第3話 仲間との出会い

 アレフガ・ビッグ橋でヘビーゴブリンをあっさりと退治してしまったのぶおは、橋を渡り、その先にあるビッグ村に着きました。ビッグ村は小さな村ですが、周囲に広がる森から質の良い材木が手に入るので、家具や食器などの木工品で有名でした。匠の技で仕上げられた製品は、アレフガ・ビッグ橋を通じて、アレフガの町にも流通していました。


 のぶおはまず、宿屋に宿泊し、疲れていませんでしたが、体力を回復させました。翌日、道具屋に行って、やくそうを6つ買いました。

 道端でうろうろしている子供に話しかけると、「ここはビッグむらだよ。かぐがゆうめいなんだ。おにいちゃんはどこからきたの?」と答えてくれました。のぶおはそれ以上会話をしませんでした。自分から話しかけておきながら、自分の声も話の大半もすべて省略してしまうのがのぶおと住民との話し方です。村の奥の方にある広場に行くと、人々が輪になって集まっていたので、近づいてみました。輪の一番外側にいた人に話しかけると、「大変だ大変だ」と言いました。その右隣にいた人に話しかけると「え、知らないのかい! 旅の人が行方不明になったんだよ」と教えてくれました。のぶおの話しかけ方というのは会話をしたいというよりは、あなたの知っている情報を私に教えてくださいというスタンスです。のぶおから話し相手に対しては何も与えず、相手は知っていることの少しをのぶおに伝えて会話が終了します。

 輪の中心にいた、あごひげの長い白髪の老人に話しかけてみると、その人はこの村の長老でした。村なので村長もいるのかもしれませんが、そこにいたのは長老でした。長老はのぶおに「数日前、この村にやってきた冒険者が東にある『暗い森』に行ったまま帰ってこないんじゃ。あの森は昼間でも夜のように暗い。冒険者を助けに行きたいのじゃが、凶暴なモンスターもうろついている危険な場所じゃから、村の者では中に入れんのじゃ。あの者は今頃どうなっておるか……心配じゃ」と独り言で教えてくれました。暗に「お前が行け」と言っているようなものでした。

 自分と同じように冒険の旅をしている者がいることを知り、また、長老の半ば強制的な独り言を好機ととらえ、のぶおは彼を助けるために、東にある暗い森に向かうことにしました。しかし、いきなり、モンスターがうろついている森へと行くのは不安だったのでまずは、装備を整えることにしました。この村には武器屋も防具屋もなかったので、再び道具屋へ行きました。のぶおは店主に話しかけました。ビッグ村のように小さな集落の場合は、道具屋が装備品も扱っているのです。

「いらっしゃい。何をお求めですか?」

 ブロードソードより切れ味のよさそうな鉄の剣が売っていましたが、今ののぶおの所持金では購入することができなかったので、何も買わずに店を出ました。店を出て、舗装されていない道を歩きながらも、のぶおは今しがた鉄の剣を目にしたときのぞくぞくする感じを思い出しながら興奮していました。金属の美しい光沢、丁寧に研がれた鋭い刃。人々が「鉄の剣」と聞いた時に思い浮かべる頼もしさのそのものが形になったような剣だとのぶおには思えました。あの剣でゴブリンの首を切り落としてみたい、とのぶおは焦心しました。つい数日前まで母と穏やかに暮らしていた少年の心に芽生えた新しい欲望でした。

 村を出て、まずは村の周囲にどんなモンスターがいるのか知るために、村の周囲の草原をうろうろしました。すぐさま、モンスターが襲い掛かってきました。北アレフガ平原で出会ったゴブリンにによく似た、一回り大きいビッグゴブリンでした。ビッグゴブリンは体格が大きいからビッグなのか、ビッグ村の周辺に生息しているからビッグなのかは分かりませんでした。名前を認識することはできますが、名前の由来までは分からないのです。どちらのモンスターもアレフガ川の南側にいたモンスターよりも手強く、ビッグゴブリンはヘビーゴブリンとは比べ物にならない力の強さでした。ビッグゴブリンの棍棒による殴打は鈍痛であり激痛でした。なんとか戦闘には勝利しましたが、のぶおは体力を大きく減らされました。昼なのに周囲が暗く感じ、目に映る文字が真っ赤に見えました。


 のぶおはすぐに村に戻り、宿屋で休むことにしました。この国の宿屋は予約する必要はなく、飛び込みで入っても必ず空き部屋がありました。ビッグゴブリンに殴られた右上腕はひどく腫れて、赤黒く変色していました。骨にひびが入っているのではないかと思えるほどに、少し動かしただけでも絶叫してしまうような痛みが走りました。そんなケガをしていたのぶおでしたが、一晩眠るとすっかり完治しており、体力も万全の状態まで回復してしました。

 村の外に出て、またうろうろしていると、今度はきゅうけつコウモリが二匹現れました。コウモリの数え方は動物の哺乳類である点から『匹』とする場合、羽があり空を飛ぶ点から『羽』とする場合、動物の専門家の中だけで使われる『頭』とする場合がありますが、きゅうけつコウモリは動物のコウモリとは異なり、モンスターとして扱うため、『匹』を使います。モンスターは人っぽくても四足歩行でも鳥でも魚でもすべて匹という数詞を使うのです。

 きゅうけつコウモリは空中を飛んでいるので、のぶおの攻撃をひらひらと躱しました。さらに牙の生えた口でのぶおの血を吸って自らの体力を回復させることまでしてきました。なかなか決着をつけることができませんでしたが、なんとかのぶおの振り下ろした剣がきゅうけつコウモリに致命傷(クリティカル)を負わせる攻撃(ヒット)となりました。戦い終えたのぶおは「さっきのは我ながら会心の一撃だったな」と満足げでした。モンスターとの戦闘を何度か繰り返し、のぶおはまた宿屋に泊まりました。その後ものぶおは戦闘と宿泊を計7回繰り返しました。その度にチェックインとチェックアウトを行いました。連泊というシステムはないのです。

 ビッグゴブリンときゅうけつコウモリから強奪したゴールドが貯まったので、のぶおは再び道具屋に行きました。道具屋の店主は「またお前か」という顔をしましたが、顔には出さず「いらっしゃい」と言ったので、のぶおには店主の本心は見抜けませんでした。モンスターの血が付いたコインを店主に渡して、のぶおは店頭にあった鉄の剣を購入し、装備していたブロードソードはその場でに買い取ってもらいました。この国では、新品の商品を販売する店舗であっても、中古の武器や防具を買い取ってくれる制度があります。のぶおのように旅をする者にとっては、不要な荷物を適時処分し、金銭に交換できるこのような仕組みは非常に重宝しました。しかし、中古品を販売している店はなく、どのような流通経路になっているのか、リセールなのかリサイクルなのかはよくわかっていません。


 新しく装備した鉄の剣は惚れ惚れするような切れ味で、ビッグゴブリンの腕を骨ごと切り落とすときの手ごたえと音はのぶおに強い快楽を植え付けました。殺戮の欲求が増したのぶおは村の周辺のモンスターとの戦闘をさらにさらにと繰り返すうちに、ずいぶんと強くなり、ビッグ村の周辺に出没するようなモンスターの群れ相手であれば、ほぼ無傷で戦闘に勝利できるようになりました。

 しかし、気が付けばこの村に来てから早や十数日が経過していました。その間ずっと放置されていた冒険者が自力で森から戻ってくるなどということはなく、村から救助隊が森へと向かうこともありませんでした。冒険者は今頃どうなっているのでしょうか。森の暗さとモンスターの恐ろしさに心が折れてよもやの事態になったりしていないのでしょうか。一刻も早く助けに行くべきだったのではないでしょうか。

 のぶおは村から東へと歩いて進んでいきました。草原はすぐに終わり、木々が鬱蒼と生い茂る森の中に入っていきました。この辺りはまだ恐ろしい雰囲気はなく、林業を営む村の人たちの姿も散見されました。時々襲い掛かってくるモンスターを斬り殺しながら、さらに森を進んでいくと、地面が泥濘みはじめ、あたりはすっかり夜のような暗さになってきました。2、3歩ごとにきゅうけつコウモリと出くわし、その度に鉄の剣で真っ二つにしました。あまりにもモンスターが多く出現するのでのぶおはイライラしてきて、先へ進むのをよそうかと思ったりもしました。その上、森は広く、そして地面の凹凸が方向感覚を鈍らせました。自分が来た方向と、進んでいる方向を確認しつつ、慎重にのぶおは歩みを進めていきました。その間も、きゅうけつコウモリの出現は収まる気配がありませんでした。


 その時でした、背後から大きな角をはやしたスーセ・スクローファが突進してきたのです。不意を突かれたのぶおは大きなダメージを負いました。腰骨に近い当たりの背骨が折れたようにも思える痛みでした。きゅうけつコウモリの血で真っ赤になった鉄の剣を杖代わりにして何とか立ち上がろうとしましたが、ぬかるんだ地面は剣を飲み込み、のぶおの足を捕まえて、立ち上がることすら困難な状況でした。スーセ・スクローファはそんなのぶおに容赦せずさらに額の角と下あごの牙で突撃してきました。のぶおは全身泥と痛みにまみれ、苦しくて泣きそうになりました。あおむけに倒れたのぶおに向かってまた突進してきたスーセ・スクローファの一瞬の隙を突いて、のぶおは上半身を起き上がらせて、両手で鉄の剣をスーセ・スクローファの眉間に突き刺しました。形勢逆転です。なんとか起き上がった信夫は大きく振りかぶって、躊躇うことなく振り下ろし、延髄のあたりを叩き切りました。やっとのころでスーセ・スクローファを倒すことができました。まさに激闘でした。

 戦闘の様子を傍から見ている人がいたとしたらそんなふうに見えていたかもしれません。別の人にとっては、のぶおとスーセ・スクローファが淡々と代わり番こに突っつきあっていただけに見えたかもしれません。ある様子をどのように受け取り、解釈するかは見ている人の心次第なのです。

 いずれにせよ、獰猛なスーセ・スクローファを倒すことができたということは事実であり、きゅうけつコウモリをこれでもかと倒して進んできたおかげで、のぶおは自分でも想像していないほど力をつけていたのです。背中や臀部や大腿部から多量の出血を認めたのぶおはやくそうを飲みました。


 さらに奥へと進んでいくと、人の後ろ姿が見えました。

 のぶおが声をかけると、男の頭上に!マークが浮かび上がったように見えました。のぶおは続けて話しかけてみました。

「ビッグ村の人に聞いて、探しに来ました。私が案内しますから村へと帰りましょう」

 男はのぶおの方へと走ってやってきました。

「ありがとう。助かったよ。森の中を歩いているうちに迷って村に帰ることできなくなってしまったんだ。この暗い森にやってくるなんて、君は村の人じゃないね。いったい誰なんだい?」

 のぶおは自分が、冒険の旅の途中であること、魔王に父を殺されたことなどを説明しました。正確には、話しかけたというふうに解釈できる振る舞いと間の取り方をしたのです。

「僕はのぶおといいます。あなたは?」

「俺はイルバート。君と同じように冒険の旅の途中なんだ。君とは違ってお父さんの敵を取ることが目的ではないけどね。本当に助かったよ、まずは村へ戻ろう」

 村へと戻る森の中もモンスターの気配はそこかしこにありましたが、不思議とモンスターに襲われることはありませんでした。


 村に戻った二人は宿屋で休息を取りました。翌朝、イルバートはのぶおに提案したのでした。

「俺はこの世界のことをもっと知りたくて旅をしているんだ。他の地域にはもっと強いモンスターもたくさんいると聞いている。君のような戦士と旅ができるなら心強い。どうだいいっしょに旅をしないか?」

 のぶおは「もちろん!」と答えて、二人は村を後にしました。


 * * *


 カールは、前回の失敗を繰り返すまいと、モンスターの選定には気を配った。魔王の称号という名誉と全てのモンスターが自分の配下になったという現実は、神が自分を選んでくださったからであり、その神の期待を裏切ることは不敬そのものであるから何としても結果を出さなければならなかった。

 フィールドのモンスターはこの地域に生息するビッグゴブリンときゅうけつコウモリを選んだ。ビッグゴブリンはその名の通り、ゴブリンの近縁種であり、ゴブリンよりも体格が大きいのでビッグゴブリンと命名された。ビッグ村の周辺に出没するからビッグゴブリンだという説を唱える人がいるがそれは間違いであり、ビッグゴブリンが多くいる場所に作られた集落なのでビッグ村というのである。由来はともかく、ビッグゴブリンは名前だけでなく、強さも適度にゴブリンを上回っており、今の勇者の強さには多少歯ごたえのある適切な相手であった。

 もう一種類のきゅうけつコウモリはこれまでのモンスターには無かった特殊攻撃であるきゅうけつができるモンスターである。動物にもコウモリという種類があり、それらも生きた獣の血を吸う事があるが、モンスターのきゅうけつコウモリは動物のコウモリよりもずっと大きく、筋肉質で色は青黒い。そして、吸う血の量も比較にならないほど多い。人間でも子供であれば、血を吸われた結果、失血で命を失うこともある。このきゅうけつコウモリのように、殴ったり叩いたり噛みついたりといった通常攻撃、以外の攻撃をしてくるモンスターもいるのだということを、そろそろ勇者に教えてやるレクチャーの意味も兼ねて、カールはフィールドのモンスターとして採用した。勇者に対するこのような初歩的かつ裏方的な教育も魔王は行うのである。

 そして、イベントは当然ながら、ビッグ村の東に広がる広大な森林地帯、通称「暗い森」を舞台とすることにした。夜のように暗く、密集した針葉樹と散在する泥濘、モンスターが潜むのにこんなぴったりな場所はない。ジェイマの代わりに現地へ送り込んでいた臣下のゼットマも、薄暗い雰囲気ときゅうけつコウモリの組み合わせは非常に合っていると進言してきたので、森の中にはきゅうけつコウモリを当初の予定よりも多く配置した。


 偶然、勇者がビッグ村に辿り着く数日前に、別の冒険者がこの村に来た。またとないチャンスと捉えたカールは、これを活用しない手はないと考え、そいつを魔王の力で森の奥へと送り込んだ。送り込んだという表現は正しくないかもしれない。暴力で森へと無理やり連れて行ったわけではないからだ。メタモンスターが表立ってそんなことをしてしまっては、この冒険者も抵抗するし、勇者に発見された後に「正体不明のモンスターに襲われて連れてこられた」などと言いふらしてしまう。そんなことになってしまえば、物語が台無しになる。

 そもそも、魔王や臣下たちが直接手を下す必要はない。魔王の城が断崖絶壁の孤島から絶望の山脈の向こう側へと瞬時に移動したように、魔王が「冒険者は森に迷い込んだ」と物語を決めてしまえば、瞬間、冒険者はもうすでに森の奥にいて、彷徨っているのである。村の人たちといえば、冒険者のことを知っていようがなかろうが、冒険者の心配をするようになり、さも偶然この村にやってきたかのような勇者に、事件について聞かれれば情報を提供したのである。冒険者がどうやってこの村にやってきたのか、この村に来る前はどこにいたのか、この村に何をしにやってきたのか、冒険者の本来の、これまでの歩みなど、物語の都合によって、すべて変更され、それどころか、物語として描かれていないのであれば、すべて省略される。冒険者が勇者に対して「冒険の途中である」としか言わなかったのは、物語に組み込まれてしまった冒険者に、それ以上詳細な過去はもう存在しないからなのである。物語が円滑に進むために必要な情報だけが与えられ、物語が成立しているのである。


 勇者が村の周辺をうろついて、なかなか森にやってこなかったのには、魔王も少々焦った。モンスターを殺すペースから考えるに、この勇者という若い人間の男は、その見た目のひ弱さとは裏腹に、モンスターを殺すことによって少しずつ殺戮の衝動が刺激されて、戦う事と殺す事に楽しさを見出し始めているようにも見えた。

 勇者が森へ来ない間、森の中をさまよい、きゅうけつコウモリにひっきりなしに血を吸われて、貧血どころか何度も死にそうになった冒険者を、ゼットマが時々上空から回復魔法をかけてなんとか延命させ続けた。ここで死なれて、物語がすっかり変わってしまうのは何としても避けたかったのだ。

 それでも全然森にやってこない勇者。時間だけが刻々と過ぎていき、結果、きゅうけつコウモリは大量繁殖した。きっと森の陰鬱な空気がきゅうけつコウモリには過ごしやすかったのだろう。元々配置した数が多かったせいでカップリングが進み、次から次へと数を増やしていった。モンスターは人間や動物と同じように交尾で子を作る種もあれば、細胞分裂で自分の複製を作る種もある。きゅうけつコウモリの場合は、周辺の環境が揃うと、カップルを作り両方が複数の仔を産む。産み落とされた仔はあっという間に成体となるので、コウモリではあるがネズミ算式に個体数が増えていってしまったのである。


 森の奥には、ボスとして凶暴なスーセ・スクローファを配置した。鋭く尖った牙と突き出した鼻、ぶどう酒の大樽のような胴回りが特徴の四足歩行のモンスターである。ごわついた体毛と脇目も振らぬ突進力がいかにも森のモンスターに相応しかった。

 勇者はスーセ・スクローファに不意打ちを食らったとき、この猛獣がスーセ・スクローファという名前だと分かった。これは初めてモンスターに出会ったときから発揮されている、勇者に備わった不思議な能力であった。泥臭い、野暮ったい巨大イノシシの名前がどうして小洒落たスーセ・スクローファなのかと、勇者は一瞬不思議に思ったが、腰と大腿部からの出血と激痛でそんな事はすぐに吹っ飛び、すぐさま戦闘態勢に入った。

 魔王にとって誤算だったのは勇者が、森の中できゅうけつコウモリにこれでもかと出くわし、そのすべてを叩きのめしたせいで、想定していたよりもレベルがアップしていたことだった。突進力がセールスポイントのスーセ・スクローファこと巨大イノシシではあったが、最初の不意打ち以降何度も突進して勇者を追いつめ健闘こそしたものの、腕力をつけた勇者に鉄の剣を首筋へと振り下ろされたとなっては持ちこたえることができず、スーセ・スクローファこと巨大イノシシは息絶えた。スーセ・スクローファこと巨大イノシシを倒せるほどの力があるとなっては、もはやきゅうけつコウモリをぶつける意味などなく、手駒の無駄な浪費を避けるためにも、魔王は森に残っていたきゅうけつコウモリに解散を命じた。膨大な個体数に膨れ上がっていたきゅうけつコウモリのせいで、ビッグ村の上空は薄暗くなり、村人は凶事の前触れかと畏れたほどであった。


 アレフガから根城に戻ってきたジェイマは、玉座に腰かけていたカールの元にやってきて、モンスター選定の失態を詫びた。ヘビーゴブリンのことを単なるデブのゴブリンだと見抜けなかったミスの件である。カールは、

「構わん。お前が謝る必要はない。お前たちの進言を元に決定を下すのは私の役目だ」

とだけ伝え、すぐに下がらせた。ジェイマにしてみれば、カールに対して申し訳ない気持ちもあったが、カールの命令に従い、何も言わずに王の間を後にした。

 カールは、自分が魔王の称号を神から与えられた以上、この物語の全責任は自分にあると考えていた。勇者と魔王の物語であるから、勇者にとってはモンスターを介して起きた出来事はすべて魔王の仕業なのである。例え臣下が現地でなにかミスを犯したとしても、それは魔王がやったことであり、一切それを咎めるつもりなど毛頭なかった。それがメタモンスターの長として、そして魔王としてのやり方であった。


 ジェイマが王の間を去ったあと、独りになった魔王の内面に神の声が響いた。それは前回よりも厳しさと細かさの増した叱責であった。受け取るイメージの色や形、動きに激しさや鋭さが加わっていた。


「森の中に犇めくモンスターの多さ……」

 カールの内奥に怒声が響く。

「コウモリばかりの森、お前は何も考えていないのか……」

「想定より勇者は強くなってしまったのではないのか……」

「モンスターの自称など信用するなと……」

 神の声はさらに熱を帯び始め、焼けつくような音が響いた。

「スーセ・スクローファ、あれはつのイノシシだ」

「自称より分かりやすさを優先せよ……」

「勇者の強さ、名前の明快さ、もっと思考せよ、頭を使え……」


 王の間を出た後、ジェイマは気配を感じ、扉の隙間から部屋の中を覗いた。奥の祭壇では、魔王が彫像に向かって謝る姿があった。その様子からは、魔王が神の声を聞き、ひどく叱責されているのだということが容易に想像できた。叱責の原因はきっと我々臣下の判断ミスだ。カールからは「構わん」と言われたものの、自分の仕える魔王様が自分たち臣下のミスで神の怒りを独りで受け止めている姿を見て、ジェイマは申し訳なく感じるとともに、自身の神に対する反抗心の機微に気が付き、はっと我に返った。

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