第98話 もう黙ってられない
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文庫版4巻発売記念。
11月1日に角川スニーカー文庫より第4巻が発売されます!
今回が最終回!
燈子がなぜ鴨倉と付き合っていたのか、その理由が明らかになります。
ぜひ読んでみて下さい。
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なお文庫版とWEB版では、違うお話になっています。
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その翌週の事だ。
その日は石田が別の授業で遅くなるため、俺は燈子さんと一緒に帰る予定だった。
だが待合せの時間になっても燈子さんは来ない。
(どうしたんだろ? 授業が長引ているのかな?)
俺は一般教養の校舎から、理工学部校舎に向かった。
燈子さんが受けたはずの教室を覗いてみる。
既にもぬけの殻だ。
(行き違いにでもなったかな?)
そう思って校舎の裏に出た時、裏手の方から女性の声が聞こえた。
燈子さんの声っぽい。
声のする方に進んでみると、どうやら言い争っているように聞こえる。
俺は心配になってさらに進んでみると、そこには燈子さんと一美さんが居た。
「そんな目に合わされてまで一緒にいるなんて信じられないよ!」
「誰と一緒に居るかなんて、アタシの勝手だろ!」
「どう考えたっておかしいでしょ、その人は! いつまでそんな関係を続けているつもりなの?」
「アタシだって言うべき事は言ってるよ! 無条件に言いなりになっている訳じゃない!」
「でも今までのお金だって返してもらってないんでしょ。そんなの人と付き合っていて、一美のためになるの?」
「燈子は
「どんなイイ所があるか知らないけど、女の子に手を上げるなんて最低だよ!」
「燈子だって鴨倉みたいなクズ男と付き合っていたじゃないか。アタシはアイツは止めておけって言ったよな? だけど燈子は聞かなかった」
「今はそんな話をしているんじゃないでしょ!」
「ともかく燈子には関係ないんだ。アタシの事は放っておいてくれ!」
「放っておけないよ! 友達が、一美がそんなケガまでさせられたのに!」
俺は思わず呆然として二人の様子を見つめていた。
そんな俺に先に気が付いたのは燈子さんだ。
「優くん……」
その言葉で一美さんはハッと気づいたらしい。
俺の方を振り向くとバツが悪そうな顔をする。
「ともかく、アタシの事は気にしなくていいから」
一美さんは最後にそう言うとその場から歩き出した。
俺の近くを通り過ぎる時、
「たまには燈子とだってケンカになる時もあるよ」
と苦笑いをする。
しかし一美さんの左の口元には血が滲んでいた。
明らかに殴られて切れた痕だ。
「一美さん、その顔……」
俺がそう言いかけると一美さんは
「なんでもない、なんでもない」
と右手を振ってそのまま立ち去って行った。
「燈子さん……」
俺が近寄って行くと、燈子さんは顔を隠すように俯いた。
「一美さんのあの顔、あれって殴られた痕なんじゃ……」
俺がそう言うと、燈子さんは俯いたままポロポロと涙をこぼした。
そんな彼女にどう言うべきか考えていると、燈子さんは辛うじて声を漏らした。
「一美……あんなにしているのに、また殴られて……この前だって……」
「やっぱり、先週のアザも彼氏に殴られたんですね」
「私は、もう別れたらって言ったのに……でも一美はなんで聞かないんだろ……」
燈子さんがこんな支離滅裂な話し方をするのは初めてだ。
だが言いたい事は分かる。
それにしても一美さんにとってその彼氏は、燈子さんとの仲が悪くなってまで、一緒にいたい相手なんだろうか?
「燈子さん、少し落ち着いて下さい」
俺はそう言ってそっと彼女の肩を抱いた。
燈子さんは俺の胸の額を押し付けて、しばらく嗚咽を漏らしていた。
やがてそれも静まった時、「落ち着きました?」と俺が聞くと、燈子さんは顔を上げて小さく頷いた。
まだ目と鼻のあたりが赤いが、もう涙は出ていない。
「一美さんがどうして殴られたのか、その理由は知っていますか?」
俺が尋ねると、燈子さんは伏し目がちに答えた。
「私も全部は知らないんだけど……一美の彼氏がどこかでステージをやるんだって。そのために会場や機材を借りるお金が必要だって……」
「まさか一美さんに、その金を貸してくれって言ったんですか?」
燈子さんは小さく頷く。
「一美も『前に貸したお金だってまだ返して貰っていない』って言ったらしいの。そうしたら彼氏は凄く怒って……」
「そんな理由で彼女を殴るんですか?」
俺は絶句した。
「彼氏にとっては大きなチャンスだって言うんだけど……でも一美だって際限なくお金を出せる訳じゃない。親だってそろそろ気が付いているらしいし」
「一美さんはどうしてそんな男に尽くしてあげるんですか?」
「『今は見捨てられない。自分が見捨てたら、彼は本当にダメになってしまう。才能はある人なんだ。その才能を花開かせたい』って言っている。でもその人が一美の気持ちに答えてくれるとは、私には思えない」
話を聞いている限り、俺もそう思う。
それに……石田が一美さんに気があるなら、俺としては石田の恋を叶えてあげたい。
一美さんにとっても、ソッチの方がいいんじゃないか?
「燈子さんは、一美さんとその男を別れさせたいんですよね?」
「うん。どう考えても今の彼氏と付き合っている事は、一美のためにならないと思うから」
「もし一美さんの事を気に入っている人がいたら、その人との仲を取り持つのに協力しますか?」
燈子さんは意外そうな顔を俺を見上げた。
「え、でもそれはどんな人かも分からないと、何とも言えないよ。これ以上、一美に嫌な思いをして欲しくないし」
「その点だけは大丈夫です。相手の性格は俺が保証します」
「優くんがそこまで言うなら……」
「とりあえず、俺に任せて貰えませんか?」
俺はそう言い切る。
別に俺は自信があった訳じゃない。
でも石田の事を含めて「この問題を何とかしたい」という気持ちは強かった。
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この続きは明日投稿します。
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