第50話 炎上クリスマス!(審判の刻)

 『一色君と過ごす』


 その言葉に、会場は静まり返った。

 そしてそれを期待していたはずの、当人の俺でさえ、信じられない思いで彼女を見つめていた。


 ……この言葉をずっと期待して、そのために計画を実行して来たはずなのに……


 その言葉を呆けたように聞いていた鴨倉が、やっと、辛うじて、口を動かした。


「そんな……ウソ、だろ?」


 燈子先輩は悲しげに首を左右に振った。


「本当よ。もう決心したの」


「俺と別れて……こんなヤツと?……一色なんかと?」


「一色君は誠実よ。少なくとも、私に嘘は言わないわ」


 静かに、そして淡々とそう告げる。

 鴨倉は俺に憎しみの目を向けた。

 そして叫ぶ。


「オマエが、オマエなんかが、燈子に吊りあうもんか!」


 だが俺はそれにキッパリと言い返した。


「そんな事は解ってる!だけどアンタがカレンと浮気している間、俺はずっと燈子先輩と一緒に戦って来た。お互い、苦しい気持ちを抱えて支え合って来たんだ!アンタこそ燈子先輩にはふさわしくない!」


「ふざけるな!そもそも、その宿泊チケットは、俺と燈子に贈られたものだ。他の男と行くなんて許される訳がない!」


「それは違うぞ、鴨倉さん!」


 それをハッキリと否定したのは一美さんだ。


「アンタはさっき同意して、このチケットを2枚とも燈子に譲ったんだ。それをどう使うか燈子の自由だ!」


 鴨倉は歯軋りするような表情で、次は俺を指さした。


「黙れ!燈子、おまえはコイツに、一色に騙されているんだ!自分を見失うな!」


 だがその言葉に燈子先輩は、再び悲しげに首を左右にした。


「さっきのカレンさんのセリフと同じじゃない。哲也、最後にそんな失望させるような事を言わないで」


「ダメだ、絶対にダメだ!燈子は俺の!」


 そう言って鴨倉は燈子先輩に掴みかかろうとした。

 それを俺が前に出て食い止める。


「どけっ、一色!」


「どかない!アンタこそ離れろ!」


 一瞬、俺と鴨倉が揉み合いになる。

 だがそこにすぐに部長の中崎さんが止めに入った。


「止めろ、鴨倉!もう燈子さんの気持ちはオマエから離れたんだ!諦めろ!」


 それと同時に、会場から一斉にブーイングが起こる。


「そうだ、燈子さんから離れろ!」

「アンタが悪いんだろう。鴨倉さん!」

「後輩の彼女を寝取るなんて最低だ!」

「自業自得だろうが!」

「見苦しいぞ、鴨倉!」

「なんでカレンなんかと!」

「幻滅しました!」

「イヤらしい!」


 男女問わず激しい非難の声が、鴨倉を集中砲火する。


「……燈子……」


 鴨倉の口から小さくその名が漏れた。

 だがその声は、会場にみんなには聞えなかっただろう。

 おそらく、その場にいた、中崎さんと、俺と、そして燈子先輩にしか。


「……燈子……」


 鴨倉は力なく、その言葉を繰り返した。

 全身の力が抜け切っており、まるで中崎さんに支えられているようにさえ見える。

 彼のこんなにも力なく、そして情けない姿を見るのは初めてだ。


 そして俺はハッとした。

 燈子先輩を振り返る。

 その時、彼女は………………

 無表情を装いながらも…………

 小さく下唇を噛んでいた。


 そして俺にだけは解った。

 燈子先輩は泣いていたんだ。

 涙は流さず、心の中で……。



 ……哲也は、どこでも中心になれる人だけど、本当に困った時に助けてくれる人はいないの……


 ……そんな時、私だけはそばに居てあげたいなって……


 以前に燈子先輩はそう言っていた。

 そして今のこの状況は……



 みんなからの非難の嵐が一段落した時。

 燈子先輩が再び口を開いた。


「哲也、答えて欲しいことがあるの……」


 みんなの視線が燈子先輩に集中した。

 鴨倉も力なく、顔を上げる。


「私がここでアナタと別れる事は変わらない。もう決めた事だから……」


 燈子先輩はそこで一度言葉を切った。

 そしてゆっくりと諭すように言った。


「でもアナタ次第では、この宿泊券は破り捨てるわ」


 俺は息を飲んだ。

 つまり『俺と一夜を過ごす』と言うのは無かった事にする、と言う意味だ。


 だが俺は「それもいいかもしれない」と思った。

 俺は、燈子先輩の気持ちを大事にしたかった。

 これまで俺を支えてくれて、ここまで復讐を実現させてくれた燈子先輩に、悲しい思いをさせたままにはしたくなかった。


「アナタが今夜の私を止める、最後のチャンスだと思って」


 鴨倉は呆然とした表情ながらも、頭をコクンと縦に振った。

 会場中が静まり返る。


「哲也、アナタから見て、私の魅力って何だったの?」


 鴨倉は質問の意味が解らないかのような様子だった。

 燈子先輩を見つめたまま、ポカンとした表情を浮かべる。


「哲也にとって、私の魅力って何?」


 燈子先輩はもう一度、同じ言葉を繰り返した。

 彼女は怖いくらいの目で、鴨倉を見つめている。


「そ、それは、全部だよ」


 鴨倉は燈子先輩に気圧けおされるように、そう口にする。


「全部って?」


「燈子の全てが魅力的だって事だよ」


「そんな抽象的な言い方じゃなくって、解るように言って欲しいの。私に伝わるように……」


 燈子先輩の静かな声に、みんなが耳を傾けている。


「そ、そりゃ、燈子は美人だし……」


 燈子先輩は黙って鴨倉を見ている。


「スタイルもいいし、ファッション・センスもいい」


 燈子先輩はただ黙って、鴨倉の言う事を聞いていた。


「頭もいいし、自分をしっかり持っている。周囲や他人の意見に流されない」


 燈子先輩は静かに、そう、ただ静かに、鴨倉を見つめていた。


「言葉遣いも丁寧だし、お淑やかで女らしい……」


 俺は燈子先輩と鴨倉を交互に見比べた。


「それだけ?」


 燈子先輩は念を押すように聞いた。


「それだけって……他に何て言えば……」


 燈子先輩は目を閉じた。

 そして長い沈黙の後、「ふ~」と深いため息をついた。


「サヨナラ、哲也」


 そう言うと燈子先輩は俺の腕を取り、「行きましょう、一色君」と告げて、そのまま出口に向かって歩き始めた。

 そんな俺達二人の行く手を、会場のみんなが割けて道を作る。


「燈子!」


 鴨倉が叫んだ。

 だが燈子先輩はもう、彼の方を振り返る事もしなかった。


 出口近くで彼女は自分の荷物を取る。

 俺もそれに合わせて荷物を手にした。

 再び俺の腕を取った燈子先輩は、出口の前で、後ろを振り向かずにこう言った。


「哲也も、もっと素直になった方がいいと思うわ。私たち、そこがダメだったのかも」


 燈子先輩はそう言い残すと、そのまま俺と一緒に店を出ていった。



>この続きは明日(1/20)正午過ぎと、午後8時過ぎに投稿予定です。

 そして明日で第一章の完結となります。

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