの子達の将来のために色々頑張らないとね」
なんてこと無く答えるシリウス様だけど、やっぱり貴族のご子息とかなのでしょうか?
どちらにせよ、シリウス様のために何か出来るのなら、したいと思う気持ちは確かにありました。
シリウス様には8人の婚約者が居るそうです。
好色なのかと思ったけど、恐らく慕ってくれる女性をシリウス様は迎えているのだろうとその様子から何となく分かりました。
私が国王陛下から呼ばれたことがないと話すと、虎太郎様と一緒に首を傾げます。
『アリシアは可愛いし、綺麗なのにね』
そんな言葉を言われたのは初めてなので、変に胸が高鳴ってしまいます。
「ちなみに、アリシアとしては今のこの国をどう感じてるの?」
色々と話していると、そんな事を尋ねてくるシリウス様。
私は少し考えてから素直な気持ちを口にしていました。
「私個人……ということでしたら、良い方向に進んでいるとは言い難いですね。このままでは、罪のない人達が過ちをおかしてしまう。それ以前に現状では、明日の生活すらままならなくなっていますし」
私にもっと力があれば……そう思いながら私は言葉を続けます。
「私も少しは皆さんの力になれればと、なるべく多くの方を治療するようにはしてますが……それくらいしか、出来ない自分にどうしても、悔しくもなります」
私が私の恩人のシスターのような人なら、子供たちはもっと幸せになれたのでは。
私がもっと色々出来れば……そんな事を思っていると、シリウス様は優しい声音で私に言ってくれます。
「アリシアは頑張ってると思うよ。子供たちを守って、色んな人を助けて、凄く頑張ってると思う。だからこそ、俺はそんなアリシアを助けたくなったんだし」
「シリウス様……」
それは、全てを許してくれるような優しさに満ちた言葉だった。
「大丈夫。後はなんとかしてみせるから。だから……遠慮なく俺を頼ってよ」
そんな言葉に不思議な安心感を抱いて、気がつくと私は涙を浮かべていました。
シスターが亡くなった時も、これまで1度も流さなかった涙が堰を切ったようにようにポロポロと零れていきます。
そんな私をシリウス様は何も言わず優しく抱きしめると、幼子をあやすように優しく抱きしめてくれました。
その温もりは、私の大好きだったシスターとどこか似ていて……そうして、私はシリウス様のご好意に甘えて久しぶりに涙を流しました。
そして――その温もりが、私がシリウス様を意識する切っ掛けになったのだろうと思います。
その前から、変に惹かれていましたけど……私は、シリウス様の優しさに求めていたものを見つけたんだと思います。
この優しい温もりを私はきっと――一生忘れることはないと思いました。
そして、この人のそばに居たいと不思議なくらいに強くそう思えました。
きっと、これが始まりだったのだろうと私は後に思いました。
私はシリウス様に――恋をしたのでしょう。
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