第38話 燈子先輩と模擬デート(LAST)

 さらに北上して、太東駅の近くにある『雀岩』に向かった。

 ここは九十九里浜の南端から少し南に行った所にあり、別名を『夫婦岩』とも言うらしい。

 小さな砂浜に、カットされたケーキのような形の岩が海に突き出している。


「ここが最後のスポットになりますね」


 俺はそう言って車を降りた。

 時刻は既に夕方の4時だ。


「けっこう色んな所を回ったもんね。房総半島をほぼ一周しているし」


 燈子先輩もそう言って、車から降りてきた。

 周囲を見渡しても、俺たちの他に人影は無かった。

 目の前に小さく入り江状になった砂浜がある。

 その左手にケーキ型の雀岩がそびえ立っている。

 引き潮なので、簡単に岩に登れそうだ。


「ちょっと登ってみません?」


「え、危なくないかな?」


「そんなに傾斜はキツくないし、大丈夫ですよ」


 俺は岩の麓に行くと、燈子先輩に手を差し出す。

 彼女は怖々俺の手を掴んだ。

 雀岩は陸地側は土が堆積して草も生えており、登るのにはそんなに苦労しない。

 俺達はすぐに頂上に着いた。

 雀岩は海に面した部分は、垂直に切り立っている。

 下を覗くと、急に深くなっているのか、濃い青の海水が渦巻くように岩を洗っていた。


「あんまり端に行くと、危ないわよ」


 燈子先輩がそう言うので、俺も少し手前に戻る。

 東の空は、既に暗くなり始めている。

 水平線近くに、いくつかの星が見えた。

 一番明るいのが金星だろう。

 反対側を見ると、房総の山々の峰に太陽が沈もうとしている。

 俺と燈子先輩は沈む太陽を見ながら、雀岩の頂上に並んで腰を降ろした。


「今日は一日付き合ってもらって、ありがとうございました」


 俺がそう言うと、燈子先輩は笑顔で小さく頭を下げた。


「どういたしまして、こちらこそありがとうございました」


 そして彼女は明るい表情で顔を上げる。


「今日は楽しかったぁ~。なんか哲也とのデートより楽しめたよ。素の自分が出せたって感じ!」


 俺は苦笑いした。


「でも本当の恋人だったら、元カレの名前を出した段階でマイナスじゃないですか?」


「そうかもね」


 そう言って燈子先輩は両手で膝を抱える。


「でもね私、本当の事を言うと、今日はカレンさんにちょっと嫉妬しちゃったよ。『いつも君とこんなデートしてるんだ』と思って」


 俺は一瞬、なんと答えるべきか解らなかった。

 だが燈子先輩にそんな風には思って欲しくなかった。


「カレンとはこういう所は来ません。アイツは買い物できる所や、話題の場所が好きなんで」


「そうなんだ?でも普通はそうかもね」


 その言葉を聞いて「燈子先輩は鴨倉とはどんなデートをしているんだろう」と気になった。

 だがそれは聞く事はできない。

 俺は別の事を聞くことにした。


「前に『カップルは三ヶ月目で別れを考える時が来る』って言っていたじゃないですか。燈子先輩には来なかったんですか?」


 燈子先輩は少し考えるように、顎を膝に乗せた。


「う~ん、その前から思う所はあったけど、私がワガママなのかなって思って。哲也にも『燈子は贅沢だ。俺に不満があるなんて』って言われた事もあるし」


 さすが、陽キャ・イケメンは言う事が違うわ。


「それに丁度テスト期間で距離が空いた時期でもあったしね。その次は夏休みでサークルのイベントとかもあるでしょ。『いま別れたら、その後が気まずいし、もう少し様子を見よう』って思ったの」


「それで様子見て、どうだったんですか」


 燈子先輩はしばらく沈黙した。


「哲也の寂しい所、そして寂しがり屋なのにいつも虚勢を張っている所。そんな所を見ていたら『そばに居てあげたいな』って……」


 俺は質問した事を後悔した。


「一色君には石田君って言う、何でも話せて困った時には助けてくれる友達がいるでしょ。でも哲也にはそういう人が居ないんだよ。どんな集団でも中心になれるけど、本当に心を寄せてくれる人はいないなんて……」


 燈子先輩の声は消え入りそうだ。


「だから身の回りを、色んなモノで固めたいのかもね。同じように陽キャで騒げる仲間とか、自分を持てはやしてくれる女の子とか……」


 俺は黙って燈子先輩の横顔を見ていた。

 そこで彼女は自嘲的に呟く。


「私もそのアクセサリーの一つだったのかもね。ちょっと見てくれがいい、他人に自慢できるアクセサリー……」


 そうして顔を膝にうずめた。


「本当は私も、哲也が浮気している事は薄々感じていたの。でも普段の哲也は私にとっても優しいし、私を優先してくれているから。それを無意識に見ないようにしていたのかな。今回の一件だって、君が一緒でなければ、きっと私は見て見ぬ振りをしていたと思う」


 俺はなんと声を掛ければいいんだろう。


「哲也にしてみれば、他のアクセサリーを身につける事は当然なのかもね。きっと私自身には魅力は無かったんだろうな」


「そんなこと無いです!」


 俺は強く否定した。


「燈子先輩、十分に魅力的ですよ」


 だが彼女は悲しい目で俺を見た。


「それは単に見た目だけの話でしょ。そうじゃなくて一人の女の子として……」


「一人の女性としても魅力的です。俺はそれを伝えるために、今日は付き合って貰ったんですから」


 俺はそう言うとスマホを取り出し、今日一日、燈子先輩を撮った写真を写し出した。


「俺が今日一日、燈子先輩の素敵だと思った所を写真に撮りました。それを見てください」


 そう言って燈子先輩と肩を寄せるようにして、一緒にスマホの画面を見る。


 鋸山で感心したように石仏を見上げる燈子先輩、地獄覗きでおっかなびっくり歩く燈子先輩、砂浜で海風に吹かれる燈子先輩、磯で魚を覗き込む燈子先輩、思いがけず二人して潮溜まりに落ちて抱き合うようになった偶然の場面、水平線を望む姿、男の子を笑顔であやす燈子先輩、ソフトクリームを美味しそうに舐める様子。

 その全てが、彼女自身の自然な魅力を写し出している。


「燈子先輩の自然な姿、自然な笑顔、そして自然に人に接している所が、一番可愛いと思いました。だから普通にしている燈子先輩が一番可愛いです。思ったままに感情を素直に出している燈子先輩は魅力的です」


「……ありがとう……」


 写真をじっと見つめていた燈子先輩の横顔が、沈む夕陽の中でオレンジ色に輝いていた。

 そして小さいけど、ハッキリした声で言った。


「今まで撮ってもらった、どの写真より嬉しい。プロのカメラマンの写真より嬉しいよ」



 雀岩を出た俺と燈子先輩は、その後は外房有料道路から東金道路を通って、地元の千葉市に戻った。

 来た時と同じくJR京葉線・検見川浜駅で燈子先輩は降りる。


「それじゃあ、また学校でね」


 そう言って燈子先輩は車を降りる。


「はい。今日は本当にありがとうございました」


「ううん、私の方こそありがとう。とっても楽しかったわ」


「そう言って貰えて良かったです」


 だが燈子先輩は車からは降りたが、ドアは閉めずにそのままの姿勢でいた。


 ……まだ何かあるのかな?……


 そう思って俺は燈子先輩を見た。

 燈子先輩も俺を見つめる。


「一色君、今日のデート……」


「はい?」


 少しの間を置いて、決心したように言う。


「うん、『優』をあげよう!一色優の『優』だね」


 そう言ってニコッと笑う。


「それじゃあ、おやすみ!」


 彼女は俺の言葉を待たずに、バタンとドアを閉めた。


 ……『今日のデート』か……


 俺は燈子先輩の香りが残る車内で、ボンヤリとそう考えた。



>この続きは明日(1/11)正午過ぎに投稿予定です。

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