第8話 破壊

午後六時。やっと今日一日の仕事が終わった。正直、殺しの仕事よりキツいなぁと最近思い始めている。肩こりが半端ない。愚痴をこぼしながらの帰宅途中、偶然アパートの大家さんと商店街で会った。


「今、帰り? お疲れ様」


「はい。かなり疲れましたぁ」


「アッハッハ、だらしないねぇ。そんなに若いのに。もっとパワフルに生きなきゃダメだよ!」


「はい……。気を付けます」


大家と別れ、再び歩き出した僕の耳を大家の独り言がノックした。



「部屋の電気が消えてたから、二人でデートかと思ったのに……」


!?


嫌な予感。胸騒ぎがした。

飛ぶように走り、アパートに帰る。




「ぁ……はぁ…」


確かに部屋の電気が消えている。こんなこと初めて。部屋に一歩入ると嗅いだことのない蜜の香りがした。


暗い部屋に知らない男がいる。気を失っているサラを抱き抱えていた。




「何してる。サラを今すぐ離せ」



黒スーツ姿の男は、こちらを見ても顔色一つ変えない。直感的に相手の強さが分かり、身構える。



「そこをどけ。邪魔だよ、お前」


「……………」


サラを傷つけないよう、周りの闇に紛れて相手の背後に回る。手刀で男の首をはねようとすると、人差し指だけで攻撃を防がれた。女のように細く綺麗な指先。それなのに鋼鉄のような固さ。男は相変わらず、こちらを見もしない。



「ふぁあぁ~、眠っ」



感動的な強さ。殺し屋をやっていた時にもこんな奴はいなかった。


一瞬の動揺。それを見逃す相手ではなく、気づくと僕は床と激しくキスをしていた。回し蹴り+腹を三発殴られた。



「ぐっ……」


奥歯と鼻骨。おまけに肋骨を二本折られた。止まらない鼻血。ダメージの残る体を無理やり動かし、何とか立ち上がった。


玄関前に立つ男。その隣には、気がついたサラがいた。ぼろ雑巾のような僕を見ている。



「いく…な……」


「要さん。さようなら。楽しかったです」


最後の力を振り絞り、相手に迫る。

勝算なんてない。それでもこの黒い衝動は、止まらない。男が投げた銀製のペンが十本以上飛んできて、体を穴だらけにされた。右目にも深く刺さった。



「ふ~ん。急所は、全部外してるな。こっちの人間にしては、良い反応してる」


二人が出ていく姿を見て、頬を血ではない、別の何かが流れているのを感じた。



サラ……………。


ごめん。


君を守れなかった。


弱くて、ごめん。

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