出張殺人サービス

シラサキケージロウ

出張殺人サービス

 ぼくの名前は今原岳、年齢は今年で33歳になる。趣味が高じて出張殺人サービスなるものを職業としている。文字通り、北は北海道から南は沖縄まで、日本各地を飛び回って人を殺す仕事である。暇な時にはひと月に一軒程度しか依頼が入らないけど、繁忙期には週に三人ほど殺す。依頼がどんと集中した際には、午前中に福岡でひとり殺し、日が変わる前に青森でまたひとり殺したこともある。


 殺人は大変な仕事だ。やっぱり、趣味で人を殺すのとカネを貰って人を殺すのでは勝手が違う。「今日は気分が乗らないから殺さないでいいか」なんて気まぐれが許されない。依頼人が日時や殺し方を指定してくることだってある。


一日や二日殺すのが遅れたって問題ないだろう。どんな殺し方だって構わないだろう。


 そんな言い訳は許されない。カネと結びついてしまうと責任が伴う。責任ある殺しは面倒だ。当時のぼくに、趣味を仕事にするよりも雇われのサラリーマンの方が楽だと伝えてやりたいが、後悔先に立たずである。


 ある日、ぼくはとある男から依頼を受けた。殺すのは金持ちの女、名前は里崎絵里。依頼人と永遠の愛を誓い合ったその翌日、里崎は彼の元から姿を消した。時計、宝石、土地の権利書、その他諸々……カネになりそうなものを全て持ったまま。その恨みを晴らして欲しいとのことだ。


 永遠の愛に騙されるなんて滑稽な男だ。そんなもの、ありはしないのに。


 依頼人は里崎にすべてを取られたせいでろくにカネがない。だから、殺す日付も殺し方も指定できない。とはいえ、何か月も仕事を放置しておくのも気が引ける。ぼくは夏休みの宿題は8月の中盤までに片付けておくタイプだ。


 というわけで、依頼を受けた日から数えて二週間後の夜。ぼくは仕事道具一式を持って東京郊外にある里崎の住む一軒家に向かった。


 青い屋根が特徴的な里崎の家は広くて大きい。この広さなら、ひとりで暮らしているわけではなさそうだ。家に他の人間がいたらまとめて殺してくれと言われている。男か、女か、もしくは子供か。まあ、なんでもいい。犬に噛まれたと思って我慢して欲しい。


 玄関扉をするりと開けて、靴を脱ぎ揃え、「お邪魔します」と呟きながら廊下に上がる。リビングからは爆発音が聞こえてきた。どうやら、映画か何か見ているらしい。最後の食事はポップコーンだろうか? 不憫だな。ぼくは最後の食事をツナマヨおにぎりと決めている。


 リビングの扉を開けると、そこにいたのは里崎理恵ではなく――ぼくの〝元〟妻、喜羅だった。


「久しぶりだね、岳」と喜羅は言う。離婚した五年前と変わらない、冬の朝のように冷たくて、聞いているだけで肌がきゅっと引き締まるような声だ。


「うん、久しぶり」とぼくは答えた。「ここでなにしてるの?」とは問わない。喜羅の職業は撃退代行サービス。簡単にいえば、依頼者の家に来る者を――つまりは、ぼくのような人間を殺す仕事。彼女と別れた時からわかっていたんだ、こんな日が来るってことは。なんとなくだけどさ。


「岳は、里崎理恵を殺しにきたんだ」

「うん、そうだね。彼女はどこにいるのかな?」

「答える必要なんてないでしょ。あんたはここで死ぬの」

「まあ、そうなるよね」


 ぼくは手持ちのアタッシュケースから、先端をよく研いだ千枚通しを二本取り出し両手に構える。それを見た喜羅が驚いたように目を丸くした。


「どうしたの、そんな獲物使って。昔はナイフしか使わなかったのに。客からそんなつまらない注文がついたわけ?」

「いや。これを首筋から突き立てて脳味噌をかき回してやれば、返り血もほとんど浴びずに済むでしょ? ほら。君と別れてからは、家事とか全部ひとりでやらなくちゃいけなくなったからさ。仕事が終わったらさっさと帰ってやることやらなきゃいけないって考えたら、こだわりとか言ってられなくなっちゃって」


「そ」とだけ言って鼻を鳴らした喜羅は、キッチンに置いてあった柳葉包丁とフライパンを手に取る。その行為があまりに意外で、ぼくは思わず「えぇ」と素っ頓狂な声を上げた。


「君こそどうしたんだい。昔はアイスピックだとか、もっとスマートな獲物を使ってたのに」

「ひとりになって自分の時間が増えたから。返り血の掃除なんて気にしなくてよくなったの。おかげで、自分の手に馴染む武器が使える」


 つまり彼女は、ぼくを〝世話〟しなくちゃいけないから、好みの武器を使えなかったわけだ。なんだかバツが悪くなってもう帰ろうと思ったけど、そうはいかない。ぼくは彼女から里崎理恵の居場所を聞かなくちゃいけないし、彼女はぼくを殺さなくちゃいけないんだ。


「じゃ、やるね」と彼女は言った。「やろうか」とぼくは答えた。


 ふたりの距離が急速に縮まった。





 それからぼくたちは互いに言葉も交わさずただ殺し合った。彼女と話したいことが無くなったわけじゃない。ただ、迫る攻撃を捌くことに集中しないとすぐに殺されそうだったから。喜羅は本気だ。ぼくも本気だけどね。


 殺し合いは夜が明けてからも続いた。午前七時。もう朝食の時間だ。


 ふと、ぼくから大きく距離を取った喜羅が「待った」と言ってフライパンを床に落とした。


「ちょっと休憩しない? もうこんな時間なんだから」

「そんなこと言って、ぼくを殺す気だったりしない?」

「そう思うならそれでいいけど」


 どこか不貞腐れたようにそう言うと、喜羅はソファーに座ってテレビの電源をつけた。朝のワイドショーでは煽り運転についてのニュースが流れている。ぼくはつくづく煽り運転というものが理解できない。どうしてあんなことをする運転手がいるのだろうか。された方は大変いやな思いをするのに。少しは相手の気持ちになってみればいいんだ。


 大きな社会悪に強い憤りを覚えながら、ぼくはキッチンにある冷蔵庫を開けて中を漁った。食材はそれなりに潤沢だ。楽に一週間分はあるだろう。


 みそ、だしの素、長ネギ、油揚げ、卵、明太子、ウインナー。それらの材料を冷蔵庫から取り出したぼくは、キッチンで料理をはじめた。メニューは味噌汁に明太子入りの卵焼き、それに焼いたウインナー。レンジで温めるタイプの白飯が主食。


 調理を進めていると、匂いに気づいたのか喜羅がテレビに向けていた顔をこちらへ向けた。


「……驚いた。料理なんてするようになったんだ」

「まあ、ひとりになっちゃったからね」

「……覚えてる? 昔、岳が急に『おれが料理作る』なんて言い出してさ。わたし、それなりに期待してたのに、出てきたのが味のしないおみそ汁と、ただ輪切りにした大根を煮た〝自称〟ふろふき大根」

「待って。それ以外に肉も焼いたはずだよ」

「ああ、あのゴムみたいに硬くなったステーキ?」


 ぼくはぐうの音も出なくなった。


 今思えば、あの頃のぼくは本当に勝手だった。気が向いたら掃除だとか、洗濯だとか、皿洗いだとかやることはあったけど、基本的には家のことを何もやらなかった。たしかあのマズイ料理を作った時も、後片付けはやらなかったはずだ。いくら反省したってし足りない。


 長ネギを刻みながら、ぼくは「ごめん」と呟いた。


「どしたの、急に」

「……まだ夫婦だった頃のこと全部だよ。ごめん。ぼくは、本当に勝手な男だった」

「今さらそんなこと?」と喜羅は笑う。「だったら、罪滅ぼしにわたしに殺されてくれる?」

「ごめん。それは出来ないよ」

「わかってる」


 また笑って、それから喜羅は言った。


「だったら、それ、わたしの分も作って? どれだけ料理が上手くなったか確かめてあげるから」

「ぼくが、毒を入れるかもしれないのに?」

「それならそれで、別にいいよ」


 ぼくは黙って彼女のぶんの卵を割った。





 食事が終わり、食器を片付ければまた殺し合い。昼の一時を過ぎたあたりで、「お腹がへった」と喜羅がいったので、お互いに仕事を中断して昼休憩にした。


 今日の昼食は冷凍の豚バラ肉とレタスを使った炒飯。作ったのは、もちろんぼくだ。正直、味にそこまで自信があるわけじゃなかったけど、「おいしいじゃん」と喜羅がいってくれたので、ぼくは大変ホッとした。


 片付けまで終わったのが二時過ぎのこと。映画を観ながら殺し合ううち、気付けばもう夜。冷蔵庫を眺めながらメニューを悩んでいたところに、喜羅が「ピザかなんかでも頼もうか」とスマートフォンの画面を眺めながら言った。


「後片付けの面倒もないしさ。食べ終わったら、すぐに仕事に取り掛かれるでしょ?」


 喜羅は嘘をついている。ぼくにはわかる。彼女はただピザを食べたいだけなんだ。指摘するのも野暮だから、なにも言わないけどね。


 宅配ピザが家に到着するまでの隙間時間でお風呂を済ませ(ふたりともカラスの行水だから、合わせて三十分もかからないんだ)、食事が終われば当然殺し合い。お互いに致命傷は避けていたけど、それなりに傷もあるし、なにより本気の命のやり取りに疲れたものだから、夜の九時から翌朝六時までは戦わないという約束事を作り、はやめに眠ることにした。


 朝になって、殺し合って、朝食を食べて、また殺し合って、昼食を食べて、またまた殺し合って、お風呂に入って、夕食を食べて、少し殺し合ったあとで眠りにつく。


 こんな日々はしばらく続いた。お互いにあんまり会話はなかったけど、ぼくたちは……いや、少なくともぼくは、今までよりもずっと喜羅のことを理解できた気がする。


 喧嘩してはじめて相手のことが深くわかる、なんてよく言われるんだ。命を掛けて殺し合えば、もっともっと相手のことが深くわかるに決まってるよね。


 ある日の夜のこと。その日はとくに寒かったからふたりで鍋を囲んだ。ぼくは鍋が好きだ。好きなものを自由に取って食べられるというのがいい。同じ理由で、ぼくはホテルの朝食バイキングも好きである。


 鍋を挟んでぼくと対面したところに座る喜羅の顔は、なんだかひどくつまらなさそうだった。彼女は豚肉と白菜を一緒に箸でつまみながら、ぽつりと呟いた。


「……なんで、わたしたち離婚したんだと思う?」


 彼女からの質問に、ぼくは思わず箸を止めた。昔のぼくなら、「なんでなんだろうね」なんて曖昧な答えを吐き出していたかもしれない。でも、今は違う。逃げ出してしまいたくなりそうな脚をひとつ叩いたぼくは、白い蒸気の向こうに見える彼女の顔を見据えながら真っ直ぐ答えた。


「……ぼくが、色々なことから逃げたせいだ。仕事の重圧、漠然とした不安……そして、ふたりの生活。ぼくのせいだよ、全部」

「言うと思った。なにもわかってないんだね」


 喜羅はそう言うとフッと笑った。その言葉にこそ刺はあったものの、彼女の笑みはどこか恥ずかしそうで、少なくとも怒っているようには見えなかった。


「そうやってさ、岳が全部ひとりで背負っちゃうから別れたんだよ。わたしと一緒にいたんじゃ、岳が壊れちゃうと思ったから」

「……そう、なのかな」


「そうだよ」と喜羅は笑う。


「出張殺人を仕事にしてからさ、岳、どんどんつらそうになっていってたよ。趣味が仕事になっちゃったから、息抜きの場所がなくなっちゃったんでしょ?」


「……バレてたんだ」

「バレます。お嫁さんに隠し事なんて出来ると思ってたわけ?」


 なんだか、長いこと心の底で固まっていた氷が急速に溶けていくような気がした。それと同時に、泣きたくなるほど悲しくなった。ようやく、ようやく互いに歩み寄れたのに、ぼくたちのうちどちらかが近いうちに死ぬのだ。


「なんでまた会っちゃったんだろうね、ぼくたち」

「さあ、なんでかなあ。そういう運命なのかもね」


 乾いた調子で喜羅は笑って、豚バラ肉を口に運んだ。





 食事と後片付けが終わり、ぼくは仕事を再開するために千枚通しを手に取った。しかし喜羅はといえば、仕事道具に目もくれず扉を開いた冷蔵庫とにらめっこしている。このままなら簡単に後ろから殺せそうだったけど、なんとなく気が引けて、ぼくは「どしたの?」と彼女に声をかけた。


「うん、なんだか気分が乗らなくって」

「じゃあ、今日はやらないの?」

「わたしはそうする。そっちは?」

「ぼくは……そうだね、君がやらないなら、そうする。期日が決まった仕事ってわけでもないしね」

「そ。よかった」 


 喜羅は冷蔵庫の中身を物色しながら続けた。


「ねえ。明日の朝ご飯、わたしが作る。適当でいい?」

「うん、いいよ」

「じゃあ、早起きして作っておくから。おにぎりでいいかな?」

「うん、具は何にするの?」

「ツナマヨネーズ」

「……毒入り?」

「そ。よくわかったね。最後の晩餐はツナマヨおにぎりがいいって、岳、言ってたでしょ?」

「……よく覚えてるね」

「ま、ね。元とはいえお嫁さんですから。食べるでしょ?」

「……さあ、どうだろう。仕事もやらなくちゃいけないし、まだ死にたくないし、それに――」


 それに、君ともっと一緒にいたいし。


 そんなことを言えるわけも無くて、ひとつ首を横に振ったぼくは「先に寝るね」と残してリビングを出た。





 翌朝の午前四時。トイレに行くために起きると、リビングのテーブルの上にはサランラップに包まれた大きめのおにぎりがふたつ用意されていた。ひとつは少しかじった跡がある。喜羅が味見をしたのだろうか。


 おにぎりを手に取ると、その下から四つ折りにしてあるメモ用紙が現れた。紙を開けば、喜羅の文字で僕へ向けて書かれた手紙が書いてある。


 手紙を読んだぼくは、用意されたおにぎりを一口かじった。喜羅が昨日言っていたように、そのおにぎりにはツナマヨネーズが入っていた。


 これが、最後の晩餐になるのかな。そうならないといいけどな。


 そんなことを考えながら手早く支度を済ませたぼくは、まだ空も明るくなっていない時間帯から家を出た。


 閉まる玄関扉を肩越しに見た瞬間、寝室で眠る喜羅に何も言わずに出ていったことをほんの少しだけ後悔した。





 ――岳が家を出て行ってからもう三日になる。わたしは相変わらず里崎理恵の家にひとりで暮らしている。当然だ。わたしの仕事は撃退代行。依頼人を殺そうとする人物を殺す人間。岳の生死が確認できていない以上、この家に残って彼がやってくるのを待つ義務がある。


 やることもない、張り合いもない、怠惰な毎日。でもわたし、こういう毎日を望んでたのかも。


 そんな悲しくなることを考えながらソファーでウトウトしていたら、家のチャイムが鳴った。ふと窓の外を見ればもう夜だ。ちょうど満月が見える。


 もう一度チャイムが鳴る。宅配ピザは頼んでないはずなんだけどな。「はいはい、いま行きます」と答えながら身体を起こし、玄関に出て扉を内側から開けると――。


「ただいま。ぎりぎり間に合ったみたいだね」


 なんて言って、岳は恥ずかしそうに笑った。


 ……もしかして、自分の見た目がわかってないのかな? 笑っちゃうくらい血まみれなのに。


「……岳。なんなの、その恰好」

「あ、いや、ごめん。もっと綺麗にやるつもりだったんだけど、思ってた以上にターゲットの護衛が多くて、それで――」

「返り血を浴びた? そんなに?」

「……ごめんなさい。少しはしゃぎすぎちゃって、斬らなくていい頸動脈を切りました」

「はい、素直でよろしい」


 申し訳なさそうに頭を下げる岳。そんな彼の手を、わたしは「とにかく家に入って」と言いながら引いた。


「あのツナマヨおにぎりが、最後の晩餐にならないようにね」





 ――三日前。喜羅が作ったツナマヨおにぎりには、たしかに毒が入っていた。それは飲んだ人間を例外なく死に至らしめるものだけど……飲んですぐに効果が出るものじゃない。


 毒の効果はきっかり72時間後に現れる。身体が内側からじわじわと腐り、それから30分足らずで全身が真夏の生ごみみたいにドロドロになる。でも、解毒薬を飲めば話は別。72時間後どころか、もしかしたら72年後でも生きてるかもね。適度な運動とバランスのいい食事、それに日々の楽しみを忘れなければの話だけど。


 毒入りおにぎりを食べたぼくが向かったのは、喜羅の依頼人――つまりは、ぼくにとってのターゲット、里崎理恵の隠れ家。どうしてぼくがターゲットの居場所を知っていたかといえば、喜羅に教えてもらったからに他ならない。


 そう。喜羅はぼくに里崎理恵の隠れ家をこっそり教えてくれた。毒入りツナマヨおにぎりと一緒に置かれていた手紙で。


 あの手紙にはターゲットの居場所と共に、こんなことが書いてあった。


「わたしはあなたを殺さなくちゃいけない。あなたはわたしを殺さなくちゃいけない。でも、依頼人がいなくなったら話は別。意味はわかるよね? 家を出る時は必ずこのおにぎりを食べていって。昨日言った通り、昔のあなたがよく使ってた毒が入ってるから。そうすればわたしは仕事を完遂したって周りに言い訳が出来る。お仕事頑張ってね。必ず、三日以内に帰ってきて」


 手紙を読んだぼくは大急ぎで家を出て、手早く仕事を終わらせて、寄り道もせずに戻ってきた。帰るのが遅れたら死ぬからっていうのも理由のひとつだけど……なにより、一秒でも早く喜羅に会いたかったから。


 ぼくは、彼女をまた愛してしまった。彼女も同じ思いのはずだ。ぼくたちふたりは家主が死んだこの家でやり直せる。今度はきっとうまくいく。保証も、根拠もないけれど、たぶん大丈夫だから。


 お風呂を済ませてリビングに戻ってくると、喜羅がカレーを皿に盛りつけているところだった。隠し味は解毒剤かな。無味無臭だから味に変わりはないと思うけど。


 喜羅はぼくにやわらかな笑顔を向けながらいった。


「ねえ、永遠の愛ってあるのかな」


 ぼくは答えた。


「たぶんね」





 ――翌朝。わたしは朝の七時過ぎに家を出た。だって、あの家臭いんだもん。寝室には真夏の生ごみみたいにドロドロに腐った岳の死体があるから。片づけてこなかったけど、別にいいよね? そこまでの料金は依頼人から貰ってないんだし、綺麗に片付けろとも言われてないし。お金が発生しない仕事なんてする必要はない。


 それにしても、岳って本当に変わってないんだ。いまも昔も自分勝手。わたしが自分に惚れ直したと思い込んで、そのまま死んだ。毒を入れたとは言ったけど、解毒薬を入れたなんて誰も言ってないのにね。なにを信じてたんだろう。


永遠の愛があると思ってるの? 馬鹿みたい。そんなものなんて無いんだって、わたしたち自身が証明したでしょ?


 ふと、ポケットに入れていたスマートフォンが震えた。依頼者である里崎理恵からの電話だった。


「はい、こちら撃退代行の喜羅です」

「どうも、喜羅さん。今日が約束の日だけど、そろそろ終わったかしら?」

「ええ、無事に終わりました。万が一時に備えて用意していた替え玉は殺されてしまいましたけど……」

「いいのよ、あんなの。どうせ適当に雇った多重債務者だもの。それより、よかったの?」

「よかった、とは?」

「あなたが撃退した男。元旦那だったんでしょ?」

「いいんですよ、あんなの。それより、家の中が少々散らかっておりますから、特殊清掃の手配をおすすめします。よろしければ、安い業者を紹介いたしましょうか?」

「じゃあお願いするわ。どうせしばらくそちらには帰らないし」

「では、後ほど連絡先をお送りさせて頂きますね。今後ともごひいきに」


 そこで電話を切ったわたしは、ポケットにスマートフォンを突っ込んで、それから大きく伸びをした。


 空は晴天。冬らしい寒さだけど、いい天気。

 

 せっかくの仕事終わりなんだ。家に帰る前に、どこかのお店で朝ラーメンでも食べていこっかな。

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