第98話 もう黙ってられない

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文庫版4巻発売記念。

11月1日に角川スニーカー文庫より第4巻が発売されます!

今回が最終回!

燈子がなぜ鴨倉と付き合っていたのか、その理由が明らかになります。

ぜひ読んでみて下さい。

https://www.amazon.co.jp/dp/4041136482


なお文庫版とWEB版では、違うお話になっています。

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その翌週の事だ。

その日は石田が別の授業で遅くなるため、俺は燈子さんと一緒に帰る予定だった。

だが待合せの時間になっても燈子さんは来ない。


(どうしたんだろ? 授業が長引ているのかな?)


俺は一般教養の校舎から、理工学部校舎に向かった。

燈子さんが受けたはずの教室を覗いてみる。

既にもぬけの殻だ。


(行き違いにでもなったかな?)


そう思って校舎の裏に出た時、裏手の方から女性の声が聞こえた。

燈子さんの声っぽい。

声のする方に進んでみると、どうやら言い争っているように聞こえる。

俺は心配になってさらに進んでみると、そこには燈子さんと一美さんが居た。


「そんな目に合わされてまで一緒にいるなんて信じられないよ!」


「誰と一緒に居るかなんて、アタシの勝手だろ!」


「どう考えたっておかしいでしょ、その人は! いつまでそんな関係を続けているつもりなの?」


「アタシだって言うべき事は言ってるよ! 無条件に言いなりになっている訳じゃない!」


「でも今までのお金だって返してもらってないんでしょ。そんなの人と付き合っていて、一美のためになるの?」


「燈子は廉也れんやの事は知らないだろ。アイツにだってイイ所は一杯あるんだよ!」


「どんなイイ所があるか知らないけど、女の子に手を上げるなんて最低だよ!」


「燈子だって鴨倉みたいなクズ男と付き合っていたじゃないか。アタシはアイツは止めておけって言ったよな? だけど燈子は聞かなかった」


「今はそんな話をしているんじゃないでしょ!」


「ともかく燈子には関係ないんだ。アタシの事は放っておいてくれ!」


「放っておけないよ! 友達が、一美がそんなケガまでさせられたのに!」


俺は思わず呆然として二人の様子を見つめていた。

そんな俺に先に気が付いたのは燈子さんだ。


「優くん……」


その言葉で一美さんはハッと気づいたらしい。

俺の方を振り向くとバツが悪そうな顔をする。


「ともかく、アタシの事は気にしなくていいから」


一美さんは最後にそう言うとその場から歩き出した。

俺の近くを通り過ぎる時、


「たまには燈子とだってケンカになる時もあるよ」


と苦笑いをする。


しかし一美さんの左の口元には血が滲んでいた。

明らかに殴られて切れた痕だ。


「一美さん、その顔……」


俺がそう言いかけると一美さんは


「なんでもない、なんでもない」


と右手を振ってそのまま立ち去って行った。


「燈子さん……」


俺が近寄って行くと、燈子さんは顔を隠すように俯いた。


「一美さんのあの顔、あれって殴られた痕なんじゃ……」


俺がそう言うと、燈子さんは俯いたままポロポロと涙をこぼした。

そんな彼女にどう言うべきか考えていると、燈子さんは辛うじて声を漏らした。


「一美……あんなにしているのに、また殴られて……この前だって……」


「やっぱり、先週のアザも彼氏に殴られたんですね」


「私は、もう別れたらって言ったのに……でも一美はなんで聞かないんだろ……」


燈子さんがこんな支離滅裂な話し方をするのは初めてだ。

だが言いたい事は分かる。

それにしても一美さんにとってその彼氏は、燈子さんとの仲が悪くなってまで、一緒にいたい相手なんだろうか?


「燈子さん、少し落ち着いて下さい」


俺はそう言ってそっと彼女の肩を抱いた。

燈子さんは俺の胸の額を押し付けて、しばらく嗚咽を漏らしていた。


やがてそれも静まった時、「落ち着きました?」と俺が聞くと、燈子さんは顔を上げて小さく頷いた。

まだ目と鼻のあたりが赤いが、もう涙は出ていない。


「一美さんがどうして殴られたのか、その理由は知っていますか?」


俺が尋ねると、燈子さんは伏し目がちに答えた。


「私も全部は知らないんだけど……一美の彼氏がどこかでステージをやるんだって。そのために会場や機材を借りるお金が必要だって……」


「まさか一美さんに、その金を貸してくれって言ったんですか?」


燈子さんは小さく頷く。


「一美も『前に貸したお金だってまだ返して貰っていない』って言ったらしいの。そうしたら彼氏は凄く怒って……」


「そんな理由で彼女を殴るんですか?」


俺は絶句した。


「彼氏にとっては大きなチャンスだって言うんだけど……でも一美だって際限なくお金を出せる訳じゃない。親だってそろそろ気が付いているらしいし」


「一美さんはどうしてそんな男に尽くしてあげるんですか?」


「『今は見捨てられない。自分が見捨てたら、彼は本当にダメになってしまう。才能はある人なんだ。その才能を花開かせたい』って言っている。でもその人が一美の気持ちに答えてくれるとは、私には思えない」


話を聞いている限り、俺もそう思う。

それに……石田が一美さんに気があるなら、俺としては石田の恋を叶えてあげたい。

一美さんにとっても、ソッチの方がいいんじゃないか?


「燈子さんは、一美さんとその男を別れさせたいんですよね?」


「うん。どう考えても今の彼氏と付き合っている事は、一美のためにならないと思うから」


「もし一美さんの事を気に入っている人がいたら、その人との仲を取り持つのに協力しますか?」


燈子さんは意外そうな顔を俺を見上げた。


「え、でもそれはどんな人かも分からないと、何とも言えないよ。これ以上、一美に嫌な思いをして欲しくないし」


「その点だけは大丈夫です。相手の性格は俺が保証します」


「優くんがそこまで言うなら……」


「とりあえず、俺に任せて貰えませんか?」


俺はそう言い切る。

別に俺は自信があった訳じゃない。

でも石田の事を含めて「この問題を何とかしたい」という気持ちは強かった。



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この続きは明日投稿します。

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