第5話 登校

 右に千尋が、左に陽菜乃が並んで歩く。千尋の身長は、女性としては平均ぐらいのサイズ。女性の中だと身長が高い方の陽菜乃。そして俺も身長は高めだった。3人が並んでいる様子は、周りから見ると凸のような形になっているだろう。


 目的地は学校。まだ、一時限目の授業が始まるまでに余裕がある。ゆっくり歩いて行こうかな。


「今日も朝、どっか走ってきたのか?」

「うん。トレーニングでね」


 千尋は陸上部の中心選手だった。大会にも何度か出場して、なかなか優秀な成績を収めている。今朝も、トレーニングのために走ったらしい。朝から大変だな。


「まだ、グラウンドの改修工事は終わらないのか?」

「スケジュールより、伸びてるみたい。いつ終わるんだろう?」

「明日には、もう終わるらしいわよ」

「へぇ、そうなのか陽菜乃」

「私が聞いた話では、だけどね」


 しばらく前から、学校のグラウンド改修工事が行われていた。俺たちの通っている学校は、運動部が盛んで施設などの改修、増築工事が次々と行われていた。そして、陽菜乃の聞いた話によると、グラウンドの工事はもうすぐ終わるらしい。


「ねぇねぇ。ハルトは、運動部に復帰しないの?」

「俺? んー、今はいいかな」


 千尋が、そんな事を言ってくる。


 実は俺も、少し前まで運動部として活動していた。彼女と同じように、朝早くから目を覚まして家を出て、トレーニングを繰り返していた。今は、もうやっていない。

 

「勿体ないなぁ。絶対、活躍できるのに」

「ハルくんが運動している姿、カッコよかった」

「うーん……。もう、かなり練習をサボってるから。今からやっても無理だって」


 1年生の頃の俺は、身体を動かすのにハマって色々な運動部を掛け持ちしていた。1つだけじゃない。主に、球技系の運動部に所属をしていた。野球部にサッカー部、バスケットボール部、バレー部、それからテニス部なども。他にも色々。


 ハマったら、俺はとことん突き詰めたいと考えてしまう。


 身体能力を鍛えて、各種目のボールを望んだ通り操れるようになりたいと思った。どうやったら、思い通りにボールを動かせるようになるのか。どうしたら試合に勝つことが出来るのか。じっくりと考えて1年間、様々なトレーニングを積み重ねた。


 その結果、千尋のように俺も各大会で優秀な成績を収めることに成功した。雑誌や地方紙に注目され、インタビューされたりもした。


 ただ、高校2年生になる少し前に飽きてしまった。運動はもういいかな、と思って部活を辞めることにした。自分勝手だが、やる気が無くなったので仕方がない。俺はもう、かつてのモチベーションを保てなくなってしまった。飽きたら、すぐに止めてしまうのが俺の性格だった。


 各部の部員や顧問の先生に辞めることを伝えると、必死に引き止められた。だが、俺の決意は固かった。そして結局、籍だけ置いて幽霊部員扱いのまま今日に至る。


千鶴ちづるちゃんも、ハルトが戻ってくるのを待ってるよ」

「あー……、千鶴ちづるちゃんかぁ……」


 痛いところを突かれた。竹川千鶴たけかわちづるというのは、俺が部活を頑張っていた頃に色々とサポートしてくれた女の子である。


 実は彼女、去年はまだ中学3年生だった。野球部のマネージャーだった女子生徒の妹だったということで、偶然知り合った。それから色々あって仲良くなり、中学校の授業が終わるとすぐ俺のもとに駆けつけて、部活動のサポートをしてくれた。


 今年、新一年生として高校に入学してきた。高校からも俺のサポートをしてくれるつもりだったらしい。それなのに、俺は運動部を辞めてしまった。今は姉と一緒に、野球部のマネージャーを務めていた。学校で顔を合わせるたびに、運動部に復帰するよう言ってくる。


 申し訳ない気持ちもあるが、やる気が起きない。もう今は、身体を動かすこととは別にハマっているモノがあった。そっちに夢中になっているので、しばらく運動部に戻ることはないだろうな。


「運動部ね。しばらくは、戻らないかな」


 それが、今の俺の運動部に対する本音だった。やる気が起きれば、すぐに復帰するつもりもあるんだけど。やっぱり、やる気が出ない。


 そんな事を話しているうちに、学校に到着していた。

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