第56話 初詣(前編)

 12月31日、大晦日。

 結局俺は、去年と変わらず石田と一緒に初詣で年越しを迎える事になった。

 去年は二人で合格祈願を兼ねて明治神宮に行ったのだが、あまりの混雑に閉口してしまった。

 そこで石田が「今年は成田山にしよう」と提案したのだ。

 明治神宮も成田山も混雑度合いは変わらないような気がしたが、明治神宮の方がカップルが多くて腹が立ちそうなので、石田に言う通りにする事にした。


 夜10時、寒空の中で京成幕張駅の前で待つ。

 幕張からなら、京成で津田沼に出て成田に行った方が早いからだ。


 ……燈子先輩、今頃はハワイか……


 燈子先輩と付き合う事になったが、12月24日の夜以来、一度も会っていない。


 ……燈子先輩の水着姿、どんなだろう。きっとスゴイんだろうな……


 俺は彼女のビキニ姿を想像していたら、そこに金髪外人男が現れて燈子先輩に声をかけた。

 金髪の外人は馴れ馴れしく、燈子先輩の肩に手を回して……


 ……いやいや、燈子先輩に限ってそんな!外人チャラ男の誘いに乗るなんて!……


「ワリィ、優。待たせたな」


 その石田の声で、俺は我に返った。


「別にそれほど待って……」


 返答をした俺の言葉は、そこで止まった。

 なぜなら石田の背後には女の子がいたからだ。

 俺の視線に気が着いたのか、石田が後ろを振り返るようにして説明した。


「今日はさ、ウチの親も地元の人と稲毛浅間神社に初詣に行くって言っててさ。それで妹だけ家に残しておくのも可哀そうだったから、『一緒に行くか?』って聞いたら『行く』って言うんでさ」


 石田の妹・明華ちゃんがペコリと小さく頭を下げた。

 明華ちゃん。こうして間近に見るのは、一年ぶりくらいだろうか?

 高校に入ってすぐくらいに、やはり石田が「昼飯を食おう」と言った時に連れて来た事があった。

 それ以来だが、この一年で随分と可愛くなったものだ。

 昔から彼女は、ゴツイ石田とは違って可愛らしい顔立ちをしていたが、それに女らしさが加わったようだ。


「すまんな、事前に優に言わなくて」


 俺の表情を見た石田が、なぜかバツの悪そうな顔をした。


「いや、別に構わないよ。久しぶりだね、明華ちゃん」


 俺、そんなに嫌そうな顔をしたか?

 別に自分ではそんなつもりは無いが。

 とりあえず取り繕うためにも、明華ちゃんに笑顔で話しかける。


「お久しぶりです。優さん」


 明華ちゃんは小さい声で石田に隠れるようにして、そう言った。

 石田はそんな明華ちゃんを気にしつつも


「さ、それじゃあ成田山に初詣に行くか!」


 と元気良く声をかけた。



 成田山に行くための京成電車は、「クソ」が着くほど混んでいた。

 こんな満員電車なんて久しぶりだ。


「車で行った方が良かったかな」


 石田がそう言ったが、正月の成田山は駐車場がどこも満車で車を止める所が無いと聞いたのだ。

 それで電車で行く事にしたのだが……


「明華ちゃん、大丈夫?苦しくないか?」


 俺はそう聞いた。

 身長があまり高くない明華ちゃんは、満員電車の人ごみに押し潰されて、呼吸が苦しいんじゃないかと心配したのだ。


「平気……大丈夫です」


 明華ちゃんは小さな声でそう答えた。

 彼女は俺と石田の間にいるので、少しでも彼女が苦しくならないよう、二人で腕を突っ張ってはいるのだが。

 それと今日の明華ちゃんは、何か元気がないような気がする。

 中学時代はもっとハツラツとした女の子だったと記憶しているが?


 ……まぁ明華ちゃんも、もう女子高生だしな。



 京成成田駅に到着した。

 やっとこの混雑から解放される……

 だがそう思ったのも束の間、成田山への参道も人でごった返していた。

 そして山門の前には、既に人の行列が出来ている。


「うわっ、こんなに並んでいるのかよ」


 そう言った石田に俺が笑う。


「これでも去年の明治神宮よりはマシだろ。まだ参道は人が通れるし」


「そうだけどな。でもこの寒空の下でじっと待っているのは、どうもなぁ」


 俺は明華ちゃんに目をやった。


「明華ちゃんはどう?寒くない?」


 すると彼女は今度も


「平気です」


 と小さく答えた。



 午前零時になり、山門が開いた。

 並んでいた人の行列が、巨大な蛇のようにうねって山門を通っていく。

 門をくぐってすぐの場所は、両側に土産物屋が立ち並んでいる。

 そこを通り抜けると、池をまたぐアーチ状の橋を渡り、さらに急な石段を通る事になる。


「あっ」


 石段で明華ちゃんが小さな声を上げた。

 俺はとっさに手を伸ばす。

 彼女も俺の腕を反射的につかんでいた。

 どうやら周囲の人に押されたか、コートの裾でも踏まれたのだろう。


「あ、ありがとう」


 明華ちゃんは恥ずかしそうに目線を伏せて言った。


「階段が急な上に、人が一杯だからね。仕方ないよ」


 そして石段の上を見上げる。

 石田のヤツ、自分はさっさと昇っていきやがった。


 ……アイツ、自分の妹を放っておいて……


 ちょっとムッと来た。

 明華ちゃんは、まだ両手で俺の腕をしがみ付くように掴んでいる。


「とりあえず俺の腕に掴っていなよ」


 俺はそう言って、明華ちゃんに腕をつかませたまま石段を登って行った。



 本堂のある頂上にたどり着く。

 玉砂利が一面に敷かれており、右手には三重の塔がある。

 正面が本堂だ。

 ここも一面、人の海だ。


 俺は周囲を見回した。

 石田の姿が見えない。

 背伸びしてさらに周囲を探す。

 それでも石田の姿は見当たらない。


「こんな所で立ち止まらないで、さっさと進めよ!」


 後ろにいた初老の男性が不機嫌そうにそう言い、俺の背中を小突いた。

 仕方が無い。


「明華ちゃん、とりあえずお参りだけ済ませて、人ゴミを避けてから石田を探そう。俺から離れないようにして」


 俺がそう言うと、明華ちゃんは今まで以上に強く、俺の腕にしがみついた。

 人の流れに従って本堂前まで行く。

 だが賽銭箱の前までは行けない。

 仕方が無いので、前の人越しにお賽銭を投げる。

 そうして手を合わせてお祈りをする。


 ……どうか燈子先輩と、この先も付き合っていけますように……


 ふと気が着くと、明華ちゃんが俺の腕に自分の腕を絡ませて、一緒にお祈りをしている。

 傍目から見たら、きっと恋人同士に見えるだろう。


 ……こんなに大勢の人がいる中でのお祈りの上、明華ちゃんとこんな感じじゃ、ご利益は無いんじゃないか……


 俺は微妙にそう思ったが、まさかこの混雑で明華ちゃんの腕を振りほどく訳にもいかない。

 明華ちゃんは何をお祈りしているのか、ずいぶんと長い間、そのままの姿勢でいた。



>この続きは、本日(1/24)午後8時過ぎに投稿予定です。

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