第51話 ファイナル・ステージ(前編)
俺は燈子先輩と一緒に、ベイブリッジが一望できる部屋にいた。
「ホテル インターコンチネンタル 東京ベイ」の一室。
部屋は期待したのとは違ってツインだった。
俺と燈子先輩は今、向かい合ってそれぞれにベッドに腰掛けている。
ちなみに『ベスト・カップル』の賞品がこのホテルの宿泊券である事は、事前に俺達は知っていた。
これが俺達の計画なのだ。
そして『燈子先輩と鴨倉のカップル』が何位であろうと、このチケットは燈子先輩の手に渡る事に仕組んであったのだ。
もっとも最初から、燈子先輩と鴨倉のペアが一位になるだろうと予想していたが。
燈子先輩はさっきからスマホを弄っている。
俺の方は心臓バクバクだ。
なんと言っていいのか……
興奮、ともちょっと違う。
焦り、近いけどそれも違う気がする。
期待感、う~ん、それでもない。
ともかく心臓の音が燈子先輩に聞えるんじゃないかと思うくらい、「ドックン、ドックン」と音を立てているのだ。
……落ち着け、一色優。童貞じゃあるまいし、何を緊張しているんだ……
そう自分に言い聞かせる。
でも……これから、燈子先輩と……
高校時代からずっと憧れていた、あの燈子先輩と……
緊張するなって言う方が無理じゃないか?
「あ、あのぉ、これからどうします?」
俺は耐えられなくなって、そう言葉を掛けた。
燈子先輩はふいっと顔を上げた。
「そうね。とりあえず12時までは、ココにこうしているしかないわね」
……12時まで……
俺は時計を見た。
あと二時間か。
だがそれも仕方ないだろう。
俺と「今日の夜を過ごす」と言ったって、部屋に入っていきなり押し倒されたんじゃ、ムードもへったくれもない。
それにクリスマス・イブだしな。
やっぱりそれまで、少しでもムードを盛り上げるべきか?
だが俺にはその「ムードを盛り上げる」方法が解らない。
沈黙が苦しくなった俺は、燈子先輩に問いかけた。
「あの……本当にこれで良かったんですか?」
燈子先輩が再びスマホから顔を上げる。
「なにが?」
「その、鴨倉先輩の事とか、俺とここでこうしている事とか……」
俺としても燈子先輩の気持ちを無視してまで、無理矢理一夜を共にする気はない。
あくまで彼女が「その気になってくれる」事が第一条件だ。
燈子先輩に迷いがあるなら……俺は大人しく家に帰るつもりだ。
「哲也の事は仕方が無いわね。私ももう『別れる』って事だけは、決心していたし」
だが俺は、あのパーティーで気になっていた事がある。
それがずっと胸に引っかかっていた。
「でも燈子先輩、パーティーの最後で迷っていましたよね。『鴨倉先輩の答え次第で、宿泊券は破り捨てる』って言っていたし。もしかして、まだ鴨倉先輩の事……」
燈子先輩は俺の目を見つめると、悲しそうに微笑みながら、首を左右にした。
「それは違うわ。でもね、『そこまで哲也を追い込んでいいのかな』って迷いは、ずっとあったの。『私が君と一夜を過ごす』と言ったら、哲也がどれだけ傷つくかは想像できたから。それに彼との交際だって、嫌な事だけじゃなかった。哲也は私に優しかったし、常に一番には考えてくれていた。楽しい思い出もあったしね」
燈子先輩はそこで一度言葉を切った。
「でもね私たち、やっぱりダメだったと思う。お互い、仮面を被りすぎていたのかも。今回の事が無くても、結局は別れていたんじゃないかな」
そして俺の顔を見ると、ニコッと笑顔を見せた。
「だから君は、気にしなくていいよ」
「俺とここに来た事は?」
俺は躊躇しながらも、それを口にした。
「それもいいの。私はこの計画を最初に立てた時から『最後に来るのは一色君だろうな』って思っていたから」
そんな前から?
不思議に思って燈子先輩を見る。
「それと決め手はやっぱり、あの『房総一周デート』かな。君は私自身を見てくれている、と思ったから」
そう言われて、俺はやっとホッと安心する事が出来た。
なんか肩の荷が降りた気がする。
「それで、あの……俺と燈子先輩、これから『付き合う』って思っていいんですか?」
これが最後の、そして最大の質問だ。
俺は意を決して、そして下腹に力を込めて、そう聞いた。
燈子先輩は意外そうな顔をした。
「もちろん、そのつもりでしょ?そうでないと、私たちはみんなに『ワンナイト・ラブ』をしたと思われちゃうじゃない。幾らなんでも、それは嫌だわ」
「で、ですよね~」
俺は笑って誤魔化した。
……だけど、それなら……
俺は改めて姿勢を正した。
「俺、燈子先輩にどうしても言わなきゃならない事があります」
「えっ?」
燈子先輩が意外そうな表情で顔を上げた。
俺は深く深呼吸すると、喉を湿らすため、一度ツバを飲み込んだ。
一拍置いてソレを口にする。
「燈子先輩、俺はずっと先輩に憧れて来ました。そして今回の件で、精神的にグチャグチャな状態を支えてくれたのは燈子先輩でした。そしていつもあなたは魅力的でした」
そこまで言って、燈子先輩の様子を伺い見る。
彼女は目を丸くして、俺を見つめていた。
「今では俺はあなたの事しか考えられません。燈子先輩、好きです。どうか俺と付き合って下さい」
俺は頭を下げ、右手を差し出した。
突然、頭の上から笑い事が響いた。
「なに、ソレ。今さら?」
俺は顔が熱くなるのを感じた。
「す、す、すみません。い、い、今さら、ですよね。ごめんなさい、本当に遅くて。で、でも、これだけはキチンと言っておかないと……一番肝心な事ですし……」
俺は燈子先輩と『今夜一夜限りの関係』を望んでいた訳じゃない。
燈子先輩と本気で付き合いたいのだ。
今まで燈子先輩は俺にとって、あまりに高嶺の花だった。
だけどここでこうして、二人きりになるチャンスを得たのだ。
この先も燈子先輩と一緒にいたい。
頭を下げたままの俺に、燈子先輩が優しい感じの声を掛ける。
「そうだね、君はまだ『重要な一言』を言ってくれてなかったんだね」
ほんのちょっとだけの間。
差し出した俺の手を、燈子先輩はそっと握る。
俺が顔を上げると、彼女はニッコリと笑った。
「君が私に好意を持ってくれている事は判ってたわ。私は君と付き合ってもいいと思っているよ」
彼女の手から、何とも言えない温かさを感じる。
「そ、それじゃあ、これからよろしくお願いします。燈子先輩」
なんだかとっても照れ臭い。
無意識の内に後頭部を掻いていた。
「そうね。こちらこそ、よろしくお願いします。優くん」
燈子先輩もそう言って、握った俺の手に力を込める。
「あ、あの、これで……」
「とは言っても、まだ『彼氏仮免許中』って所かな?」
燈子先輩はちょっとだけイジワルそうな笑顔で、そう言った。
>この続きは本日20時過ぎに投稿予定です。
次が第一章の最終話になります。
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