第5話 燈子先輩は名探偵(前編)

「まずはどうするんですか?」


 俺は燈子先輩に聞いた。


「最初は二人の浮気の証拠固めよね。本当に浮気をしているかどうか、浮気してるとしたら『いつ』『どこで』か?」


「時間と場所ですね」


「ええ、出来れば『いつから二人の関係が続いているか』、それも解ればいいんだけど」


 燈子先輩の言う通りだ。

 こんな事なら昨晩、もっとしっかりとカレンのスマホを見てくれば良かった。

 あの時はショックのあまり、そこまで気が回らなかった。


「このメッセージのやり取りからは、何か解りませんかね?」


 俺は再びスマホに二人のやり取りを表示した。


「もう一度見せて」


 燈子先輩が手を伸ばす。

 俺のスマホを受け取ると、一枚ずつ画像をじっくりと見ていった。


「これを見る限り、確かにこの日付・この時間の時には、私は哲也に会っていないわね」


「俺も全部は見ていませんが、ちょっと見た範囲では、その時間はカレンと一緒にいませんでした」


「全部見てないの?」


 燈子先輩が非難するような目で俺を見た。


「そりゃ見れませんよ。自分の彼女と先輩の浮気のやり取りですよ。精神的ダメージが大きすぎて、じっくりなんて見れません」


「心が弱いのね」


 燈子先輩は俺に興味を失ったかのように、スマホに視線を戻した。


「普通はそうですよ。逆に聞きますけど、燈子先輩は平気なんですか?自分の彼氏が他の女とイチャついた記録を見て!」


 思わずムッとして、そう答える。


「平気ではないわ。でも浮気の確たる証拠を掴むためでしょ。手掛かりは一つずつじっくりと見て、キチンと調べていかなくては。こんな事でひるんでいてどうするの?」


「でも、自分の恋人ですよ!俺はそれを読んでいると、頭がクラクラして来て。『俺達二人が過ごした時間って、何だったんだろう』って」


「そんな弱気じゃダメよ。これから君は今までの何倍も、カレンさんに惚れられなきゃいけないんだから。例え相手が浮気して帰って来た後だとしても『大変だったね。疲れただろう?暖かいコーヒーでも入れてあげるね』って優しく抱きしめるくらいの演技ができなきゃ!」


「俺には……ムリです」


 俺は思わず下を向いて、そう言葉を吐き出した。


「そ、ムリなら仕方ないわね。じゃあ君は君で好きにして。私はさっき言った事を実行するから。他の協力者を探すわ」


「他の協力者って?」


「最後の時に『私と一夜を共に過ごす』って言う相手よ。その人がいないと、哲也を追い込めないでしょ」


 それって、燈子先輩は誰か俺以外の男とヤッちまうって事か?


 ダメだ。

 その役だけは譲れない。


 鴨倉のクソ野郎を絶望のどん底に叩き落すその役は、俺自身がやらねばならない。

 燈子先輩が最後に鴨倉を振る瞬間、その隣で彼女を抱いているのは俺でなければならない。


 そのためなら、俺はどんな事でも耐えるべきだ。

 燈子先輩の言う通り、ハンパな考えなら仕返しなんて出来るもんじゃない!


「すみません。俺の考えが甘かったです。やります、燈子先輩と一緒に復讐をやらせて下さい!」


 燈子先輩が再び俺を見た。

 今度は満足げな表情だ。


「君がそう言うなら、私としては異存はないわ。今のところ、この秘密を共有しているのは君だけだしね」


「それで、何か解った事はありますか?」


 燈子先輩は再びスマホに目をやった。


「そうね。二人が会っているのは月曜か木曜の夜が多いみたい。休みの日は私や君がいるから、さすがに避けているみたいね。水曜も私の授業が終わるのが早いから、哲也が避けているみたいだしね」


 俺は彼女の鋭さ、冷静さに目を見張った。

 この短い時間にもうそこまで『二人が逢引きしている日』を絞ったのか。


「月曜か木曜の夜ですか。じゃあその時に二人を見張っていれば……」


「そんな簡単なものじゃないわ。浮気する時って、二人ともある程度は周囲を気にしているはず。私たちの尾行に気が付かないはずが無いわ」


「そんなもんですか?」


「そうよ。男はともかく、女は絶対に気付くと思って間違いない。女は普段から、周囲の視線や意識が自分に向けられているかどうか、すごく敏感なのよ。良くも悪くもね。これから浮気しようって女が、彼氏の尾行に気が付かないはずがない」


「じゃあどうすれば?」


「少なくとも二人が会う場所を知りたいわね」


「鴨倉先輩って一人暮らしじゃありませんか?」


 俺達はほとんどが実家から通っているが、確か鴨倉先輩だけは都内に一人暮らしをしているはずだ。


「錦糸町のアパートを借りてるわね」


「じゃあ会う場所は、そこに確定だと思いますけど」


「たぶん違うわ。あのアパートは哲也のお兄さんと一緒に借りているのよ。だから普段は女の子を呼び込めないはず。それに哲也はアレで中々用心深いのよ。自分のアパートに他の女を連れ込んだら、いつ私にバレるか解らないでしょう?」


 なるほど、そういう事情なら燈子先輩の言う通りだろう。


「でも二人が会う場所なんて、日によって違うんじゃないですか?」


「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれない。良く言われる事だけど『浮気はパターン化しやすい』ってね」


「どうして?」


「普通のカップルのデートだって、長く付き合っていればパターン化してくるでしょ。浮気の場合はそれが出やすいはずなのよ。普段恋人と行く場所は絶対に行かないはずだし、共通の友人が居そうな場所も避けているはず」


「そうすると大学の近くで遊べそうな場所と言うと、渋谷・新宿・池袋……」


「どうだろう。その辺も可能性は薄いんじゃないかな。繁華街は人が多い分、目立ちにくいと思うけど、逆に誰に見られているか解らないしね」


「そうなると範囲は広くないですか?」


「いや、そんな事はないよ。浮気する時はあまり時間は取れないはず。本命の相手に『何をしていたか』って言い訳する時に苦しくなるからね。だから通学経路かバイトの行き帰りの途中とか、自分が使用する路線上であまり使わない目立たない駅。そういう所を利用して……???……!!!」


 燈子先輩が急に言葉を詰まらせた。



>この続きは、明日(12/15)正午過ぎに投稿予定です。

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