第19話 異世界

夢を見た。


変異した僕は、人間の内臓をうまそうに食していた。引き裂いた口には、ベットリと血糊がついていて、赤黒く汚れている。


僕は、その『もう一人の自分』をただ黙ってそばで見ていた。

見ていることしか出来なかった。

僕の前に食い散らかした肉片が、飛んでくる。



ピチャッ………。


ピチャッ……。


腐ったピザに見えた。


どうしたら、夢から覚める?


『 夢? バカか、お前。これは、現実だよ 』


振り向いた僕は。


泣きながら、笑っていたんだ。



……………。


こわい………。


こわいよ……。


いつか、きっと………。




【 僕は、この手で大切な人を殺すだろう 】




「大丈夫?」


目を開けるとエムが、僕の頭を撫でていた。


「怖い夢見たの?」



「うん。しばらく側にいて。お願いだから……」


「私は、ずっといるよ」


ありがとう、エム。


「これからどうしたらいい?」


「あの女のことは忘れてさ、元の世界に戻ろう。そして私と一緒になって、幸せに暮らせばいいじゃん。毎日が、ハッピーデー」


「……それは、出来ない」


ビシィッ!


頭をチョップされた。結構強め。


「……ごめん」


エムは、もぞもぞと僕の布団の中に入ってくる。首筋からは、甘いシャンプーの香りがした。


ドクンッと心臓が、大きく跳ねる。


「一人で寝るから怖い夢を見るんだよ。だから、ね? 私と一緒に寝よ」


布団の中でエムが、僕の手を両手で握っている。

僕は、赤ん坊のようにエムの胸に顔を埋めた。それだけで全身を包まれているように安心出来た。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



朝御飯を食べたあと、僕は猫耳娘に謎の男とサラの似顔絵を描いて見せた。


「えっ!? あなた、この方を知らないの? 王様の側近中の側近、ハウス様じゃん。執事長で、しかもこの国の軍の指揮官でもある。とにかくぅ、あなたとは比較にならないほど凄い人。月とカビだよ」


「軍の……。ふ~ん。だから、あんなに強いのか。まぁ、他にも秘密はありそうだけど。まぁ、いいや。あのさ、隣に描いた女の人は知らない?」


「知らなーい」


「そっか……。これからも色々と教えてもらって良い? それなりの報酬は払うからさ」


「まぁ、気が乗ったらねぇ」


僕とエムは猫耳娘と別れて、城を目指すことにした。城に侵入は不可能でも、近づけばある程度の情報収集は出来るだろう。



ズドンッッ!!


「!?」


大地が揺れた。地震?


僕とエムは、反射的に建物の陰に身を潜めた。突然、空から人が降ってきた。

見上げると、漆黒のドラゴンが優雅に空を旋回していた。


雲より高いあそこから、飛び降りた?


「隠れてないで出てこい。早くしろ。時間が惜しい」


僕は、謎の男の前に姿を現した。

左手に爪を食い込ませ、自分を落ち着かせて。


「やっぱり、生きてたか。ハハハ、その眼帯似合ってるぞ」


「サラは、どこ?」


「まさか、その体で奪いに来たのか? 無謀だろう、それは。相手の力量が分からないほど甘い生き方はしてないはずだが」


「サラは、どこ?」


隣のレンガの塀をハンマーのように振り回した左手で殴った。ガラガラッと塀が崩落する。


「ハハハハ。まぁ、まぁ、落ち着け。今は、お前と殺る気はない。こんな場所まで会いに来たのは、お前に良い取引の話を持ってきたからだ。見事達成出来れば、無傷で女は返してやる。約束する」


「取引?」


「そう。一回しか言わないから、しっかり聞けよ」


その時。無防備な男の背後からエムが攻撃を仕掛け……………られなかった。


「やめとけ。今、俺はコイツと話しているんだ。部外者は、引っ込んでろ」


「エム。今は、耐えて」


「…………分かっ…た」


意外にも素直に従い、その場から姿を消した。謎の男は、再び静かに話し始めた。


相変わらず、蜜の香りを放ちながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る