第76話 【一巻発売記念SS】炎佳と明華、結託す!
12/1に『彼女が先輩にNTRたので、先輩の彼女をNTRます』の一巻が、
角川スニーカー文庫から発売されます!
皆様、応援ありがとうございました。
その感謝の意味を込めて、本日サイドストーリーを一話投稿させて頂きます。
なおこの話はカクヨムWEB版に準拠するお話です。
文庫版とは全く繋がらない話になります
時間的には二章の「第71話 シスターズ・アタック」直前の話になります。
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炎佳は脇に挟んだ電子体温計を取り出した。
……37度3分か。まだ熱があるな……
学校を休んで二日目だ。
一昨日の夜、一月の寒空の下で薄着のまま何時間も過ごしていたため風邪をひいてしまったのだ。
昨日は38度後半の熱が出ていた。
……アイツが来てくれなかったら、本当に肺炎くらいは起こしていたかもな。マジで死んでいたかも……
炎佳はそう思いながら、一人の男の顔を思い出していた。
一色優。炎佳の姉・燈子と最近付き合いだした男で、炎佳の親友・石田明華がずっと片思いしている相手。
優の事を思い出すと、炎佳はまた胸が「キュッ」となるような気がした。
……あのバカ。来るならもっと早く来いよ。アンタの家のそばにずっと居たんだから……
炎佳は顔だけが熱くなる気がした。それを隠すように寝返りを打つ。
この二日間、思い出すのは優の事ばかりだった。
最初に出会った時、熱心に勉強を教えてくれた事。
その後、炎佳の罠とも気づかず、一緒にスマホを探してくれた事。
それが罠と知って本気で怒った顔。
明華と一緒にいる時に困ったような笑顔を浮かべていた事。
炎佳が家を飛び出した時、夜の公園で優が心配そうに駆け寄って来てくれた時は、心臓が跳ねるくらい嬉しかった。
『オマエ、身体が冷え切ってるんじゃないか?』
そう言って車の中に手を引いていった優の姿が頭に浮かぶ。
その時に掴まれた優の手の温かさ、車の中で静かに自分の話を聞いてくれていた時の横顔。
その全てが炎佳に切ないような、でもずっと感じていたいような、不思議な感覚をもたらしていた。
……こんな感じ今までなかった。彼氏だった相手にも感じた事はなかった……
あの晩以来、優の事が気になって仕方がなかった。
またもや胸の奥が「きゅ~っ」と締め付けられるような気がする。
……あ~、アタシ、どうしちゃったんだ!……
軽く勢いをつけて枕に顔を押し当てる。
「パフッ」という軽い音がしたが、それでも頭の中はクリアできなかった。
優の言葉が頭に浮かぶ。
『俺の目から見ても、オマエは外見は燈子先輩に引けは取らないと思うけどな』
炎佳の表情に30パーセントの気恥ずかしさと70パーセントの嬉しさによる笑みが浮かんだ。
だが……
「じゃあなんでお姉なんだよぉ~~~!」
炎佳は枕を両手で持つと、上半身を起こして枕を布団に叩きつけた。
ベッドの上でしばらくそのままの姿勢で考え続ける。
……アタシは一色さんの事が好きになってしまった……
この二日間、ずっと考えていた事だ。
「一色さん、なんでそんなにお姉が好きなの?……」
思わず独り言を呟く。
確かに燈子は炎佳にとっても尊敬できる自慢の姉だ。
燈子の事は大好きだし、燈子も炎佳のためなら大抵の事はしてくれると思っている。
しかしあの融通の利かなさ、理屈詰めの頑固さは何なのだろう。
正直言って、炎佳から見ても
「最初は外見に惹かれて寄って来る男も、あの堅物さを知れば離れていくんじゃないか?」と思える。
『オマエの話を聞いていて、一つだけ共感した事があるよ』
またもや優の台詞が頭に浮かぶ。
……そう、アタシだってそう思う。
一色さんはお姉とより、アタシの方が気が合うと思う。
アタシも一色さんの前なら、自然に素直になれる気がする。
だって感じている事や考えている事が同じ気がするもん。
きっと一色さんもアタシとは強くシンパシーを感じているに違いない……
話を聞く限り、燈子と優とは「付き合っている」とは言ってもほとんど何もしていない状態だ。
何しろ「キスどころか一緒にカラオケさえ行った事がない」と言っていた。
そして燈子が「結婚までHはしない」と言っているなら、本当にそれを貫き通すだろう。
「アタシなら……一年くらい付き合えば……一色さんならいいよ……」
炎佳は無意識に握っていた枕を指先でイジイジしながら、そう言っていた。
「って、わぁ~っ!なに言ってんだ、アタシは!」
思わず自分で言っておきながら、炎佳は赤面しながら身体を前に倒して枕に顔を埋めた。
しばらくその姿勢のままでいたが、やがてゆっくりを顔を上げた。
……そうだ、お姉と一色さんはまだ何もない。ただ『付き合っている』と言っているだけだ……
……一色さんを想っている時間は明華の方が長いし、キスならアタシの方が先だ……
……一色さんが『恋人は処女がいい』って言うんなら、アタシだってその資格はある!……
……アタシ達が一色さんを諦める必要はない。ううん、諦めたくない。たとえ相手がお姉だとしても……
そんな時、スマホが振動した。
炎佳は一瞬「一色さんか?」と期待したが、表示された着信相手は明華だった。
軽く失望のタメ息を漏らすと、炎佳はスマホを手にした。
「はい」
「もしもし、エンちゃん?風邪をひいたんだって?具合はどう?」
「うん、昨日はけっこう熱が出ていたかな。でも今日はだいぶ熱も引いたから、明日は学校に行けると思う」
「良かった。それで昨日と今日の授業で出た宿題プリントをエンちゃんに渡そうと思うんだけど。家に行っても大丈夫?」
一瞬、炎佳の言葉が止まった。だがその僅かな間にある考えが閃いていた。
「大丈夫だよ、ありがとう」
「じゃあ今からエンちゃんの家に行くね。三十分くらいで着くと思うから」
そう言って明華からの電話は切れた。
炎佳はそのままスマホを握りしめていた。
それから三十分もしないで、明華は炎佳の家にやって来た。
炎佳はカーデガンを羽織ったパジャマ姿のまま、玄関まで出迎える。明華の方は制服姿だ。学校からの帰りに寄ったのだろう。
「起きても平気なの?」
明華が心配そうに炎佳に尋ねる。
「うん、もうほとんど熱は下がっているからね。身体がが冷えて体調を崩したのが主な原因だと思うし。上がって」
「お邪魔します」
そう言って家に上がった明華を、炎佳は自分に部屋に案内した。
ローテーブルを前にして、二人はクッションに腰かけた。
「ところでエンちゃん、どうして風邪なんかひいたの?」
炎佳は一昨日の夜の事を包み隠さず全て話した。
「そっか……そんな事になっていたんだ。ごめんね、私のせいで」
明華は伏し目がちにそう言った。
「え、明華のせいじゃないよ。そんな謝らないで!全部アタシが勝手にした事だから」
そう言った後で、炎佳も同じく目を伏せた。
「それに……謝らないとならないのはアタシの方だから……」
不思議そうな顔をした明華と、恐る恐る顔を上げた炎佳の目があった。
「実は、そのぉ……アタシも一色さんと色々話していて……あ、色んな事があったんだけど……明華の気持ちも解るって言うか……もしかしてけっこうイイかな、とか……思っちゃったりして……」
明華はまっすぐに炎佳を見た。
「それってどういう事?」
炎佳はまた目線を下に下げた。
「ん……説明しにくいんだけど、一色さんと話していると居心地がイイって言うか、心がピッタリくる感じがするって言うか……なんか『もうちょっと一緒に居たいな』って思っちゃう気がして……」
「それって、エンちゃんが優さんを好きって事?」
明華は炎佳を見つめたまま、ストレートにそう言った。
「あ……好きってそこまでまだ具体的に言える訳じゃないんだけど……」
しばらく炎佳は口ごもっていた。
「ゴメン、さっきのウソ。アタシ、もう一色さんの事、好きになってる……」
しばらく炎佳を見つめていた明華は「はぁ」と小さくタメ息をついた。
「やっぱりね。エンちゃん、口では『私のため』って言っていたけど、途中から優さんと会うのが嬉しそうだったもん。私も『もしかしたらエンちゃんも優さんが好きなのかも』って思っていたんだ」
「え、アタシ、そんなつもりじゃ」
慌てて否定しようとする炎佳を明華はジト目で見た。
「エンちゃん、私に取り繕わなくていいよ」
炎佳は両手を開いた太腿の間に置き、うな垂れた感じで言った。
「そうなのかな?アタシ、そんな前から?」
「そうだよ、自分では気づいていなかったかもしれないけど。最初にエンちゃんが『優さんにキスした』って聞いた時から怪しいって思っていた。エンちゃんは確かにキス魔で有名だけど、男子にキスしたって聞いた事ないもん」
背が高く大人っぽい容貌の炎佳が、小柄で童顔の明華にやりこめられている光景は、傍から見れば滑稽な感じもしただろう。
だがこの二人は、意外とこういう関係性だったのだ。
頭を垂れたまま炎佳は思った。
……そうかもしれない。考えてみればアタシは最初から、彼が気になっていたのかもしれない。だから明華の事にかこつけて一色さんに会いに行っていただけかもしれない……
「アタシ、最低だね……」
そんな炎佳に明華は静かに言った。
「でも仕方がないよ。それにエンちゃんの本心はどうであれ、エンちゃんは私と優さんをくっつけようとしていた事は事実だから。そのお陰で私も優さんに自分の気持ちを伝える事ができた」
「ありがとう、明華」
炎佳は顔を上げた。今は強い意志をその瞳に込めている。
「アタシは一色さんが好き。そして明華もずっと前から一色さんが好きなんだよね」
明華はハッキリと頷いた。
「ムシのいい話だけど、アタシは明華にも、もちろんお姉にも譲る気はない。これも明華も一緒だよね?」
「もちろん」明華はここでもキッパリと言った。
「お姉と一色さんは口では『付き合っている』と言っているけど、とてもじゃないけどアタシにはそう見えない。あの二人はまだキスどころかデートすら満足にしていない。そして一色さんは明らかにお姉に対して一歩引いた態度でしかない。これってまだ恋人とは言えないよね?」
「私もそう思う。あの二人は恋人同士って感じじゃないと思う」
「だからアタシ達も、正々堂々と宣言しよう。『一色さんの彼女になりたい』って」
「……」
「今度は変な策を使う訳じゃない。アタシも、明華も、正面切って優さんにぶつかって行く。その結果、誰を選ぶかは一色さんの自由なんだから」
明華も強い光を目に宿して頷いた。
「わかった、やろう。私も今のまま戦わずに退くのは嫌。せっかく気持ちを伝えたんだもん。今度こそ自分からぶつかっていきたい」
「うん、やろう。二人でお姉に宣戦布告だ!」
炎佳は明華を見つめた。明華も炎佳を見つめる。
しばらく見つめ合った二人は、やがてどちらからともなく笑い出した。
「でも長い間、好きだったのは私だからね。私は負けないよ」
そう言った明華に炎佳も言い返した。
「この一件でアタシの熱量は上がっているから。アタシだって負けないから」
「誰が勝っても恨みっこなしね」
「もちろん!アタシにとって明華は大事な親友だし、お姉はたった一人の姉妹だから」
二人は闘志を目に浮かべながらも、お互いを見つめて笑顔になっていた。
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