第79話 スキー旅行一日目、With 明華

【二巻発売記念】

6月1日(水曜日)に

『カノネト』2巻が発売になります!

一人でも多くの方に読んで頂ければ幸いです。


なおこの話は、カクヨム版の続きとなります。

書籍版とは違う展開ですので、予めご了承ください。

(書籍版のパラレルワールドだと思って下さい)

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俺たちの乗ったスキーバスは、朝五時に宿泊予定のペンションに到着した。

ペンションとは言っても五十人近くが泊まれる大きなものだ。

半面、スキー宿に特化しているのか豪華さはない。


俺たちはペンションのロビーで時間を潰し、朝八時を過ぎた頃にペンションを出てゲレンデに向かう。

俺と石田がリフト券売り場に並んだ時だ。

その後ろに明華ちゃんが着いて来た。


「明華ちゃんは炎佳と一緒じゃないの?」


俺がそう尋ねると、明華ちゃんが少し恥ずかしそうに答えた。


「この合宿では公平にチャンスを分けようって約束したんです。ジャンケンで順番を決めて、今日は優さんと一緒に居るのは私って事になりました」


……ジャンケンで俺と一緒に居る順番を決めただって?……


「それって燈子さんは知っているのかな?」


俺の知らない所で勝手に話が進んでいる事への不満が、声に滲み出ていたのだろう。

明華ちゃんが脅えたような表情をした。


「え、は、はい。エンちゃんが燈子さんに話に行ってくれて……燈子さんも『別にいいわよ。楽しんでね』って言ってくれたって」


そんな様子の彼女を見て、俺は自分の発言を反省した。

少なくとも明華ちゃんに悪意はない訳だし、ここで彼女に対して不満を露わにするのは筋違いだ。

そして昨夜、サービスエリアでそう言った燈子さんの言葉が思い出された。


……二人には少しでも楽しい思い出、『旅行に参加して良かった』って思って欲しいの……


そうだ。明華ちゃんも炎佳も、サークル代表である中崎さんに招待されたのだ。

そしてその原因を作ったのは他でもない俺だ。


「あ、いや別に怒っている訳じゃないから。それって燈子さんは知っているのかなぁ~って思って。アハハ」


俺は急いで笑顔をそう言った。

そんな俺の様子を伺っていた石田が、わざとらしい明るい声で言った。


「おし、じゃあ久しぶりのスキーを堪能するか?俺も数年ぶりだからな。明華は腕は鈍ってないか?」


明華ちゃんもホッとしたような様子で返事を返す。


「大丈夫だよ。前に行った家族でのスキー旅行では、お兄ちゃんより私の方が上手かったでしょ。それに私は毎日部活で鍛えているから!運動不足のお兄ちゃんには負けないよ!」



ところが俺たちが三人一緒に滑ったのは最初の一本だけだ。

二本目のリフトに乗る時、サークルの中心女子一年生である綾香さん・有里さんだ。


「お、一色君と石田兄妹!」


そう言って声を掛けて来たのは綾香さん。


「三人で一緒に滑ってるんだ、へぇ~」


その隣にいた有里さんが、なぜかニヤニヤ笑いを浮かべた。


「うん。明華ちゃんもココじゃ知り合いは少ないからね。それに大学生の中じゃ明華ちゃんも緊張しちゃうだろうし」


明華ちゃんは気が強い所があるとは言え、普通の女子高生だ。

男子大学生に囲まれても平然としていられる炎佳とは訳が違う。

俺がそう答えると、二人は微妙な笑いを浮かべた。

そしてリフトに乗る時、綾香さんが言った。


「一色君と石田君は先に一緒に乗りなよ。アタシ達と明華ちゃんが一緒に乗るからさ」


それに有里さんも続ける。


「そうそう、私たちも明華ちゃんとちょっと話がしたいし。リフトくらい男同士・女同士でもいいでしょ?」


このリフトは四人乗りだ。

俺も石田も「わかった」とだけ返事をして、二人で先に乗り込む。

リフトを降りた時、綾香さんと有里さんは石田にだけ話しかけた。


「ねぇ石田君、私達はもっと上のコースを滑ってみない?同じコースじゃつまらないでしょ」


「明華ちゃんはもう少しこのコースでカンを取り戻したいんだって」


えっ?と思って俺が石田の方を見ると、石田も一瞬だけ俺を見た。

だが石田は


「そうだな、もう少し急な斜面を滑った方が面白いな。俺もソッチに行くよ」


と言うと


「じゃあ優、悪いけど明華の事をヨロシクな!」


と俺の返事を待たずに、女子二人と一緒にさらに上のコースのリフトに向かって行った。


……な、なんだ、みんな急に。それに俺と明華ちゃんだけだと話が……


そう思って俺が明華ちゃんの方を見ると、彼女は顔を赤らめながらも俺を見上げていた。


「あ、あの、あの、もう少し私に付き合って貰えますか?」


彼女が緊張しているのが解る。

ここで俺が変な態度を取ったら、余計に彼女は委縮してしまうだろう。


「そうだね、俺たちは俺たちで一緒に滑ろうか。石田たちはまた後で合流すればいいし」


それを聞いて明華ちゃんが少し視線を外した。

でも嬉しそうにしている。



午後二時、俺と明華ちゃんは遅い昼食を取るため、ゲレンデの中にあるレストランに入った。

結局あの後、石田達とは合流できないままだ。

この時間だと言うのに、レストランはかなり混んでいた。

やっと席に着くと俺たちはテーブルの上のメニューを手にした。


「明華ちゃん、何を頼む」


朝からチョコしか口にしていない俺たちは、相当に腹が減っていた。

しばらくメニューを食い入るように見ていた俺は、同様にメニューを見つめていた明華ちゃんにそう尋ねた。


「悩んでいるんです。この『ソースカツ丼と山菜そばのセット』と『チーズたっぷりマウンテン・バーガー』でどっちにしようかって」


明華ちゃんもかなり空腹だったのだろう。

両方とも女子にしてはかなりのボリュームのある選択だ。


「奇遇だね。俺も今まったく同じメニューでどっちにしようか悩んでいたんだよ。両方とも美味しそうだもんね」


すると明華ちゃんは輝いた表情でメニューから視線を上げた。


「それじゃあ優さん。私たち別々のものを頼んで、半分ずつにしませんか?」


「え?」


「だって、そうすればホラ、両方楽しめるじゃないですか」


俺は一瞬迷った。

サンドイッチやおにぎりのように、一つずつ食べられるものならいいが、カツ丼にそば、ハンバーガーだからな。

明華ちゃんもその事に気が付いたのだろう。


「ダメ……ですか?」


その表情に恥じらいと寂しさが現れている。

俺は彼女にそんな表情をさせた事を後悔した。


「いや、全然ダメなんかじゃないよ。そうだね、俺も両方食べたいし、二人で違うものを頼んで半分ずつ交換しようか」


明華ちゃんの表情が再びパアッと明るくなった。



やがて料理が運ばれて来る。

俺の前にソースカツ丼と山菜そばのセット、明華ちゃんの前にチーズたっぷりマウンテン・バーガーが置かれる。

ウェイトレスに取り皿を一つ貰い、俺はソースカツ丼を取り分け始めた。

山菜そばの方は「先に食べていいよ」と明華ちゃんの方の回す。

明華ちゃんも大きなハンバーガーをナイフで二つに切る始める。

大きなハンバーガーが二つ挟まれており、ちょっと切りにくそうだ。


「一緒についている唐揚げとポテトは、どこに置きますか?」


明華ちゃんがそう聞いた。


「どこでもいいよ。って言うか皿がないから、残ったら適当に貰うよ」


俺がそう答えると、明華ちゃんはしばらく唐揚げを見つめていた。

するとやおらフォ-クで唐揚げを突き刺し、俺の方にその唐揚げを突き出した。


「あ~ん!」


明華ちゃんは真っ赤な顔をしながら、そう言った。


「えっ?」


すると明華ちゃんは、もはや怒ったかのような表情で同じ言葉を口にした。


「あ~ん!」


顔が真っ赤になっている。そして唐揚げを突き刺したフォークが小さく震えている。

俺は彼女の気迫に押されたかのように、思わず口を大きく開いた。

明華ちゃんがそこに焦ったように唐揚げを押し込む。

俺は口一杯になった唐揚げを頬張りながら、目を丸くして明華ちゃんを見た。


明華ちゃんは恥ずかしさのあまり、赤い顔をしたまま俯いていた。

だが俺と視線が合うと「エ、エヘヘ。攻めすぎちゃった」と嬉しそうに笑った。


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この続きは5月31日(2巻発売の前日!)に投稿予定です。

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