第78話 スキー旅行!行きのバスの中で(後編)

【二巻発売記念】

この話は、カクヨム版の続きとなります。

書籍版とは違う展開ですので、予めご了承ください。

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バスは上里サービスエリアに到着した。

時刻は夜十時を回った所だ。

家を出たのは夕方で、大学集合が午後七時。

晩飯を食べていないので腹ペコだ。

だが俺にはここで一つ楽しみがあった。


バスを降りた所で、燈子さとうこんが待っていた。

俺たちはバスの後ろの方に座っているのに対し、燈子さんは一美かずみさんと一緒に前の方の座席に座っていた。

俺と目があった燈子さんはニッコリと笑ってくれる。


「じゃあ、お弁当を一緒に食べようか?」


「ハイ!」


思わず俺も弾んだ返事を返す。

俺は燈子さんと並んでサービスエリア内のフードコートに入る。

テーブルに座ると燈子さんは持っていた紙袋から四つの紙製の箱を取り出した。

二つにはサンドイッチ、もう二つには唐揚げやウィンナー、玉子焼きなどのおかずが入っている。

サンドイッチはタマゴ、ツナ、ハム・チーズ、野菜の四種類だ。


「けっこうたくさん作って来てくれたんですね」


俺が軽く感動しながらそう言うと


「別に、それほどじゃないよ。それに優くんと一緒の食べる事を思えば、作るのも楽しかったし」


と彼女は少し恥ずかしそうに笑った。


飲み物だけは自販機で買う。わざわざ持ってくるのは荷物になるからだ。

燈子さんと並んで、同じ弁当を食べる。


……こんなこと、高校時代の俺に言っても信じられないだろうな……


何しろ燈子さんは、大学では『影のミス城都大』『真のミス・キャンパス』と呼ばれ、このサークルでは女神様扱いだ。

俺にとっても高校時代から憧れ続けて来た『高嶺の花の先輩』でもある。


俺は何とも言えない幸せな気分でサンドイッチを頬張った。

時折横を通るサークルの連中が羨ましそうにコッチを見ている。

ちょっと優越感だ。


「ところで、ソッチは大丈夫?炎佳は迷惑をかけていない?」


俺が二つ目のサンドイッチに手をかけた所で、燈子さんはそう聞いた。


「え?ああっと、ハイ、俺は大丈夫です」


騒がしいと言えば騒がしいが、今の所、炎佳がトラブルになるような事は何もない。


「そう。それならいいんだけど。後ろの方はずいぶん騒がしいし、もしかして優くんに迷惑をかけてないかな、って思ったから」


燈子さんが静かな表情でそう言った。

俺はそんな彼女の様子の中に、どこか寂しさみたいなのを感じた。



燈子さんと俺は、『鴨倉とカレンの浮気を暴露したクリスマス・パーティ』の夜から交際する事になった。

と言っても、まだデートを三回、キスを一回した程度だ。

そして炎佳と明華ちゃんは、俺と燈子さんの目の前で『俺の恋人への立候補宣言』をしたのだ。


……そんな二人と一緒にいて、燈子さん、少しは気にならないのかな?……


俺はバスの車中、ずっとその事を気にしていた。


「燈子さん、俺、やっぱり燈子さんの席の近くに居た方がいいんじゃないでしょうか?」


燈子さんは親友の一美さんと一緒に座っている。

だが補助シートを使えば、俺が彼女の隣に行く事は可能だろう。

だが燈子さんは首を左右に振った。


「いいよ。それより優くんは、明華さんや炎佳と一緒にいてあげて」


「でも」


「今回の件は私達の責任でしょ。それで明華さんと炎佳はサークルの都合で呼び出された訳だから」


そう言われると、俺としても何も言い返せなくなった。

燈子さんの言う通り、二人は頼まれてこの合宿に参加しているのだ。

そうである以上、二人に不愉快な思いはさせるべきじゃない。


「私は、二人には少しでも楽しい思い出、『旅行に参加して良かった』って思って欲しいの。だからこの合宿中は、ね」


燈子さんは最後に念を押すように、そう口にした。



「そろそろ話しかけてもいいかな?」


そう言って来たのは一美さん、そしてサークル中心女子で燈子さんと同じ二年生の美奈さん・まなみさんだ。

ちょうど俺と燈子さんが弁当を食べ終わった所だ。


「大丈夫ですよ」


俺がそう答えるのと、燈子さんが笑顔で頷くのは同時だった。


「いや、カップルの貴重な時間を邪魔しちゃ悪いかとも思ってね」


そう言って一美さん達は俺たちの正面に座る。


「後ろの方はずいぶんと賑やかだな」


一美さんは燈子さんと同じ感想を口にする。


「うるさくてすみません」


「ウルサイのは一色君じゃないでしょう。むしろウチラと同じ学年の男子だよね?」


そう言ってフォローしてくれたのは美奈さんだ。


「アイツラ、女子高生が参加したってだけで、よくアソコまで盛り上がれるよね」


隣のまなみさんはかなり呆れたような口調だ。


「炎佳さんは燈子さんの妹だけあってかなりの美人ですし、あの通りノリもいい。明華ちゃんは正統派な可愛い女子高生ですからね。騒ぐ男子大学生がいても不思議じゃないです」


俺がそう言うと、一美さんが頬杖をついたままニヤッとした。


「そんな美少女二人に思われているなんて、一色君も成長したもんだ」


美奈さんも「ウンウン」とばかりに頷く。


「カレンに振り回されていた頃とは、大違いだよね」


「これも燈子の教育のおかげ?」


まなみさんが燈子さんに話を振る。


「な、なによ、その教育って。私は別に一色君に何かを言った訳じゃ……」


「隠すな、隠すな」


美奈さんが手をヒラヒラと上下に振った。


「一色君が変わり始めたのは、十月くらいからだよね?あの辺から燈子の一色君を見る目が怪しかった。そしてあのクリスマス・パーティでの暴露。二人がツルんでいたのは明白じゃん」


それにまなみさんも同意する。


「そうだよね~。考えてみれば急に一美がウチのサークルに入って来るって言うのもオカシイって言えばオカシイしね。あの頃から燈子と一色君は裏で繋がっていたとしても不思議じゃないよね」


俺は黙ってコーヒーに口をつけた。

別にもう「Xデーのリベンジ」は完了したので、美奈さんやまなみさんには言ってもいいのだが、それを俺の口から言うのははばかられる。


「でもさぁ、もっと気になるのは、あのクリパの後の夜だよね?」


そう言って美奈さんが身体を乗り出してくる。


「別に。ただ普通の事が普通にあっただけよ」


燈子さんも素知らぬ顔と素知らぬ素振りで、コーヒーカップを口に運ぶ。

だがその手元が微妙に緊張しているのが解る。


……燈子さん、あくまであの夜の事は口にする気はないんだな……


黙っている方が燈子さんにとってはマイナスだと思うのだが。

だからと言って、俺の方から「実は何もないです」と言う訳にはいかない。


「その『普通の事』ってどんな事なの?それを知りたいんだけど~」


まなみさんまでが、そんな事を口にする。

この人は美奈さんとは違って出しゃばらない人かと思っていたが、ソッチ方面の事には興味津々なのか?


「男女の事は、易々と他人に話すものではないわ」


燈子さんはそう言って立ち上がると「ちょっとトイレ」と言ってスタスタと歩き出す。


「あ、逃げた!」そう言って美奈さんが立ち上がると後を追う。


「私も、今の内に行っておこう!」まなみさんも後に続いた。


……トイレまで追いかけて行って、今の話を聞くのかな?まさかな?……


三人を目で追っていると、ふと正面から一美さんが俺を見つめている事に気が付いた。

さっきから同じ頬杖をついた姿勢だ。

俺と視線が合うと、一美さんの目は微妙に笑っているように思えた。


「あの、なんですか?」


すると今度は一美さんの目が明確に笑った形になる。


「いや、今の二人はどこまで行ったんだろうなって」


俺は沈黙した。

一美さんはどこまで知っているんだろう。

俺は石田には本当の事を話した。だから燈子さんも一美さんには全部打ち明けていると思っていた。


「そんな顔をするなよ。アタシは、あの夜に二人は何もなかった事は知っている。でもその後も進展ナシなのかって思っただけだ」


そう言う事か。

俺はホッと安堵の息を吐いた。


「そんな変な事はないんですが……少しだけ、前進したかもしれません」


俺の答えに一美さんは納得したのか、静かに頷いた。


「そっか。じゃあこの合宿でさらに二人の仲が進展するといいな」



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この続きは来週日曜日(5/29)に投稿予定です。

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