第73話 バレンタイン三重奏(後編)

 炎佳とはフードコートに行った。


「おい、本当にフードコートなんかでいいのか?別に喫茶店とか店に入ってもいいんだぞ」


 俺がそう言うと


「いいよ、別に。だって一色さんはもうお腹一杯でそんなに食べられないでしょ?だからフードコートの方が居易いかなって」


 と炎佳は明るく返事をした。

 俺がコーヒーと買うと、炎佳はピザを頼んでいた。


「それにしてもオマエが俺を気遣うなんてな」


「またアタシを悪い印象で見てぇ~」


 と炎佳は不満顔をする。


「アタシだってそれなりに周囲に気を配ってるよ。女子校は周囲の雰囲気を読まないと、たちまち標的にされるんだから」


「オマエはそういうのに強いって聞いてたけど?」


「まぁ普通の子よりは耐性があるかな。それでもやっぱり雰囲気が痛い時ってあるよ」


 そう言いながら炎佳はバッグをガサゴソ漁って、キレイにラッピングされた箱を取り出した。


「はい、これはアタシからのバレンタイン・チョコ」


 けっこう立派そうな箱だった。


「まさかと思うけど、仕返しの下剤とか入ってたりしないだろうな?」


 受け取りながら、冗談混じりにそう言ってみる。


「大丈夫だよ、中には唐辛子ペーストを練りこんであるけど」


「マジか?」


「冗談に決まってるでしょ。真に受けないでよ。お店で買ってきたヤツだから安心して食べていいよ」


 包装をよく見てみるとゴディバだ。


「高かっただろう。これ?」


「まぁね。でもアタシは明華みたいに手作りチョコなんて出来ないからさ。金額で張り合うしかないんだよね」


 炎佳は少し悔しそうに眉根を寄せて苦笑いした。


「気持ちだけでも嬉しいよ。ありがとう」


 俺はそう言って炎佳からのチョコも、明華ちゃんから貰った紙袋に入れた。


「ところで炎佳、聞きたい事があるんだ」


「な~に?アタシのスリーサイズとか?」


「んな事、聞くかよ。ボケ!」


 俺は吐き捨てるように言うと、炎佳は笑った。


「燈子さんって最近は何をしてるんだ?この一週間、全然会えないんだ」


「この一週間?お姉のこと?」


 炎佳はそう言いながら、ピザと一緒に頼んだジュースのストローを加える。


「そう言えば最近、よく出かけているなぁ。帰りも遅いし。どこに行っているんだろう?」


 最近よく出かけている?帰りが遅い?

 そんなこと初耳だ。

 俺は急激に不安になった。


「そうなのか?」


 思わず真剣な目で炎佳を睨むように見た。

 すると炎佳はニタッと笑った。


「ウソウソ、冗談だよ」


「……おまえ……」


 俺は本気で腹が立った。

 コイツのこういう所は我慢ならない。

 だが炎佳も真剣な目で俺を見た。


「一色さんも悪いんだよ、そんな事を言うから。せっかく二人だけでいる貴重な時間に、他の女子の事を聞くなんて。アタシの気持ちはちゃんと伝えているのに……酷いよ」


 そうして悲しそうな顔をする。

 そんな風に言われると、俺としても怒る事は出来ない。


「確かに今はアタシが勝手に一色さんの事を想っているだけだから、仕方が無いんだけどさ……」


 そうして炎佳は顔を横にして、遠くを見るような目をした。

 その横顔は、やはり燈子さんと似ていると感じた。


「お姉の事ね。ほとんど自分の部屋に閉じこもっているよ。なんか試験前みたいな感じ。たまにどこかに出かけるけど、2~3時間で帰ってくるかな。食事も終わるとすぐに自室に行っちゃうし。アタシも『試験は終わったのに、どうしたんだろう』って思っていたんだけどね」


「そうなのか?」


「一色さんは、今日はお姉と会う約束はしてないの?」


「ああ、だから昨日、燈子さんから連絡を貰った時は、てっきり『今日は会おう』って話だと思った」


「それがアタシ達で期待が外れた、と?」


「い、いや、そんな訳じゃないけど」


「顔に書いてあるよ。『なんでコイツらなんだ』って。明華と居た時もそんな顔してたの?」


 炎佳が怒ったように言う。


「いや、そんな事はないと思うけど……」


「アタシなら我慢するけど、明華にはそんな顔を見せないでよね!」


 う……俺、明華ちゃんの前で、そんなガッカリしたような顔はしてないよな……たぶん。



 その後、また明華ちゃんも合流して『バッティングやサッカー、バスケットなどを楽しめるスポーツ体験型のゲームセンター』でしばらく遊ぶ。

 炎佳も明華ちゃんも運動神経はいい。

 うっかりするとコッチが負けそうだ。

 おまけに相手は体力十分な高校生だし。

 その後も卓球をやったり、ネコやフクロウがいるアニマル喫茶で動物に癒されたりと、それなりに楽しい時間を過ごす事が出来た。

 そして夕方五時になる。


「あ、もう五時か。お姉に『夜までには帰ってくる事』って条件にされてるんだよな。アタシらが一色さんを借りられるのはココまでかな」


 時計を見ながら炎佳がそう言った。


「じゃあ燈子さんがこのあと来るのか?」


 俺がそう聞くと


「それはアタシには解らないよ。何も聞いてないもん。一色さんの方に連絡は来てないの?ちょくちょくスマホを見て確認してたじゃん」


 う……バレてたのか。

 二人には解らないように『燈子さんから連絡が来てないか』を確認していたのだが。

 そうして俺は、明華ちゃんと炎佳と別れた。



 年末よりはだいぶ陽も長くなったが、それでも午後5時を過ぎると急速に周囲は暗くなる。


 ……結局、今日は燈子さんには会えないのかな……


 さすがの俺も、ちょっとムカついた。

 バレンタイン・デーに彼氏を放っておくなんて、あり得なさ過ぎだろ?

 それに付き合って最初のバレンタイン・デーだって言うのに。


 ……最近、よく出かけているなぁ。帰りも遅いし……


 炎佳が言っていた言葉が甦る。

 アイツはすぐに「冗談だよ」って言っていたが、本当に冗談だろうか。


 以前に聞いた話で「カップルって常に同じ温度で相手が好きとは限らない」というのがあった。

 そして「男が女に惚れていて、女がそれほどでも無い場合、けっこうな確率で女は他の男と天秤に掛けている」という事だった。

 これは女性側からすると「浮気ではない」らしい。

 「まだ女性の中で『付き合う』って気持ちになっていないため」だと言う。

 それに他の男友達(恋人予備軍)と会っているくらいでは、浮気とは断定できない。


 なにしろ燈子さんはモテる。

 今までは鴨倉が彼氏だったから遠慮していたヤツでも、『一色相手なら勝てる』と思ってアプローチして来るヤツだってきっといるだろう。

 いや鴨倉自身もまだ諦めてないみたいだ。


 ……もしかして燈子さん、鴨倉か、他の誰かと会っているんじゃ……


 俺は不安を抑える事が出来なくなっていた。

 もうすぐ自分の家の近くだが、今すぐにでも燈子さんの家に行ってみるべきじゃないのか?

 でも、その前に一度電話してみよう。

 俺は燈子さんの連絡先をタップした。


「はい?」


 2コールほどで彼女が電話に出る。


「あの、もしもし?俺ですけど?」


「うん、わかるよ」


「今日は会えないんですか?燈子先輩は忙しいんですか?」


「……」


 俺はためらった末、質問を口にした。


「今、どこにいるんですか?家に居るなら、これから会いに行っていいですか?」


「それはダメかな」


 燈子先輩は明るい口調でそう言った。

 俺の胸の中で、真っ黒な霧が一気に噴出する。


「だってもう君の姿が見えているもん。いま私の家に行ったら会えないよ」


 ハッとして顔を上げると、前に炎佳が居た公園に、一人の赤いコートを着た女性が立っている。

 燈子さんだ。


「これから優くんと会うから忙しいんだよ」


 電話口で彼女がそう言うのと、俺が走り出すのとほぼ同時だった。

 百メートルちょっとを全力疾走して、燈子さんの前に着いた時は息が荒かった。


「……燈子さん……」


「そんなに焦らなくてもいいのに。私もちょっと前に着いた所だから。炎佳から『いま優くんと別れた』って連絡貰って、すぐに家を出たの」


 彼女は笑った。でも嬉しそうだ。


「この一週間、どうして会ってくれなかったんですか?」


 俺は恨みを込めてそう言った。


「ごめんなさい。でもどうしてもコレを作りたくって」


 彼女はそう言って、持って来た手提げ袋の中から白いモノを取り出した。

 マフラーだ。

 かなりの長さのあるソレを、燈子さんはまず俺の首に巻き、続いてもう片方を自分の首に巻いた。


「編み物なんて生まれて初めてだから、かなり手こずっちゃって。バレンタインに間に合うか、ギリギリだったんだ。昨日も徹夜だったの」


 言われて見ると、彼女の目は若干赤い感じがする。

 あまり寝てないのだろう。


「あ、ありがとうございます」


「ちゃんとチョコも持って来たよ。さすがに手作りする時間は無かったけど」


 だけど俺はまだ少し不満だった。


「でもそれなら会えない理由を言ってくれても良かったんじゃないですか?俺、この一週間、けっこう不安でした」


「ごめんなさい。でも言ったらサプライズにならないでしょ?それに最悪、間に合わない可能性もあったし」


 燈子先輩は二度目の謝罪を口にして、顔を上げた。


「炎佳もバラさないでいてくれたんだね。一応『優くんを驚かせたいから』って釘は刺しておいたんだけどね」


 寒さのせいか、俺と会って喜んでくれているためか、彼女の頬はピンク色に染まっていた。

 俺はそんな燈子さんの顔を見た瞬間、この上なく愛しく感じた。

 ゆっくりと、だが力強く、彼女の腰の手を回して抱きしめる。

 そのまま何も言わずに唇を寄せて言った。

 燈子先輩も何も言わずに、俺にされるがままになっていた。

 数分の口づけの後、互いに見つめあう。


「でもこのマフラー、一人で使うには長すぎますね。ここまで長くしなかったら、もっと早く完成したんじゃ?」


「いいでしょ。私、こうして一つのマフラーを二人でして歩くのが夢だったの。それに……」


 彼女は軽く俺のマフラーを引っ張るマネをした。


「優くんが浮気したら、これで絞めてやろうと思って!」



>この続きは、また不定期になります。

(現在、仕事も忙しいため)

期待して待って頂いている方には、申し訳ありません。

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