展望台に到着し、夕日を見てから私達は帰路に着いた。

やがて自宅の最寄り駅に到着し、私はバイクから降りた。

私はヘルメットを脱いでバイザーを上にして胸に抱えた。ヘルメットを返してしまうのが、なんだか惜しい気がした。

「先輩、今日はありがとうございました。今日一日一緒に走ってみて、益々バイクが好きになりました。私も二輪の免許取ろうと思います。」

「じゃ、免許取ったら今度はタンデムじゃなくて、2台でツーリングに行こうぜ。」

「はい、頑張ります!」

私はそう言ってから、これはひょっとしたら先輩の“つきあおうぜ”宣言なのかな、って思ったら、恥ずかしくて先輩を見られなくなり、思わず顔を伏せた。

「でも、バイク用のカーナビって、すごいんですね。私、感心しちゃいました。」

私は照れ隠しに話題を切り替えた。

「えっ? このバイク、ナビなんか付いてないぜ。」

「でも、私のヘルメットでは道案内の音声が聞こえました。」

私がそう言って上目遣いに先輩の表情を窺った。先輩の表情は、いつかの打ち上げのときに見た、なんとも言えない陰に覆われていた。少しだけ間を置いて、先輩が口を開いた。

「そのヘルメット、実は以前つきあっていた彼女のなんだよね。」

私は、えっ、いきなり何言いだすの、って思った。

「その彼女もバイクに乗っていて、よく二人でツーリングに行ったんだ。彼女のバイクにはナビがついていて、ルートがわからないときはいつも彼女に先に走ってもらって、俺はいつも彼女のあとをついていったんだ。」

彼の話し方はまるで独り言のようだった。けれども、私は彼の話に引き寄せられた。

「去年のあの日もそうだった。彼女が先に走って、俺は彼女の後について行った。大きな緩い左カーブだった。見通しの悪いカーブで、作業中の看板がコーナー手前にあったんだ。だけど、彼女はナビに気を取られてその看板を見落としたんだ。」

先輩の目は、幕がかかったようになり、どこかわからない遠くを見つめていた。

「俺がスピードを落としてカーブを曲がったとき、ものすごい音がした。彼女のバイクが停車していた作業中のトラックに追突したんだ。彼女のバイクはトラックの荷台に潜り込むよう形で衝突していた。」

先輩が何を言いたいのか、わからなかった。

「ヘルメットが高く跳ね上がるのが見えた。トラックの荷台の高さがちょうど彼女の首の位置だったからね。」

先輩はいったい何の話をしているのだろう。

「ヘルメットは停止した俺のバイクの前に落ちて、乾いた音をたてながら俺の足元までころころと転がって来た。そして、ちょうど俺の目の前で、俺に正面を向けて静止した。」

センパイハイッタイナンノハナシヲシテイルノダロウ。

「そして、俺はヘルメットの中の彼女と目が合ったんだ。」

私はその先を聞きたくなかった。でも、耳を塞ぐことはできなかった。私の両手は、ヘルメットを抱え持っていたから。

「ヘルメットの中には、彼女の頭が入ったままだった。」

私は凍り付いたように、先輩の話を黙って聞き続けた。

「俺は彼女のそのヘルメットを、彼女の形見としてもらった。君が今持っているそのヘルメットさ。それ以来、そのヘルメットを被っていると、ヘルメットは俺に道案内をしてくれるんだ。」

腕に抱えたヘルメットが、いつの間にかずしりと重くなっていた。

このヘルメット、こんなに重かっただろうか。なぜこんなに重いのだろうか。

私はヘルメットを見つめた。俯いた私の目の前に、両腕に抱え込んだヘルメットのバイザーが見えている。そのバイザーの奥に、二つの目が悲し気に濡れて光っていた。

私は一瞬体が固まり、ヘルメットのバイザー越しにその目と見つめ合った。

そして我に返った瞬間、思わず両腕を跳ね上げてヘルメットを取り落とした。そのヘルメットを、先輩が空中ですくい取った。

「だめだよ、落としちゃ。」

先輩はそう言うと、自分が被っていたヘルメットを脱いでホルダーに固定し、私が被っていたヘルメットを被った。そして、じゃあと言い残してバイクで走り去って行った。

私は呆然と先輩のバイクを見送った。

もう、バイクに乗りたいという気持ちは、跡形もなく消え去っていた。

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ヘルメットの中の目 sirius2014 @sirius2014

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