第6話 燈子先輩は名探偵(後編)
燈子先輩が急に言葉を詰まらせた。
「どうしたんですか?」
すると燈子先輩は顔をしかめたまま、スマホを俺の方に差し出した。
「私の口からは言えない。自分で見て」
そこには『学校の近くの公園にある多目的トイレで、二人が情事に耽った事』が書かれていた。
「あんな所で……コイツラ……」
……動物かよ!……
そう心の中でツッコミを入れる。
よっぽどサカッてたとしか、言いようがない。
呆れ帰っている俺をヨソにして、燈子先輩はまたもや思考を巡らしていた。
もはや『名探偵』と言った雰囲気だ。
「でも考えてみれば、その場所も私が言った条件には当てはまっているからね」
「そうですか?学校のそばの公園なんて、さっきの先輩の言葉と逆だと思うんですが?」
「じゃあ君は、その公園に『多目的トイレ』がある事は知っていた?」
「いえ」
俺はちょっと考えてから答えた。
ごくたまに気分展開で公園に行った事はあるが、その公園は駅とは別方向にあるので、滅多に足を運ぶ事はない。
「でも公園なんで、トイレはあって当然でしょう」
「そうね。でも真昼間や夜の公園のトイレなんて、普通の人は利用しないわ。それにあの公園は駅とは全く違う方向にあるから、ウチの学生もあまり行かない。たとえ知り合いに会ったとしても、公園なら『たまたま一緒になった』って言い訳できるしね」
なるほど、言われてみれば燈子先輩の言う通りだ。
「解りました。それじゃあ時間的には月曜か木曜の学校帰り。そして二人の行動圏内で、普段はあまり利用しなさそうな駅。そして近くにホテルがあるような場所。そんな所ですね」
「そうね。でもカレンさんを調べるなら十分に注意して。私が哲也を調べるより、何十倍も相手に気付かれる危険性が高いんだから」
「そうなんですか?」
「夫婦間の不倫でも、夫は妻の不倫にまず気が付かないけど、妻は夫の浮気を一発で見抜くそうよ。それだけ女は日常の生活の変化に敏感なの。ちょっとした仕草や言動の違いで違和感を感じるのよ」
俺は何も言えなかった。
確かに、ここまでの燈子先輩の推理は素晴らしく、俺には気付けない着目点だった。
その燈子先輩が言うのだから間違いないのだろう。
「だから君はムリしてカレンさんを調べなくていいわ。『今日は何してた?』なんて絶対に聞いちゃダメよ。ただ彼女の仕草や言動には注意していて。君と行った事のない場所のお店なんかを口にしたり、やけに一緒に行くのを嫌がる場所があったら、それは私に教えてちょうだい」
「わかりました」
「あと、これからは私たちの連絡は、SNSに別アカウントを作りましょう。それから暗号入力付きのクラウド上に共通でアクセスできるフォルダを作って、写真などの証拠はそこに置くように」
「了解です、このカレンのメッセージ画像も、すぐにクラウドのフォルダに置きます」
彼女と話している内に、なんだか前向きな気持ちになってきた。
桜島燈子、彼女と一緒なら二人に強烈なカウンターパンチをお見舞いしてやれる気がする。
だが最後に、彼女は悲しそうな表情でこう言った。
「さっき私は君に偉そうな事を言ったけど、本当は私だってツラくない訳じゃないのよ。本音を言うと『これがウソだったら』『誰かのイラズラだったら』って思ってる。私だって哲也を信じたい。でも、君が見せてくれた証拠も、一概にウソだとは言えない。だからまずは二人が浮気をしているかどうか、それをハッキリこの目で確かめたいの」
今日、初めて見せた燈子先輩の弱音だ。
当たり前だ。
誰だって恋人の浮気を突きつけられて、動揺しないはずがない。
今まで恋人が自分に見せてくれていた笑顔、かけてくれた優しい言葉、思いやりのある態度、そして数々の思い出。
自分だけを愛してくれている、その前提が崩れたら、俺たちは一体何を信じたらいいんだろう。
それなのに燈子先輩は気丈にもここまで泣き言を言う事をせず、取り乱しもしないで、冷静にこれからの行動について説明してくれた。
男の俺でさえ、こんなに弱くて取り乱しているのに。
……こんな素敵な彼女がいるのに、鴨倉のヤツはなんで浮気なんかしたんだ……
俺は改めて鴨倉哲也に強い怒りを感じた。
同時に、燈子先輩を支えていきたいとも感じ始めていた。
「燈子先輩、今日はありがとうございます。おかげで俺も目が覚めた気がします。そして、これから共に戦う戦友として、よろしくお願いします」
俺は右手を差し出した。
燈子先輩が顔を上げる。
その目の縁が微かに赤らんでいるのは気のせいだろうか?
「『戦友』、いい言葉だね。そうだね、一緒に頑張ろう」
燈子先輩も右手を差し出し、俺の手を握り締めた。
ヤルぞ、ヤッてやるぞ!
俺達二人にこんな思いをさせた奴らに、倍返しだ!
>この続きは明日(12/16)12:12に投稿予定です。
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