第81話 スキー旅行(二日目)・今日はトラブル妹と(前編)

【二巻発売記念】

6月1日(水曜日)に

『カノネト』2巻が発売になりました!

一人でも多くの方に読んで頂ければ幸いです。


なおこの話は、カクヨム版の続きとなります。

書籍版とは違う展開ですので、予めご了承ください。

(書籍版のパラレルワールドだと思って下さい)

*******************************************


「ニッシッシ、今日はアタシがずっと一緒だね!」


ペンションを出るなり、そう言って腕にしがみ付いて来たのは、白ギャル女子高生・桜島炎佳だ。


「解ってる、解ってるから、そんなにくっつくなよ!歩きづらいだろ」


俺は炎佳から腕を振りほどいた。

炎佳がふくれっ面をする。


「なによー!アタシがくっつくのが嫌だって言うの?」


「当ったり前だ!以前に自分がした事を考えてみろ!」


炎佳は俺と初めて会った時、美人局的な罠を仕掛けてきて、俺に「燈子さんと別れて、明華と付き合え!」と脅迫して来たのだ。

その後、何をどう間違ったのか、コイツは明華ちゃんと一緒に「俺の恋人候補に立候補する」と宣言して来た。


だがコイツの思考回路は解らない。

また何か違った企みを持っている事もありうる。


「オマエがまた何か仕掛けて来るかもしれないだろ」


炎佳の不満顔がさらに加速する。


「アレはちゃんと謝ったじゃない!いつまでも前の事を持ち出さないでよ!」


「確かにオマエは謝ったよ。だけどアレは燈子さんの前だから、仕方なく謝ったんじゃないのか?」


「そんなに疑わなくたって……」


炎佳が一瞬寂しそうな顔をする。


「だいたいさぁ、普通の男はアタシに近づかれるだけで大喜びするんだけどね。一色さんだけだよ、こんな冷たいの……」


俺は無言だった。

別にわざと冷たくしている訳じゃない。

ただコイツは甘やかすとツケ上がりそうだから、スキを見せないようにしているだけだ。

そして案の定、炎佳は自己回復した。


「でも、そこがいいんだけどね!墜ちない男を墜とすって言う醍醐味が!」


そう元気よく言い放つ。


……コイツのこういう所は、一緒にいて楽だよな……


「ねぇねぇ、昨日の宴会はどうだったの?」


炎佳がそう聞いた。

コイツと明華ちゃんは「酒のある場に女子高生がいるのは良くない」と言う事で、午後八時に部屋に戻されたのだ。


「別に大した事はないよ。みんな前日のバス泊で疲れていたみたいでさ。俺もけっこう早めに宴会から上がったから」


実際その通りだ。

俺も眠気に耐え切れず、九時過ぎくらいには部屋に戻ったはずだ。

「スキーよりも酒!」って言う先輩とOBだけが、最後まで残って騒いでいたらしい。

ちなみに燈子さんは、炎佳たちとほぼ同じくらいに自室に戻って行った。


「そっか……」


炎佳が何やら思案気にそう呟く。


「なんだ、気になる事があるのか?」


俺が尋ねると「ううん、別に」と静かに首を左右にした。



そんな話をしているとゲレンデに到着した。

今日は俺たちはスノーボードをやる事にしていた。

と言っても俺はスノボがヘタだ。

以前に一回だけやった事があるが、まともに滑れるまで上達していなかった。

リフトの乗り降りも一苦労だ。

対して炎佳はスキーもスノボもかなりの腕前だった。


「一色さん、ヘッタだなぁ~」


斜面と並行に、滑ると言うよりは「ズリ落ちて来る」という表現がピッタリの俺を見ながら、炎佳はそう笑いながら言った。


「う、うるせぇ。俺の事はいいから、先に行ってろよ!」


俺は右手を振って、炎佳に「リフトに先に乗れ」とジェスチャーした。

実際、俺は炎佳に先に行って欲しかった。

俺から離れていて欲しかったのだ。

炎佳は目立つ美少女だ。

腰近くまでの長いプラチナ・ブロンドに染めた髪。

燈子さんに負けない身長とスタイルの良さ。

炎佳が雪煙を上げてスノーボードで滑走する姿は、確かにカッコイイ。

そんな彼女は当然周囲の注目を集めている。

そこにノタクサと無様な俺が一緒に居たら、「なに、あの男?」ってなるのは容易に想像がつく。


「ハイハイ、拗ねない拗ねない。アタシが一緒に手伝ってあげるから」


炎佳はそう言って、『リフト乗り場への緩い登りさえ一苦労している俺』の腕を掴むと支えてくれた。

彼女が手助けしてくれたお陰で、何とか後ろの人に迷惑をかけずにリフト乗り場へ辿り着く事ができる。


……でもさ、女子高生に手助けして貰っている男子大学生って、どうなんだ?……


かなり恥ずかしいが、ここは礼くらいは言うべきだろう。


「ありがとう」


炎佳にだけ聞こえるように小さく言うと


「どういたしまして!」


と彼女はニッコリ微笑んだ。



午前はスノボで四本ほど滑って、早めの昼食を取る事にした。

スノボで転び過ぎて身体が悲鳴を上げている俺が「午後はスキーにしよう」と切り出したのだ。

炎佳は嫌がる事なくすんなりとOKした。

そんな訳で昼飯には少し早いが、俺たちはゲレンデ前のホテル付属のレストランに入る。

俺はチーズドリア、炎佳はきのことサーモンのクリームパスタを注文する。

料理はすぐにやって来た。

俺が三分の一ほど食べた時だ。

ふと気が付いたら炎佳がジッと俺を見ている。


「なんだ?」


「昨日は明華と一緒に昼食も取ったんだよね?」


「そうだよ」


「明華には『あ~ん』で食べさせてもらったんだって?」


怒ったような目でそう聞いて来る。


「別にそうやって食べさせてもらったんじゃなくてな……」


「明華が言ってたよ。『あ~ん、で優さんに食べさせた』って」


「そんな特別な意味があった訳じゃない」


「じゃあアタシにもやってよ!」


「えっ?」


「特別な意味があった訳じゃないんでしょ?じゃあアタシにも同じようにやって!」


「……」


「まったく一緒じゃツマラないから、アタシには『あ~ん』で食べさせて欲しいな」


「でも俺が食べているのはドリアだぞ、スプーンは一つしかないし」


「別にそのスプーンでいいよ」


「そんな訳にもいかないだろ。完全に間接キッスじゃねーか」


炎佳は不満そうな顔をしたが、近くを通ったウエイトレスに「もう一つスプーンを下さい」と頼んだ。

ウエイトレスはすぐにスプーンを持って来た。

明華はそれを俺に渡す。


「ハイ、コレで問題ないでしょ。『あ~ん』でよろしく」


その時、俺は少しイタズラを思いついた。

スプーンでドリアを一口すくう。


「はい、アーン」


スプーンを炎佳の目の前まで持って行った。

炎佳が嬉しそうに口を「あの字」に開く。

その直前で俺はスプーンを翻し、自分の口に入れた。


「あ~、おいしい!」


目を丸くした炎佳を前に、俺は揶揄うようにそう言った。

途端に炎佳はテーブルに突っ伏した。


「酷い!明華にはやったのに、アタシにはそんなイジワルして!」


けっこう大きな声だ。周囲の人が「何事だ?」とコッチを見る。


「他の娘にはしてあげたのに!アタシの唇は奪ったクセに!こんな風に弄んで!」


周囲のテーブルの人の視線が一斉に俺に突き刺さった。


「お、おい、炎佳。よせよ、周りの人が見てるだろ」


「このまま弄んで捨てる気なんだ!こんな所まで連れて来て!」


もう周囲を見る勇気はないが、明らかに俺を凝視しているだろう。

それでなくても炎佳は目立つ娘だ。


「ゴメン、ゴメン、俺が悪かった。ちゃんとやるから、もう勘弁してくれ。みんなが見てる」


炎佳が伏せた腕の中から顔を少し上げた。


「ちゃんとやる?」


「ああ、やるよ」


「そんな投げやりじゃなく、キチンと愛情を込めて!」


「愛情だと?」


「でないとアタシのこの傷ついた心は癒されない!」


どうやらこの勝負、俺の負けらしい。


「わかった。愛情を込めてやります」


「ヨシ!」


炎佳は笑顔で顔を上げた。


「じゃあ食べさせて。あ~ん」


「あ~ん」


俺はそう言って新しいスプーンでドリアをすくい、炎佳の口の中にそっと差し入れた。

ちなみにさっき使ったのは、素早く入れ替えた自分のスプーンだ。


「んふっ、美味し!」


炎佳が満足気な笑顔で、頬に片手を置いてそう言った。


……こういう所、確かにコイツは可愛いよな……


周囲の人は「このバカップルが」と言う目で俺たちを見ていた。



********************************************************

この続きは6月11日(土曜日)に投稿予定です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る