第5話 神殿の魔術師

 ダイナ高原を越えて、のぶおとイルバートはリシアーの町に到着しました。イルバートがダイナ高原の先には港町があると言っていたので、海岸線まで歩くと思っていたのぶおでしたが、リシアーの街は海からはやや内陸に入った場所にある街でした。がんせききょじんとの戦いで疲れ切っていたので、のぶおにとっては嬉しい誤算でした。

 新しい街に着いたらまず武器屋に行く事がのぶおの習慣となっていました。ダイナ高原の宝箱で手に入れたブロードソードを売却し、ダガー2本を購入しました。ダガーはナイフよりも刃渡りが長く、また両刃になっているため、殺傷能力が向上した武器です。不要になったナイフも売却しました。次に防具屋へ行き、のぶおは自分が装備していた皮のよろいを売却して、くさりかたびらを購入しました。本当はイルバートの分も買いたかったのですが、持ち合わせがなく、今は1着だけで我慢しました。

 防具屋を出て、宿屋に行くと、フロントの左奥にある、ラウンジというには狭いながらも、旅人がくつろげるスペースに人が集まっていました。そこにいた男に話しかけると、

「カンピオーネ山の神殿にモンスターが現れたんだ」と教えてくれました。その隣にいた女に話しかけると、

「カンピオーネ山はこの街の北にある大きな山よ。この街を訪れる旅人のほとんどはカンピオーネ山の神殿にお参りすることが目的なの」と教えてくれました。女の隣にいた男に話しかけると、

「なんてこった。せっかくやって来たのに、封鎖されているとなると神殿にはお参りできないのか」と言いました。男の隣にいた男に話しかけると、

「君が持っているその石は、めずらしい形をしているね。カンピオーネ山の神殿にも同じような石が祀られているよ」と言いました。その隣にいた女に話しかけると、

「神殿にモンスターが現れたから司祭様は山を下りてきて、今はこの街にいるはずよ」と教えてくれました。

 それぞれの人が他人と重複しない情報を、まるで誰かによって役割を分担されているかのように与えてくれたおかげで、のぶお達はカンピオーネ山には神殿があり、そこにモンスターが現れたことで山は封鎖され、旅人たちはお参りに行けなくなって困っており、司祭様もこの街に逃げてきているから、司祭様に、神殿に祀られている石とのぶおがダイナ高原で手に入れた同じような石の関係がわかるかもしれない。という情報を得ました。のぶお達は宿屋で宿泊しました。


 翌日、リシアーの町の民家を片端から虱潰しに訪問し、司祭様を探しました。鉄の剣を持ち、くさりかたびらを着た男と、両手にダガーを持った男が現れても家の中に押し入ってきても、この街の住民も特に驚いた様子は見せず、のぶおが話しかけても平静に会話をしました。しかし、床に置かれていた壺や、箪笥の中を物色されても抵抗しなかったので、本当は恐怖のあまり怯えて、硬直していたのかもしれません。

 街の西の方にあった民家に司祭様はいました。のぶおは自分が持っていた石を司祭様に見せると、司祭様は驚き、

「なんと! おぬしはこれをどこで手に入れたのじゃ。これは勇者の証。世界に4つあるとされており、そのうちのひとつがカンピオーネ山の神殿に祀られておる。4つ全てを集めると何かが起こるされておるが、実際に集めた者はおらぬから、どうなるのかはわしにもわからんのじゃが」と教えてくれました。

 のぶおはカンピオーネ山に現れたモンスターの退治を任せてもらえませんかと司祭様に申し出ました。

「勇者の証を持っておるお主たちならあのモンスターに勝てるやもしれん。よかろう、山に入る許可を与えよう。しかし、モンスターは魔法を使う能力を持っておる。気を抜くでないぞ」と言って、山門のカギを渡してくれました。語尾が「じゃ」や「ぞ」で話す人と初めて会ったので、のぶおはびっくりするのと同時に、司祭が話している間、笑ってしまうのをずっと堪えていました。

 宿屋のラウンジの客といい、避難してきていた司祭様といい、いずれの人も実に端的で必要最小限で過不足のない情報をのぶおに与えてくれたおかげで、のぶおは次に何をするか明確に理解することができました。その一方であまりにもあっさりと事が進むことに少し物足りなさも感じていました。物足りなさを感じているのが誰であるかという主語は省略しています。


 のぶおは、司祭様の家を出ると、道具屋へ行き、やくそうとどくけしそう、そして初めて目にするあさつゆ草を購入しました。リシアーの町を出発したのぶおとイルバートは、司祭様から教えてもらった、北にあるカンピオーネ山ではなく、そのまま東へと向かって歩いていきました。

 草原を歩いていると、ポイズンスライムやオオワシ、殺人バチが襲ってきました。ポイズンスライムは毒を含んだ体液をそこらに吐き散らし、これに触れてしまうと二人ともに猛毒状態になってしまうのが厄介でした。オオワシは空を飛んでいるので攻撃をひらひらとかわし、大きなくちばしでの攻撃は体力を大きく奪いました。殺人バチに刺されると体がまひして、動けなくなりました。麻痺してしまったときはあさつゆ草を飲むと回復できました。道具屋で買っておいて正解でした。道具屋が説明してくれていたわけではないので、ダメもとで飲んでみたら効いたのです。

 ゴブリンや野良犬を相手にしていた時と比べると、モンスターの攻撃は多彩になり、また攻撃力も上がってきていることをのぶおは感じていました。それに対して自分たちも応戦できているので、自分たちのレベルも着実に上がっているのだろうと思いました。モンスターの攻撃方法は多様化してきていますが、怪我をするのも、出血するのも、スタミナを浪費するのも、すべてまとめて、体力を奪われるという便利な共通の表現でまとめることができます。この世界には局所的に単純化された部分があります。


 まっすぐ東へと歩いていくと海が見えてきて、進行方向の左手の海岸沿いに街がありました。オスティアという街でした。オスティアは港町であり、海路を通じて様々な国や都市から物資が入ってくるので、経済的にも発展し、大きく豊かな町でした。イルバートが言っていた港町とはこの、オスティアのことです。


 二人は宿屋で一泊した後、街で最も目立つ建物である定期船乗り場に行きました。受付のおじさんに話しかけると、

「今日は船は出ないよ。一週間後に来るんだな」と言われました。もう一度話しかけると「今日は船は出ないよ。一週間後に来るんだな」といわれました。その後、何度か話しかけましたが、おじさんの返答は全て同じでした。

 残念ながら、今すぐは船には乗れそうにないので、二人はオスティアの町の周辺をうろうろしました。ここへくる途中に出会ったの同じモンスターが何度も襲ってきましたが、二人はすべて倒しました。鉄の剣でポイズンスライムを切り刻み、ダガーでオオワシを滅多刺しにしました。

 モンスターがゴールドを持っているということ自体が、不思議な習性ではありますが、さらに不思議なのは、強いモンスターほど持っているゴールドの量が多いということです。野良犬が持っているゴールドとポイズンスライムが持っているゴールドの量は、強さに凡そ比例していました。

 そうやって、モンスターから強奪したゴールドがある程度たまったので、武器屋と防具屋に行きました。オスティアは貿易港なので、これまでの店にはなかった武器や防具がたくさん揃っていました。のぶおは鉄の剣を売って、ルーンソードを購入しました。皮のたてを売って、青銅の盾を購入しました。さらに鉄の鎧も購入し、くさりかたびらはイルバートに与えました。イルバートは羽付き帽子を購入しました。装備すると素早く動けるようになった気がしました。


 船は待っていても全然出航しそうにないので、二人はリシアーの町に戻ることにしました。装備を整えたことで帰り道の戦闘は圧勝でした。リシアーの町でやくそうなどを補充し、宿屋で一泊した二人は、カンピオーネ山へと向かいました。

 登山道の入り口には大きな門があり、堅く閉ざされていました。のぶおは司祭様から渡された鍵を使い、門を開け、中に入っていきました。一年を通して暖かい気候と、海からの湿った風によって山には木々が繁茂していました。

 かろうじて人ひとりが通れるほどの、登山道というには心許ないような獣道を進んでいくと、フィールドでも襲ってきたポイズンスライムや、ポイズンスライムにそっくりな見た目で色が赤いマジックスライムや、巨大なイモ虫であるクローラーが襲ってきました。ポイズンスライムの色について触れていませんが、説明しなくても、今想像しているその色です。マジックスライムは初めて出会う、魔法を使うモンスターでした。ファイアーという、小さな火の玉を飛ばしてくる魔法を使いました。スライムのように単純な構造をした生物が言葉を発することができるのかどうかという点については、『唱えた』という便利な表現で有耶無耶にされました。火の玉は皮膚に当たると軽度の火傷になりました。落ち葉や木々を燃やすほどの熱量は持っておらず、山火事にはならないようでした。クロウラーは口から糸のようなものを吐き出し、これが体にまとわりつくと動きにくくなりました。手で払ってもこすっても取り切れず、フラストレーションがたまる攻撃だったので、のぶおとイルバートはその苛立ちをクローラーにぶつけて、原形がなくなるほどに潰しました。

 登山道はほぼ一本道で、途中、数か所だけ、枝分かれしている箇所がありました。地図を持たずに登ってきた二人だったので、勘を頼りに進んでいきましたが、もしかすると選ばなかった方の道の先に宝箱があるのではないかと不安になり、わざわざ来た道を戻ることもありました。宝箱が本当にある場合もありましたが、ゴールドが少しや、やくそうが入っているだけで労に見合うものではありませんでした。かといって、あったかもしれない宝箱のことは心に引っ掛かり続けるので、今後も、登山や洞窟を進む際には、全てのルートを隈なく歩きつくすという面倒な行軍をせざるえないのです。


 山頂は、人の手によって整地されていて、カンピオーネ山の生い茂った木々や草々とは対照的に、雑草のひとつもないほどに丁寧に管理されていました。ビッグ村の広場よりも広いその土地の真ん中に建てられた神殿は正八角形の大理石の柱が四方に建てられ、その上に四角柱の上部を切り取ったような平たく薄い台形の屋根が組み合わされた、他の地域には類似したものがほとんど見られない特徴的な建物でした。

 神殿に辿り着いた二人は、短い石段を登り、扉のない入口から神殿の中に入っていきました。神殿の中は狭く、奥に灯りがともされた祭壇らしきものがありましたが、その祭壇を隠すように誰かが立っていました。

「ほう、司祭が戻ってきたのかと思ったら、何だお前らは?」

「この神殿を襲ったのはお前か?」のぶおは大声で問いただしました。声が神殿の中に反響しました。

「そうだ、ここはこのマジシャン様の神殿として使わせてもらうことにした」

「司祭様に頼まれて、お前を倒しに来た」

「ほう、おもしろい。お前らのような人間のガキに何ができる」

 派手な音が鳴って、マジシャンとの戦闘が始まりました。

 襲い掛かってきたマジシャンはフードの付いた黒いベルベット素材のような光沢のあるマントを頭から足まですっぽりと覆っていました。右手に木の根っこでできたような杖を持ち、両手は肩の高さで肘を伸ばしきらない程度の間合いで前に出し、正対していました。杖と、左の手のひらは地面に対して約45度の角度です。顔はフードに隠されて見えませんでしたが、不気味な眼光は威圧感がありました。

 マジシャンはその名の通り、多彩な魔法を駆使し、攻撃してきました。ファイヤーやサンダーのような直接的な攻撃だけでなく、こちらの素早さを低下させるスローや体を麻痺させるパラライも使ってきました。

 オスティアの町で購入したルーンソードはマジシャンの様な魔法を使う種族のモンスターに効果が高いようで、大きなダメージを与えることができましたが、マジシャンはケアという体力を回復させる魔法も使うことができたので、せっかくダメージを与えてもなかなか相手を追い詰めるところまでは行けず、一進一退、といえば互角ですが、単純な肉弾戦しかできない、決定的な攻め手に欠く二人は徐々に追い詰められていきました。

 手持ちのやくそうとあさつゆ草を全て使い切り、イルバートの体力も残り少なくなったところで、運よくのぶおの攻撃と、イルバートの攻撃が連続で相手の急所を突いて、なんとかマジシャンに勝利することができました。もし、のぶおの攻撃の後にマジシャンがケアを唱えていたら、戦闘の結果は全く違ったものになっていたかもしれない、僅差の勝利でした。


 マジシャンに勝利した直後、司祭様が神殿にやって来ました。待ち構えていたか、誰かにキューを出されたかのようなタイミングの良さです。

「おお、なんと、あの強いモンスターをやっつけてしまうとは。きっとそなたたちは伝説の勇者に違いない」そういうと司祭は、祭壇の奥の隠し扉の中に仕舞われていた小さな石を手に取って、

「この神殿には古い言い伝えがあってな、この神殿に災いが降りかかった時、勇者が現れて災いを取り除く。その時、その勇者にこの証を授けるべし。と言われておるのじゃ」

 そういうと司祭はのぶおに勇者の証を手渡したのでした。司祭から渡された勇者の証は、色や色はのぶおがダイナ高原の洞窟で手に入れたものと同じでしたが、表面に刻まれた模様は、赤い丸ではなく、青いバツ印でした。

「司祭様、本当にこれを私が受け取っていいのですか」

「もちろんじゃ。他の国の者のうわさによると、この世界を征服せんとして魔王という強大な力を持ったものが動き出しているそうじゃ。この神殿にやってきたあの魔術使いも魔王の手下やもしれん。若者よ、もしものとき世界を救えるのはきっとそなたじゃ」

「魔王が、この世界を征服しようとしている……。父さんを殺した魔王が……」

 司祭の言葉に驚いたのぶおは、いつか絶対に魔王と倒してみせると決意を新たにしたのでした。


 * * *


 勇者よりも先にリシアーに到着していたケイマからの情報によると、街の北に位置する半島にはカンピオーネ山と呼ばれる小高い山があり、その山の山頂には古代から信仰されている地域宗教の神殿があるらしかった。この街の付近には他に目立った建造物や遺跡も無かったので、カールはこの神殿にボスとしてマジシャンを派遣するとすぐに決定した。神殿という、宗教性や神秘性のあるロケーションには魔法を使えるモンスターがもっとも適している。マジシャンと一括りに呼んでいるが、ひとつの種族の総称であって、そこに属するモンスターの強さは千差万別である。魔王は数多くいるマジシャンの中から今の勇者たちのレベルに応じた固体を選定しなければならなかった。唱えることのできる魔法の種類、魔力の強さ、凶暴さ、打たれ強さなどを考慮し、最適な固体を選定しなければならない。強すぎても弱すぎても、また創造主様に叱責されてしまうからだ。創造主の意向がいまだ掴み切れていないカールは頭を悩ませた。

 マジシャンの選定にあたり、カールは、リシアーの町の東に、距離こそ離れているが港町オスティアがあることを見逃さなかった。オスティアへ偵察に向かわせていたティーマによれば、リシアーからオスティアまでは平原でつながっており、歩いていくことも容易であるようだ。勇者の行動に見え隠れする、強い武器と更なる戦闘への欲求を見逃していなかったカールは、勇者たちはカンピオーネ山よりも先にこの街へ向かう可能性が高いと判断し、ティーマにオスティアの街を詳しく調査させた。

 勇者がオスティアに行ってしまうことの問題点はふたつあった。ひとつはオスティアの街で購入できる武器防具の豊富さ。そしてもうひとつは、定期船の存在である。武器屋には他の地方からの貿易品であるルーンソードが売っていた。これまでの町や村で手に入ったようなシンプルな武器に対して、ルーンソードは特殊な性質を持っている。魔法を得意とする種類のモンスターに対してより殺傷能力が高いのである。炎が氷を溶かすように、特定の対象に対して特別な強さを発揮する武器というのが存在するのである。もしこれを手に入れられてしまうと、本人の強さだけで、どの程度の強さのマジシャンを選定すればよいかを判断してしまうと勇者たちが圧勝してしまう恐れがあった。そこで、ルーンソードを手に入れるであろうと想定したうえで、ある程度の強さのマジシャンを勇者にぶつけた方が良さそうだとカールは判断した。

 もうひとつの懸念であった定期船であるが、もし勇者が船に乗ってしまうと、そもそもカンピオーネ山に立ち寄らず、にこのまま対岸の国へ行ってしまい、せっかく用意したイベントもマジシャンも山の中に配置したモンスターもすべてが無駄になってしまうから、何としても阻止しなければならない。そこで、カールは定期船の関係者の脳をテレパスによってコントロールし時間の間隔を失わせ、今日だろうが明日だろうが「出航は一週間後」だと思わせるようにした。がんせききょじんの時とは異なり、人間の心をコントロールすることなど10人でも20人でも、簡単至極な事であった。


 カールの想定していた通りに、勇者はオスティアへ行き、ルーンソードを装備してから神殿にやってきたのだった。そして、まさに激闘の末、マジシャンを倒したのであった。

 勇者の行動や強さをほぼ正確に読み当てて、カールはほぼ完璧な手配ができたと考えていたが、マジシャンが倒された後に届いた神託は、カールに対する叱責であった。


「マジシャンか……」

「マジシャンはあの山に何をしに来た……」

「唐突だ。マジシャンの意図が描かれておらぬ……」

 岩が爆発するイメージが怒りの直喩としてカールの内奥に炸裂し、瀑布が逆流した。

「強さを見抜くなど当然、物語としての……」

「深さを……与えられぬなど……」

「いつまでも単調で良いわけがない…」


 神の意思は、神が、より壮大な物語を求めていることをカールに理解させた。神の意向をかみ砕くと、勇者がモンスターを倒し、旅をするだけで物語が紡がれる訳ではないのだということであった。確かに、神殿とマジシャンという組み合わせは最適であったかもしれないが、神の言う通り、なぜマジシャンが神殿にやってきたのかについては誰にも分からなかった。というよりも、マジシャンは何かをしに神殿にやってきたわけではなく、魔王の指示によって、勇者が神殿に来たら戦うためにそこにいただけなのである。マジシャンが、これまでの物語や、まだ起きていないこれからの物語における何らかの共通項になっているわけでもなく、まるで関所の門番のごとく、やってきた勇者の相手をし、いずれ先へ進めさせるだけの存在になってしまっていることに神は怒りを露わにしていたのである。もっと豊かな、もっと起伏にとんだ、複雑で多層的で重厚な物語を神は求めているのであった。


 臣下たちにとっては、今回の偵察や魔王の戦略は完璧だったと手ごたえを感じていたので、魔王から神託の内容を伝えられて、内心、理解に苦しんだ。

 メタモンスターとして信仰してきた創造主が仰ることに対しては、今後も従い続けるつもりではいたが、このままずっとこんな調子で魔王様を叱責し、そして、勇者を殺さぬよう鍛え上げていったとして、一体その先に何があるというのか。「物語のため」と神は仰るけれど、物語を紡いでいったとして最後に何が出来上がるというのだろうか。何を手に入れることができるのだろうか。おめおめと勇者に殺されてしまう運命を受け入れねばならないのだろうか。

 勇者がこの世界に現れるまでは表出してこなかった様々な疑問が臣下たちの心を揺るがす。メタモンスターとて、その名のとおりモンスターである。人間を襲い、痛めつけ、殺すことの欲望を遺伝子に埋め込まれた生き物であるのだ。神に対するわずかな反発心が、臣下たちの、モンスターとしての悪の部分をくすぶらせ始めていた。魔王が実直に神の叱責を受け入れ、従い続けるほどに、その思いは熱を帯びていくのであった。


 一方で魔王は、臣下たちには伝えなかったが、神託の最後に具象ではなく漠然とした感覚的な気付きとして、あの石の観念を受け取っていた。神ですら、あの石について多くを知らないという事実が、まるで上下逆さまの虚像のように魔王の内奥に朧げなイメージを結んだ。


 神がこの世界を作り出すより古い時代、そこに築かれていた世界は、今の世界の住人が古代文明と呼んでいるものである。古代文明の世界は神が創造した今の世界の登場によって破壊消滅上書上塗して存在し、存在した。過去であるが未来である。今の世界の表象からは途絶している。しかし、古代文明のまだ生まれる前の記憶として、あるいは古代文明へといざなう羅針盤として、あの石は今の世界に姿を現した。古代文明の時代に存在した勇者の声なき声の結晶こそが、あの石なのである、あるらしい。


 それが何を意味するのか、あの、のぶおという勇者がすべての石を集めることができるのか、集めた時に何が起こるのか。

 それは魔王にも、そして神にすら、今は分からなかった。


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