第6話 大海原へ

 カンピオーネ山の神殿を襲ったマジシャンを倒したのぶおとイルバートはリシアーの町で一泊した後、再びオスティアの町へと向かいました。この国の宿屋には連泊という宿泊形式はなく、ひとつの町に長く滞在する場合でもあっても、必ず一泊ずつチェックインとチェックアウトを行い、都度、宿泊料を払うシステムです。毎夕、フロントスタッフに「いらっしゃいませ」と言われ、部屋の空きを確認し、宿帳に記名するやり方に対して漠然とした不便さを感じてはいましたが、概念として連泊がないので、どの客も文句を言ったりはしません。


 抜けるような青空と爽やかな草原を楽しみつつ、今となっては格下レベルのモンスターを蹴散らして、オスティアの町に着いた二人は、前回この街に来た時に、民家を回っていなかったことを思い出し、街の入り口に近いところから順に民家にずかずかと入っていきました。どこの町でも民家の箪笥や小引き出しの中にはやくそうやゴールドが多少なりとも入っているのでした。「このぐらいのゴールド、どうでもいいけどなあ」と思いましたが、他人の家の引き出しから失敬しておいて、そんなことを言うとさすがに住民が激怒するに違いないと自制したのか、のぶおは口を噤みました。

 街の一番奥まった、この辺りでは珍しい針葉樹の木立に囲まれた一画。こんなところに家があったとは、この前来たときは気付かなかったなとのぶおは思い、木製のドアを開けてに早速、中に入ってみました。そこは他の家とは違って壁一面の本棚にはびっしりと立派で古そうな本が並べられていました。一人の老人が机の上に置いた石板を眺めています。いきなり武装した若者二人が入ってきたことにも、謎めいた家の中に老人がいたことにもお互いびっくりはしたりはしません。したかもしれませんが、まるで、筋書きに関係のない演出をすべて切り落とすかのように、省略されて、しなかったことになっています。


 老人は石板を見つめたまま言いました。

「わしはこの世界にかつてあったという古代文明を研究しておる。世界各地から発掘される、古代文字で書かれた石板を解読しておるのじゃ」と言いました。もう一度話しかけると、

「……イ… ゼ……… ……マ テ……… 欠けてしまって読めん部分も多いが、恐ろしく強い、人ではないものがこの世界を襲い、多くの都市を破壊したと書いてある」と言いました。もう一度話しかけると、

「今のところ、解読できたのはここまでじゃ。若者よ、もし興味があるならまた来なさい」と言いました。この家の箪笥や壺には何も入っていませんでした。


 前回、船着き場で「一週間後に来るんだな」と言われてから、リシアーとオスティアで宿屋に合計15回ぐらいは泊まっているはずなので、一泊が一日であるという、言い方を変えれば、日の出と日の入りを一組としてそれを一日という単位で数えるならば、すでに15日が経過していましたが、船着き場にはまだ船が留まったままでした。日曜から土曜までの七つの曜日以外にまだ八つの曜日があればちょうど一週間ですが、この世界においても一週間は七つの曜日で構成されています。つまり、二週間以上が経過しているにもかかわらず、いまだに定期船が出航していないのです。

 この状況に対して「船がまだ出発していなかったのは、幸運だった」とポジティブに解釈をしたのぶおは、こないだと同じ位置に立っていた同じ男に話しかけました。男は深刻そうな顔で、

「入り江に巨大なモンスターが出現して、船を外海へ出すことが出来ないんだ。せっかく来てくれたのに悪いが、モンスターがいる間は船は出せないぜ」と言いました。語尾の「ぜ」に海の男の逞しさを感じました。

 男の横にいた別の男に話しかけると、

「先日、旅の途中の戦士がモンスターを退治しようと舟で出ていったんだが結果はダメだった。一命は取り留めて、今は宿屋で休んでると思うよ」と教えてくれました。


 二人は、海のモンスターを退治しようとした戦士の事が気になり、宿屋へ向かいました。チェックインせずとも客室エリアに入っていける構造なのは、セキュリティ上いかがなものかと思いますが、部屋が並ぶ廊下に行きました。のぶおには奇妙な特技があり、宿屋の客室に人がいるかどうか、なんとなく中が透けて見えるというか、天井のない部屋を見下ろすような視点で見ることができるので、どの部屋に戦士がいるかすぐにわかりました。そして、宿泊中の戦士の部屋へずかずかと入っていきました。いきなり知らない二人組が入ってきて話しかけてきたのに、戦士は悠然と答えました。

「私の名前はヨハン。どこかに眠るという伝説の武器を探して、世界をめぐっている。この街から船で対岸の町へ行こうと思ったのだが、入り江にモンスターが現れて足止めを食らっている。退治しようと思ったのだが、モンスターは非常に強く、このありさまだ」

 のぶおは自分たちが魔王を倒すための旅の途中であることを説明し、いっしょに、そのモンスターを退治しませんかと提案しました。

「おお、それは心強い。私一人では無理だったが、三人なら何とかなるかもしれん」どこからともなくファンファーレが鳴り響き、ヨハンが仲間に入りました。


 イルバートをダイナ高原で戦闘不能に陥れた失敗を教訓に、のぶおは容赦なく、ヨハンの装備をチェックしました。のぶおとともに旅をすると決めたが最後、何を装備し、何を携帯するかはすべてのぶおの言いなりになるのです。ヨハンはのぶおが見たこともない黄銅の鎧と黄銅の兜を着て、手にはサンダースピアを持っていました。この街で売っているどの装備品よりも高性能でした。名前も性能も、のぶおやイルバートが装備している品とは格が違うヨハンの装備に、のぶおは興奮しました。

 ヨハンからそれらの装備を外して、のぶおは武器屋に行きました。武器屋の主人にサンダースピアの買取価格を聞いてみると、やくそうやどくけしそうを持ちきれないほど買ってもまだまだ余るほどの高額だったので、一瞬売り払ってしまおうかと心が揺らぎましたが、ふと我に返り、装備を再びヨハンに戻しました。

 ヨハンが仲間に加われば百人力だと思ったのぶおは早速、船着き場へ行き、モンスター退治に行きたいと説明しました。ヨハンが一人で挑んで惨敗したのだからヨハンといっしょに挑んで勝てるのかどうかは怪しいはずです。しかも、そのヨハンからモンスターの詳細について一切情報を聞くこともなく、「とりあえず船があるということは船に乗らなければこの先はどこへも進みようがないのだろう」という短絡的で俯瞰的で超越した思考回路によって、のぶおは入り江のモンスターを倒せるはずだと判断したのです。まだ見ぬ海の向こうの土地に自分のための冒険の種が用意されているかのような思い込みです。船着き場の管理人は、

「モンスターは相当に強いぜ。気を付けな」と言って、小型の手漕ぎ舟を貸してくれました。三人は入り江の出入口、両方から細長い半島が伸びている、もっとも狭まった所まで穏やかな水面を進んでいきました。海面が赤くなっているに気付いたのぶおは慎重に漕いで近づいてみました。


 海面に黒く巨大な影が出現したかと思うと、巨大な蛇が鎌首を擡げるかのように、激しい水しぶきとともにモンスターが姿を現しました。海の魔獣シーサーペントでした。

 シーサーペントが先制し、長い首を鞭のようにしならせ、三人にぶつかってきました。その一撃で手漕ぎ舟は木っ端みじんに砕け散り、三人は致命傷を負い、戦闘不能となりました。


 宿屋で目を覚ました三人は、自分たちが津波に飲まれる悪夢でも見たかのような気分でした。宿屋から同じ道を歩き、同じ管理人に話しかけ、管理人は同じことを言い、同じ船で入り江の出入口に行きました。同じようにシーサーペントが登場し、同じように一撃で戦闘不能となりました。現実と妄想が融けて入り混じる熱病の悪夢のように何度も何度も同じ場面が繰り返されました。そしてその度に魔獣は勇者たちを叩きのめしたのです。

 悪夢だと思っている現実によって、自分たちの弱さに気付いた三人はオスティアの町の周辺で鍛えなおすことにしました。そのために、ポイズンスライムとオオワシと殺人バチを何百匹も殺しましたが、今の強さの三人には手ごたえがなく、いくら戦っても成長している感覚はありませんでした。

 オスティアから東に歩くとすぐに岩場の海岸線に突き当り、海岸線に沿って歩いていくと南の方角にダイナ山脈の麓が見えてきました。のぶおが最初の勇者の証を見つけたダイナ高原は、東に行くにつれて、標高を増して、この辺りでは人を寄せ付けない険しい山脈となっているのです。うろうろしてみた三人でしたが、襲い掛かってくるモンスターに変わり映えはせず、手ごたえのない戦闘が繰り返されました。

 他に行く当てもなく、オスティアの町に戻ってきた三人は宿で一泊した後、再び、シーサーペントに挑むことにしました。あえて説明はしませんが、この「再び」というのは三人にとっては「初めて」の意味です。結果は同じでした。唯一違ったのは、体当たりではなく、大波に飲まれて戦闘不能になったことだけでした。シーサーペントは念ずることで海の水を自在にコントロールし、巨大な波を起こすこともできるのです。人知を超えた力を持った、人間が叶う相手ではないのです。

 この敗戦後、三人は数日の間、何もしませんでした。この『数日』というのは、のぶおが暮らす世界の数日ではなく、その世界の外側にある世界での時間感覚においての数日の事です。世界は決してひとつではなく、ある世界を覆うように外側に別の世界があり、また、ある世界の隣にはまた別の世界が並んで存在しているのです。


 隔離され、見えない殻に閉じ込められた内側の世界の住人からは想像すらできない、不可視、不到達の世界における数日の後、ぶおは再び活動を再開させられ、性懲りもなく船着き場へ行くと、港の管理人は「定期船に乗るのかい? そこで切符を買うんだな。さっさとしないともう船が出航しちまうぜ」と言いました。三人は、自分たちには、なにか大きな使命が課されていたような気がしました。とてつもなく強いモンスターを退治しなければならない、しかし、何度も弾き返されて、それがぐるぐると頭の中で回っていた気がしました。それは全て長い悪夢だったのかと考えましたが、恐怖や痛みは実感を伴っていました。今この瞬間、船乗り場にも港の周辺にもモンスターなどおらず、平和な日常が存在しました。船乗りたちは出航に向けて忙しそうに準備をしていました。しかし、本当にこの入り江にシーサーペントが、そう、シーサーペントがいたはずだと思い出しました。現実に違いないと確信している妄想にぼけぼけと思いふけっていると、出航の鐘が鳴ったので、三人は慌ててブリッジを渡り、定期船に搭乗しました。きっとまたシーサーペントが襲い掛かってくるはずだ、と三人は甲板で身構えていました。


 海は穏やかでした。初めて見るのに見覚えがあるような気がする入り江を何事もなく船は抜けて、視界には見渡す限りの海が広がりました。甲板で海を眺める乗客に話しかけてみまると「対岸のギジアの町にはピラミッドがあるのよ」といいました。別の客に話しかけると「海の風は気持ちいいね」と言いました。シーサーペントの巨大な姿やあの大波は幻だったのでしょうか。船は穏やかな海を滑るように進んで、外海を北西へと進んでいきました。


 * * *


 カールは、オスティアに派遣していたティーマからの新たな報告を聞いた。勇者たちがカンピオーネ山に登り、マジシャンと戦っていた頃、オスティアにはひとりの戦士がやってきたらしい。その戦士は黄金に輝く兜と鎧、そして雷の文様が彫り込まれたスピアを装備しており、風貌からも相当な手練れであると思われるとのことだった。黄金に輝く防具はゴールドメイルとゴールドヘルムの可能性があるとティーマは言った。そんな貴重な装備を旅の戦士が持っているとは思えなかったが、警戒する必要はあるとカールは判断した。

 さらに雷の文様が彫りこまれたスピアとなれば、これはおそらくサンダースピアであり、海のモンスターには絶大な効力を発揮する武器であった。この戦士が、この先、おそらく勇者たち二人とともに旅をするであろうことは容易に想像ができたので、カールは、それなりに力をつけてきた二人とサンダースピアを持つ戦士に対抗できるモンスターを呼び出すことにした。オスティアの街から船に乗り、沖へと進む勇者たちを強襲するためである。

 候補にはマーマンとサハギンが挙がったが、魔法を得意とするマーマンではマジシャンと戦術が似通っているとの判断から、スピードを活かしたチームワークと肉弾戦で攻めるサハギンを入り江の狭くなった付近に待機させるよう、ティーマに指示を出した。サハギンは水陸どちらでも呼吸ができ、さらに海中を素早く泳いで、空中へと高く飛び出すことができるので、入り江を抜ける船を襲うには最適なモンスターであった。

 ところが、数日後のティーマからの連絡にカールは耳を疑った。海中に潜んでいたサハギンが残らず何者かに食い殺されたというのである。あの辺りの海にサハギンを襲って食ってしまうような強さのモンスターなど生息していないはずである。嫌な予感がした。ケイマに入り江の辺りまで行き、勇者たちがやってきたら千里眼で報告するよう伝えた。


 カールの胸騒ぎは現実のものとなった。ケイマの千里眼で送られてきた視覚、そこにいたのはシーサーペントであった。シーサーペントなど、噂には聞いたことがあったが、カールも実際には初めて目にする伝説のモンスターである。伝え聞くところによれば、その力はすさまじく、人間どころか野生のモンスターでさえ全く寄せ付けぬ、まさに魔獣。

 シーサーペントがなぜこんなところにいるのか。人間の暮らす領域に姿を現すような低級のモンスターではない。本来ならば、神話界に封印されているはずである。何者かが企図して送り込んできたとしか考えられない。こんな恐ろしく強大な力を持ったモンスターをこの世界に連れてきたのはいったい誰だ。創造主様だろうか。しかし、創造主様はモンスターに関する全権を私に与えてくれたはずであり、メタモンスターが行う物語の構築に直接介入してくるとは考えにくかった。あんなモンスターを神話界から連れてくることのできる能力の持ち主など、カールにはまるで見当がつかなかった。


 勇者たちにとっては夢か現実か定かでないシーサーペントとの度重なる戦闘は、カールにとってはすべて現実であり、何度もシーサーペントに挑んでは棒切れのように吹っ飛ばされる勇者たち三人の姿をカールは観察し続けた。観察によって分かったのは、シーサーペントの圧倒的な強さと勇者たちの挑戦心、そして、ゴールドメイルかもしれないと思っていた鎧が黄銅だったことである。黄銅の装備であれば、鉱山近くの集落に行けば普通に販売されている。この程度の装備と実力であれば、サハギンをぶつけたとしても勇者たちが勝てたかどうか危ういところであった。

 当然ながら、シーサーペントに勝てる人間などいるはずもない。すべてのモンスターの中でも、ごくわずか存在するかどうかすら怪しい。ましてや、ポイズンスライムや殺人バチ相手に鍛えた程度の人間では、攻撃する暇すら与えられないだろう。カールの予想通り、勇者たちは敗走し続けた。やがて、勇者たちは挑戦をあきらめ、宿にこもって、海に出なくなってしまった。電池が切れた人形のようにぱったりと活動を停止してしまったのだった。まだ続くべき物語の、停滞。

 その様子を確認したカールは、自らの能力でシーサーペントを神話界へと送り返すことを決断した。全てのモンスターを支配下に置くカールではあるが、神話界のモンスターは文字通り世界が違う。動きをコントロールすることは魔王の力をもってしても簡単な事ではなく、抵抗するシーサーペントを宥めるのにカールは相当の精神を消費した。魔獣が去り、穏やかさを取り戻した凪の海、ボス戦なき出航。カールは次の神託での叱責を覚悟した。


 偵察から戻ってきたケイマとティーマを含め、臣下四人を王の間に呼んだカールは、シーサーペントを出現させたのが自分ではないことを説明した。そもそも、モンスターの選定に関しては、カールは必ず臣下たちの現地からの報告を聞いたうえで、現地のモンスターに参集をかけていたから、カールが独断で、しかも、物語を破綻させかねないようなモンスターを呼び寄せるなどとは、臣下たちも考えてはいなかった。とはいえ、シーサーペントのような強大な力を持ったモンスターを神話界から引っ張り出すことのできる能力を持った者など、臣下四人にとっても他に思い当たらず、困惑するばかりであった。


 カールと臣下がシーサーペントについて意見を交わしていると、全員の意識に声が響き渡った。神託であった。これまではカール一人に伝えていたが、神はあえてその場にいた全員の内奥に届くようにしたのだった。

「魔獣を呼び寄せるとは、いかなるつもりか……」

「勇者どころか、街を世界を破壊しかねない力を……」

「そうして自ら返すとは……」

「何たる無策か……」

 渺漠たる失意の原野が広がっていた。

「物語の途絶の危機に……」

「対岸の街に着くまでに、次の手を打て……」

 いつもと同じ抑揚のない声であったが、その口調はきつく、明らかに魔王に対する怒りと侮蔑が聞いて取れた。神にしてみれば、魔王がシーサーペントを呼び寄せたのだとすると、物語を破綻させかねない愚行で即ち神への反逆であり、もし、魔王ではない誰かが、シーサーペントを呼び寄せたのだとしたら、神の把握していない力の正体がうごめいているという異常事態の証拠であり、いずれにしても、穏やかに伝えられる状況ではなかったのである。


 神託が終わり、神の気配が消えてなくなると、臣下らは誰からともなく、

「申し訳ございません。我々がもっとしっかりと偵察していれば」

とカールに対して謝ったが、カールは彼らの卑下を制止した。カールも、自分の知らぬ何者かによって物語の邪魔をされて、さらに神から叱責されたことにも忸怩たる思いであった。その上、神話界のモンスターをコントロールし、この世界へと呼び出すことができるような、計り知れない力を持った何者かに対する焦りも感じ始めていた。しかしながら、そんな弱さは決して見せず、魔王として、メタモンスターの長として、ひたすらに感情を殺して、臣下たちに命令を下した。

「お前たちは私の命令通り、しっかりと動いてくれている。シーサーペントが出現したのもお前たちの偵察が不十分だったからではない。創造主様が仰るように、早速、次の偵察に向かうのだ」


 臣下らが王の間を後にしようとしたとき、重く、分厚い石で作られた、王の間の扉がひとりでに開いた。扉の向こうから、暗くてはっきりとしなかったが、ひとつのシルエットがこちらへと歩いてくるのが分かった。長い剣を持っているようにも見えた。

 これまで、勇者はおろか、他のモンスターでさえ、この城に、ましてや王の間に入ってきたものなどいなかった。永年にわたり、何人たりの侵入を許さなかったのがこの魔王の城である。そこに現れた突然の侵入者に対して、臣下たちは、魔王様を護衛すべくすぐさま横一列にに広がり、臨戦態勢に入った。しかし、そのシルエットは、臣下たちの殺気にまったく動じる様子もなく、無防備に、まったく構えることもなく、近づいてきたのだった。

 やがて互いの顔が見える距離まで近づいた時、カールは臣下に剣を降ろすよう命じた。侵入者の顔には見覚えがあった。忘れるわけなどなかった。

「まさか、お前は」


 カールのその言葉を受けて、カールの面影を持ったその若者は言った。

「父さん……」

 それはカールの息子であった。

「ザラよ、生きていたのか」

 臣下たちは静かにどよめきの声を漏らした。カールに息子がいたことなど、臣下の誰も知らなかった。動揺する臣下たちに余所目も振らず、ザラという名の若者は、真っすぐカールのほうを見て、伝えた。

「父さんが、魔王の称号を得たと聞いて、やって参りました……」


 カールとザラ。それはメタモンスターにとっての最大の禁忌に関わる出来事であった。

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