第三章 石田、男を見せる編

第96話 燈子さんの心配事

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文庫版4巻発売記念。

11月1日に角川スニーカー文庫より第4巻が発売されます!

今回が最終回!

燈子がなぜ鴨倉と付き合っていたのか、その理由が明らかになります。

ぜひ読んでみて下さい。

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なお文庫版とWEB版では、違うお話になっています。

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二限目のネット・リテラシーの授業が終わった。

この講師はたいてい終了時間の5分前には終わるから好きだ。

俺は隣に座っている石田に「じゃな!」と軽く声を掛けてダッシュで教室を出る。

石田が若干不満そうな顔をしているが、悪いが今日は優先事項がある。

今日は燈子さんと一緒に昼食を共にする約束をしているからだ。


学食に着くと、さすがに二限の終了時間前のため、まだそんなに混んではいない。

窓際の丸テーブル、通称『カップルご用達テーブル』を確保する。

やがて午前の講義が終了のチャイムが鳴り、多くの学生が学食になだれ込んで来た。

その集団の中に燈子さんの姿を見つけた。


う~ん、やっぱり燈子さんは目立つよな。

どこに居ても一発で分かる。

燈子さんがこちらの方を向いたので、俺は右手を上げた。

彼女が小走り気味に近寄って来る。


(この女の子が自分の方に小走りで来てくれるって、なんかイイんだよな。いかにもキャンパス・ラブな感じで)


そんな風に一人ニヤケていると、燈子さんは「どうしたの、なにかイイ事があった?」と不思議そうに聞いて来た。

ヤバ、そんなに嬉しそうな顔をしていたのか?

慌てて「なんでもないです。それより料理を取って来ましょう」と言って立ち上がった。

テーブルには席取りのため本を置いておき、二人で料理を取りにカウンターへ向かう。

俺は唐揚げ丼、燈子さんはオムライスだ。

席に戻ったのは燈子さんの方が少し先だった。


「いただきます!」


「……いただきます」


燈子さんは口ではそう言ったが、すぐにはオムライスに口をつけようとしない。

スプーンでケチャップを突いた所で小さなタメ息を漏らした。


「どうかしたんですか? なんか元気がないみたいですけど?」


俺が尋ねると燈子さんが暗い表情で顔を上げた。


「実は、ちょっと心配事があって……」


燈子さんが心配事?

それは彼氏としては放っておけない。


「心配事? なんですか?」


だが燈子さんは相変わらずオムライスを突いているだけだ。

どうやらあまり口にしたくないらしい。


(また去年のクリパの一件で何かを言われたのか? それともあのお騒がせ妹の事だろうか?)


最近ではクリパの事で絡んでくるようなヤツもいなくなったが、稀にまだ言うヤツもいるのかもしれない。

トラブルなら何とか解決してあげたい。


「燈子さん、言いにくい事みたいですが、一人で抱え込んでいるのは良くないです。俺にくらい話してくれませんか?」


燈子さんは上目遣いに俺を見た。

まだ話すかどうか迷っているのだろう。

俺は力を込めて言った。


「少なくとも俺は燈子さんの彼氏なんですから。絶対に力になります」


すると燈子さんは、やっと口を開き始めた。


「本当はこんな事、他人の私がどこまで首を突っ込んでいいか分からないんだけど……」


俺は無意識に身を乗り出していた。


「一美の彼氏の事なの」


「一美さんの彼氏?!」


思わず声が大きくなりかけた。

だって一美さんに彼氏がいたなんて初耳だ。

そもそもあの人は、彼氏がいるような雰囲気はどこにも感じられなかった。


「一美さん、彼氏が居たんですね。そんな風に思わなかったけど」


一美さんは男勝りな所があるが、スレンダーな美女だ。

確かに彼氏の一人や二人くらい、いてもおかしくはないんだが……そのイメージがなかった。


「彼氏がいる感じがしないのは、あまり二人が会ってないからじゃないかな。彼氏の方が色々と忙しいみたいで……都合がいい時に一美を呼び出す感じなの」


あの一美さんが一方的に呼び出される?

そんな都合のいい関係を許すようなタイプには思えないんだが。


「一美さんの彼氏ってどんな人なんですか? 社会人?」


「社会人は社会人なんだけど、定職についている人じゃないの」


「フリーターって事ですか?」


「まぁそんな所。本人は『芸能人』って言っているんだけど」


「芸能人?」


思わず聞き返ししまう。

それに対して燈子さんが慌てたように補足を入れた。


「芸能人って言ってもテレビとかに出ているような人ではないの。たまにお笑いでどこかの小さな舞台に出る程度で、あとはネットの活動くらい。本人は『俺はマルチタレントだ』って言って、お笑いをメインにモデルでもあり、ミュージッシャンでもあるって言っているそうなんだけど」


……なんだ、ソレ。バッカじゃないの?

本人はEXITやオリラジや狩野英孝でも目指しているつもりなのか?


「そんな男に一美さんが引っかかるなんて、ちょっと信じられないですね」


思わず本音が出てしまった。

燈子さんが困ったような顔をする。


「高校時代にナンパされたみたいなの。一美も女子校だったから、ついそういうのに引っかかちゃったのかなって」


「それにしてもそんな男、さっさと別れればいいと思うんですけどね」


「相手の男が上手いって言うか……甘え上手な人だと思う。普段は蔑ろにしているクセに、イザ一美が別れようとすると『俺には一美が必要なんだ』って泣きついて来るみたいで。一美って情が深い性格だから、そう言われると別れられないんじゃないかな? それで今までズルズル来ちゃっているとか」


確かに一美さんは情け深いというか、困っている人を放って置けない性格だ。

だがそうは言っても、それが彼氏にも当てはまるのか?


(もしかして燈子さんも一美さんも、ダメ男を引き寄せる何かがあるのか?)


俺は思わず燈子さんを見つめてしまった。

正直、燈子さんが鴨倉みたいなチャラ男と付き合う事になった経緯は、ずっと疑問に思っている。


「実は一美は大学に入る時に中野の方にアパートを借りているんだけど、そこも実質は彼氏の部屋になっていて……」


「中野にアパート? 一美さんって千葉の家から通っていたんじゃないんですか?」


俺は何度も燈子さんや一美さんと行動を共にしている。

会うのはいつも俺たちの実家の近くだ。

大学への行き帰りでも、何度か彼女とは一緒になっている。


「そうなの。一美の両親は何も言わないらしいけど、それでも毎月の家賃や光熱費が掛かっているから不審には思っているんじゃないかな」


そりゃ娘はほぼ実家にいるのに、親は不思議に思うのは当然だろう。

だが驚いたのは次の言葉だ。


「その上、一美は時々彼氏にお金も貸しているみたい。返してもらっているのか分からないけど」


「なんですか、その男。完全にヒモのクズ男じゃないですか!」


思わず声が荒くなる。

他人事ながら腹が立つ。


「最近、また彼氏がお金を無心しているみたいで……私は一美に『もう別れた方がいい』って言っているんだけど」


「そうですよ、そんな男、一刻も早く別れるべきです」


「中々そうも行かないみたい。それに一美もこの事だけは、あまり私に言われたくないみたいで……」


歯切れが悪い。

一美さんも一美さんらしくないが、燈子さんも燈子さんらしくない。


「俺から一美さんに」


そう言いかけた所で、即座に燈子さんがそれを制した。


「それは止めて。一美にとって一番触れられたくない部分だから。だからこの事は優くんも聞かなかった事にして欲しいの。言う時は私から言うようにするから」


燈子さんに必死な表情でそう言われては、俺としては黙っているしかない。

しかしその後も、俺はしばらく一美さんの事が気になって仕方がなかった。



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この続きは明日投稿します。

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