第9話 誓い

揺れる白いカーテンを見ながら、僕は思い出していた。謎の男の隣で泣いていたサラを。


泣き顔を見たのは、あれが初めて。




下半身に違和感があり、足元を見ると僕の体をニヤニヤしながら触診している闇医者がいた。かなりのマッチョで、白衣が今にも破けそうだ。



「うぇへ。うぇへ。良い体ぁ。好きィ」



「あ、えっ……と。ありがとうございます。治療してくれて」



「ん? うんうん。礼なら、あの女に言いなぁ。札束が入った大きなゴミ袋を持ってきてさぁ、アンタを助けてくれって、何度も何度も私に頭を下げてた。正直、あと一時間ここに来るのが遅かったら、あんた死んでたよ」




病室の隅っこで、今も借りてきた猫のようにこちらの様子をチラチラ伺っている。


「エム」


「お前が死んだら嫌だから……。だから、助けた。それだけッ!!」



「ありがとう、ほんとに」


しばらくして、闇医者が病室を出ていくと部屋には僕とエムだけになった。窓からは、小鳥のさえずり。春の訪れを感じる。



「何があった? お前をこんなに痛め付けた奴は誰? 私が、殺してきてやるよ。今週、暇だからさ」




久しぶりに見る真剣な顔。本気だ。エムの殺気で部屋がピキピキ悲鳴をあげている。



僕は、包み隠さずあの出来事を全てエムに話した。




「その謎の男って、何者?」


「分からない。でも手がかりならある。サラを取り戻す」



「やめときなよ。死ぬ、絶対。ただでさえ、右目潰されて戦力半減なのにさ。半死人のお前が敵う相手じゃないだろ」



エムは、乱暴にベッドに乗ると息がかかるほど僕に顔を近づける。上気した顔。潤んだ瞳。左のほっぺにキスまでされた。



「私には、お前が必要なんだ。あんな女のこと、忘れろよ」



甘えた猫のようにすり寄ってくる。



「…………私じゃ、ダメ? お前が望むことなら何でもしてあげる」


耳を甘噛された。スルスルと上着を脱いだエム。白く柔らかそうな乳房に目線を奪われつつ、それでも僕はエムを優しく引き離した。




「ありがとう。でも、ごめん。僕……」



「私に恥をかかせるつもりか?」



殺し屋の目に戻ったエムは、両手で僕の頭を鷲づかみにした。変異させた手からは、狂暴な圧を感じる。


死の予感。



「ごめん」


エムの顔をしっかりと見据える。

突然、ベッドから飛び降りたエムは、服を着て、さっさと病室を出ていった。


数分後。


病室のベッドで天井のシミを数えていると、外から大声がした。



「こっっの、バカァアァアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!」





僕は、笑いながらゆっくりと目を閉じた。


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