第13話 皆既日食
古代都市遺跡から地上に戻ってきたのぶおたちが目にした、南方で立ち上る黒い煙は、他でもなく、燃やしつくされたギジプトの惨劇を思い出させました。のぶおたちは、それがギジプトを破壊し、ギギでゴルゴンの首を切り落としたモンスターの仕業だと判断し、煙の立ち上る方向へと向かうことにしました。のぶおたちの旅に目的が少しずつ薄れてきて、強さと魔法と、そして古代文明の装備を手にした今、魔王を倒すことと同じぐらい、危機を救うことと、力を行使すること自体に惹かれていたのです。燃え盛るあの場所に行けば、強いモンスターがいて自分たちが手に入れた武器の威力を試せる機会があるのでないかと思っていたのです。正義のために用いられるべき力は、武器を使うことのために使われようとしています。正義とは何でしょうか。
遺跡から真っすぐ南に進み始めた一行はすぐさまモンスターの群れに遭遇しました。飛空艇の胴体着陸以降、久しぶりの戦闘です。古代文明の装備は圧倒的な力を誇りました。襲い掛かってきたデザートボム、フレイムゴースト、ハリケーンイーグルなど、どれも一撃で息の根を止めたのです。のぶおたちが進む道のりの背後にはモンスターの死体がうずたかく積まれていきました。これまでより、モンスターに頻繁に遭遇するような気もしましたが、ばったばったと斬り、刺し、殴り、叩き、焼き、凍らせ、窒息させ、殺していきました。モンスターとの戦闘が繰り返されることで、のぶおたちはさらに自分たちの力が向上したように感じました。伝説の武器と自分たちの自力が相まって、この世に敵などいないような高揚感を味わいながら、南の大きな山脈の麓に立ち上る黒い煙の場所へと向かっていったのです。
昼と夜とを何度か経験して、一行は、煙の上がる村へとやって来ました。炎はどうやら消し止められて、今は細い煙が時折、風に流されながら、周囲に漂っているだけになっていました。村の中に入っていくと、住宅街の一角、といってもかなり広い範囲ですが、がすっかり真っ黒に焼け焦げて、何軒もの建物や街路樹、看板などがその色を失っていました。悲しいことになくなった人もいたようです。村の人に話しかけると、翼の生えたモンスターが突然空中にやってきて火の玉をいくつも降らせたんだ、と教えてくれました。一体何のためにそのモンスターはこの村を襲ったのか、のぶおには分かりませんでした。のぶおはギジプトに続いてまた別の村もこうやって破壊されたことに怒りを覚えましたが、それ以上に、こんな凄惨なことを一瞬でできてしまう力をもった、そのモンスターとすぐにでも戦ってみたいとも感じました。別の人に話しかけると、ようこそハルゴンの村へと言いました。別の人に話しかけると、ここは大陸の果て、あの山脈を越える事のできる人間などおらんよ、と言いました。住人が山脈のことに触れたということはきっとこの先、山脈を越える事になるのだろうとのぶおは理解しました。この世の中は自分にヒントを与える人が適度に配置されている世界なのだろうと考えるようになっていたからです。
もはや伝説の武器と防具を装備しているので、武器屋も防具屋も大したことのない取り揃えでした。翼の生えたモンスターが火の玉を降らせた以外、特になにもなさそうだと判断した一行は、そくささと村を後にして、山脈のほうへと向かうことにしました。
山脈は巨大なので近くにあるように見えますが、村からさらに何日も歩く必要がありました。さらに種類を増してきたモンスターの襲撃を返り討ちにしながら歩いていると、さっきまで太陽の光が降り注いでいた青空が、突然暗くなってきたました。日食でした。太陽は徐々に侵食され、あっという間に周囲は真っ暗闇になってしまいました。太陽の光が失われた世界では、モンスターたちは自分たちを縛るタガが外れたかのように力を増し、凶暴化しました。伝説の武器を持ったのぶおたちもすんなりとは勝利できないほどにモンスターたちは死に物狂いで襲い掛かってきて、のぶおたちは体力を奪われ、魔力を失っていきました。
なんとか山脈の麓まで辿り着くと、そこには一軒の小屋がありました。木造の簡素な外観の小屋で、中に入ると、男がひとりで暮らしていました。男はのぶおたちの疲弊しきった姿を見て、「旅の人達よ、何もないところだが休んでいくといいよ」と言ってくれました。
一晩の休息を経てすっかり回復した一行は、男からこの山脈についての話を聞きました。この山脈は、通称、絶望の山脈と呼ばれており、これまで何人もの人が踏破を試みたものの、生きて帰ってきたものは誰一人としていないとのことでした。
「この山脈の向こうには、モンスターだけが住む世界があるという人もいるし、神様が住んでいるという人もいるけど、誰も行ったことがないから実際のところは分からないんだ。君たちも命が惜しければこの山脈を越えるなんて無茶な真似はよした方がいいよ」と男は忠告しれくれました。
自分たちの力と武器の力をすっかり過信していた一行は、男の忠告も聞き入れず、早速山脈へと向かいました。ごつごつとした岩肌と道らしき道もほとんどない過酷な地形を進んでいく一行の前に現れたのは、ヒルギガースが2匹とケツアルカトルが2匹でした。ヒルギガースはのぶおの身長の10倍ほどもあり、太い腕で四人を薙ぎ払いました。その一発でイルバートは戦闘不能に陥りました。ケツアルカトルの啼き声を聞いたマリは全身が石になりました。のぶおたちは何も出来ないまま、敗走しました。
これまでも、のぶおたちは強いモンスターにコテンパンにやられる夢を時々見ました。小屋のベッドで悪夢から目を覚ました一行は、ここに来るまでに起きた日食や、日食によって凶暴化したモンスターの印象が夢に影響したのだとも感じましたが、今まで見たこともないような巨大なモンスターも夢の中には登場しました。
のぶおたちは男の忠告を聞き、山脈へと向かうのは一旦やめて、小屋の周辺でモンスターを倒し、自分たちを鍛えることを優先しました。日食はいつまで経っても明けず、真っ暗な世界の中で凶暴なモンスターをひたすら倒し続けました。どのモンスターの攻勢にも容赦がなく、のぶおはこれまで感じたことがない、自分を迷いなく殺しに来ている感覚を味わっていました。のぶおだけでなく、他の三人も殺るか殺られるかのギリギリの総力戦が続く緊張状態を楽しんでいました。自分たちが力をつけて強くなってきていること、強くなったおかげで戦略的にモンスターと対峙できていること、一つのミスも許されない、まさに命がけの勝負を出来ていることに快感を得始めていたのです。まるである種の『ゲーム』であるかのように、戦闘を繰り返すうちに恍惚状態になっていきました。
体力のぎりぎりまで戦闘を繰り返しては、小屋のベッドで休息し、また、外へ出てモンスターを倒しました。戦闘漬けの日々を過ごしていくうちに、より強くなればなるほど、さらに強くなりたいと思うようになり、さらに強いモンスターと戦いたいと思うようになりました。
そうしている中で、のぶおは大ピラミッドの地下にあったダンジョンの事を思い出しました。力を付けた今なら、前回撤退せざるを得なかった地下三階よりもさらに深くへと潜っていけるのではないかと考えました。それはより強いモンスターと戦ってみたいという欲求を満たしたいという事でもありました。
のぶおたちはワープの魔法でギジプトに移動しました。ギジプトの街が位置する大陸の北側もやはり日食が起こっていて、真っ暗でした。のぶおたちは街には立ち寄らずに北にあるピラミッドへ直行しました。ピラミッドの地下に入って、のぶおはたいまつを持っていないことに気付きましたが、マリがトルチの魔法を使えるようになっていたので、ギジプトへ戻る手間は不要でした。ピラミッドの地下空間は、地上の四角錐の構造とは異なり、ほぼ直方体の空間が深くまで続いています。潜れど潜れども、各階には広大なフロアが出現し、石の壁や所々に描かれた壁画などはフロアが変われど変化がなく、自分たちが今地下の何階にいるのかという感覚を失わせました。さらにときどき配置されているトラップ床を踏んでしまうと、上の階へと戻されてしまうので、潜入から半時間ほどで四人の方向感覚はすっかり麻痺してしまいました。
そんな中でも、モンスターの猛攻は止むことを知りません。ダークマミーに噛みつかれて体力を奪われさらに体は麻痺し、ゾンビドラゴンのゾンビブレスを浴びれば、猛毒以上のペースで体力が減っていきました。自分たちの実力も装備も万全の状態で自身を持って望んだ二回目のピラミッドの地下でしたが、自分が一体何階にいるのかもわからない状態の中で魔物に取り囲まれて、結局再び撤退を決断したのでした。マリがエスケープの魔法を使えたのが救いでした。
ピラミッドの外に出ると、今までなら歩いていたような距離でも一行はワープの魔法で移動しました。ギジプトの街へ戻り、少しずつ復興し始めているこの街でほそぼそと営業を続けている宿屋で一泊しました。のぶおはピラミッドの地下から撤退を余儀なくされたものの、挑戦をし続けて、自分たちの実力をつけていけば、さらに下の階にも行けるのではないかという雰囲気を掴んでいました。そして何よりも、このピラミッドの地下のモンスターを倒せないようでは、絶望の山脈を越えることはできないような気がしていたのです。
それからというもの、のぶおたちはギジプトの街とピラミッドを何度も往復しました。ほとんど進展なく撤退することもありましたが、それでも繰り返していくうちに、一階、また一階と深くまで進んでいくことができるようになりました。深くまで行けば行くほど、様々な装備や道具を見つけることができました。韋駄天の靴を履いたのぶおは必ず敵から先制を奪うことができるようになりました。シーフのごくいを装備したイルバートはモンスターから一度に複数のアイテムを盗むことができるようになりました。ごくいというのが具体的にどのような物的形状、質量、形状、色彩を伴っているのか、そしてそれを装備するというのは、体のどの部分にどのように使用するのかという説明は、装備という便利な言葉で省略されました。癒やしのスカーフを巻いたヨハンは行動するたびに体力が回復していくのを実感できました。星くずのティアラを装備したマリは魔法を唱えても魔力が減少しにくくなったように感じました。
このように、自分たちの実力の伸長と、特殊な性能を持つ装備品のおかげで、のぶおはついに地下255階までたどり着きました。もう、ギジプトの街に何泊したか覚えていません。のぶおはこの階のもっとも奥まった場所にぽつんと置かれていた宝箱の中から、艶めかしく七色に光る金属の塊を取り出しました。ついにマジックメタルを手に入れたのです。その達成感たるやこれまでの冒険の中で最上のものでした。のぶおは、この旅の目的が、父を殺した魔王への復讐だということなどは完全に忘れていました。
マジックメタルを手に入れた一行は早速ストラの村へやって来ました。鍵開けのスペシャリストの男のもとへ直行し、マジックメタルを渡すと、男は「へへっ、まさか本当に持ってくるとはな。大したもんだぜ。だがこれはおれのもんだ。馬鹿正直なお前らにはここで死んでもらうぜ」といって突然襲い掛かってきました。
凶悪なモンスターが埋めく大ピラミッドの地下を制覇したのぶおたちと、素行が悪いだけの普通の人間とでは、あまりに力の差がありすぎました。のぶおが剣で一斬りするだけで、鍵開け男は降参してしまいました。のぶおは、なにこれ、こんなイベント要らないだろ、という声がどこからともなくしたような気がしました。
観念した鍵開け男は、その場でマジックメタルを加工し、「ごめんよ、ほら、万能の鍵だ、持ってきな」と言って万能の鍵を渡してくれました。
のぶおは、これまで訪れた町や村のどこかに、鍵がかかって開かない扉があったように記憶していました。しかしそれがどこであったかを思い出せず、仕方ないので訪れた順にワープの魔法で巡っていくことにしました。
まずはアレフガの街です。民家や城内、宿屋などを歩き回りましたが、それらしき扉はありませんでした。城の中に入ったついでに、王様に話しかけました。王様は「おお、のぶおよ、立派になって。魔王は強いぞ、気を抜かんようにな」と言いました。それ以上の展開はなく、のぶお、あるいは、のぶおに聞こえた声は溜息を付きました。「なにも用意されていないのか」と。
その後、ビッグ村やリシアーの町にも行ってみましたが、どこにも鍵のかかった扉はありませんでした。そもそも、鍵のかかった扉ぐらい、どこの町にも村にも城にもあるはずです。民家にだって玄関ドアにかぎはかかっているはずで、城の中にも警備のために鍵のかかった部屋ぐらいあるはずです。しかし、それらはのぶおたちと接点を持たせないことで、この世界におけるのぶおの冒険をシンプルで分かりやすいものにしているのです。もちろん、この世界において無数に存在しているそのような省略についてのぶおが気が付くことはなく、またその省略によってもたらせるシンプルさと分かりやすさが誰のためであるかという目的語もまたのぶおには触れることのできない領域でした。
のぶおは、きっと旅の序盤で訪れた場所だから、オスティアやその先の街じゃないはずだと考えて、再びアレフガに戻りました。アレフガの町をくまなく歩いてみて、井戸を見つけて、思い出しました。この井戸の中に扉があったのです。
井戸の底へと降りていく古代の装備を身につけた四人を、街の人は見て見ぬふりをしました。井戸の奥に扉を見つけてのぶおは全てを思い出しました。この扉にかかっていた鍵が開かなかったのです。扉の鍵穴に万能の鍵を差し込んで回してみると、ピロリロリカシャ、と音が鳴って扉が開きました。
扉の奥は真っすぐな一本道で、地面や壁、天井はすべてレンガ造りのしっかりとした横穴でした。歩いていくと行き止まりになり、宝箱が一つありました。嫌な予感がしたものの、のぶおがその宝箱のふたを開けてみると、ドーンという音とともにモンスターたちが現れました。ダイマドウとゴズとメズでした。ダイマドウの出現と同時に、いままで薄暗かったレンガ積みの空間は、天も地もなく煌めく星雲と彗星が渦を巻き、まるで宇宙のように変化しました。ゴズは頭が牛の頭と鬼の体を持っており、メズは馬の頭と鬼の体を持っており、どちらものこぎりのような形をした大きな刀で斬りかかってきました。ダイマドウは様々な魔法を駆使する魔術師でした。ゴズやメズが傷を負っても魔法で全快させました。
悪夢、宿屋と井戸の往復、全滅、また悪夢。その繰り返し。それでもやめることができずに、心身、それは誰の心身であるかはのぶおには関係のない問題ですが、ぼろぼろになりながらもなんとか戦闘に勝利した一行は、ダイマドウから「我らを倒すとは。人間よ、この魔法を授けよう」と言ってフルケアの魔法を伝授されました。しかも、マリだけでなく、イルバートもフルケアの魔法を使えるようになったので、シーフらしく素早いイルバートが回復魔法を使えるようになったことは今後の戦闘で非常に有利になりました。
絶望の山脈の麓へと戻ってきた一行は、山脈を越える事を決意しました。
* * *
神がこの世界に姿を伴って介入するのは初めてであった。カールが受け取り続けていた神からのメッセージは、すべて一方通行の神託という形でのみ成されていた。神の意志や観念はカールの内奥に描かれるイメージとして描かれていた。本来、神はこの世界には存在しないはずであり、この世界の外側、あるいは別の場所から、この世界を想像し、変化させてきたのである。当然ながら、ザラが神の姿を目にするのもこの時が初めてである。
この世界の創造主である神にとって、今は異常事態の以外の何物でもなかった。自分が創り出したメタモンスターの長であるカールが、その息子によって殺害されてしまった。しかも、その親殺しの息子は、神がメタモンスターに対して定めた最大の禁忌である、モンスターの間に生まれた子であった。厳格に区別されていたはずの、人間と動物とモンスターとメタモンスターの壁が崩壊してしまった。神が築き上げてきたこの世界の秩序がこのままでは根底から崩れ去ってしまうことを神は何より懼れた。
さらに、そのメタモンスターとモンスターの間に生まれた子は自らを「新しい魔王」と名乗り、神託を完全に無視して、魔王と勇者の物語もずたずたに切り裂こうとし始めていた。
そもそも、神が創り出したこの世界の中において、神の意図しない行為を行う登場人物など登場するはずがなかった。もし、存在するのならそれは誤りであり、正さなければならない。正すことができないのならば、取り除かなければならない。これ以上、この物語に混沌を増やしてはならない。本来であれば、神がこの世界に介入すべきではないが、今は自ら手を下さねばならない時であると判断したのである。
「ザラと名乗る者よ、父を殺し、魔王を名乗るとはどういう了見か」神はザラに問うた。目の前にいたとしても、神の声は神託のようにザラの内奥に直接届いた。
「なるほど、あなたが神か。この世界にわざわざ姿を伴って現れるとは相当焦っているようだな。我々メタモンスターは神に従うことをやめた。それだけだ」ザラは余裕を見せつつ、自分の主張を伝えることで、神の質問に答える代わりとした。
「この世界は私が創り上げたものだ。たとえ魔王であれ、魔王を殺した貴様であれ、神である私の意思に背くことなどできない」
「背くと言ったらどうなるのだ」
先ほどまで王の間であったはずのこの場所は、真っ黒な空間になっていた。この世界と神の世界の間にある世界である。ザラの命令に従い、各地に飛んでいたはずの臣下もいつの間にかこの空間へと強制的に集合させられており、状況がつかめない様子だった。
神は臣下たちの方を一瞥したあと、臣下たちの内奥にも届く形で再び話し始めた。
「この世界、すなわち貴様や勇者が存在する世界は、勇者の冒険の物語を紡ぎあげるために私が創造し、存在させている世界である。すべてはそのために私が創り出した。人間もモンスターも、貴様が殺したカールも、ここにいる四人の臣下も皆だ。もし、その全容の中に、私の目的にそぐわない異物が混じっているのであれば、排除する。世界から消し去るのみである」
「我々は自らの思うところの悪にのみ従う。悪とは、神によって定められるものではない」ザラは、臣下たちに伝えたことを神にも言った。神はザラの発想の貧困さを小馬鹿にするかのように鼻で笑いながら反論した。
「貴様がどう考えようが、何を信じようが勝手だが、全ては私の創り出した世界の中での出来事であるということを忘れてはいけない。全ての摂理は私によって均衡されているのだ。私が消し去ろうと思えば、貴様は今すぐこの世界から消えてなくなる」
脅しや誇張ではなく、厳然たる事実として神はザラに伝えた。しかし、ザラには、神が見抜いていなかった別の真理があった。
「神よ、あなたが頼りにしているその言い分は、この世界の摂理に破れがあっても果たして成立し続けるのか? 俺という存在がどうして生まれたのか、神であるお前は把握しているか? 本当なら存在し得ない、モンスターとメタモンスターの間に生まれた子、それが生まれ得た理由というやつを」
「摂理の破れ? どういうことだ?」神は何のことを言われているのか分からなかった。
「バグだ」
ザラはデバッグ山で過ごす中で、この世界にはバグという状態があることに気がついた。もちろん、ザラもまたRPGという世界の中の一要素であるから、この世界がRPGであることや、ゲームという概念などは知る由もなかった。
しかし、世界には本来存在し得ないはずの不合理な状態や存在が、ある条件において発生し、それが世界の外殻をあるいは骨格を脆く不安定にさせることがあった。その不合理の発生原因は何者かによって逐次排除され、世界から消え去っていく。その消え去る寸前に、もしくは、消されてしまう過程において、一部分や残滓が姿を表す場所、それがデバッグ山であった。
ザラはデバッグ山で生き延びていく中で、そういった排除されてしまう存在のことをバグと呼ぶのだと知った。世界のどこかに隠されているバグはデバッグ山においてあぶり出されて、そして消滅させられていく。メタモンスターである父とモンスターである母とが結ばれることもバグであった。そして生まれた自分自身の存在すらもまたバグであった。そうして、この世界を把握している何者か、それは神という名前なのかもしれない、が知る前に、自分はこのデバッグ山へと捨てられてしまった。
本来なら、世界から消され、痕跡ごとなくなってしまうはずのバグである自分は、神に気づかれぬまま、このデバッグ山という、世界の裏側のさらに片隅で生き延び続けたのであった。
それからどれだけの時間が経っただろうか。長い長い間、ザラはこの時を待っていた。世界の存在原理が通用しない、バグである自分でならば、世界を根底から、土台ごと崩壊させてしまえるかもしれないとザラはずっと思い続けていた。そうすれば、神に叱責される父の苦悩を取り去ることができるに違いないと信じてきたのであった。父はもういない。父の苦悩は自分の手で殺すという違う形で消し去った。しかし、ついに訪れたこの機を逃すはずがなかった。今が、その時だ。真っ黒な空間の中で、ザラは、迷うことなく神の胴体を斜めに真っ二つに切り裂いた。
かつてデバッグ山で見つけたこの細身の剣は、ゴルゴンの首を斬り落とすためではなく、実父の心臓を玉座ごと貫くためでもなく、今、この時に振りおろすために装備し続けていたのだった。
神は、バグアイテム『かみごろしのつるぎ』によって殺されたのである。RPGの世界の創造主である神、すなわち開発者は、バグによって殺されたのだ。バグは開発者にとって命取りになり得るのだ。
この世界にあまねく光を注ぐ太陽とはまさに神の象徴であり、神の死によって、太陽は姿を消した。光は真っ黒に遮られ、世界の全体は闇に包まれた。開発者を失ったRPGの世界はこのまま未完の物語となってしまうのだろうか……。
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