第二.五章 春休みラブ・バトルロイヤル編
第72話 バレンタイン三重奏(前編)
今日は2月14日。
世間で言う所の『バレンタイン・デー』だ。
ちなみに俺の怪しい知識だと、キリスト教で正式に認められたバレンタイン・デーというイベントは無いそうだ。
欧米では『恋人や親しい人にカードなど贈る日』らしい。
もっとも欧米人はしょっちゅうカードやちょっとしたプレゼントを贈りあっているらしいから、バレンタイン・デーはそれほど特別でも盛んでもないと聞いた。
さらに言うとこの日は『どっかの聖人が虐殺された日』だとも聞いた事がある。
ところが日本に来ると『女子が意中に男子にチョコレートを贈る日』と変化したのだ。
これも噂では『お菓子メーカーの販促イベントとして宣伝された』と言うのが一般的だ。
この日に日本のチョコレートの年間売上の半分近くが売れていると言うから驚く。
俺は中学時代からこの日が嫌いだった。
まぁ理由は言わなくても解ると思うが『自分はチョコを貰えない』からだ。
この日は朝から女子達はキャッキャとはしゃいでいる。
「誰に渡す?」「いくつ配る?」「〇〇先輩にいつ渡そうか?」「△△君は受け取ってくれるかな」などなど。
そして貰えるヤツは二桁単位で貰えるし、貰えないヤツは一個も貰えない。
これほど露骨に男子人気が白日の下に晒される日はない。
お祭り気分ではしゃぐ女子、自慢げに喜色満面のモテる系男子、そしてこの日は出来るだけ目立たないように息を殺して過ごすモテない系男子。
当然、俺は三番目だ。
年によっては仲がいい女子から義理チョコを貰う事もあったが、それは稀な方だ。
それと『俺が可愛いと思っていた女子』『自分では仲がいいと思っていた女子』が俺には目もくれず、他の男子にチョコを渡した事を知ると、なんとなく切ないような気分になったものだ。
と言うような訳で、俺はバレンタイン・デーが嫌いだった。
こんなイベントを考えたヤツを、国外追放にしてやりたい、と思っていたものだ。
だが今年だけは状況が違っていた。
俺は別の意味で朝から憂鬱だったのだ。
「ピンポーン」
インターフォンが鳴った。
おそらく憂鬱の原因がやって来たのだろう。
俺は渋々ながら玄関のドアを開けた。
「「おはようございます!」」
一人は元気のいい声、もう一人は少し恥ずかしさが残りながらも負けまいとしている声。
二人の美少女が俺の視界に並んで飛び込んで来た。
「さ、それじゃあ遊びに行こう!」と炎佳。
「今日は夕方まで一緒に居られるんですよね?」と明華ちゃん。
俺は出来るだけウンザリが顔に出ないようにしながら
「わかった。それじゃあ出かけよう」
俺はそう言って家を出た。
連絡が来たのは昨日の昼頃だ。
燈子さんからいきなり『バレンタイン・デーに、炎佳と明華さんが『優くんと遊びたい』って言っている。悪いけど付き合ってあげてくれない?』というメッセージが届いたのだ。
「ええっ?」
それを見た時、思わず俺は声に出して言っていた。
バレンタイン・デーって、まずは恋人同士で会うのが普通じゃないのか?
俺はすぐに返信を打った。
>(優)燈子さんは一緒に来るんですか?
>(燈子)私はまだ忙しいの。だから一緒には行けない。
>(優)でもこの一週間、全然会ってないですよね?
俺は不満を書き連ねた。
そう、なぜか燈子先輩はこの一週間、俺と会うのを避けているように感じる。
いつ連絡しても「今は忙しい」の一点張りだ。
そして明日はバレンタイン・デーだと言うのに「会おう」と言ってくれない。
さすがに明日だけは一緒に居られると思っていたのに!
それどころか「妹たちと遊んで来い」とは、あんまりじゃないか?
>(燈子)ごめんなさい。でももうちょっとだから。我慢してくれる?
俺は落胆のタメ息をついた。
彼女にこう言われては仕方が無い。
燈子さんが会ってくれる気になるまで、俺としては待つしかない。
「どこで遊ぶ?」
俺は前を歩く二人に尋ねた。
「優さんはどこがいいですか?」
そう言った明華ちゃんに対し
「とりあえずゲーセンとかは?三人で遊べるし」
と炎佳が答える。
だとするとやっぱり海浜幕張の近くか?
「わかった。それにしよう」
俺たちは海浜幕張駅に向かった。
北口の駅前には大きなゲームセンターがある。
少し離れた大型ショッピングモールにもゲームセンターはあるが、まずは駅前のゲーセンに向かった。
最初は定番のビデオゲーム。
俺はこの手のゲームは得意だが、炎佳はそれほど得意じゃないらしい。すぐに飽きてしまった。
次に音ゲー。
コレは逆に炎佳が得意だった。
俺の方は音ゲーはあまり得意じゃないし、やった経験も少ない。
そしてクレーンゲーム。これは俺も炎佳も得意だ。
唯一、明華ちゃんだけが苦手らしい。
明華ちゃんはビデオゲームも音ゲーもそれなりにこなす。
一番得意だったのはエア・ホッケーだ。
このゲームでは俺も炎佳も、明華ちゃんに全く歯が立たなかった。
彼女が陸上部所属で足が速い事は知っていたが、反射神経もかなりのものだ。
ゲーセンで二時間ほど過ごした俺たちは、少し離れたショッピングモールに移動した。
お昼もけっこう過ぎたし、腹も減ってきた。
「何か食う?」
俺がそう聞くと
「じゃあこれからは一時間交代で。まずは明華が先だったよね?」
と炎佳が離れようとする。
「どういう意味だ?」
俺が尋ねると明華ちゃんが答えた。
「さすがに二人きりで話す時間も欲しいよねって、エンちゃんが言ったんです。だからお昼だけは二人で一時間ずつ、交代で優さんといようって」
「そうそう、二人で話したい事もあるじゃない。ずっと三人一緒じゃそれも出来ないよね。だから明華と相談して、そうしようって決めたの」
そう言うと炎佳は軽やかに手を振った。
「じゃあアタシはそこらをブラブラして来るから。あ、次の一時間はアタシとランチだから、一色さん、あんまり食べ過ぎないでね」
そのまま彼女は足早に離れていく。
俺は明華ちゃんを見た。
「じゃあ、なに食べようか?」
「優さんの好きなものでいいです」
結局、俺たちはファーストフードの店に入った。
『一時間で炎佳と交代』と言うこともあり、店を探している時間が惜しいし、その後も炎佳の食事に付き合わねばならない。
ドリンクとハンバーガーを一つずつ注文し、俺と明華ちゃんはテーブル席に着いた。
「優さん、あの、これ……」
そう言って明華ちゃんが取り出したのは、20センチ四方くらいの箱だ。
「あ、ああ、ありがとう」
俺もぎこちなく受け取る。
「ここで開けた方がいい?」
すると明華ちゃんは赤い顔をして両手を振った。
「止めて下さい!家に帰ってから開けて下さい。手作りなんで恥ずかしいです!」
「そうなんだ?手作りなんて貰うの初めてだから嬉しいよ。何なの?」
「チョコレートケーキです。私も作ったのは初めてだから……」
そう言って明華ちゃんは恥ずかしそうに視線を反らした。
だけど二人きりになると、何か話しにくい。
それは明華ちゃんも一緒らしく、さっきまでより口数が少なくなっていた。
「でもこの前は驚いたよ。炎佳ならともかく、明華ちゃんまでがあんな事を言い出すなんて」
会話に困った俺は、とりあえず話題を振ってみた。
「突然あんな事を言って、優さんを困らせたのは謝ります。でもあれは本心です」
明華ちゃんの目がキラリと光った気がした。
「優さんと燈子先輩が恋人同士には見えない。これは私だけじゃなく、お兄ちゃんも同じ意見です」
「そりゃ先輩後輩の間柄だったんだから、すぐにそんな雰囲気には……」
「だったら私たちにもまだチャンスがある。エンちゃんが私にそう言ってきたんです」
言葉を遮られた俺は、何か言うチャンスを逃してしまった。
「私もエンちゃんに『優さんの事が好きになった』って言われた時はビックリしました。でもエンちゃんは『友情は友情として、お互いに正々堂々とアタックしよう』って言われて、決心が着きました。相手がエンちゃんだろうが、燈子先輩だろうが、負けるつもりはありません!」
彼女はハッキリと言い切った。
どうやらこの件に関しては、明華ちゃんはずいぶんと戦闘モードになっているようだ。
……そう言えば『明華は大人しそうに見えて、負けず嫌いで気が強い』って石田が言っていたな……
外見が強面の割りに、気が優しい石田とは正反対と言う事か。
「でもさ、期待を持たせたくないから言っておくけど、俺は燈子さんが好きだから」
だが彼女は俺の目を見たまま頷いた。
「それも十分に解っています。好きな相手に別の好きな人がいるのって、当たり前の事だと思います。それと自分が諦めるかどうかは別問題じゃないですか?」
そして寂しそうに視線を反らした。
「優さんが燈子先輩を好きだって言うのは仕方がありません。でも私の気持ちも解ってくれて、それで少しでも私を好きになってくれたら……」
これでまたしばらく会話が途切れてしまった。
ふと目を上げると、店の外で炎佳が立っている。
俺と目が合うと笑顔を手を振った。
それに明華ちゃんも気付いたのだろう。
「あ、もう一時間経っちゃったんですね。エンちゃんと交代の時間です」
※作者から
この話に出てくるバレンタイン・デーに関する情報は間違っています。
諸説あるようですが、あくまで「優はこう聞いていた」という設定です。
>この続きは本日(2/14)午後4時過ぎに投稿予定です。
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