第8話 砂の嵐
のぶおたちが到着したギジプトの町はひどい砂嵐の中でした。砂漠からの風が四六時中、止むことなく吹き付けて、本来なら烈しく眩しいこの地方特有の太陽光をすっかり遮ってしまい、昼間でも薄暗い状態が続いているのです。昼はひねもす、夜はすがら、人々は家の中に閉じこもり、わずかに外出するときも目や口に砂が入らないよう、顔中の穴という穴を大きなスカーフで覆っていました。
新しい街に到着したらお決まりのように行うようになっていた、宿屋の客からの情報収集によると、ロビーにいた男は「数か月前からだんだんと砂嵐が強くなってきて、いまはこのありさまだよ」と言いました。のぶおは、客なのにまるでこの街の住民みたいなことを言う客だなと思いました。近くにいた宿の従業員に話しかけると「これじゃピラミッドも見えないな」と言いました。のぶおはさっきの男とこの従業員の発言内容がてれこになってしまっているのではないかと思いました。この客と従業員のようにあからさまにおかしいことは初めてでしたが、草原に立っているのにモンスターが現れると山地の景色が見える場所があったり、女性の口調がおじいさんのようだったりすることはこれまでにも時折ありました。
船旅と海底洞窟の疲労を回復させるために、のぶおたちは宿に一泊して、翌日、ギジプトの街を散策しました。歩いているだけで口の中に砂が入ってきて、ざりざりと不快でした。外の様子は昨日と変わらず、砂嵐が吹き荒れていて夜のような暗さでした。路上には人がほとんどいなかったので、民家に入っていっては住人に話しかけて砂嵐についての情報を得ようとしました。ある女は「これじゃ買い物にもいけないわ」と言い、ある男は「砂嵐は大ピラミッドのほうから吹いてくるんだ」と言い、ある老人は「これはきっとモンスターの仕業じゃ。ピラミッドにモンスターが巣くっておるのじゃ」と言いました。戦士風の女は「ピラミッドのモンスターはアンデッド系が多い。奴らはすでに死んでいるから、人間とは逆で回復魔法でダメージを受けるそうだ」と言いました。
得られた情報の傾向から、ピラミッドにモンスターの討伐に向かうことになるかもしれないと四人は思ったので、武器と防具の調達に向かいました。武器屋で、のぶおはルーンソードを売り、フレイムソードを買いました。イルバートはダガー2本を売り、ボウガンを買いました。イルバートは剣を使うことすらできないのにボウガンのような複雑な機構を持った武器は使うことができました。ヨハンのサンダースピアよりも強い武器はギジプトには売っていませんでした。マリは木の杖を売り、光の杖を買いました。のぶおは今までの武器屋で杖など売っているのを見たことがなかったので、魔法使いのマリが旅に加わった途端に杖を買えるなんてラッキーだと思いました。すこし出来すぎのようにも感じました。
防具屋では、のぶおは鉄の鎧を売って、鋼鉄の鎧を買いました。イルバートはのぶおから譲ってもらったくさりかたびらより丈夫そうな鎧がなかったのでそのまま装備し続けることにしました。ヨハンも黄銅の兜と黄銅の鎧をそのまま着ることにしました。マリは布のローブを売り、赤いローブを購入しました。
道具屋ではやくそうやどくけしそうなどの消耗品を購入しました。さらに、魔力の水という商品があったので、これをいくつか買いました。武器屋、防具屋、道具屋、全ての支払いは現金で済ませました。この世界にクレジットカードによる後払いという仕組みはありません。顔なじみの住民であればつけ払いが可能ですが、一見の旅の者である四人にとっては現金が唯一の決済手段なのです。
ギジプトの街は南側と西側を海に面しており、歩いて旅を続けるには北か東へ向かうことになります。どちらに進むにしても延々と砂漠を歩くことになり、これまでの旅よりも過酷になりそうなことが四人には想像できました。現在、砂漠が広がっている一帯は、昔は肥沃な緑地帯でしたが、気候変動による気温の上昇と、古代の宗教戦争の際に行われた塩土化作戦の影響で、植物がすべて枯れ果てたと言われています。
東側の砂漠は、特に砂嵐がひどく、歩いて抜けることは不可能と判断した四人は、消去法として残った北へと向かうことにしました。大ピラミッドがある方向です。自分たちが進む方向は自分たちで決めているようでいて、実際には何か他の力によってコントロールされているようにも思えます。
街の人の話では大ピラミッドにはモンスターが出現しているとのことだったので、それを退治することになるのだろうと思いながら四人は砂漠を歩いていました。しかしながら、街の人との会話を振り返ってみると、特に誰かから、例えば長老や村長、王様、司祭などからモンスターを倒してほしいと依頼されたわけでもなく、なぜ自分たちがピラミッドに向かっているのか、はっきりとした目的がないのではないかとも感じましたが、のぶおとマリは魔王を倒す、イルバートは世界を旅する、ヨハンは古代の武器を探す、という前提があったので、それに大筋では沿っているだろうから、それ以上深くは考えずにピラミッドへと向かいました。
砂漠は、砂に足を取られて歩きにくく、さらに間隙なく吹き暴れ続ける砂嵐で真っすぐ立つことすら困難な、過酷な環境でした。そんな状況でもモンスターは容赦なく襲ってきました。
サンドワームはずんぐりとした巨大な芋虫のような外見で、巨大というのは本当に大きい巨大で、およそ1メートルはありました。そんな大きさの芋虫が砂の中から顔を出すのですから、その恐怖たるやありません。全長1メートルの芋虫は噛みついたり、体当たりしたり、糸を吐き出し動きを封じてきたりしました。ダブルテールスコーピオンはサイズこそ小さいものの、二股に分かれた尻尾の先に備えた毒針が厄介でした。ゴールデンジャッカルはその名の通り、金色の輝く体毛に覆われており、体格も大きく、集団で襲い掛かってきては、四方八方から噛みついてくる獰猛な性格でした。体毛が金色だからゴールデンなのですが、倒すと多めのゴールドが手に入ったので、そういう意味合いでのゴールデンなのだろうかとも、のぶおは思ったりもしました。
こういった砂漠特有のモンスターと戦闘を重ねている中で、のぶおは打たれ強さをアップさせる魔法を、マリは味方全体の体力を回復させる魔法を習得しました。あまりこれといった特徴のなかったイルバートも、相手のモンスターが隠し持っているアイテムを『ぬすむ』という特技を身に付けました。彼には泥棒や掏摸の素質があるのかもしれません。ダブルテールスコーピオンから盗んだスコーピオンヘルムはイルバートの頭にぴったりのサイズでした。中型犬ほどの大きさのダブルテールスコーピオンがどうやって兜を隠し持っているのか不思議ですが、『ぬすむ』という行為は、相手が持っている品物を相手が気付かないように奪い取るという『盗む』と同音異義の別の動詞、具体的に言うと、相手の身体を構成している物質の一部を使用して別の何かへと変質させて、自分の所有とするというような行為だと考えた方が良いのかもしれません。
過酷な砂漠を何とか踏破し、辿り着いた大ピラミッドの中に入ると、吹きすさぶ外の砂嵐の音も遮断されて聞こえず、静寂が張りつめていました。内部はまるで迷路のような構造で、短い階段を上ったかと思うと、すぐに下りの階段があったり、斜めに進む廊下が組み合わさっていたり、人の背丈ほどの高さの段差を飛び降りる場所があったりで、いつしか四人は自分が今どこにいるのか分からなくなってきました。段差を飛び降りてしまえば来た道に戻ることももう出来ず、目の前の通路をどちらに進んでいいのか分からなくなって、覚束ない足取りであてもなく彷徨っていると、全身をぼろぼろの包帯でぐるぐる巻きにされ、よろめき歩くモンスターに取り囲まれました。ミイラです。ミイラは火が苦手なので、のぶおのフレイムソードやマリが唱えるファイアーが効果的でした。密閉された狭いピラミッドの中の空間でミイラを何匹も燃やしました。他にも、スカルバットという骨だけのコウモリも多く襲ってきました。骨格だけでどうやって飛翔するのか、モンスターの能力は人間の知識を凌駕しているのです。
ピラミッドの中をを彷徨っている中で、のぶおは宝箱を発見しました。宝箱の中には、なかなか珍しそうなツタンの仮面が入っていました。見た目や漂わせている雰囲気からいかにも曰くありげでしたが、ヨハンは深く考えずに、黄銅の兜を脱いで、ツタンの仮面を被ってみました。呪われました。
呪われた防具は外すことができません。両手で持ち上げようとしますが、びくともしません。呪われるというのは曖昧な表現ですが、呪われると打たれ強さや素早さが半分になります。逆に力の強さは倍になります。
呪われようが、歩き疲れようが、ミイラや、スカルバットは湧いてくるかのよう次々と襲い掛かってきて、のぶおたちは何度も死に掛けました。生命力が果てるぎりぎりのところでなんとか、魔法ややくそうの助けを借りて、諦めずに前進し続けたことで、やがて四人はピラミッドの最上階付近までたどりつきました。
一段が人の身長ほどの階段をいくつもよじ登った先の、狭い穴を中腰で潜り抜けると、その先には天井の高い部屋になっていました。クモの巣だらけの部屋の奥には、翼の生えた人間のような姿をした石像がありました。石像に近づこうと、部屋の奥に進みかけた途端、入口の穴が崩壊し、防がれてしまいました。この部屋は侵入者を閉じ込める罠だったのです。やがてバチバチと音がし始めて、石像が動き始めました。内部から放電し始めた石像はみるみる色を得て、命が宿り、モンスターに変化しました。ガルーダでした。
ガルーダは人間のような外見をしていますが、顔には鋭いくちばしがあり、腕はなく代わりに翼が生えていて、空間を自由に飛び回ることができます。体長は人間の倍ほどあり、それでいて俊敏です。体内から発する放電で部屋の中を電気で満たす『電撃』は全員に大きなダメージを与えました。鋼鉄の鎧を着ていたのぶおと、黄銅の鎧を着ていたヨハンは伝導率がよく、電撃が放たれる度に瀕死になりました。マリがケアーズの魔法で全員の体力をまとめて回復できたので、なんとかぎりぎり持ちこたえることができましたが、いつまでも魔力が持つわけでもなく、道具屋で買った魔力の水で回復させながら魔法を唱え続けましたが、戦況は変わりませんでした。四人は全滅しました。
宿屋のベッドで目が覚めたのぶおは、今見ていた、薄暗い迷路の中を入口も出口もなく彷徨い歩き続ける夢の事を思い出していました。一足先に起きていたヨハンもまた不思議な夢にうなされ目が覚めたのです。ヨハンの夢の中では、空は雷雲に覆われ、ヨハンたちを巨大な鳥が襲ってきました。防御するのに精いっぱいだったヨハンたちでしたが、突然突風が鳥を襲い、鳥はどこかに去っていきました。突風が収まったあと、何かを失ってしまったような不安感に襲われ、そこで目が覚めたのです。
宿を出た一行はヨハンの提案で武器屋に行き、ウインドスピアを購入しました。ウインドスピアはサンダースピアよりも攻撃力には劣りますが、夢の中で見た巨大な鳥の恐ろしさが、ヨハンを促したのです。
武器屋の斜め向かいにある空き地に人間によく似た小柄な生き物が佇んでいるのをのぶおは発見しました。近づいてみると、それは妖精でした。体長はのぶおの膝の高さほどで、その生き物の背中には蝶のような透明の羽が生えていました。妖精は、ギジプトの街から北東の方角にある自分たちの村へと帰る途中で、砂嵐に遭ってしまい、足止めを喰らっているのでした。妖精はのぶおに、
「私たちは妖精の村に帰る途中です。今、妖精の村では疫病が蔓延しています。その疫病を治し、弱った体を回復させるために月桂樹の葉を採りに行っていたのです。たった一枚だけ、なんとか葉は手に入れたのですが、村まであと少しというところで砂嵐に遭ってしまって……。旅の人よ、私の代わりにこの葉を私たちの村まで届けてくれませんか?」と言って、のぶおに月桂樹の葉を渡してくれました。
四人は再び大ピラミッドへと向かい、狭く薄暗い通路を進んでいきました。文章の構成上、再びという表現で彼らの行動を描写しましたが、彼らにとって大ピラミッドは、初めて訪れる場所です。もし、彼ら四人を操っている者がいるのだとしたら、その者にとっては再び、あるいは何度目かの大ピラミッドということになるかもしれません。
再び、いや初めて、石造りの部屋に閉じ込められた四人は、石像が動き出し、ガルーダへと変化することに慄きました。そして、連発される電撃の威力によって瀕死に追い込まれました。しかし、ヨハンが機転を利かして、ガルーダに飛び掛かり、手に持っていたウインドスピアを刺し込んだところ、ガルーダは大きなダメージを負いました。ウインドスピアは空を飛ぶモンスターに対して絶大な威力を発揮したのです。単純に切れ味や破壊力だけでは計り知れない武器の選び方があることを四人は身をもって知りました。
ウインドスピアの急所への直撃をぎりぎりで躱したガルーダは最後の力を振り絞り、空から巨大な雷を自らに向けて落としました。雷はピラミッドの頂点を突き破り、破壊し、出来た穴からは外の光が刺し込んできました。雷の力を得て復活したガルーダは浮上したかと思うと、イルバートに向かって突進し、その足の鋭い鉤爪でイルバートの胴体を掴んだ蚊と思うと、くるりと体を返し、そのまま、上空へと飛び去ってしまったのです。
ガルーダが破壊した天井からの無数の落石によって、石像の間の床にも穴が空いていました。穴の中を覗き込んだのぶおは、床の下にある隠し部屋を発見しました。中に入ってみると、そこには、以前にダイナ高原で見たような形のちいさな祭壇があり、緑色の三角形が刻まれた石が祀られていました。それは三つ目の勇者の証でした。
勇者の証を手に入れたのぶおたちは、イルバートを救出すべく、大ピラミッドを後にしました。
* * *
父と子の再会に感傷的な前置きなどなく、カールはザラに質いた。
「ザラよ、オスティアの入り江にシーサーペントを出現させたのはお前か?」
ザラはさも当然のことをしたかのように認めた。
「そうです。あの、勇者と呼ばれている人間程度なら、シーサーペントの力を以てすれば一瞬で息の根を止めるられるはず。なのに、どうして? どうして神話界に戻したのです?」
シーサーペントのようなモンスターを出現させられる力を持ち、神話界のことまで把握しているとは。自分の血を引く息子であるとはいえ、カールはザラの能力に驚嘆したが、決して表情には出さなかった。
「我々メタモンスターは創造主様、すなわち神に仕える身である。創造主様が勇者を鍛えよ、勇者ともに物語を紡げよと申されたのなら、それに従うのが我々の努めなのだ」
父の苦悩を感じ取っていたからこそ、デバッグ山を下り、この場にやってきたザラにとって、カールの答えは意外であった。ザラにとっては、神の言葉に従って、勇者に対する攻勢を匙加減していることがカールの本意とはどうしても思えなかった。
「しかし、父上、あなたは誰よりも強い力を持ち、しかも、いまや魔王の称号を得て、全てのモンスターはあなたの支配下にあるのです。モンスターとして世界を支配することこそが、魔王のやるべきことなのではないのですか?」
「創造主様のお言葉に従ってこそなのだ。メタモンスターにとってはそれが原点であり、全てなのだ」
「私には物語とは何なのか分からないのです。空虚です。勇者を鍛え、物語を紡ぎ、そのあとに何があるというのです? 父上ほどの力を持っていながら、いずれ勇者に倒される運命を受け入れてしまうのですか?」
「それが我々のやるべきことなのだ」
ザラは臣下のほうを振り返り、問うた。
「皆さんは、本当にそれでいいのですか? メタモンスターとモンスターの間に何の違いがあるというのです。モンスターである以上、その力を解放し、悪のために力を尽くすのが本当の姿なのではないのですか? 神に叱責され、神に従うだけの魔王の姿をあなた方は本当に見たいのですか? 父が最強のモンスターだからこそ、皆さんはついてきたのではないのですか?」
勇者が現れて以降、内心に発生し、抱えていた理不尽さをずばりザラに指摘されて、臣下たちはだれも反論できなかった。図星だった。臣下たちも、心の奥底ではカールに悪の限りを尽くす魔王の姿を見せて欲しかったからである。
「父上、今からでも遅くありません。勇者のことなど考えず、魔王としてこの世界を支配するために行動を開始すべきです」
カールとて心のどこかでは自分の力と精神を解放し、純粋なる悪として振る舞いたい、という願望もあった。しかし、自分はモンスターである前に、あるいは、モンスターであると同時に、メタモンスターであり、その長であった。
創造主様はどうしてメタモンスターを生み出したのか。勇者の物語を紡ぎ、完成させるためではないのか。それがメタモンスターに課せられた運命であり、誕生以来ずっと受け継がれてきた使命なのだから、長い沈黙の時を経て、ついに始まったこの物語を途中で放棄することなど決して自分には出来ないのであった。
「息子よ、物語を途中で終えることなどあってはならぬのだ」
カールにはそれが全てであった。この短い言葉でザラにメタモンスターとしてのアイデンティティを理解してほしかったのである。
「信じる者の力に鎖を掛ける神など本当に必要なのでしょうか?」
そう言うと、ザラは王の間から消えた。テレポーテーションの能力など、臣下の誰も使えない極めて高度な魔術であり、ザラはそれをすでに体得していたのである。カールは、ザラの言葉に対して何も言い返さなかった。
ザラがやってきたことで多少の遅れはあったが、カールの命を受けて、ジェイマとゼットマはギジプトの街へと偵察に向かった。その途中、海面に発生した謎の渦に遭遇した。渦の監視にゼットマを残し、ギジプトへはジェイマが先行して単独で向かうことにした。
ゼットマから大渦に関するテレパスを受け取ったカールは、またザラの仕業ではないかと訝しんだが、ゼットマによれば渦の周囲に強大なモンスターの気配やザラ本人の気配はないとの事であったので、もうすこしその場にとどまって、様子を見るようゼットマに指示を出した。
カールは、当然ながら次のイベントの舞台として大ピラミッドを選んだ。規模の大きさ、内部の複雑さ、そして古くからそこにあるというミステリアスさなど、これ以上のダンジョンはない。砂漠周辺に大風を発生させることで、ギジプトの街を砂嵐に襲われさせた。ついでにギジプトの住民の精神を支配し、この砂嵐が数か月前から止むことなく続いているものだと嘘の記憶を埋め込み、事態の深刻さを演出した。このあたりの細かな手配は、やっと偵察に慣れてきたジェイマの進言の確かさに依るところも大きかった。
モンスターの配置に関しては、ピラミッドという場所を考えるとやはりミイラは確実に必要になるので、多めに配置をした。ただ、ミイラのようなアンデッド系と呼ばれる種のモンスターに回復魔法や薬草でダメージを与えられるというのは、おそらくそんな知識を勇者たちは持っていないだろうと考えたカールは、こちらも住民の意識を支配し、勇者にアドバイスを与えるように行動をコントロールした。
細かなことではあるが、ピラミッドに行かず、そのまま東へ進んでいかないよう、ギジプトの東側の砂漠にはとてつもなく巨大な砂嵐を発生させておいた。
残るはボスの選定だけとなったころに、渦の監視に留めておいたゼットマから想定外のテレパスが届いた。渦に飲み込まれてしまった勇者たちは再び甲板に戻ってきただけでなく、今までの三人に加え、女の人間がひとり加わっているというのである。まだ若いが、魔術に関する能力はある程度高そうだというゼットマの報告であった。
一人メンバーが増えたとなれば、ボスの選定も基準を考え直さなければならない。ピラミッドという場所に合わせて、アンデッド系の猛獣ゾンビライオンあたりでいいかと考えていたが、もうすこし強いモンスターにしなければならない。創造主様にまた叱責されるかもしれないが、カールはガルーダを呼び寄せることにした。ピラミッドの一番奥の間には、ガルーダの石像がある。その昔、あのピラミッドを建築した民族はガルーダを戦闘の神として信仰していたのである。あの石像に命を与え、ガルーダを登場させることにしたのである。
ガルーダは他のアンデッド系モンスターとは違う種であったから、回復魔法や炎の攻撃は弱点でない。そこで、今度は武器屋の店主の精神をコントロールし、それまで扱いのなかったウインドスピアを仕入れさせた。このスピアがあればガルーダに絶大なダメージを与えることができる。勇者たちがそのことに気付くかどうかは分からなかったが、これさえれば、今の力の差程度は埋められるだろうと考えたのである。
結果、苦戦を繰り返した末に、勇者たちはガルーダを倒した、らよかったのだが、わずかに急所を避けたガルーダは冒険者の一人を攫って、そのままどこかへ消えて行ってしまった。予想していなかったガルーダの行動によってもたらされた、まさかの展開ではあったが、物語に起伏が生まれるだろうと考え、ジェイマとゼットマには後を追うようにだけ指示し、逃飛行のガルーダはそのまま泳がせることにした。
臣下二人の適切な偵察と進言によって、初めて叱責らしい叱責のなかった神託であったが、カールはどこかで割り切れないものを感じていた。それはザラに言われた言葉が引っかかっていたからに他ならない。
「モンスターとして世界を支配することこそがやるべきことなのではないか」
「信じる者の力に鎖を掛ける神など本当に必要なのか」
もちろん、メタモンスターの長としてそれらの問いに対する答えなど決まっていた。ザラに対して言った通りであった。だからこそ、自分にはいまやるべきことがあった。
勇者がピラミッドから脱出したのを確認したのち、カールは、ケイマとティーマを自分のもとに呼び、ケイマにはザラの居場所を突き止めるよう、そして、ティーマにはゴルゴンを呼び寄せるよう、指示を出した。これまでカールの意志だけで進んできた物語が少しずつ波乱を含み始めていた。
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