第3話 2人の兄
初めての剣術の稽古は、講師からセンスがあるとべた褒めされる結果となった。
腕力とか体力とか、そういう体の基礎値は初期化されてるけど、技術的なものはある程度染み付いてるようだ。
本当に女神様には頭が上がらないほどに感謝しかない。
1日1度は女神様に祈りを捧げるくらいには信仰に芽生えたと思う。
まあ、教会とかには行かないけど。
この国の教会では男神が崇められてたから、行っても意味無い上に、無駄な勧誘受けそうなので遠慮したのだ。
女神様の名前を聞きそびれたのがなぁ……本当に辛い。
そう思いながら、ボーッと中庭で空を眺めていると、不意に誰かが上から覗き込んできた。
見れば、そこには我が兄である第2王子のレグルスが爽やかな笑みを浮かべていた。
「やぁ。何してるんだい、シリウス?」
「あ、レグルス兄様。雲が動くのを見てました」
「雲?」
首を傾げながらも、さりげなく隣に座るレグルス兄様。
空を見上げて、「なるほど」と納得していた。
「確かに、今日は面白い雲が多いね」
「兄様はお仕事ですか?」
「まあね、ラウル兄さんが書類仕事苦手だから、僕ばっかり机にいて疲れてね」
第1王子である、ラウル兄様は武に優れていて、軍人のような屈強な体とカリスマでその手の武闘派の貴族に支持されており、第2王子であるレグルス兄様は文に優れていており、頭がキレ、広い知識と視野の広さを持っており、文系の貴族に支持されている。
兄が武、弟が文を担当してるのが、現在の王位継承権争いの実態なのだ。
「シリウスは王には興味ないのかな?」
「ありません」
「言い切るね」
「そういうのは、兄様達の方が向いてますから」
俺は玉座なんて何がなんでも着く気はないし、今度こそ可愛い嫁さんと子供を持ってのんびり過ごすと決意してるのだ。
「おっと、そういえば、シリウスは魔法使えたよね?」
「ええ、少しですが」
「光の治癒魔法って聞いたけど……どのくらいの怪我なら治せるのかな?」
瀕死だろうと、心臓が止まってようと直ぐなら復活させられる上に、腕とか吹き飛んでも余裕で治せる……なんて言えるわけもなく、俺はオブラートに包んで答える。
「試したことはありませんが、ちょっとした怪我なら治せるかと」
「そっかそっか」
満足気な兄はそう頷くとぽんぽんと俺の頭を撫でて去っていく。
何だったのだろう?
まあ、いいかと再び空を見上げてのんびり過ごす。
こういう、無駄な時間の使い方が、贅沢で堪らなく愛おしいものだ。
そう、これまで生き急ぎ過ぎたんだ。
だから、今度こそ平穏を……
「よう!シリウス!」
偉く野太い声と共に頭をワシワシと乱暴に撫でられる。
何事かと思って視線を向けると、そこには爽やかなレグルス兄様とは正反対な、屈強で暑苦しそうな第1王子のラウル兄様がいた。
「ラウル兄様、お仕事ですか?」
「まあな、ここにシリウスが居るってレグルスから聞いてな」
誤解なきように言えば、2人の兄は決して仲が悪くはない。
むしろ、兄弟仲はいいだろう。
ただ、それと父親の跡を継ぐのは別という感じで、ライバルという感じが近いかな?
勝っても負けても恨みっこなし、負けたら素直に互いに支え合うと決めてると本人達からは聞いてる。
まあ、その下の貴族連中とかは知らんがと、前にラウル兄様は笑ってたな。
「シリウス、今暇だろ?」
「えっと……」
「空を見てるだけなんだろ?なら、ちょっと付き合えよ」
屈強な兄上の誘いを断る勇気もなく、俺は仕方なくラウル兄様に連れられて騎士団の訓練場へと連行されていく。
「あ!ラウル様!」
騎士団のメンバーはラウル兄様を見ると、全員キリッと姿勢を正す。
その後ろに俺が居るのだが、皆頑張ってるねぇ……もう俺は、今世はのんびりしたいけど。
「おう、ちょっと久しぶりに本気で訓練したくてな」
その言葉に何人かが悲壮な顔を浮かべる。
まあ、ラウル兄様って人間離れして強いから、本気で訓練とか当人たちにしたら死刑宣告だろうな。
「心配するな!何かあってもシリウスが治すからな!」
……なるほど、俺は回復要因で呼ばれたのか。
にしても、ラウル兄様や。
心臓とか潰したりしないでね?
流石にそんなレベルだと治すの大変だからさ。
そうして始まったのラウル兄様の本気の訓練は、正に地獄と言うのが相応しい様相だった。
気絶なんて許さないほどのレベルの猛攻に、何度も生死を彷徨うような圧倒的無双。
きっと、前の人生でラウル兄様が居れば、俺は英雄とか呼ばれなくて済んだかもしれないとしみじみ思う。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます……シリウス様……」
治癒魔法を使いながら、何人もの騎士さん達にお礼を言われる。
中には「聖女様だ……」なんて言う奴もいたが、俺は女ではないので、そこは間違えないで欲しい。
そうして治癒魔法を使う俺を見て満足気な我が兄だったが……まさか、これから毎回呼ばれないよね?
こんな死屍累々な様相の騎士たちを見たくないのだが……まあ、断る勇気もないので仕方ない。
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