第82話 スキー旅行(二日目)・今日はトラブル妹と(後編)

【二巻発売・一巻重版第5刷記念】

またもや一巻が重版となり、第5刷となりました。

これも読者の皆様のお陰です!

また6月1日(水曜日)に『カノネト』2巻が発売になりました!

一人でも多くの方に読んで頂ければ幸いです。


なおこの話は、カクヨム版の続きとなります。

書籍版とは違う展開ですので、予めご了承ください。

(書籍版のパラレルワールドだと思って下さい)

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遅い昼食を終えてレストランを出ると、すぐに炎佳はこう言った。


「ねえねえ、次はコッチの林間コースに行ってみようよ」


そう言ってゲレンデマップを広げる。

指さした先は、他のスキー場にも繋がっている林間コースだ。

ゲレンデの西側にあって直進すれば隣のスキー場、大きく曲がって戻る道が、このスキー場の林間コースだ。


「う~ん、でも今からこの林間コースに行ったら、途中で暗くなるんじゃないか?」


この時期は日の入りが早い。

しかも今日は午後から雲が出始めている。

場合によっては四時過ぎには暗くなって来るかもしれない。


「別に今のコースでいいだろ。降りた所がゲレンデの入口だから、暗くなったらすぐに帰れるし」


だがこの件に関して、炎佳は強情だった。


「同じコースばっかりじゃつまんないじゃん!ここの林間コースって景色が凄くいいんだって!運が良ければ霧氷も見れるってさ」


霧氷とは霧状の水滴が木の枝について氷の結晶となる現象だ。

キラキラと光ってキレイらしいが、俺としては別にそんなものには興味が無かった。


「霧氷って条件が良くないと出来ないだろ。見られるとは限らないんじゃないか?」


「でもさ、景色がイイんだって。コースの幅は狭いけど、傾斜も緩くて初心者でも滑りやすいしさ」


「言っておくが俺はスキーはけっこう上手い方だ。別に初心者コースにこだわる必要はないぞ」


すると炎佳は凹んだような表情で口を尖らせた。


「だって……行きたいんだもん……」


こういう顔をされると俺は弱い。

別に炎佳が好きとかじゃないが、一人っ子の俺としては年上年下に関わらず、女の子には寂しそうな顔をして欲しくないのだ。


「解った、行くよ」


俺がそう言うと炎佳の顔がパァッと輝いた!


「ヤッタ!やっぱり一色さんは優しい!」


俺に飛びつかんばかりだ。

まぁ俺としてもこのくらいで喜んでくれるなら安いものだが。


「じゃあ林間コースに行くには、一度もう一本上のリフトに乗って、コッチのリフトまで行かないとならないな」


そう言って二人でリフト乗り場に向かう。



リフトを二本乗って、俺たちは林間コースの入口にたどり着いた。

もうすぐ四時になろうとしている。


「マズイな。雲が濃くなって来た。早く滑った方がいいな。でないと途中で暗くなりそうだ」


俺が空を見上げながら言うと、炎佳がそれに反対した。


「別にそんなにすぐに暗くなる訳じゃないでしょ。大丈夫だよ、急がなくても!」


「でもこのコースにナイター設備は無いだろ。夕方って斜面の状態がよく見えないから、意外と危険だぞ」


「そんなに急な斜面じゃないし。急ぐ必要はないし、ゆっくり滑ろうよ」


そんな炎佳の態度に、俺は何か違和感を感じた。


「なあ、おまえ、さっきからおかしいぞ。何かあるのか?」


すると炎佳は「ギクッ」とでも言うような顔をした。


「な、なんでもない。なんでもないよ。じゃあさっさと行こう!」


今度は炎佳の方から先に滑り出した。林間コースに入って行く。

なんか不自然な態度だよな、アイツ。



「ふぅ~、ちょっと休憩」


炎佳はそう言って立ち止まった。


「またか?さっきから休憩ばっかりしてるじゃないか」


こいつは百メートルも進まない内に「休憩」「景色を見よう」「写真撮ろうよ」とやたらと休みを取りたがる。

そしてしきりと空の様子をチェックしている。

それを俺が聞いても「別に、何でもないよ」と笑ってごまかす。


……だがコイツのこの様子は絶対に不自然だ。何か企んでいる……


俺はそう感じていた。

そしてついに四回目の休憩の時だ。


「……今日は無理なのかな」


と炎佳が呟くのが聞こえた。


「何が無理なんだ?」


俺がそう尋ねると、炎佳は焦ったような顔で両手を振った。


「え、いや、別に!大した事じゃないから」


「大した事じゃないなら言えよ。オマエのさっきからの態度は怪しいよ。何かを待っているみたいだが……」


炎佳はスキーを外して、コース脇の雪が盛り上がった所に腰を下ろした。

そして諦めたような口調で言う。


「うん……実はさ、このコースにはあるジンクスがあるって聞いたんだ」


「ジンクス?どんなジンクスだよ」


炎佳は少し俺の表情を伺うと、恥ずかしそうに視線を逸らした。

心なしか頬が赤い。


「ん……それはね……」


俺は炎佳の次の言葉を待つ。

彼女は「ハァ」と一度タメ息をついてから答えを言った。


「カップルがこの林間コースで夕陽に輝く霧氷を見ると、その二人は結婚するんだって」


「はぁ?」


思わず俺はそんな声を出す。

ここでカップルが夕陽と霧氷を見ると、その二人は結婚する?


「どこのジンクスなんだ、それ」


「このサークルのジンクスらしいよ。元々、このスキー場にもその手が話があったらしいんだけど」


「そんな話、誰に聞いたんだ?俺は知らないぞ、その話」


すると炎佳は少し言いにくそうに口ごもった。


「鴨倉さん……鴨倉さんは、今年このスキー場でお姉と一緒にそれを見て、プロポーズするつもりだったらしいの」


「なんだって!」


思わず俺は大きな声を出した。

鴨倉?アイツ、そんなつもりだったのか?

この林間コースでジンクス通りに夕方に霧氷を見て、それで燈子先輩にプロポーズって……


「でも鴨倉先輩だってまだ大学三年だろ。燈子先輩に至っては二年生だ。それなのに結婚なんて……」


「鴨倉さんは春には四年生になるじゃん。それで大学院には行かないで学部だけで卒業するつもりだったらしいよ。だからお姉の卒業と同時に結婚したいって」


俺はXデーの時の鴨倉の様子を思い出した。

あの『全てを失ったような表情』の裏には、そんな想いがあったのか。

自業自得とは言え、俺は少し鴨倉に同情した。


「お姉もその事は人伝ひとづてに聞いていて、薄々感づいていたみたい。だからこのスキー旅行も最初は来るのを躊躇っていたみたいだけど……アタシと明華が行くって言うから、仕方なく来たんじゃないかな」


「燈子さんは……まだ鴨倉の事が心に残っている、って言う事なのか?」


俺の心に絵具を垂らしたような苦い物が広がって来る。

だがそれは即座に炎佳が否定した。


「ううん、それは無いよ。今のお姉の心の中に居るのは一色さんだけだって断言できる。ただ元カレが関連するような所に行きたくないって、それだけじゃないかな」


「そうか……」


俺はホッとした。

すると炎佳が微妙な表情で俺を見ながら言った。


「それでアタシもここに来たかったんだ、一色さんと。これがアタシがこのスキー旅行に来た目的の一つだから」


俺が顔を上げると、炎佳は立ち上がった。


「アタシがここで一色さんと一緒に、夕陽に照らされた霧氷を見れたら、アタシは一色さんと結ばれるのかなって」


そうしてゆっくりと俺を振り返る。


「そこまで行かなくても、アタシも少しは自信が出来るかなって……」


そう言って寂しげに笑う炎佳は、ドキッとするほど美しかった。



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この続きは6月18日(土曜日)に投稿予定です。

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