華麗なる一族? ③


****


 ――そして、無事に期末テストも終わった。

 愛美は今回も学年で五位以内に入る成績を修め、さやかと珠莉も前回の中間テストより順位を上げた。


「やっぱり、冬休みは何の心配ごともなくめいっぱい楽しみたいもんね」


 テスト前、さやかはそう言っていた。愛美も珠莉も気持ちは同じだったので、テスト勉強にも俄然やる気が出たのだ。


 そして……。


 ――あと二週間ほどで冬休みに入る、短縮授業期間のある日の午後。


「――相川先生、次回作についてなんですが……」


「はい」


 新横浜駅前のカフェで、愛美は担当編集者の岡部さんと向かい合っていた。


「先生もそろそろ、長編書下ろしに挑戦してみませんか? 誌面への掲載ではなくて、単行本として出版することになりますが」


 三十代半ばくらいの岡部さんは、ホットのブラックコーヒーをふぅふぅ言いながら飲み、そう切り出した。彼は猫舌らしい。


「えっ、長編?」


 こちらは猫舌ではない愛美は、ホットのカフェラテを飲もうとして、カップを手にしたまま目を見開いた。


「はい、長編です。短編ばかり書いてても、先生も張り合いがないでしょうし。目指すところはやっぱりそこなんじゃないかと思いまして」


「そうですね……、やっぱり本は出したいかな。わたしの夢を応援してくれてる人たちの目に留まるのは、雑誌より単行本の方がいいですから」


 愛美はラテをすすりながら、聡美園長や純也さん、さやかや珠莉の顔を思い浮かべる。そして、彼らが自分の著書を手に取って微笑む姿を。


「そうでしょう? まあ、出版は急ぎませんので、まずは一作お書きになってみて下さい。それまでの間は、これまで通りに短編のお仕事も並行して続けて頂くという形でいいでしょうか?」


「はい、大丈夫です。やってみます」


「学業の方もあるのに、本当に大丈夫ですか?」


 ましてや、愛美は奨学生なのだ。もちろん、彼もそのことを知っているからこその心配である。


「大丈夫。できます!」 


 せっかく与えられたチャンスを逃してなるものか! とばかりに、愛美はもう一度頷いた。


「……分かりました。もう、先生には負けましたよ! それじゃ、題材は自由ですので、先生が『書きたい』と思われた題材で書いて下さい。取材もご自分で」


「はい。任せて下さい」


「ですが、あんまりムリはしないように。いいですね? 先生の本業は、あくまでも高校生なんですから」


「分かってます。――あの、お会計はわたしが」


 愛美が伝票を取ろうとすると、岡部さんが「待った」をかけた。


「いえ、いいですよ。僕が持ちます。後から経費で落としますから」


「……ありがとうございます。それじゃ、お言葉に甘えて」


 愛美は素直に引き下がる。

 このごろは、誰かに甘えることにあまり罪悪感を覚えなくなった自分がいる。それは、やっぱり純也さんとの出会いと関係があるんだろうか。


(そういえば、純也さんに初めて会った時は、お茶をおごってもらうのが申し訳ないって思ってたのになぁ……)


 あれからまだ一年半ほどしか経っていないというのに、人というのは変われば変わるものだ。

 あの頃はまだ、養護施設出身だという自分の境遇に多少は負い目を感じていたのかもしれない。それがなくなってきたということは、だいぶ一般社会に溶け込んできたということだともいえる。


 自分には、甘えられる相手がいる。だから、片意地はって突っ張る必要はないんだ、と。


「――それじゃ、失礼します」


 まだ昼下がりで外は明るいけれど、早く寮に帰って親友二人にこのことを知らせたい。電話でもメッセージでもなく、顔を見て。


「今日はわざわざ横浜まで来て頂いて、いいお話まで頂いてありがとうございました。東京まで気をつけて。――編集者さんって大変ですね」


「いえいえ! 仕事ですから。それじゃ、また短編の仕事の時に」


「はい」


 店を出たところで岡部さんと別れた愛美は、学校のある方へウキウキしながら歩き始めた。途中、スキップなんかしながら。


「こんなに早く、本を出す機会に恵まれるとは思わなかったなぁ♪ ……あ、そうだ!」


 愛美は初めて書く長編小説の題材をひらめいた。


「現代版『華麗なる一族』なんてどうだろう? なんか面白いかも♪」


 大都会の社交界で繰り広げられる、セレブ一族の物語。愛美とは住む世界が違う人々の暮らしぶりや人間関係を、小説にしようと思い立ったのだ。


「珠莉ちゃんのお家にいる間に、色々お話聞いて取材しよう。純也さんにもお話聞けたらいいな」


 主人公はセレブ一家に生まれ育ったけれど、その家族や親せきと折り合いのつかない青年。自立心と正義感が強い彼は、自分の手で自分の人生を切り開いていく――。


「……うん、いいかも」


 大まかなストーリーはできつつある。あとは取材を重ねて、それにしっかり肉付けしてキチンとプロットを作れば原稿は書けるはず。


(わたしの書いた本が、ついに本屋さんに……)


 その光景を想像するだけでワクワクする。しかもそれはベストセラーになって、次々と重版がかかるのだ。

 そして、ついには有名な文学賞の候補になったりなんかして……。


(……おっと! 妄想が膨らみすぎた。まずは書かなきゃ始まんないよね)


 まだ書いてもいない段階でここまで想像しても、〝捕らぬ狸の皮算用〟でしかない。


「よしっ、頑張るぞー! 愛美、ファイト! おー!」


 自分に発破はっぱをかけ、愛美は寮へと帰っていった。


****


「――ただいま!」


 部屋に帰ると、今日はさやかも珠莉も部屋にいた。珍しく、二人で仲よくTVドラマの再放送を観ている。


「あー、愛美。お帰り。このドラマ面白いよ。愛美も観る?」


「こういう低俗ていぞくなドラマは私の好みじゃないんですけど、これには私もハマってしまいましたのよ」


 この二人の趣味が合うなんて、珍しいこともあるものだ。入学当時は性格も考え方も何もかも正反対の二人だと思っていたのに。

 人というのは、一年半以上も付き合っていると変わるものなんだと愛美は思った。


「……うん。あーでも、二人に聞いてほしい話があって」


「うん、なになに?」


 さやかは愛美の話に耳を傾けることにしたようで、リモコンでTVの電源を落とした。


「あのね、わたしいよいよ、単行本を出してもらえることになったの!」


「えっ、ウソ? よかったじゃん、愛美!」


「うんっ! 今日ね、担当の編集者さんに『大事な話がある』って呼び出されて。でね、行ってみたら『今度、長編小説を書いてみませんか?』って」


「あらあら。長編なんてスゴいじゃありませんの! では、それが本になって出版されるということですのね?」


 このビッグニュースには、さやかはもちろんのこと、珠莉も喜んでくれた。


「ただ、いつ刊行されるかはまだ分かんないの。とりあえず一作書いてみて、その出来ばえで考える、みたいな感じで。でも、その間には並行して短編のお仕事も続けさせてもらえるみたい」


「じゃあ、長編より短編集が先に出る可能性もあるワケだね」


 愛美もそこまでは考えていなかったので、さやかの指摘は目からウロコだった。


「……あ、そうなるかも。でも、どっちにしても嬉しいな。わたしの書いた小説が本になるなんて!」


「あたしも嬉しい! もう書く題材は決まってんの?」


「うん。純也さんをモデルにして、現代版の『華麗なる一族』みたいなのを書けたらいいなーって思ってるんだ。だからね、冬休みの間に珠莉ちゃんのおウチとか、セレブの世界を取材するつもりなの。珠莉ちゃんも協力してね」


「……ええ、いいけど。私の家なんて取材しても、あまり参考にはならないんじゃないかしら。私はあまりお勧めできなくてよ」


 かなり乗り気な愛美とは対照的に、珠莉はこの案に消極的だった。


「純也叔父さまだって、どう思われるか分かりませんわ」


「……もしかして、珠莉ちゃんも自分のお家のこと好きじゃないの?」


 以前、純也さんは親戚と反りが合わなくて家に寄り付かないと言っていたけれど。珠莉も彼と同じなんだろうか?


「ええ、あんな家、好きじゃありませんわ。私は生れてくる家を間違えたんですの」


「…………」


 悲しげにそう吐き捨てる珠莉に、愛美は胸が締め付けられる思いがした。


 愛美自身は施設出身だから、家族というものがあまりよく分からない。でも、少なくともさやかの一家はみんな仲がよくて(よすぎる、といってもいいかもしれない)、すごく温かい家庭だなぁと思っている。

 自分の生まれ育った家や家族のことを「好きじゃない」という人がいるなんて、純也さんに出会うまでは思いもしなかったのだ。  

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拝啓、あしながおじさん。 日暮ミミ♪ @mimi-3

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