第7話 海底洞窟
のぶおたちを乗せた船は、対岸の街へ向かうため、オスティアから北西に進んでいました。この海域は水深も深く、岩礁や小島もないので、船は二つの街を結ぶ最短距離の直線を航行することができます。入り江の外に出た後も海は平穏で、乗客たちは思い思いの時間を過ごしていました。南から北へと吹く風に乗って快調に進んでいた船の異変に気付いたのは、甲板にいた男性でした。
「おや、あれはなんだろう?」
穏やかだった海面に小さな渦が現れ、その渦はふたつ、みっつと増えていきました。船長や乗組員が気付いた時には、船は無数の渦に囲まれていて、渦はさらに勢いを増していきました。やがて渦と渦は合わさって、大きな渦へと成長し、巨大な渦に囲まれた船は進むことも戻ることもできなくなってしまいました。渦はさらに回転速度と大きさを増し、周りの空気をも巻き込んで、船の上空には、竜巻が現れました。竜巻は猛烈な風で、甲板のベンチに座ってにいたのぶおたち三人を襲いました。体勢を崩され、手すりに叩きつけられた三人は、なんとか吹き飛ばされないようにマストやロープにしがみついて堪えようとしましたが、風の強さはまるで収まらず、上空の竜巻はさらに荒れ狂い、とうとう三人は渦巻く海面に投げ飛ばされてしまいました。白波の立つ巨大な渦は三人を飲み込み、必死で藻掻くも空しく、三人は海中深くへと吸い込まれていきました。
気が付くとのぶおたちは洞窟のような所にいました。天井からは海藻がぶら下がり、ぴちょぴちょと垂れてくる水滴のしょっぱさでで、三人は、竜巻に吹き飛ばされ、海の底に沈んでいったことを思い出しました。
「ここは、海底の洞窟なのか?」のぶおは言いました。
「どうやらあの渦に飲み込まれてここにやってきたらしいな」ヨハンは答えました。のぶおにしてもヨハンにしても金属製の重い鎧を着たまま海中に吸い込まれて、溺れずによく一命をとりとめたものです。
「とりあえず奥へ進んでみよう。出口があるかもしれない」
イルバートの提案に従い、三人は洞窟の奥へと進むことにしました。奥へと進むというのは今いるここが手前であり、進める方向が一方向だから使える表現です。つまり、今、三人は洞窟の袋小路になった場所におり、どうやってここにたどり着いたのかは分かりません。省略によって、今ここにいるのだから、ここまでたどり着いたということだけは事実として確定させたのです。確定させた、という文は無主語です。
袋小路にいるということは、魔法や人知を超えた力を用いない限りは、どのようにかして洞窟を進んできて、もうこれ以上先へは進めないところまでやってきたということなので、この場所から歩き始める場合、この場所が最も奥で、出口に当たる部分は、洞窟の構造にとっては手前になるのではないかという風にも考えられますが、ここがどこかも、どんな構造になっているのかもわからないので、イルバートの言う「奥」も間違いとは言えないのです。
奥であれ手前であれ、三人が歩き始めた洞窟の足元は凹凸のある岩が続いており、表面にびっしりと生えた藻や海藻のせいで何度も滑って転びそうになりました。用心しながら歩いていくと、進行方向の右手に、水面がありました。寄せては返す波を見て、ここが海の中あるいは海のそばであると三人は確信しました。
その時でした。海の中からモンスターが飛び出してきました。シースライムが2匹と、おおうみへびが1匹襲ってきたのです。シースライムはポイズンスライムなどと同じスライムという名前を付けられていますが、遺伝子的には別の系統だとされています。「されている」という受動態を用いたのは、この世界にはモンスター生物学という学問があり、その中のモンスター遺伝子工学が技術の発達により進歩したことで、モンスターの系統樹が詳らかになってきたからです。
シースライムの特徴は無数のトゲが付いた堅い巻貝状の殻の中に体を身を隠している点です。その堅さはのぶおのルーンソードではまるで歯が立ちませんでしたが、ヨハンが持っていたサンダースピアは海のモンスター全般に対して、特異な効果があり、殻を鋭利な先端で貫かれたシースライムは即死でした。おおうみへびは、体内に毒を持っており、足を噛まれたイルバートは猛毒に侵されました。なんとかダガーで反撃しようとしましたが、ぬるぬるとしたおおうみへびの皮膚は刃が滑って切ることができませんでした。ヨハンのサンダースピアがここでも活躍し、おおうみへびもひと挿しで即死でした。イルバートの毒は、のぶおが持っていたどくけしそうで回復できました。地上のモンスターの毒も、海中のモンスターの毒も、成分の化学式や濃度、症状に関係なく、毒はすべて『どく』という言葉でひとくくりにしてしまうことで、どくけしそうという共通の回復方法を用いることができるのです。毒が存在するから毒消し草が生み出されたのだろうという常識は、この世界においては逆転してさらに変形し、どくけしそうだけ作られたからどくだけが存在するのです。
その後も、三人の行く手を阻むように何度もモンスターが襲ってきました。シースライムやおおうみへび以外にも殺人コンブ、兵隊ツナ、モンスタークラブが現れましたが、どれもサンダースピアが効果を発揮して、ヨハンひとりの力でモンスターを駆逐していきました。たとえヨハンひとりが活躍しても、三人はおなじずつ成長していきました。
ある戦闘が終わった時、のぶおは「自分も魔法を唱えられるのではないか、試してみたい」という衝動に駆られました。これまで大量のモンスターを倒してきた経験によって、自分にも魔力が備わったような気がしたのです。魔力で他人の怪我を癒すことができるはずだと思ったのぶおは、両方の掌をイルバートのふくらはぎの傷口にかざして「ケア」と唱えてみました。するとみるみる傷口はふさがり、あっという間におおうみへびに噛みつかれたことによる裂傷が治ったのです。人間である自分が魔法を唱えられるようになるなど、これまで想像すらしたことのなかったのぶおだったので、今目の前で起こった、他人事ではなく、自分が起こした、怪我の治癒という奇跡に驚いてしまい、膝が震えて立っていられなくなり、その場に座り込んでしまいました。
モンスターというのは不思議なもので、のぶおたちが歩いて移動しているときには襲い掛かってきたり、ふいに出くわしたりするのですが、この状況のように、その場にとどまってじっとしていると全く現れないのです。しかし、いつまでも座っていて何も起こらないので、奥であり手前であり、入口だったかもしれない、向かうべき場所としての出口へと再び歩き始めました。
洞窟を進める方向へ進んでいくにつれ、地形は少しずつ下っていっており、出発した地点より地下深くへと潜ってしまっている雰囲気でしたが、分かれ道も階段も扉もないこの洞窟で、三人には他に進むべき道もなく、何かがあるのではないかと信じてさらに進んでいきました。
見通しの良い草原を歩いているときにどこからともなくモンスターが襲い掛かってくるのと同じで、洞窟の中の狭い一本道を進んでいるときでもモンスターは襲い掛かってきました。人が屈んでくぐり抜けられるほどの壁の穴を這いつくばっているときにも兵隊ツナの群れが先制攻撃を仕掛けてきました。魚の風体をした、人間よりも太い胴回りをしたモンスターがどうして狭い穴の、しかも水中ですらない所に現れるのか、のぶおは不思議に思いましたが、「おかしい」とか「理に敵っていない」などと思ってみたところで、モンスターが襲い掛かってきていることは事実であり、変えようがないの以上は、のぶおたちが生きているこの世界においてはそれが唯一の正しさなのです。
狭い穴をなんとか頑張って抜けた先に、ドーム状のとても広い空間が広がっていました。岩の壁は緩やかかつ滑らかなアールを描いてそのままに天井になっていました。壁面にも天井にも窓はなく、どこからも外の光など射し込んできていないはずのに、柔らかな乳白色の光に満たされたこの部屋のほぼ真ん中に、一人の少女が立っていました。少女は三人の姿を認めると、
「よくここまでやってきた。さあ、あなたたちの力を見せるがよい!」
と言い放って、突然、襲い掛かってきました。
いきなり戦闘になり、少女の両脇には魚と人間が組み合わさったようなモンスター、サハギンがいました。さっきまでいなかったサハギンがどこから現れたのかは描きません。描くことで不自然さや段取りの拙さを露呈させるぐらいならば描かないことで揺るぎようのない事実とするのです。
サハギンの動きは素早く、のぶおが身構えるよりもはやく懐に入り込み、顔面を鋭い爪で引っ掻いてきました。サハギンの敏捷性にはヨハンも手を焼きました。海のモンスターに大ダメージを与えるサンダースピアも当たらなければ効果がありません。
さらに厄介なことに少女はいくつもの魔法を使いました。魔法の力でサハギンの素早さはさらに増し、イルバートは凍傷を負い、のぶおは腕力が低下しました。回復魔法が使えるようになって上機嫌だったのぶおでしたが、少女が繰り出す魔法は、種類も威力もその比ではなく、少女が魔法を唱えるたびに爆音や破裂音や甲高い音がドーム状の空間に響き渡りました。
ところで、初見のモンスターでもなぜか名前が分かるのぶおでしたが、この少女の名前は分からなかったので、のぶおは少女がモンスターではなく、人間ではないかと考えました。名前の知らない人に出会ったとき、のぶおにはその人の胸元あたりに?マークがずらっと並んで見えることがあります。のぶおにとって、相手の名前が分からないというのは無であるというのは少し違う、分からないということを把握している状態になるのです。?マークは遅かれ早かれ、本人の自己紹介によって名前に置き換えられることになります。イルバートと暗い森で出会ったときも、宿屋の部屋でヨハンに出会ったときもそうでした。一方で、?マークが見えない時もあり、その時は、その人の名前が分からないというよりはその人には名前がない、あるいは自分にとって名前を必要としないか、名前を知る手段が存在しない、今後も知ることがないということなのだろうとのぶおは捉えるのです。
この少女が人間かもしれないと分かったとて、少女の魔法の猛攻を凌ぐことには何の役にも立たず、戦況はじりじりと悪化していきました。ヨハンがなんとかサハギン1匹を仕留めましたが、水を得た魚のごとく、魔法によって素早くなったサハギンは前へ後ろへと駆け回り、三人を翻弄しました。さらに少女は空間の一番奥に控えており、こちらの刃はまるで届かずダメージを与えることができませんでした。自分とモンスターが互いに攻撃を仕掛けあう、つまりダメージの与えあいこそが戦闘だと思っていた三人にとっては、距離を取って攻撃を無効化させるという戦略的な戦い方は全くもって斬新に感じられました。
やくそうも、のぶおの魔力も底をついた時になって、偶然、イルバートのダガーがサハギンの急所にヒットして、運よく倒すことができました。取り巻きのサハギンはすべて始末したので、あとは少女だけだ、と追い詰めた三人に少女は言いました。
「いいでしょう、私の負けです。私はマリ。この海底の洞窟でずっと待っていたのです。魔王が現れた時のために。そして、勇者が現れた時のために」
のぶおが時々耳にする声が唐突だなと言ったような気がしました。
「一体何のために?」のぶおは聞きました。
「勇者よ、あなたの力を試すために、私はあなた方三人を渦に巻き込みこの海底洞窟に連れてきました。あなたには勇者にふさわしい力が備わっています。あなたなら、この世界を征服しようとしている魔王から、世界を救うことができるかもしれません。あなたたちと一緒に魔王を倒すため旅をさせてもらえませんか?」
「マリ、あなたはどうして魔王を倒そうとしているのですか?」イルバートは質問しましたが、マリは、
「それは今は言えません」
とだけ答えました。
マリの魔法によって四人は海底洞窟を脱出し、再び定期船の甲板に戻りました。さきほどの竜巻によって船の床木はめくれ上がり、舳先やマストは折れていましたが、なんとか渦と竜巻から脱出した船は、もうすぐ対岸の街へ到着するところでした。この船の損害と、乗客の人命を危機に追い込んだのは、他でもないマリの責任でしたが、マリはそのことにについて触れませんでした。他の三人も言うと気まずくなりそうだったので黙っていました。そんなこととはつゆ知らぬ隣りにいた乗客は、「君たち、竜巻に飛ばされて海に沈んだと思っていたけど、大丈夫だったのかい?」と言いました。
船はゆっくりと進み、やがて砂漠に囲まれたギジプトの市街地とその向こうにそびえる大ピラミッドが見えてき、ませんでした。
* * *
それは今から20年近く前の事であった。本来起こり得ない事なので、時間は意味をなさず、20年前ではなく10年前かもしれないし、もし10万年前であったとしても不思議ではない。時間が一定の速さで進んでいるとは限らない世界、何もかもが突然現れ、突然消えいく世界に発生した接点で燃えた炎についての話である。
直線ではない時間軸の、ある点、すなわちある時、カールは一匹のモンスターと恋に落ちた。その相手は魔女であった。異なる種族のモンスター同士が愛し合うということはまれにあることであり、それは自然の摂理にのみ従って育まれていく。しかし、いずれ現れる勇者の物語を紡ぐために創り出された、神に仕えるメタモンスターと、純粋なる悪であるモンスターとの交わりは、神が最初に定めた最大の禁忌であった。禁忌という言葉が一般的に意味する、禁じられた忌むべき事項、タブー、であれば、触れてはいけないだけであって、当人の意思によって侵すことができる。しかしながら、この世界を創り上げ、人間と動物とモンスターとメタモンスターを生み出した神が定めている禁忌とは、そもそも足を踏み入れることすらできない領域であり、しようと思ってもできない、世界の根本的な原理原則によって閉じられた穴の事である。できると定められたことだけができて、できるともできないとも定められてないことはすべてできないのが世界である。だから、地上から空へと雨が落ちないのと同じく、モンスターとメタモンスターは恋に落ちない、はずであった。
魔女は名をイスカといった。魔女は、数多くいるモンスターの中でも特別な存在である。人間は魔女のことを不老不死だと考えている。事実、魔女は、炎で丸焼きにされようとも、地底に生き埋めにされようとも生還する生命力を持つ。さらに、生まれながらにしてあらゆる魔法を自在に諳んずる魔術力を備えている。現在、世界で、モンスターとごく一部の人間が唱えることのできる全ての魔法は、元をたどれば魔女の種族が太古に生み出したものである。好戦的で腕っぷしの強いモンスターが幅を利かせている、この世界であるが、そんな連中であっても魔女に対しては手出しをしない。戦闘を仕掛けても、おそらく勝てないことを分かっているからである。
空間の、あるいは時間の位置や順序が暗礁に乗り上げたせいで、メタモンスターであるカールとモンスターであるイスカは接点を持ち、事象に対して後から解釈を与えるならば、二人は、深い恋に落ち、愛をはぐくみ、重なりあい、交じりあい、やがてひとりの子を授かるという出来事を得た。その愛は瞬間的な出来事であり、成功であり失敗である。きっかけがあり、歯車が噛み合ったその一瞬ですべてが発生し、誕生したのである。
生まれた子はザラと名づけられたが、カールもイスカも、この子が禁忌の恋の末に授かった子であることを分かっていたので、このまま育てていけば、その存在自体が、やがて世界の破綻につながることに気が付いていた。何とかしなければならない。乳を飲むザラの無垢な微笑みを見ると、心を破られる思いではあったが、二人は、赤子のうちに彼を捨てる決断をした。
神さえいなければ、両親によって愛されるはずであったザラは、父カールによって、この世界の裏側にあるデバッグ山の山頂に捨てられることとなった。デバッグ山は、この世界とは異なる空間と時間の流れをもつ場所であり、全ての不都合と不整合と欠陥が送り込まれる場所であった。
事前にイスカと話し合い、自らの手でとどめを刺すと決意して、ザラを連れて山頂までやってきたカールであったが、ゆりかごの中ですやすやと眠る純真なザラの姿に、最後の一撃を与えることがどうしてもできなかった。ひとり憂悶し、結ぼれた気持ちを抱いたまま、カールは、ゆりかごと赤子をその場に残して、デバッグ山を後にした。
山から戻ってきたカールは、イスカには「命を絶った」と嘘をついた。
イスカとの約束を守れなかったこと、我が子を置き去りにしてしまったこと、禁忌の子を生きながらせさせてしまったこと、幾つもの呵責がカールを偽らさせたのである。モンスター界最強の魔術力を誇る魔女であるイスカであるから、メタモンスターの心も、もしかしたら読めていたかもしれないが、カールの短い言葉を、何も言わずただ受け入れた。
その後、カールは「やはり我々はこれ以上関係を重ねるべきではない」とだけ伝え、二人の接点は消失した。短くも激しかった二人の関係を知る者はどこにもいない。臣下も、神でさえも知らない。
不老不死の魔女と、後に魔王となるメタモンスターの血を受け継いだ子であるザラが、デバッグ山の頂きに放置された程度で亡くなるはずがなかった。例え、赤子であっても彼には比類なき生命力が備わっていたのだった。彼は、無限に近い長さで続いた極限の飢えと、両親に見放された孤独を耐え抜き、デバッグ山で死と戦い続けた。
ゆりかごから脱し、鮮やかに明滅を繰り返す地面に降り立ったザラは、不協和音が突然鳴ったり、空が幾何学的に欠損したりする、デバッグ山の奇妙な環境で成長した。山中に出現する、奇形かつ凶暴なモンスターを相手に戦闘を繰り返し、桁違いの経験を得た。やがて、理屈に合わぬからという理由でこの山へと放り込まれた、おかしな、範囲外に強すぎるモンスターでさえも圧倒するだけの力を身につけるに至った。
上下左右さえも不確かな山の中で、ザラは一本の剣を見つけた。それは細身で素振りするだけでも刃こぼれしそうなか弱さであったが、その実、斬れ味は鋭かった。ザラはその剣に強く惹かれた。そして、この剣を使うのは自分が最もふさわしいと思えたので、ザラはこの剣を常に携行するようになった。山の中では、他の武器を見つけることもあり、斬れ味や破壊力だけを鑑みれば、この細身の剣を上回っているように感じることもあったが、それでもザラはその剣を手放さなかった。ザラにとってその剣には宿命を感じさせるなにかが潜んでいるように思えて仕方なかった。
成長したザラは、ある時、自分の父が、神から魔王の称号を与えられたという噂を耳にした。誰かに直接聞いたというよりは、この山の中にいると、他の誰かの棄てられた記憶や、意識の欠片、あるいは盲い世界の歴史が時折、意識の中に直接届くことがあったのである。モンスターの思念や人間の言わずに終えた台詞の濁流の中に混じっている、父のことを知る何者かの感情をザラは敏感に捕らえたのだった。
ザラはそういった情報の断片に意識を傾けている中で、父の事だけでなく、勇者という人間の存在も感じとっていた。魔王となった父の意識も朧気ながら感じ取れた。何か大きなテクスチュアが紡がれて始めているような感覚であった。そんな織り目の中に父を叱責する何かがあって、苦悩する父をザラは思い浮かべた。顔も描けぬ儚い記憶をなんとか手繰り寄せて、父の事を思い出そうとした。こんな山に自分を捨てたとはいえ、ただ一人の父である。その人の苦悩を知って、ザラはいてもたってもいられなくなった。自分の力によって、父を助けることができるはずだ。ザラはついに山を下りることにした。
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