第57話 初詣(後編)

 成田山の本堂からは、背後の成田公園から平和の大塔を回る事が出来る。

 そっちに行く人もけっこう多い。

 だがこの寒い中、わざわざ暗い公園を歩く気にはなれない。

 明華ちゃんも一緒だから、変なヤツがいたら危険だしな。


 ……それにしても石田のヤツ、どこに行ったんだ?……


 成田山は本堂から山門まで、左右二つの降りるルートがある。


「明華ちゃん。ここでは人が多すぎて石田を見つけるのは難しい。下まで降りて山門の前で石田を待とう」


 明華ちゃんは黙ってうなずいた。

 俺はSNSで石田に「下の山門前の土産物屋がある辺りで待っている」とメッセージを送った。



 俺達は本堂から見て左側、三重の塔の方から僧房横の細い石段を通って、土産物屋のある山門前まで降りた。

 スマホを見てみるが、俺のメッセージに「既読」が着かない。


「明華ちゃんの方には、石田から連絡が来てない?」


 すると明華ちゃんは自分のスマホを取り出し「来てないです」と答えた。

 二人で深夜の成田山で立ち尽くす。

 寒さでじっとしていられない。

 無意識に体を動かしてしまう。

 ふと目をやると、近くの土産物屋で『甘酒あります』という張り紙が見えた。


「明華ちゃん、寒いからさ、甘酒でも飲もうか?」


 明華ちゃんが「えっ」と言うような顔で俺を見上げる。


「甘酒はアルコールが入ってないから、俺たち未成年が飲んでも大丈夫だよ」


 俺はそう言うと土産物屋に入り、「甘酒を二つ下さい」と注文した。

 紙コップに入った甘酒を両手に持ち、一つを明華ちゃんに渡す。


「ありがとう」


 そう言った彼女は、紙コップを両手で持ち「ふ~、ふ~」と息を吹きかけながら甘酒に口をつけた。

 色白の彼女の頬が寒さでピンク色に染まり、顎までマフラーで埋まったその姿は、女子高生らしくてとても可愛らしい。


 ……妹って、もし居たら、きっとこんな感じなんだろうな……


 俺はそんな彼女を微笑ましく見ていた。


「にしても石田のヤツ、本当にどこに行ったんだ?」


 俺はそう独り言を言うと、明華ちゃんの方を見た。


「ごめんな。こんな風に俺達と初詣に来ても、明華ちゃんはつまらなかったよな」


 何の気なしに俺はそう言ったのだが。


「いえ」


 明華ちゃんは小さい声ながらも、ハッキリと答えた。


「今日は優さんと一緒に来れて、良かったです」


 ……え?……


 その言い方に俺は戸惑った。


 ……明華は優に気があるんだよ……


 以前、石田がそう言っていた事が思い出される。

 あの時は本気で聞いていなかったけど、アレってもしかしてマジだったのか?

 すると二人でここにこうしているのが、急にバツが悪い気がしてきた。


 ……なんか気まずいな。ともかく話さないと……


「あのぉ……」


 明華ちゃんの方から話し掛けてきた。


「優さんって、前の彼女さんとは別れたんですよね?」


「あ、ああ」


 そうか、明華ちゃんはカレンの浮気話を知っていたんだよな。


「話を聞くと、ずいぶんと酷い人だったんですね」


「ん、まぁそうなるかな。でもそんな女を彼女に選らんじゃった俺も悪いんだろうけどね」


「そんなことないです。優さんはちっとも悪くないです!」


 明華ちゃんはやけにハッキリと言った。


「そんな女、私の前にいたら優さんの代わりに引っ叩いてやります!」


 俺はちょっと驚いた。

 まぁ確かに元々の明華ちゃんは、けっこう活発な子だったが。


「ハハ、ありがとう」


 俺の乾いた笑いをどう受け取ったか、さらに彼女は口を開いた。


「でも、今は新しい彼女が出来たんですよね?」


「ああ」


「桜島燈子さん。私も名前は知っています。とってもキレイな人だって」


 俺は意外に思った。


「でも明華ちゃんとはすれ違いのはずだよね。中学では明華ちゃんが入った時は燈子先輩は卒業していたし、高校はそもそも違うし」


 そう言えば、石田は燈子先輩と同じ中学の出身だ。

 当然、明華ちゃんも同じ中学だ。


「そうですけど、中学ではちょうど入れ替わりでしたから。だから上の学年の先輩達が何度か『桜島燈子』の名前を口にしているのを聞きました」


「そうなんだ」


 確かに、中学時代から燈子先輩は地元で有名だったらしいからな。


「それに……」


「それに?」


 俺が聞き返すと、明華ちゃんは首を左右に振った。


「いいえ、何でもないです」



「お~、ここにいたのか」


 人ごみの向こうから、大きな声でそう呼びかけられた。

 石田だ。


「おまえ、どこに行ってたんだよ」


 俺がそう聞くと石田は悪びれることなく


「いや、成田山なんてあまり来る機会が無かったからさ、どんな所か見てみようと思って。裏の成田公園まで一周して来たんだよ」


「じゃあ俺達に連絡くらいしてくれよ」


「そう思ったんだけどさ、スマホのバッテリーがもう残り少なくてさ。まぁ明華も優が一緒にいるなら大丈夫だろうと思って」


 そして石田は明華ちゃんの方を見た。


「明華も、特に問題なかったろ?むしろ優が一緒で良かったよな?」


 だが明華ちゃんはプイっと横を向いてしまった。


「しゃーねーな。ところで成田山の参道はウナギで有名だそうだ。食っていかね?」


「ウナギか、確かにいいな。でも高くないか?」


「俺、今夜は親から大目に金を貰ってるんだ。不安があるなら貸してやるよ」


「いや、俺もある程度は持っているから大丈夫だ」


「そっか、じゃあ行こうぜ」


 俺達はその掛け声で、成田山から駅前まで向かう参道を歩いた。

 途中、なぜか不機嫌そうにしている明華ちゃんだったが、俺には声を掛ける事は出来なかった。

 そんな時、俺の肘の部分が軽く引っ張られた。

 見ると明華ちゃんが、俺の袖部分を小さく摘むように掴んでいる。

 彼女は少し赤い顔をして、目を伏せるようにしていた。



>この続きは明日(1/25)正午過ぎに投稿予定です。

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