第39話 学食ジェラシー・ストーム(前編)

 昼食時の学食は、かなり混み合っている。

 俺はアジフライ定食を持って、カレンが待つテーブル席に着いた。


 この大学の学食は二つあるが、この第一学生食堂は中央には普通の長机タイプのテーブルがあり、窓際にだけ円形の四人掛けテーブルがある。

 そしてカップルになっている連中は、大抵はこの円形テーブルを独占している。

 カレンはこの『カップル・テーブルの確保』にこだわっており、いつも学食では早めに来てこの位置を確保する。


 俺はカレンから見て、90度右の場所に座った。

 以前は並ぶように座っていたのだが、カレンの浮気を知ってから何となく距離を空けるクセが着いてしまったようだ。


 カレンは『お母さんが作ってくれた弁当』を持ってきている。

 金曜の昼食は一緒に食べるのが、俺たちの交際が始まった時からのルールだ。

 お互い、土日にどこに遊びに行くかを決めるためだが、今となってはこのルールは苦痛でしかない。

 だが燈子先輩に「今までの付き合い方は、絶対に変えないように!女はちょっとした変化で、相手の心理状態を察知する」と厳命されているため、今でもこうして一緒に食事を取っている。

 もっとも別の見方をすれば、カレンは月曜か木曜に浮気をしているので、その様子を探るには丁度いいとも言えるが。


 食事が始まって三分もしない頃、カレンが憮然とした様子で前を見ていた。

 彼女の不機嫌な理由は解っている。

 だが俺はそれに気付かないフリをして、黙々とアジフライ定食を口に運んでいた。


「まったく……」


 カレンはそう言ったかと思うと、ワザとらしく「はぁ~」というタメ息を着いた。

 これは俺に対して「自分を気遣え!」というサインだ。


 ……仕方ない、相手してやるか……


「どうしたんだ、カレン?」


 どうしたもこうしたもなく、カレンが不機嫌な理由は解っていたが、一応彼氏らしくそれを聞いてやる。


「アレよ、アレ」


 カレンは俺だけに解るように、五つ前のテーブル席をアゴでしゃくった。

 そこには燈子先輩と鴨倉が座っている。

 燈子先輩は二人分のお弁当を作ってきており、その一つを鴨倉に差し出していた。


「鴨倉先輩と燈子先輩か?」


「そう!」


 カレンは鼻息と一緒に返事をした。


「燈子先輩、バッカじゃないの?こんな学食なんかでイチャイチャしちゃって。みっともないと思わないのかなぁ」


 燈子先輩は笑顔で自作弁当を広げて、それを鴨倉に差し出している。

 鴨倉も嬉しそうだ。

 だが別に取り立ててイチャイチャしているほどには見えない。

 普段の俺なら「別にいいんじゃない。付き合っている二人なんだから」と言う所だが、ここはカレンに同調する所だろう。


「そうだね」


「優くんもそう思うでしょ?学食は食事する所なんだから、あんな風にイチャつくなっての!」


 カレンはかなりご不満らしい。


「そもそもさぁ、弁当を持ってきてるなら学食に来る必要ないじゃない!空いている教室かどっかで二人だけで食べればイイんだよ。その分、席も空くんだからさぁ。他の人の迷惑も考えろっての!」


 「自分も弁当だろ」というツッコミを入れたいのは押えて、今度も


「そうだね。教室で食べればいいのにね」


 と心のこもらない同意をする。


 それにそもそも、この学食は持ち込み自由だ。

 弁当やヨソで買ってきた食品を持ち込んではダメ、という決まりはない。

 事実、カレンや燈子先輩以外にも、多くの学生が持ち込んだ食べ物を出している。


「最近のあの二人、しょっちゅうああやって二人でお弁当を食べているよね」


「そうだね。よく見かけるよね」


 とりあえず適当に相槌を打つ。

 視線を前の二人に向けると、本当に楽しそうに話しながらお弁当を食べている。


 燈子先輩の手作り弁当を……

 そう思うと俺の心もザワついて来る。

 たとえこれが『燈子先輩の作戦』だと判っていても……



 ……


「男子が女子にやって貰って、嬉しい事って何かある?」


 電話で燈子先輩がそう聞いて来た。

 十日ほど前の事だ。


「何かあったんですか?」


 俺がそう聞き返すと


「哲也の気持ちを盛り上げるために、何か喜ばせるような事をやろうかな、と思って」


 と燈子先輩は答えた。


 今の所、燈子先輩と鴨倉は表面上はうまくいっているカップルだ。

 その一方で鴨倉は定期的にカレンとも浮気を重ねている。

 状況を見ている限りは、やはり鴨倉の本命は燈子先輩だ。

 カレンは『燈子先輩と会えない時に呼び出す都合のいい女』と言うポジションだ。

 もっともカレン本人は、この事実に気が着いていないみたいだが。


「男が喜ぶような事、ですか?」


 下世話な話、俺はこの時、下ネタ的な事しか頭に思い浮かばなかった。


「やっぱプレゼントでしょうか?」


 とりあえず当たり前の事を口にする。


「でも浮気しているヤツにお金を使うって、やっぱりしゃくよね」


「じゃあお金を使わないなら手編みのマフラーとか」


「今からじゃXデーを越えちゃうわよ。それに今の哲也を思い出したら、そんな手間を掛ける気になれないわ」


「そうなるとお弁当くらいしかないですね」


 燈子先輩が電話の向こうでしばらく沈黙する。


「お弁当か……それも考えたんだけど、私、料理は苦手なの」


 燈子先輩なら家事もバッチリかと思ったんだが、料理は苦手なのか?

 だが俺は思いついた。


「大丈夫ですよ。最近のお弁当は冷凍食品だけで全て賄えます」


「そうなの?」


「ええ、しかも袋から取り出して弁当箱に入れるだけです。レンジでチンさえする必要がないんです」


 俺も金が無い時は、母親に頼んでお弁当を作って貰っている。

 だが母親も忙しい時は自分で作るのだが、弁当箱に適当にご飯を詰めて冷凍食品を入れるだけで完了だ。


「しかもハンバーグやオムレツ、トンカツから、お惣菜などの副食まで全部揃っているからレパートリーも豊富です。それに一つ作るのに5分も掛かりませんよ」


「そうなんだ?それなら私でも出来そう!ありがとう、いいこと教えてくれて」


 そんな事で、燈子先輩は鴨倉に週に一回か二回、お弁当を作ってきて一緒に食べる事にしたのだ。

 燈子先輩は付き合ってからそんな事は一度もした事がないため、鴨倉はかなり喜んでいるらしい。

 なんでも


「燈子も俺の嫁として、やっと自覚が出てきたな」


 とか何とか、のたまわったそうだ。


 ……



「カレン、前まで燈子先輩のこと『クールでカッコイイ』って思ってたんだ。だけど幻滅しちゃったな!」


 カレンは顔を突き上げるようにして、そう言った。


「そうだね。燈子先輩の今までのイメージと違うね」


 さっきから「そうだね」しか言ってないが、俺としてはもうコイツとの会話には興味が無いのだ。


「あんなことして、オトコのご機嫌取っても仕方ないのに!燈子先輩にはプライドがないんだね」


 この発言には内心穏やかならぬものを感じた。

 カレンは鴨倉と浮気している事で、燈子先輩に勝ったつもりなのだろうか?


 ……男にとって、本命の彼女と浮気相手とじゃ、天と地、月とスッポン、いや太陽とミドリガメくらいの差があるんだよ!……



>この続きは本日16時過ぎに投稿予定です。

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