第7話 浮気調査―下準備―

 こうして俺と燈子先輩は『カレンと鴨倉先輩の浮気現場を押さえる』ための準備をする事になった。


 翌日も燈子先輩と落ち合う。

 今日は昨日とは違うコーヒーショップだ。


「そうだ、最初に言わなくちゃならない事があります」


 今日も先に来ていた俺は、燈子先輩がイスに座るなり、そう切り出した。


「なに?」


「最初に俺が電話した時に燈子先輩から『この事は誰にも言わないように』って言われていたんですけど……」


「誰かに話したの?」


「すみません。石田洋太には話しました。あの後、一人では気持ちが押さえきれなくって」


「石田?私たちのサークルの石田君ね?君と同じ一年生の」


「はい、俺や燈子先輩、鴨倉先輩と同じく、海浜幕張高の出身です」


「彼は信用できるの?」


「それは大丈夫です。石田は俺とは中学時代からの付き合いで、親友と言ってもいいくらいですから」


 これは間違いないだろう。

 石田とは中学は違っていたが塾が一緒だった。

 初対面の時からなぜか気が合い、志望校が同じと分かった時から「一緒に頑張ろう」と励ましあって来た仲だ。

 大学入試でも俺達は同じ大学、同じ学科を受験している。


 それに、実は石田も鴨倉先輩を嫌っている。


「あの先輩のカッコつけ方、なんかムカつくんだよな。確かにカッコいいんだけどさ、もっと普通にしてろっての」


 しかしこれは『鴨倉先輩の彼女』である燈子先輩には言わない方がいいだろうな。


 俺の言葉を聞いて、燈子先輩は複雑な表情をした。


「君がそう言うなら信じるしかないけど……でも気をつけて。彼には絶対に他の人には漏らさないように念を押しておいて。それから私と君が協力している事も言っちゃダメ!」


 そこで彼女は一度言葉を区切った。


「知っていると思うけど、私たちのサークルは海浜幕張高校の卒業生が作っただけあって、三分の一は同じ高校なんだから。どこで誰と誰が繋がっているのか、どこから話が伝わるのか解らないからね」


 俺と燈子先輩、そして鴨倉哲也や石田洋太は同じサークル『和気藹々』に所属している。

 燈子先輩が言うように、六年ほど前に俺の出身校である県立海浜幕張高校の卒業生が作ったものだ。

 当初はトレッキングやキャンプのサークルだったが、今では何でもやるイベント系サークルになっている。

 テストの過去問とか単位をとりやすい授業の情報が豊富なので、海浜幕張高の出身者は大抵ウチのサークルに入ってくる。


 ちなみに蜜本カレンは埼玉の高校の出身だ。


「燈子先輩は、誰にも話していないんですか?」


「そうね。今のところは。でもそういう意味では私にも信頼できる友達がいるから、その子にだけは話すかな」


「誰ですか、それは?」


「君の知らない子。経済学部二年の加納一美って知ってる?」


「いえ」


「彼女は私と同じ中学だったの。家も近くてその頃から親友だった。高校は海浜幕張高じゃなくて、私立に行ったんだけどね。大学でまた一緒になった、って感じかな」


 その話なら『加納一美』さんは、俺たちのサークルにはいないし、そうそうは接点はないだろう。

 燈子先輩の親友なら、その繋がりで彼氏である鴨倉哲也は知っているはずだが。


「私にとっては一美、君にとっては石田君。本当に信頼できる相手なら、協力して貰ってもいいかもしれないわね」


 燈子先輩は考えながらそう呟いた。


「そうですよね?俺も自分が動くより、石田とかに頼んだ方がいいかと!」


「待って!まだ結論を出すのは早いわ。それに最初から他人に頼むより、始めはある程度は自分で出来るだけ調べて、イザって時に頼んだ方が有効かもしれないから」


 確かにそうだ。

 俺はもう少し慎重になるべきだ。


 おそらく『恋人の浮気』という苦しさから逃れるために、誰かに話を聞いてもらいたいと、無意識に思っているのかもしれない。

 その相手が一緒に「ヒドい彼女と先輩だね」って言って貰える事を期待して。


 俺は改めて燈子先輩を見た。

 彼女はその端整な顔を歪ませる事なく、淡々と『浮気の証拠固め』の計画を練っている。


 彼女だって浮気をされた辛さは同じはずだ。

 だが彼女はほとんどそれを表に出す事なく、冷静さを保っている。

 美人なだけではなく、精神面も強い人だ。


「わかりました。それじゃあまずは何から」


「明日は木曜日よね。あの二人は今週は月曜に会っているみたいだから、明日は会わないかもしれないけど、それとなく予定を聞いてみて。私も哲也に明日の予定を聞いてみる」


「それで二人が会いそうだったら?」


「君はカレンさんと金曜日に会う約束をするの。そこで何か会話や態度に変化があるかどうか?」


「それだけですか?」


「まずはそれで十分。やるとしても、二人が何時頃に学校を出たか、どっちの方面に行ったか、そこまでね。あまり動き過ぎると相手に感づかれるから。それと君はカレンさんに毎日電話かSNSをしている?」


「月曜までは、ほぼ毎日電話かメッセージを送ってました。交際して最初の頃に彼女から『毎日連絡してくるのが彼氏として当然』って言われたので。でもあの後はさすがに話す気にならなくて、連絡を取っていません」


「と言う事は、昨日は電話もメッセージもしていない訳ね。哲也からSNSが入った直後からって事になるのか。マズイわね、それは」


 燈子先輩が顔を曇らせる。


「ともかく今日は連絡しなさい。連絡しなかった事は君から丁寧に謝って」


 カレンに俺から謝る?

 浮気したのは向こうなのに?


 俺の顔色から察したのだろうか。

 燈子先輩は言葉を続けた。


「今までの習慣は続けるようにして。変えてはダメよ。そこで彼女がすぐにレスを返すかどうかで、その時間に一人かどうかの見当がつくしね」


「なるほど」


「あくまで普段と同じように振舞うのよ。連絡する回数を増やしたり、普段なら連絡しないような時間に連絡したり、そういう事は一切やらないこと。浮気は初動で証拠を掴むのがカギだから。相手に怪しまれたらそこで終りよ」


「はい、わかりました」


「これからしばらくは、私たちも直接顔を合わすのは避けた方がいいかもね。でも連絡だけは毎日一回は取るようにしましょう」


「了解です!」



>この続きは、明日(12/17)正午過ぎに投稿予定です。

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