第2話 朝の目覚め

「ぅぅん?」

「起きて。朝だよ」


 柔らかな女性の声が聞こえてくる。ゆらゆらと、軽く体が揺れているのを感じた。誰かに起こされている。


「ふぁぁぁっ……、んーん、おはよう」

「うん。おはよう、ハルくん」


 目を開く。窓から陽射しが射し込んでいた。もう朝か。まだ眠いが起きないとな。手足を伸ばしながら身体を起こすと、ベッドの側に美少女が立っていた。幼馴染の陽菜乃ひなのだ。彼女は、高校の制服ワイシャツの上にエプロンを着た姿だった。


「懐かしい夢を見たよ」

「どんな夢?」


 起きた瞬間から、俺は語りだす。陽菜乃は、クールな表情を浮かべて聞いてきた。彼女の表情、実は興味津々という感じかな。


「君と千尋ちひろが、子どもの頃に大喧嘩してた夢」

「懐かしい。その時に、私とちーちゃんに結婚の約束をしてくれたんだよね」


 見た目は、ほんのちょっとだけ嬉しそうに微笑む表情の陽菜乃。でも心の中では、かなり喜んでいることを俺は知っている。感情を表に出すのが、苦手なだけだった。


「そうだな。夢の中の俺もちゃんと、2人を嫁にするって宣言してた」

「うん。じゃあ、おはようのキスして」


 感情を出すのは苦手だけど、行動は大胆だった。唐突に、陽菜乃はキスを要求してくる。毎朝の日課だった。だけど俺は、少しだけ抵抗する。


「起きてすぐは、あんまりキスしたくないんだけど。歯磨きした後じゃ、ダメか?」

「ダメ」


 バッサリ拒否される。寝起きだから、口臭が気になってしまうんだけどなぁ。


「大丈夫。いつもの通り、カッコいいよ。だから、はい。ちゅー」


 そんな事はお構いなしに、陽菜乃は唇を突き出してきた。これは回避できないか。仕方なく、軽く唇に触れるキスを交わした。スッと顔を離すと、彼女はいつもと同じクールな表情を浮かべている。よく見ると、ちょっとだけ頬が赤くなっているかな。反応は薄いけれど、いつまでもキスに慣れないのがカワイイ。


「朝ごはんは出来てるから、身支度が終わったら来て」

「わかった。すぐ行くよ」


 そう言って、陽菜乃は満足したまま部屋を出ていった。ちゃんと目が覚めたな。


 腹が減った。ベッドから降りて、パジャマから制服に着替える。アイロンをかけてくれているから、シワのないパリッとしたシャツに袖を通す。朝から気持ちが良い。ブレザーの上着は脇に抱えて、教科書などを入れたカバンを持って部屋を出る。



*********



 自室から1階へ。まずは、顔を洗わないとな。洗面所に入ると、ドライヤーの音が聞こえてきた。


「おはよう、ハルト!」

「おう、おはよう」


 ドライヤーで髪を乾かしていたのは、千尋ちひろだった。朝から風呂に入ったのだろう。白シャツに、下はパンツだけの際どい風呂上がり姿だった。誘ってきていることには気付いている。俺の周りにいる女性たちは、度々こんな感じで仕掛けてくる。あえて無視して、朝の挨拶をした。


「む! ほら、髪を乾かしてるの。どう?」

「って、おい」


 顔を洗おうとすると、千尋は身体を寄せて頭をグイッと俺の方に突き出してくる。その瞬間、女の子のいい香りが漂ってきた。誘惑されそうだ。朝から不健全な。顔を上げて、彼女の頭頂部に意識を集中する。下には視線を向けないように。


「んー。もっと、ちゃんと乾かさないと。まだ、こことか濡れてるぞ」

「ふーん。まぁ、いいけどさ!」


 何とか耐えて、髪の毛が濡れている部分を指摘するだけに留める。あとは、自分の身なりを整えることに集中しよう。顔を洗って、歯を磨いて。


「ねぇねぇ!」

「なんだ?」


 ようやく髪を乾かし終えたのか、ドライヤーを切って千尋が話しかけてきた。俺も自分の身支度を終えて、洗面所から出ようとしたのに。


「ちゅー」

「はいはい。ちゅー、ね」


 千尋も陽菜乃も、キスが好きすぎる。朝のキスは絶対に欠かさない。俺も嫌いではないけれど、もっと雰囲気を大事にしたいのになぁ。


 そんな事を考えながら、千尋が満足をするように優しくキスをする。チュッとしてすぐに、顔を離した。


「えー、これだけなの?」

「ちゃんとキスしたぞ」


 ちゃんと目を合わせて、唇を触れ合わせた。それなのに不満そうな表情。下から、覗き込んでくる。甘えるような表情に、もう一度だけ顔を近づけたくなる。朝から、盛り過ぎだろう、俺。自制しないと、どこまでもやってしまいそうになる。


「マンネリね」

「毎朝してると、こうなるだろ」

「もっと熱く、舌を絡めたディープなやつをしてほしいなぁ」


 舌をべーと伸ばしてレロレロと動かし、アピールしてくる。朝から反応してしまいそうになる。何とか耐えたが。


「はしたないから、止めなさい」

「ひなちゃんも言ってたよ。もっと濃密なキスがしたいって!」

「わかった、わかった! 今夜やってやるから。遅れないように早く朝飯を食って、学校に行くぞ」

「わーい! 約束だからねッ!」


 いつもなら、もう少し前で止まる千尋。今日は久しぶりに、わがままを言って俺を困らせてきた。ここまで言ってくるとなると、もう止まりそうにない。彼女の欲望を満たしてやらないと、さらに暴走してしまう。キスぐらいなら仕方ないか。ただ朝は色々とキツイので、約束だけして先に伸ばした。この約束は、絶対に守らないと。


 嬉しそうにぴょんぴょん跳ねて、洗面所から出ていく千尋。彼女の後ろ姿を見守る俺は、ため息をついた。ああいうところは、カワイイんだけどなぁ……。

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